第104話 報告書の書き方とお金の貸し方

 『子供達に麻薬を売りつける悪いやつらを退治して下さい』という教会付属の孤児院で働く女性神官、今や院長になったセイナからの依頼を受けたランスは、それを実現するために《トレイター保安官事務所》を利用し、計画を立て、本局保安官のエリザベート達をも巻き込んで実行に移したクラジナ・カルテル壊滅作戦は、成功に終わった。


 しかし、保安官・警察官の仕事というのは、犯人を逮捕し、取り調べてつみを認めさせ、送検したら終わり、という訳ではない。


 検察官に起訴する事を決めさせたり、裁判官に有罪だと認めさせたりするには、それらの根拠となる文書――現場の実況見分調書や、証拠物品の報告書、被害者を始めとする関係者の聞き取り調書など、膨大な捜査関係資料を作成しなければならない。


 一方、スパルトイも、そんな作業と全くの無縁という訳でもない。


 一応、ギルドの職員が、スパルトイから報告を聞き、それを書き取って後で清書してくれるため、読み書きができなくても問題はないのだが、中には、ギルドに、ではなく、依頼人が自身へ報告書を提出するよう求めてくるような依頼も存在する。


 また、そのような場合以外でも、書面での報告はギルド職員に歓迎される。それは無論むろん口頭こうとうでの報告を聞いて書き取る作業がはぶける分、自分の仕事が減って楽になるからだ。


 口頭でも書面でも構わない――その場合、ほとんどのスパルトイは、文書の作成を面倒がって口頭でませようとする。


 だが、ランスは、書面での報告を選ぶ。


 それは、エゼアルシルト軍幼年学校でしっかり教育を受けしこまれているため、書類仕事デスクワークを苦にしないからであり、他人と面と向かって長く会話するのが得意ではないから。


 しかし、一時期、ランスは、この苦手としないはずの仕事でひどく難儀なんぎしていた。


 それは何故かと言えば、長く同じ場所でじっとしていられない幼竜がいるからだ。


 席に着き、つくえに向かって仕事を始めると、お利口りこう小地竜パイクは、となり椅子いすの上にクッションを置いておけば、その上で丸まって終わるまで寝て待つ。小天竜フラメア小飛竜ピルムは、ごしゅじんの邪魔をしないよう机の端のほうでその様子をながめていたり、何か適当な暇潰ひまつぶしを見つけて仕事が終わるのを待っている。


 だが、問題の小白飛竜スピアは、始めのほうこそフラメアやピルムと一緒に何かやっているのだが、長くは持たない。ほどなく飽きて、これから書き込もうとしている用紙の上で、ころん、と転がってお腹を見せてきたり、ペンを持つ手にじゃれ付いてきたり、肩の上に乗ってきて首を伸ばし頭を視界に割り込ませてこちらの顔をのぞき込んできたり…………執拗しつようっても過言かごんではない、かまってアピールが始まる。


 これが、ひまだから遊べ、というただのままならしかる事もできるのだが、スピアは、まさに無邪気。仕事の邪魔をしているというつもりはまるでなく、ただただ構ってほしいという一心で甘え、好意100%のキラキラきらめくおめめで真っ直ぐに見詰めてくるので、叱るに叱れない。


 それで、つい、仕事の手を止めて構ってしまうと、その途端、自分も自分もといった具合に、それまでおとなしく仕事が終わるのを待っていたフラメアとピルムまでが襲い掛かっあまえてくる。


 ピルムは、何とかの一つ覚えのように、ころん、と中途半端な前転でんぐりがえしで仰向けになると、そのまま、どう? と言わんばかりに見詰めてくる。構うまで延々えんえんと。


 何と答えれば良いのか分からない。


 フラメアは、躰をよじ登ってきて、首の周りをグルグルグルグル回ってふわっふわの体毛を擦り付けてきたり、ひどい時には、っちゃな前足で唇を引っ張ってこちらの口を開かせると、下の前歯につかまって懸垂けんすいを始めたり、口の中に入り込もうとしたりし始める。つかまえてっこしてでるまで延々と。


 何を考えているのか分からない。


 そんな状況で仕事が手に付くはずもなく、再開できるのは、たっぷりかまってこまった幼竜達こらを寝かしつけてから。


 ランスは、この状況をどうにかできないものかと考えた。


 先に打ち上げ会をして幼竜達が満足し寝静まってから作業を始めれば良いのでは、というのは名案に思えたのだが、パイクは、ちゃんと仕事が終わるまでは飲まない、と言って首をたてに振ってくれない。


 そんな訳で、試行錯誤を繰り返し…………ついには、発想を転換して、幼竜達をどうにかしてから仕事をするのではなく、幼竜達と共に報告書を作成する、という結論にいたった。


 今では、幼竜達が、当時の状況を思い出しながらきゅいきゅいがうがうくりゅくりゅみゃーみゃー身振り手振りをまじえて報告し、ランスがそれを聞き取って整理してから書きしるす、というスタイルが定着している。


 余談だが、依頼の遂行中に戦闘などがあった場合、幼竜達は、決まって、ごしゅじんがどんなに強かったか、どんなに格好良かったかといった事を熱弁し出すのだが、ランスは、さっさと結果のみを簡潔に記す。それに対して、幼竜達は、寄ってたかって、ちゃんと書いてっ!! と盛大に抗議しもんくをいってくるのだが、かまってアピールとは違って無視スルーする事に躊躇ためらいはない。


 そして、今回もそうやってレヴェッカと約束した報告書を仕上げ、前もって指定されていた日にそれを提出するため、ランスは、幼竜達と、ついて来るというので後輩竜飼師のニーナと契約竜パートナー小鳳凰竜キースともなって、現在、マルバハル共和国の首都であるリルルカの空港に停泊しているシャーロット号――《トレイター保安官事務所》が所有する長い楕円形の気嚢の下に船が吊られたレトロな飛行船を彷彿ほうふつとさせる潜空艇まで足を運んだ。




 パイクは、ごしゅじんランスが依頼を受けると、それが達成されるまで酒を飲まない。そして、打ち上げの際には、仕事が終わった後の一杯は格別だ、と言って、普段みょうにキリッとしていて格好良い目をにっこりと弓なりに細める。


 《トレイター保安官事務所》の所長と保安官助手の二人――レヴェッカ、ティファニア、フィーリアは、それを話に聞いてからずっと、にっこにこなパイクや、付き合って一緒に酒を断っていた幼竜達が楽しげに酒盛りする様子をどうしても見たかったらしい。


 それで、シャーロット号の居住区画キャビン――広々としたフロアのおよそ3分の1が長方形のテーブルとソファーのセットが置かれた応接室のような空間で、残りが、強いこだわりが感じられる木の風合いが生かされたレトロな酒場バーのような空間――での打ち上げ会を企画し、準備万端ととのえてランス達が来るのを待ち構えていた。


 そして、あーだこーだ言って、入口で要件を済ませようとするランスをなかば強引に居住区画キャビンへと連行するなり、打ち上げ会の開催を宣言し、


乾杯かんぱぁ――――~いッ!」


 麦酒ビールがナミナミとがれた大型のグラスジョッキかかげた時は、満面の笑みを浮かべていた――のだが、


『はぁ~~~~……』


 今では、った訳でもないのに、妹分二人共々ともども、並んでバーカウンターのテーブルにし、全てが嫌になったと言わんばかりに不貞腐ふてくされている。


 それは何故かと言うと――


「ひどぎる……、自分達だけで先にしてたなんて……」


 乾杯の音頭おんどの後、パイクは、自分のお気に入りのショットグラスで一口飲み、んまい、と一つ頷いた。美味しそうではあるが、話に聞いていた『にっこにこ』という程ではない――それを見たレヴェッカ達は、あれ? と思い、いったいどういう事かとニーナに詰め寄り、白状させ、ランス達が、報告書の作成を終えたその日に、自分達だけで打ち上げ会をしていたという事実が判明した。


「にっこにこのパイクくんと一緒にお酒飲みたかったから、今までの人生で初めてってくらい、クッソつまらない報告書の作成デスクワークだって頑張ったのに……」


 さめざめとぼやくティファニアに対して、


「ランスをうらむのは、お門違かどちがいだ」


 そう指摘したのは、三人と一つ席を空けて背凭れのない椅子スツールに腰かけ、大ジョッキを手にしている白獅子の獣人女性バステトのクオレで、キンキンに冷えたビールを飲み干してから、


「打ち上げ会をすると伝えていなかったんだろう?」

「そうだッ! レヴィが悪いッ!!」

「はぁッ!? 言わなくたって一緒に仕事したんだから一緒にいわうでしょ普通ッ!?」


 一転してギャーギャーとののしり合うティファニアとレヴェッカ。


 打ち上げ会をするむねを伝え忘れていたのは、作戦終了後しばらくの間、レヴェッカの頭が、《トレイター保安官事務所》の前所長であるルーカス・トレイターと、クラジナ・カルテルのトップに君臨していた大首領ドンザルバ・アルスデーテの事で一杯だったからであり、すぐに開催できなかったのは、捜査関係資料の作成以外に、エリザベートの配慮で、自分の部下がザルバに対する取り調べをおこなう合間に、ルーカスとその家族の殺害を指示した容疑に関する尋問を行なう機会をもらって、マルバハル連邦警察本部にっていたから。


 そのあたりの事を言い出さないのだから、結局のところ、本気で怒っている訳ではなく、ただじゃれ合っているだけなのだろう。


 クオレは、カウンターの内側で酒の注文を受け付けたりさかなの用意をしたりしているシャルロッテロッテ――クラシックなメイド服を身に纏い髪をポニーテールにしている人と見分けがつかない精巧な自動人形オートマタに、お代わりを注文してから、付き合ってらんないよと言わんばかりに離れた席へ移動した。


 バーカウンターの裏にある厨房キッチンでは、シャルロッテと全く同じ顔で、スマートなパンツスーツを身に纏い丁寧に編みこんだ髪を後頭部でまとめているシャルロットロットが、さかな以外の料理を作っていて、みずから手伝いをもうし出たニーナが、女給ウェイトレスのように裏と表を行き来しており、


「……パイクくん、にっこにこだった?」


 カウンターのテーブルに突っ伏していたフィーリアがわずかに顔を上げ、そんなニーナをび止めて訊くと、


「もう、にっこにこでしたよぉ~」


 その時の事を思い出して、ニーナは、心の底から幸せそうな笑みを浮かべた。


 ペットあつかいされてしまう幼竜達に加えて、ランスは〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕も同席させる。ゆえに、こころよく入店させてくれる酒場や食堂はまずないため、会場は、ムー山脈に程近い大森海にある隠れ家セーフハウス


「そんなパイク先輩を見て、スピア先輩達やうちのキースまでにっこにこで……」


 本当に楽しそうな幼竜達。


 そこはかとなくリラックスした様子の先輩ランス


 不思議と見守ってくれているようなあたたかな眼差まなざしを感じる〔ユナイテッド〕。


 主に寄りい幸せそうに微笑むミスティ――分身体を人化させた〔宿りしものミスティルテイン〕。


 キースのおまけだという事は重々承知している。それでも、同席する事を許してもらえたあの穏やかな時間は、本当に夢のように幸せなひと時で……


「――はッ!?」


 ふと、フィーリアだけではなく、みにくい言いあらそいをやめたレヴェッカとティファニアまでが、暗くよどんだ恨みがましい眼差しを自分に向けている事に気付いたニーナは、そそくさと逃げだして厨房へ向かい――


「…………」


 カウンター席の一番奥、専用のスツールに腰かけている鉱物系人種ドヴェルグの青年――シャーロット号の船長であるゼロスは、来るたびに手土産として種類が異なる数本の美味い酒を持ってきてくれるランスに感謝を伝えた後、そんな喧騒けんそう他所よそに、我関われかんせずといった様子で、少しずつ酒瓶でまってきたカウンターの奥のたなながめながら、球形の氷とウィスキーががれたロックグラスをかたむけた。




 一方、同じキャビンでも、応接室のような空間のほうでは……


「……私達は何故ばれたんだ?」


 いまだに竜飼師協会への出向という形で通常の任務から外れている元竜飼師の竜騎士達――エレナとシャリアが、ソファーに腰かけ、居心地いごこち悪そうにちぢこまっていた。


「付いては来たけど、レムリディア大陸こっちいてから野営キャンプしかしてないのに……」


 それに対して、無類のドラゴンマニアエレナにも今あちらで話題になっている『にっこにこのパイクくん』を見せてくれようとしたんだろうな、と察しているシャリアは、幼馴染みティファニア達の心遣いに感謝しつつ、


「それは、仕方ないでしょ。聖竜騎士団所属の私達が、要請もなしに他国の軍事行動に介入したりしたら、国際問題に発展すおおごとになるのは間違いないんだから。もしそうなったら、いくら特命で行動中とはいえ、絶対にお咎め無しただじゃ済まない」


 そんな訳で、結局、何の手伝いもできなかった。


 それなのに打ち上げ会に呼ばれている。


 肩身かたみせまい事この上ない。


 それでたまれなくなり、顔を見合わせた二人が席を立とうとしたちょうどその時、ニーナが、こちらのテーブルにも料理を運んできて、


「お酒のおかわり、いかがですか?」

『あっ、おかまいなく』


 二人は、反射的にそう答えつつ浮かせた腰をソファーに戻した。




 更に、そんな二つの空間の境目で。


 今は丸テーブルが二つ並べられ、その上には、この地域で人気の銘柄の酒瓶数本、数種のさかな、そして、それらを楽しむ小白飛竜スピア小地竜パイク小天竜フラメア小飛竜ピルム小鳳凰竜キースの姿がある。


 そして、席に着いているランスが、そんな幼竜達の様子を肴に自前のロックグラスをかたむけていると――


「――ランス。って頼みがある」


 そばまで思いつめた顔でやってきて足を止め、姿勢を正してそう言ったのは、まもなく実習期間が明けて一旦いったん保安官養成学校へ戻る事になっているエルネスト。


 ランスは、とりあえず話を聞くためとなりの席へすわるようすすめたが、エルネストは、いきなりその場で深々と頭を下げ、


「――お金を貸して下さいッ! できれば無利子むりしでッ!」


 そう懇願こんがんした。


 金銭かねを必要とする理由の見当はついていたが、一応確認のため、何故? と問い、もう一度席を勧めるランス。


 すると、今度は素直すなおしたがい、頭を上げて椅子に腰を下ろしたエルネストが、はらえられないといった様子で語り始めた。


 その理由を一言ひとことってしまうと、予期せず扶養家族が二人もできてしまったから。


 その『二人の扶養家族』とは、現在、他の宝具人ミストルティン達と共に警察で保護されている、彼と契約した双子の少女達の事。


 詳細は割愛するが、彼女達は、カルテルの別働隊として行動していた《セスロの鎌》の遊撃隊メンバーの一人、〝戦魔〟の異名で知られていた男の命令に従い、彼の予定では自分と戦ってをたのしませてから死ぬ事になっていた男、つまり、エルネストと契約した。


 だが、結局、〝戦魔〟は死亡、《セスロの鎌》とクラジナ・カルテルは壊滅し、自身の意思は無視され勝手に契約されてしまったエルネストと、深く考えずただ命令に従っただけの双子が後に残された。


 宝具人の契約は、文字通り、死が二人をかつまで。宝具人が契約を結べるのは一人だけで、当人達がそれを望んだとしても、解除する事はできない。


 それでも、一定以上はなれる事ができないといった制約がある訳ではないため、別々の人生をあゆむ事はできる。


 しかし、エルネストは、自身が望んだものではないとはいえ、切っても切れないえんで結ばれてしまった以上、行く当てのない少女達を、ろくな教育を受けておらず武器や兵器としてあつかわれてきたがゆえに、他の誰とも契約できず武器化できない自分達にはもう価値がない、と表情を変える事なく淡々たんたんと口にしてしまうような彼女達を、放置する事はできない、見捨てる事などできない、と二人を引き取る事にした。


 そして、なやんだすえに覚悟を持って決めたからこそ、厳しい現実に目を向け、10歳前後の少女二人を養育するのにどれだけの費用がかかるのかを調べ…………頭を抱えた。


 保安官の給料は、安くない。出世すれば当然上がるし、手柄を立てれば特別手当ボーナスももらえる。真面目につとめ、日頃の節制をおこたらなければ、数年でそこそこのたくわえができ、多くの保安官がそうであるように、所帯を持ち、家族をやしなう事ができる。


 だが、まだ保安官になってすらいないエルネストには、その蓄えがない。


 衣食住の保障にくわえて十分な教育、それ以外にも、将来の事を考えられるようになってやりたい事ができたならやらせてやりたいし、ただでさえ女の子にはいろいろと入り用だという話で…………どう考えても、自分のかせぎだけではまかなえない。


 そこで、今回の一件だけで複数の賞金首を討ち取ったランスに相談を持ち掛けた、という次第しだいで……


「いつになるかは分からないが、りた金はかならず返すッ! ――だから、頼むッ!!」


 エルネストは、この通りだッ!! と続けて、また深々と頭を下げた。


 それに対して、分かった、とあっさり承諾するランス。


 そう言ってくれるだろうと思っていたので、エルネストは、素直に喜びをあらわにし、感謝のつたえ、それから早速さっそくで申し訳ないとは思いつつも、如何いかほどしてもらえるかとたずねて、


「3億4000万」

「……は?」


 予想のはる彼方かなたをいく金額に理解が追い付かず、間抜けづらさらした。


 一瞬、我が耳をうたがったが、それは聞き間違まちがいなどではなく、


「ブレイバスにけられていた賞金を受け取る権利を譲渡した、という形を取っておけば、出所がはっきりしている金だから、何かのおりに資産を調べられても不審に思われる事はない。グランディア・ユニオン銀行に口座を作って入金しいれておけば、現在の利率だと、新しい生活を始めるための支度したくに使っても、残りの利息分だけでそれ以降も生活にこまる事はないはずだ」


 ランスは、そう理由を説明してから、ついでのように、返すのは何時いつになっても構わない、と付け加えた。


 その直後、二人がしていたかねの話を耳にして瞳をギラつかせたレヴェッカが席を立った瞬間、何をしようとしているのかを察したティファニア、フィーリア、クオレがそれを阻止するため一斉に飛び掛かってねじ伏せた、というのは余談だ。




 そして、これもまた余談になるが、この場に、エリザベート達の姿はない。


 それは、もちろん呼んでいないからという訳ではなく、仕事がいそがし過ぎて来る事ができなかったから。


 現在、汚職や背任などの容疑でマルバハル連邦警察本部・本部長以下が逮捕され、警察としての機能に支障をきたしている、自浄能力が正常に機能していない、と判断されたため、この国の役人ではなく、天空都市国家グランディア総合管理局ピースメーカーから派遣された保安官が、つまり、エリザベートとその部下達がその職務を代行している。


 首都リルルカとクラジナ市での作戦、その事後処理はもちろん、日々それとは関係のない事件が起き、更に、事実上クラジナ・カルテルが壊滅した事で、組織の威光を借りて大きな顔をしていた構成員メンバーが他の組織の構成員から御礼参おれいまいりに合う、つまり、凄惨な残党狩りが行われているのに加え、その地位ポストを狙う犯罪組織同士の抗争が始まっていて…………それら全てへの対処が求められている彼女達の仕事量は、地獄の責め苦すら生易なまやさしく感じられるレベルに至っている。


 各分署の汚職警官が一斉に摘発され、クラジナ・カルテルと癒着していた保安官事務所――リルルカを管轄としていた《ラッシュフォアーズ保安官事務所》所長のジェロン・ザヴィアー以下所員が逮捕され、既に取り潰しが決まっているというのも地味に痛い。


 それでも、表向き街に平和が戻っているのは、悪党共が、ドラゴンと共にどこからともなく現れふと気付けばそこにいる槍を携えた死神ランス・ゴッドスピードを恐れ、〝一般市民かたぎを巻き込んではならない〟という暗黙の了解を厳守しているからだ、とうわさされているが、真偽のほどはさだかでない。


 ――何はともあれ。


 一介いっかいのスパルトイや、弱小保安官事務所に手伝える事はない。彼女達が一息つけるのは、既に要請してある総合管理局からの応援が到着してからになるだろう。

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