鏡界戦線
神田 稔
第1話祖父の言葉
幼い頃、僕らは正義とは字のごとく正しい行いのことをいい、正義の味方とは強く悪をくじく勇敢な戦士のことだと信じていた。しかし、大人達は口を揃えて言う。
「正義とは時の勝者のことで、悪者はただの敗者に過ぎない」と。
勝者はやがて正義となり、正義は法へと変わる。法を犯すと悪になる。正義と悪は相反するものでありながら、場合によっては類似した存在でもありうるのだ。
淹れたての湯煙の立つコーヒーをカップに注ぎ、そのコーヒーが口に含むのにちょうどいいくらいに冷めるのを待ちながらラジオ放送に耳を傾けていた。
いつも祖父が聴いていたアングララジオ番組である。祖父は異常なほどのマスコミ嫌いで居間にいる時誰かがテレビの電源を入れようものなら、まるでカップの中のコーヒーのように湯気を上げて怒りだし罵声を浴びせてくるのだ。しかしながらこのアングラ番組に関しては大変興味があるらしくうん、うんと頷きながら聴き入っている姿をしばしば見かけた。
「アングラ番組は政府の干渉を受けないから正しい情報が多いうえに、何よりも面白いんだ」と、祖父は僕によく言って聞かせた。くだらないことに現を抜かすより早く世界のことを知りなさい、なんて説教臭いこともよく言われた。幼い僕には祖父の言葉の意味が分からなかった。
そんな祖父が僕のもとを去ったのはもうずっと前のことだ。天に飛び立ったとは表現しようもなく、まさに祖父はいなくなったのだ。
祖父の部屋は居間と僕の部屋との間に位置する。僕は自分の部屋に戻る最中であったため横目でのみになるが、あの日も祖父がラジオを聴いている姿を目撃している。例の番組はちょうどタイトルコールを行っていた。僕が自室に入り学校へ行く支度をしていると、突然電話のベルがなった。僕は電話に出ようとしたが、僕よりも早く祖父が呼び出し音に反応し居間へと向かい受話器をとった。電話で何かを話しているかと思えば祖父は、そそくさと着替えはじめ家を後にした。その後、八年間も家に帰らず今日を迎える。
はっきりと言ってしまえば祖父の記憶はあまりない。ただ祖父がいなくなったあの日のラジオ番組で、ラジオパーソナリティーが言った”命の行方”という番組のサブタイトルだけは、未だに覚えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます