第105話 ニーナの闇
それは、《トレイター保安官事務所》が所有するシャーロット号の
「ニーナ、ちょっといい?」
ずっと気になっていた事を訊こうと、話を切り出すタイミングを
「はい。なんですか?」
「ニーナって、もの
この短期間で恐るべき成長を
「あっ、それ、あたしも気になってたんだよッ!」
ティファニアがそう言いつつ二人に近寄り、レヴェッカとクオレもまた興味を示し――
「どんな、って……、ランス先輩は、〝
「――
エレナが、その
「じゃあ、ちょっとこっちで話を
「え? えぇっ?」
レヴェッカとティファニアによって、逮捕された被疑者のように応接セットのほうへ連行されていくニーナ。ぞろぞろとその後に続く、フィーリア、クオレ、エレナ、シャリア。
ちなみに、心置きなく双子を迎えに行ってやれると安堵していたエルネストも、非戦闘職だと言いながら凄まじい戦いぶりを見せた後輩のほうの竜飼師の話に興味はあったが、その中に混ざる度胸はなく、先輩のほうの竜飼師の
「それで、ランスが考える〝
ニーナは、待ちきれないといった様子でそう問うエレナを始め、レヴェッカ、ティファニア、フィーリア、クオレ、シャリアに
「〝捷勁〟〝流纏〟〝疏通〟〝根張〟〝調質〟の五つです」
『――〝調質〟?』
それは、捷勁法に限らず、自身の霊力の波長を調整する技法の総称。精緻を
思いがけない、または聞き覚えのない技名に、数名が困惑の声を
「医療系法呪、それに、呪化合金に精霊石を
それについて説明したフィーリアも、何故それが竜飼師にとっても必要なのかまでは分からないらしい。
「〝調質〟でキースと霊力の波長を同調させて、〝疏通〟と〝根張〟でしっかり
例えば、〝発勁〟は勁力を
このように、他者の霊力が打ち込まれるというのは、毒を注入されるに等しい危険な行為。
それ
だからこその〝調質〟だと聞いて、保安官側は感心しきりといった感じだが、竜飼師側は、それを
そして、そんな二人の様子に気付いたニーナは、不思議そうに首を
「〝調質〟なしに、どうやって〝人竜一体〟になってるんですか?」
「〝人竜一体〟ッ!? いや、どうやって、って……」
エレナが戸惑う一方、シャリアは、困惑と
「あのね、ニーナ。〝人竜一体〟っていうのは、騎乗の極意。聖竜騎士団でも、体現していると言えるのはトップクラスのほんの数名しかいない――そういう次元の境地なの」
その説明と、だからできて当然みたいに言わないで、という言外の抗議に、ニーナは、そうなんですかッ!? と心底驚いた様子で、
「で、でも、ランス先輩は、『それができなければ、〝運んでもらっている〟だけで〝一緒に飛んでいる〟とは言えない』って……」
自分がどういうレベルの技術を要求されていたのかを初めて知ったニーナ、極意が『最低限身につけておくべき事』ってどこまで非常識なんだと呆れ返るエレナとシャリア、それに
「でも、その〝調質〟じゃ、
そう言い出したのはティファニアで、
「いったいどんな修行をしたら、五ヶ月そこそこで、そこまで強くなれるんだ?」
「強い? 私って強いんですか?」
「そりゃあ強いだろ。少なくとも、武器を持って襲い掛かってきた殺し屋共を無傷で
「そっか……、私って強かったんだ……」
そんな事を
「スピア先輩達のお散歩に
『…………』
ある者は、あからさまに、何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表情を浮かべ、ある者は、冗談か本気かを
そんな反応を予想していたニーナは、表情こそ笑っているようだが、目は完全に死んでいて……
「まぁ、そうですよね。実際に行ってみなきゃ
「ニーナ?」
「ハンバーグもね、量がおかしいんですよ。小さな家
「――ニーナッ! ニーナッ!! こっちを見てッ! 私が誰か分かる?」
まるで
ニーナは、もう
「
ガタンッ、と勢い良く立ち上がるなり
この時、他の面々は、完全にビビり散らしていた。そんじょそこらの
「ハァ…ハァ……ハァ………ハァ…………あの不快な羽音って、駆除し終わった後もしばらくの間、耳の奥に残るんです。それが不意に
「いいの、気にしないで」
二人はソファーに座り直し、ニーナは、落ち着きを取り戻した――かに見えたが、
「藪蚊だけじゃなくて、蜂も大きいんです。
笑うニーナの暗く
ただ、話を聞いて分かった事はある。
初めて、剣で敵を斬り殺した、銃で犯人を撃ち殺した…………その時の感触が手に残って
しかし、ニーナは、人と戦うのは初めてだったと言っていたが、
それは、既に、肉を潰し、
それに、〝粉砕〟と〝割断〟の異名を
ほんの五ヶ月前までは、絵を描くのが好きな、どこにでもいる少女だった――そんなニーナを、〝人竜一体〟の極意を体現する一流の竜飼師に、そして、プロの殺し屋を無傷で殴り倒す撲殺魔に変えてしまった。
真に恐るべきは、大樹海の環境か、それとも、ランス・ゴッドスピードか……
――それは突然の事だった。
「こんにちわぁ――――~っ!!」
その声は、怪談噺が行われている会場の
すると、丸テーブルの上で、四つ足をピンッと
「……まさか、――
直前までの場の雰囲気がまさに出そうな感じだったから
「…………何かいる?」
フラメアは、まだ、
ティファニアがそう訊くと、フィーリアは首を横に振り、
「大丈夫ですよ」
そんな中、そう言ったのはニーナで、
「フラメアちゃんは時々こういうことがあるんです。でも、ランス先輩も気にしてないので、たぶん、すごく小さな虫とか、天井や壁にあった三つの点が顔に見えたとか、――そう言うことですよね?」
そう問われたランスは、グラスを片手に平然と、
「
え? と
急に、今までにも増して不穏な空気が漂い始め……
「……な、なな、何か、って何?」
代わりに戦々恐々としているレヴェッカが訊くと、
「害意のない何か。それ以外の事はフラメアにも分からないそうです」
「分からない、って……ランス君は気にならないの?」
「敵でないのなら、何であろうと構いません」
話している当人と幼竜達以外は、納得しかねると言いたげな顔をしていたが、何の前触れもなく、動きを止めていたフラメアが
それを見て、一同は、その〝何か〟は去ったようだと察したが……
『…………』
薄ら寒い不穏な空気は
「……あ、あのっ!」
耐えかねたように声を上げたのはロッテで、
「お料理っ、まだたくさんありますからっ!」
「そ、そうねっ! ――あっ、そうだッ! じゃあもう一回乾杯しましょうッ!」
その後、レヴェッカの乾杯の
料理は
そして、
「ニーナ、ちょっといい?」
「はい。なんですか?」
既視感を
「ニーナがした修行の話なんだけど……」
言葉にするなら、先程の二の舞を演じるつもりかッ!? といった感じの非難の視線を複数感じつつも、自分達もまた
「始めから、その……ハンバーグを作ったり、大樹海の蚊や蜂を駆除したりしていた訳じゃないんでしょう?」
「あっ、はい。最初の一ヶ月くらいは、〝捷勁〟の呼吸法だけで良い、って言われて、朝から晩まで何をする時もずっと、それだけをやり続けてました」
そう語るニーナは、穏やかなまま。あの撲殺魔が目覚める気配はない。
フィーリアは、ひとまず、ほっ、と胸を撫で下ろした――が、
「で、意識しなくても体内での霊力の循環を維持できるようになったら、今度は〝流纏〟、次は〝疏通〟…………そうやってどんどん追加していって同時にできるものを増やして――」
「――ちょっと待って」
なんでもない事のように語られた内容に違和感を
「……同時に? それって、一つ一つ技を修得していった、って事じゃなく、まずは〝捷勁〟だけ、次は〝捷勁〟に加えて〝流纏〟、その次は〝捷勁〟と〝流纏〟に加えて〝疏通〟、って事?」
ニーナが、何に疑問を
「そんなこと可能なのか?」
そう言ったのは、ティファニア。
スピア、パイク、フラメアやキースは、ごしゅじんがいい、とか、自分がそうしたい時に食べたり飲んだりするからいい、と嫌がるが、ピルムは、スプーンやフォークで料理を差し出すと、ぱくっ、と食べてくれるので、ずっとにっこにこでエレナと交互に料理を食べさせていたのだが、話は聞いていたらしい。
「捷勁法ってのは、必要に応じて即座に技を切り替えるもんだろ?」
「複数の技の要素を含む『応用技』や、基本技を維持しつつ一部を変化させる『派生技』は存在するけど、同時に複数の技を個別に制御・維持し続けるなんて……」
少なくとも、そう
しかし――
「できますよ。現に、私でも、〝捷勁〟〝流纏〟〝疏通〟〝根張〟〝調質〟の五つなら同時にできます」
一同にしてみれば、それだけで十分驚愕に
「ランス先輩なんて、それ以上のことを当然のようにやってますよ?」
そう言われてしまうと、そうなんだろうな、と妙に納得してしまい、そんな訳ないだろうといった否定の言葉は誰の口からも出てこなかった。
「でも、どうしてそんな事ができるんだ? 同時に複数の技を並列で制御なんて、一つの
そう素直に疑問を口にしたのはエルネスト。
修行を始めたのは保安官養成学校に
それ故に、
「どうして? って言われても…………私は、ただ〝やれ〟と言われたことをやってきただけなので……」
これまで何の疑問を
それ故に、答えられるはずもなく……
『…………』
一同の視線は、当然のように、後輩を指導した先輩竜飼師のほうへ向けられた。
現在、丸テーブルの上では、ピルムが、自分で食べたり食べさせてもらったりしながら、はぐはぐと急がず
姿が見えないフラメアは、ごしゅじんのロングコートのフードの中。丸テーブルの脇に置かれた椅子に座っているランスは、その
「ねぇ、ランス君」
そこに声を掛けたのはレヴェッカで、
「本当に、今ニーナが言っていたような事が可能なの?」
そう訊く。
それに対してランスは、
「…………」
即答はせず、ふと
耳に届いていたこれまでの会話の内容からこの質問をした
ならば、どこまでを、どう伝えるか……
ランスは、
「捷勁法の基礎は、体内の霊力を制御して自身を強化する〝捷勁〟と、体外へ放出した霊力を制御する〝流纏〟、この二つ。
そう
「今の自分よりも強くなる事を望むのなら、そのために何をすれば良いのか分からないのなら、この二つを、特に〝捷勁〟の習熟に
それを聞いて、数名が口を開こうとしたが、
「ごちそーさまでしたっ!」
ちょうどその時、出された料理を奇麗に
それが機先を制する形になって更なる質問を
そして――
「次の仕事の準備があるので、そろそろお
「次の仕事?」
話題を変えると、案の定、すぐレヴェッカが食い付き、ランスは、はい、と頷いてから、仕事の内容については
「近々、大森海で集会が開かれます。
そう
「彼女達の
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