痛彼女;タンスの中に二次元嫁が棲んでるわけだが

つきしまいっせい

Episode 01 アニメキャラを彼女にした結果がこれですよ!!

「(……いいなあ)」

 豪太郎は思わず胸の中で呟いていた。

 廊下の壁にもたれながら楽しげに話をしている男女の姿が眩しすぎた。

 男子はサッカー部所属の長身ディフェンダー松島くん。次期キャプテン候補のイケメンだ。

 女子はショートボブの似合う気の強そうな美少女、霧島美羽さん。

 ナイスバディの持ち主で、一部の男子からは女王様と崇められているカリスマ女子。

 普段はおっかないオーラを振りまいている彼女は、しかし思い切りのデレ顔。

 この二人が付き合い始めたという噂は、どうやら本当だったようだ。

 そんな熱々カップルの振りまくオーラにあてられたのか、周囲では男女で会話をはじめる生徒たちがちらほらと増えてきていた。なんというかラブラブが伝染しているという感じだ。

「(……羨ましス)」密かに溜息を洩らす豪太郎。「(……ていうか爆発しろよ!)」

 目の毒だとばかりに豪太郎は窓の外に眼を向けた。


「(……ああ、オレも彼女、欲しいな)」

 彼女が欲しい。それも地味で目立たないけどよく見るとダイヤの原石的な美少女が。

 奥手で内気ではにかみ屋さんだけど、自分のことは大好き!みたいな……。

 そんな女子とこっそり手をつないだり、見つめ合って顔を赤らめたり。

 それから、それから――。あんなことやこんなことを!

 膨らむ妄想はしかし、一瞬にして萎んでしまう。


「(……ま、普通にムリだけどね)」


 肩をすくめて自嘲気味に笑う。

 内気な豪太郎には女の子に自分から話しかける度胸などまったくなかった。

 それどころかまともに眼を合わせることすらできはしない。

 おまけに深刻な問題を二つ抱えていて、彼女はおろか校内で友人一人もできていないのだ。

 諦めたように嘆息しながら、窓外をぼんやりと眺めていると、

「――ッ!」

 その光景に豪太郎は凍りついた。


 都立中島高校の正門は北側にあり、教室棟三階の廊下からよく見える。

 休み時間の今はゲートがしっかりと閉じられていて、普通ならば通行はできない。

 だが、ソレは門扉と門扉の間にある、ごく僅かな隙間をすり抜けて堂々と校内に入ってきたのだ。


「(……こ、ここここここ、これは――ッ!)」


 同じ光景を目にしていた同級生たちがざわつき始める。

「あれって、痛彼女いたかのじょってヤツ?」

「すっげぇ、マジ初めて見た」

「ていうかなんでガッコに来てるわけ?」

 門扉の僅かな隙間から入り込んできたソレは、アニメキャラの女の子だった。

 正面から見ればもちろん普通に顔が見えるが、背後に回り込めば後ろ姿が見える。上から見下ろせばつむじも見えるし、ローアングルから見上げればちょっと恥ずかしい光景を堪能できる。

 だが、どこからどう見てもペラッペラで奥行きがゼロ。

 トゥーンレンダリングされた3DCGのように、薄っぺらにしか見えないのだ。

 それは痛恋人と呼ばれる二次元情報体だった。


 ゼロ年代のある日、唐突にホログラフィック原理が正であると立証されてしまった。

 人類を含め、この宇宙の実体は二次元境界面、恐らくはブラックホールの地平の境界面に蓄積された情報にすぎず、我々が三次元空間の物体と認識しているモノは、二次元境界面から見ているホログラムのごとき投影でしかなかったのだ。

 このホログラフィック原理をなにかに利用できないかということで考え出されたのが、痛恋人システムである。女性キャラなら痛彼女。男性キャラなら痛彼氏いたかれしだ。

 最初は3Dキャラを作成しようとしていたらしいが、情報密度が不足して二次元キャラに落ち着いたという。おかげでアニメファンには待望のリアル二次元恋人が実現したのだ。

 それは自意識を持ち、主体的に持ち主オーナーを愛してくれる情報体である。

 しかも持ち主の潜在意識に即した行動を取ってくれるというギミックまで付いている。

 一般的な販売価格は一体29,800円(税別)。

 アヤナミとかのレジェンダリーなキャラだと倍くらいの値段になっている。

 二次元の情報体なので身体的な接触は不可能である。

 だが、それがいかがわしい目的で使用されるようになるまで、さしたる時間はかからなかった。


 痛彼女にあられもない格好をさせてネット上にUPしたりとか。

 アキバの街中で白昼堂々羞恥プレイをさせてみたりとか。

 無論、女性ユーザーも負けてはいない。

 複数の痛彼氏を同時購入してBL育成させて理想のカップリングを成立させようとするも失敗して攻めと受けが逆になってみたり、WEB上で怨嗟の声を撒き散らしつつもお仲間とノウハウを共有してみたりとか。


 運営側もこれを商機と、様々な課金エロアイテムを投入していった。

 コスチュームとか、きわどすぎる下着とか、拘束具SMグッズとか。

 それら課金アイテムは爆発的に売れまくり、今や痛恋人本体の売上を大きく上回っている。運営側はウハウハが止まらないという。

 本来、愛玩用に作られた痛恋人は、今や変態発見器ホイホイと世間では認識されていた。

 そのため、痛恋人持ちであるとバレてしまうと、最低の変態というレッテルが貼られることになり、人によっては社会生活すら脅かされてしまう。痛バレは、痛恋人の持ち主にとって悪夢以外のなにものでもなかった。


 それが多感な高校生であればなおのこと。

 周囲の、主に女子からの冷たい視線に晒され、“このド変態”と心の中で悪態をつかれながら、時に露骨な拒絶を受けつつ集団生活を送らなければならないのだ。

 そのようなプレッシャーに耐えられる強者などいるはずもなく、かつてこの都立中島高校に所属していた二人の痛恋人持ちドヘンタイは、不登校→引きこもり→自主退学というルートを辿ってから、姿を消していった。今現在その二人がどこで何をしているのか、杳として知れない。


 やがて階段の方からどよめきが響いてくる。

「(……ま、まさか!)」

 戦慄する豪太郎。

 校内に入り込んできたアニメキャラが、よりによって自分のいる廊下に来てしまったのだ。

 その姿を眼にして豪太郎はあんぐりと口を開く。

「(……ユ、ユキノン!?)」

 それは数年前にテレビ放映されていたアニメ『RT洗脳調査庁』のサブキャラだった。

 登場する女キャラは基本ぽっちゃりという、ある方面のニーズをガッチリ捉えた同作品にあって、目の前にいるユキノンは文句なしナンバーワンのお太りさんだ。常に巨大サイズのパフェを食べていて、アニメ第八話で見せつけた水着姿の段腹はその筋では伝説とされている。

「(……それにしても、太い!)」

 確かにアニメではぶっちぎりの太さではあったが、ここまでだったか?

 特筆すべきはその太もも。普通の女の子の三倍、いや四倍はあるだろうか。

 しかもスカートがデフォルトよりもかなり短く、普通に歩いているだけで下着がチラチラと……。


「(……短い制服スカートって、結構高いんだよな)」

 この痛彼女の持ち主は、相当な趣味の人たつじんと思われた。


 お太りさんのユキノンが豪太郎の前で立ち止まる。

 眼が合った気がした。

 ごくりと生唾を飲み込む豪太郎。

 ユキノンはそこで愛らしい笑みを浮かべた。

「あ、みぃーつけた!」

 太ましすぎる身体をバムンバムンいわせながら廊下を駆けていくユキノン。

 その胸が、腹が、太ももがプルンプルンと震え、あたかも周囲を揺るがせるほどの臨場感だった。だが、二次元情報体であるが故に音も振動も伝わってこない。そもそも質量がないのだ。

 走り出したユキノンはある男子生徒の前で立ち止まった。

「テヘ、来ちゃった(はあと)」

 ユキノンが声をかけたのは、イケメン長身ディフェンダーの松島くんだった。

「みう、最近たーくんが構ってくれないから、学校まで迎えに来ちゃったんだよ?」

 イタズラっぽく笑顔を見せる自称みうちゃん。

「(……えっと、みうって?)」

 松島くんが最近になって付き合い始めたのは霧島美羽みうさん。

 痛彼女の名前は“みうちゃん”


「(……ご愁傷さま)」

 豪太郎は足音を忍ばせながら、逃げるようにその場を立ち去る。

 その背後でがっくりと膝をつき、うなだれたのは松島くん。

 その隣で霧島美羽さんの表情がみるみる平板になっていった。

 デレまくりだったその瞳は、今や汚物でも見るかのような冷め切った視線。

 無言のまま、なにもなかったかのように霧島美羽さんは踵を返すと、スタスタと立ち去っていった。あたかも、松島くんとは最初からなにもありませんでしたと言わんばかりに。


「終わた。……オレ、終わた」

 悲痛な嘆きを背中で聞きながら、豪太郎は心の中で合掌する。

「(……どうか、どうか強く生きてください。……あと、さっきは爆発しろなんて思ってゴメンナサイ!!)」


 こっそりと教室に戻ろうとした豪太郎だが、そこでまたしても凍りつくフリーズ

 窓ガラスに張りついていた魔法少女が、悪辣な笑みを浮かべながら豪太郎を見つめていたのだ。


“バレたらどうなるか、わかってるでしょぉ?”


 反射的に周囲を見まわすが、その姿に気づいていた者は幸いにも一人もいないようだった。

 恐る恐る視線を戻す。すると魔法少女は不気味な笑顔のままゆっくりと姿を消していった。

 滝のように噴き出すイヤな汗。ガクガクと震えが止まらない両脚。


「(……カンベンしてくれよ)」


 たったいま松島くんに起きた惨劇が、自分自身に降りかかってきたとしたら――!?

 気の弱い自分などひとたまりもないだろう。

 豪太郎は恐怖で気が遠くなりそうだった。


 その日、教室に松島くんが戻ることはなかった。

 上着もカバンも机に置かれたまま放置。

 そして誰もが彼について触れようとしなかった。かたくななまでに。

 霧島美羽さんにいたっては、仲良しの女子と楽しげに会話をしているほどだ。

 もっともそのやたら不自然に高いテンションが却って寒々しくもあるのだが。

 クラスは、もはや松島くんのことを亡き者として扱っていたのだ。

 豪太郎は、痛バレの破壊力をまざまざと見せつけられていた。

 それが自分に起こらないよう豪太郎にできるのは、ただ祈ることだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る