あなたが死ぬまでの1分間

月島

第1話 僕たちのクラスのこと

 雨が降っている。

 最近ずっとそうだ。そして雨の冷たさよりもジメジメとした湿気と熱気がまとわりついてくる。夏に向かって、徐々に季節が移り変わっていくのを肌で感じる。夏休みに向けてクラスが浮き足立って来る7月の頭に、その転入生はやってきた。

 木々に囲まれた白っぽい一本道で、バスから降りた彼女は困惑したように周囲を見渡していた。

 長いサラサラの黒髪に雨の雫がまとわりつく。

 その姿にちょっと心奪われたのは否めない。だけど、見慣れない彼女の真新しい制服姿に転入生だと分かった。

 俺は透明なレインコートを着て、今日も自転車で通学する途中だった。

 彼女を追い越す瞬間

「学校、あっち!」

 と進行方向を指さした。

 チラリと俺を見た彼女は後ろ姿以上に目を引いたが、ニコリともしない整った顔のまま、進行方向に視線を戻した。

 それが俺、大石誉と澪口一沙の出会いだった。

 気温も体温も徐々に上がっていく。梅雨明け直前の朝だった。

 特に運命的な出会いだったわけではないが、何かしらの予感を含んだこの出会いは、俺らのクラス2-Aに彼女が転入して来るという偶然をもたらした。

「東京から来た澪口一沙さんよ。自己紹介をして」

 担任にそう紹介され、東京から…美人〜と囁き声で揺れる教室の空気を一瞬で凍らせるくらい醒めた声で

「もう席について良いですか?」

 そう言って先生に強い視線を向けた。

 席は窓から2列目の一番前。慣れるまで目の届くところで…という先生の配慮だが、どこであろうと関係のない、感情の読めない表情のまま席に着く。

「私、笹塚美月だよ。教科書無かったら一緒に見よ?」

 そう声を掛けた隣の席のクラスメイトにチラリと目を向け

「ご親切に」

 表情を変えずに冷たい声でそう言った。

 俺の知る限り、美月は最高に打たれ強い。身をもって知っている。

 愛玩動物を思わせる大きな目といつも笑っているような口元。彼女の表情が歪むのも見たことがない。怒ったふりをしても笑って見える。そういう子だ。

 皆一瞬息をのんで見守ったが

「1時間目は数Ⅱだよ。教科書持ってる?早速一緒に見る?」

 美月はめげずに話しかけた。彼女の隣に転入生を持ってきたのは最高の采配かもしれない。

 そう。美月はめげない。


「進路調査書、未提出な人は今日中に出すのよ〜」

 そう言い残し、担任の先生はHRを終了して教室を出て行った。

 早速教室がざわつきだす。

 興味津々で一沙を盗み見ながら、話しかける勇気は無い。美月以外は。

 そして、美月の周りにはいつも仲間が集まってくる。

「ミッキはもう提出したんでしょ?」

 早速集まりだした。隣で一沙が僅かに眉間に皺を寄せた。

「勿論!獣医一択だからね!」

 そう元気よく答える。

 ひゅ〜と周囲から冷やかしの声が上がるのを、聞こえないふりをしてやり過ごす。

「お前、同じ大学行くの?」

 いつものように俺の努力は無駄に終わり、騒ぎの中心のクラスメイトに話を振られる。

「俺は獣医になるって決めてないよ」

 仕方なくそっけなく答える。確かにまだ決めていないんだ。

 え〜⁉︎とあちこちから声が上がり、気遣うような視線が美月に集まると

「大丈夫。誉くんは好きな事したらいいよ。病院のことはお父様と私に任せて!」

 そう笑顔で返され

「ミッキ、健気〜」

「内助の功だね〜」

 と囃される。

 照れて困った顔するくらいなら言わなければいいのに…と思うのだが、彼女はいつものせられて、思いのままを口にする。

 もう慣れたけど、俺も対応に困るのだ。

 美月は、俺を好きだと言った。

 いつだったか…いつもの調子で明るく皆と話している時に、

「笹塚って、大石のこと好きなんじゃ無いのか〜モテるな〜大石」

 とガキなクラスメートに俺がからかわれそうになった時、びっくりした顔をした後

「バレた?片思いなのに〜」

 そう公開告白をした。笑顔だったけど、必死だったんだと思う。

 俺がからかわれて迷惑しないように。彼女がそう言う子だということは後で知った。

 本人から、何かを言われたことは無い。2人きりになることもほとんど無いが、なったとしても、何気無い会話しかしてこない。そして意外と無口だ。からかわれているのかと思ったこともあったけど、そうでは無いらしい。そんな状態のまま、美月は、クラス公認で俺に片思いをしている。


「一沙ちゃんは、家どっち?バス通?私案内しようか?」

 今日1日、美月はひたすら一沙に話しかけ続けている。無視こそされないが、帰ってくるのは

「別にいい」

 そんなそっけない言葉だ。

「でも、今日は雨だから私もバスで来たんだ。一緒に帰ろ〜」

 めげない美月は一沙の言葉を聞き流し横に並んで歩き出す。それ以上抵抗はせず、ただ表情は思い切り迷惑そうに一沙は従った。並んだ背後ろ姿だけなら双子のように似たような背格好なのに、中身は正反対。美月のいつもの友達男女数名も加わり2人を取り囲むように帰って行く。

 こんな事になるとは、きっと一沙は思ってもみなかっただろうな…と苦笑しながら、見送った。雨は朝より小ぶりになってる。今は試験前だから部活も無い。俺も自転車にまたがり、小雨の中を走り出す。


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