第68話 襲来 殺し屋〝天使と悪魔〟

 先日、ご隠居が、媛巫女と聖母竜に会うための手筈てはずを整えると言ってくれたのだが、今日、期せず会う事ができた。


 その事を報告しておこうと、現在、ランスは、小飛竜スピア小地竜パイクと共に〔汎用特殊大型自動二輪車〕に乗り、夜になってともった街灯の列に照らされている公道を、三賢人の隠れがある浮遊島トゥリフィリへ向かって走行中。


 竜宮からそのまま、体長10メートル超の翼竜に形態変化したスピアの背に乗って飛んで行けたならとっくに到着している時間だが、浮遊島の上空は原則として飛行禁止になっているので仕方がない。


 とはいえ、〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕に乗って移動すはしるのも好きなので、これはこれで良い。


 一緒に連れて行ってもらえず竜宮の門の前で待たされたミスティは、不貞腐ふてくされて担い手と融合している本体に戻っているが、ごしゅじんの前に乗って風防カウルに両前足を掛けているスピアと、後ろに乗ってシートにお座りしているパイクは、前から後ろへ吹き抜けていく風に目を細めながら地上よりずっと近い星空を眺め、〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを下ろしているランスもリラックスした様子で頬を緩めている。


「…………」


 今日は朝からいろいろな事があった――が、どうやらまだ終わりではないらしい。


 ランスは、後続がない事を確認してから、信号機が赤になっている訳でもないのに道の真ん中で〔ユナイテッド〕を一時停止させた。


 それは、黄金のリングの中央に、水晶のようなラグビーボールより少し小さいサイズの正八面体を半分通したような物体――天使アンゲロス小天使エンジェルズ聖魔マラークが、浮遊島トゥリフィリへの最短ルートをさえぎるように忽然こつぜんと出現したからで、


〔貴様は、一般人を自分の巻きぞええにする事を嫌うそうだな?〕


 宙に浮いている小天使型聖魔が遠方にいる男の声をランスに届け、更に、こちらは一向に構わないが指示に従えばそうはならない、と続けた。


 それを伝えた直後、役目を終えて送還されきえさる小天使型聖魔。


 ランスは、常時展開している【空識覚】と〔万里眼鏡〕の【全方位視野】で用心深く周囲の様子をうかがい…………両手をそれぞれ申し訳なさそうにしているスピアとパイクの頭の上に、ぽん、と乗せた。気に病む必要はない、という事と、同じ思いをしたくないのならこういう手段を使ってくるやからがいるのだという事を覚えておかなければならない、といったむねを【精神感応】で伝えつつ、ぐりぐり撫でる。


 幼竜達は、忽然こつぜんと姿を現すまでその存在を感知していなかった。という事は、特定のルートから外れようとした時に召還されるよう、巧妙に隠蔽された魔法陣が仕掛けられていたのだろう。


 おそらく、〈護剣の担い手〉の竜族ドラゴン達と共に浮遊島フィリラへ向かうのを見られていたのだ。浮遊島の上空は原則として飛行禁止。フィリラから隣の浮遊島へ、そこから更に隣へ……と地上を移動する場合、ルートは限られる。


「行こう」

「きゅいっ」

「がうっ」


 幼竜達には気にしなくて良いとも伝えたが、その暗に不特定多数の一般人を人質に取ったという発言のほうは気にしない訳にはいかない。


 ランスは相手を敵と断定し、〔ユナイテッド〕を発進させ、進行方向を指示通りに変更した。


 向かった先は、天空都市国家グランディアの観光名所の一つ――『アンベロス大橋』。


 サッカーのフィールド半分ほどの小さな浮遊島を中心に、三方向へ連絡橋が伸びており、浮遊島の周囲はぐるっと展望台になっていて遥か上空から地上を広く見渡す事ができるようになっている。建物は、グランディアで最も清潔だと言われている公衆トイレと非常用の電話ボックス、それと、浮遊島中央の駐車場から外周の展望台へ安全に移動できるよう架けられた陸橋、以上。昼間は、大型の牽引車トレーラーを改造した屋台がハンバーガーやポテト、ジュースなどを販売しているが、夜間は店を閉めてトレーラーごと帰り、朝になってから来て営業を始めるため完全に人気ひとけが絶える。


 ランス達を乗せた〔ユナイテッド〕は、アンベロス大橋の中央駐車場へ向かって進み…………連絡橋の半ばを通過した直後、人間サイズの燐光をまとう十字架――天使アンゲロス権天使プリンシパリティーズ聖魔マラークが、三方向へ伸びる3本の連絡橋の半ばと、中央の浮遊島上空に出現し、それらが光の線で結ばれ、次いで面が形成され、4体の聖魔を頂点とした正四面体の結界が構築された。


 真っ直ぐアンベロス大橋中央駐車場に入る〔ユナイテッド〕。


 ランスは、〔ユナイテッド〕を停めて降り、両手でそれぞれスピアとパイクの頭をぐりぐり撫でる。そして、


(――兵は神速を貴ぶ)


 幼竜達をその場に残し、駐車場のほぼ中央で佇む二つの人影に向かって歩を進めた。




 浮遊島をぐるっと囲む展望台沿いに環状道路があり、そこには街灯が等間隔で設置されている。故に、結果として街灯に囲まれている中央駐車場は十分明るく、お互いの間に7メートルほど距離をおいてたたずむ男達の足元から方々へ複数の影が伸びている。


「こうしてお会いできた事を光栄に思います! 魔王候補にして再来の勇者、ランス・ゴッドスピードッ!」


 無造作に歩み寄ってくるランスに対して、芝居がかった大仰な仕草を交えながら舞台役者のように声を張り上げたのは、禍々しい形状の死神を彷彿ほうふつとさせる長柄の大鎌デスサイスを肩にかつぐように持ち、既に悪魔デーモン傲慢プライド型聖魔を融合装着しており、口許を除いた全身、目許まで妙にテカテカした甲虫を彷彿とさせる生体装甲を纏った長身痩躯の黒い男。


「貴様は知っているのか? 自分の首に懸けられている賞金額を」


 抑揚よくようなく淡々とつまらなそうにそう言ったのは、小天使型聖魔をかいしてここへ向かうよう指示した声のぬし。中肉中背で高級そうな白いスーツに白いロングコートを羽織り、白い手袋をめ、銀髪を整髪剤ジェルで硬めて顔には眼鼻のない無貌の白い仮面を装着している白い男。


 その隣には、燐光をまとう画板サイズで美麗な装丁そうていの本が、周囲には、中央に無貌の仮面が嵌め込まれている大盾タワーシールド――天使系大天使アークエンジェルズ型聖魔が3体、宙に浮いている。


「…………」


 二人の発言に対して、無手のまま無造作に歩を進めるランスは、無言で無反応。聞こえてはいても聴く気はなく、こちらから語る事もない。


「おぉ――~っ、問答無用ですかッ!? 悲しいですねぇ~っ」


 口の両端を吊り上げ、心底楽しそうに言う黒い男。


「でも聞いて下さい。対象ターゲットに自分が殺される理由を告げるのが我々の作法ですのでッ!」

「…………」


 ランスは、速度を上げる事も下げる事もなく、颯爽さっそうと歩を進める。


「貴方がこれから我々に、というか私に殺されるのは…………いないほうが依頼人クライアントにとって都合が良いからだそうですッ!!」


 貴方はそんな理由で殺されるんですよッ!! と何がおかしいのかひとり身をよじって大爆笑する黒い男。


「いやぁ~っ、実に美味しいお仕事です! 貴方のような名ばかりで実がともなわないお子様を一人ひねり殺すだけで、依頼人からの破格な報酬だけでなく、懸賞金まで頂けるのですからッ!!」

「…………」


 彼我ひがの距離がどんどん詰まって行き……


「いきなり竜族オオトカゲけしかけられる――そんな状況も想定していたが、貴様が自信過剰なガキで助かった」

「えぇ、えぇ、まったくです! そんな真似をされていたら、いったん退いて、愚かな選択をしたと後悔させるために、一つ浮遊島しまを適当に選んで無関係な住民を皆殺しにしたり、一匹ずつ邪魔なトカゲを駆除したり、またこの状況を作るために面倒が増えるところでしたからねぇ~っ」


 静かな落ち着きのある声でつむがれた白い男の言葉を引き継ぐように、黒い男が騒々しくわめき立て、その間にもランスは黙々と前進し……


「そのお礼に一瞬で楽に死なせてあげますともッ!!」


 そう宣言した黒い男が、右足を大きく後ろへ引いて半身になりつつ大鎌を大きく振りかぶりながら腰を落とし、一撃必殺を狙える攻撃的な構えをとる。


 対するランスは、いまだに無手のまま無造作に歩を進め――


「――めるなこのクソガキがァッ!!」


 今までのあざわらうかのような笑顔から一転、黒い男は犬歯を剥き出すようにして怒気を爆発させた。それにともなって、聖魔と融合して強化された全身の筋肉が隆起し、一回り以上膨れ上がったその躰から禍々しい霊力と殺意がほとばしる。


 そして、渾身の一撃を叩き込むため地面を蹴って一気に間合いを詰めんと、ぐっ、と膝をたわめた――その瞬間、背後に伸びる影の中から飛び出した黒く細長いとげのような槍がランスの背中から胸を貫いた。


 それは、影にひそんで召喚者を護り、影から影へ移動しわたって敵を攻撃する、不定形の悪魔系嫉妬エンヴィ型聖魔の奇襲。


 だがしかし、聖魔が貫いたのはランスの残像で――


 ――ドドヅッ


 響いた打突音は二つ。開いたあなは四つ。


 まるで嫉妬型聖魔に背を押されるかのようなタイミングで攻撃を開始したランスは、一定の速度での歩行から〝閃捷フラッシュムーヴ〟での急加速で残像を生みつつ距離を詰めながら掌中に槍を召喚し、薙ぎ払いを繰り出すため躰を横へじるように大きく大鎌を振りかぶっている黒い男、その左目と左脇の下を槍で穿うがつと即座に〝閃捷〟で身をひるがえし、なかなか見事な自然体で佇む白い男を間合いに捉えるなりそののど心臓むねに風穴を開けた。


 敵の間合いに留まらず素早く距離を取る。


 ランスが攻撃を始めてから終えるまでの時間は、およそ1秒。


 黒い男の左目に打ち込まれた一撃は眼球を潰して脳に達し、左脇の下を穿った一撃は肺と心臓をえぐっている。その無事な右目には、まだランスの残像すがたが残っているのか、既に自分の命が尽きている事に気付いていない黒い男は、大鎌を繰り出して少年竜飼師の首があった空間をぎ、そのまま得物の重量に振り回されるようにしてバランスを崩し、倒れ、二度と起き上がる事はなかった。


 一方の白い男は、自分は死ぬのだとさとってしまったからこそ、燐光が消えた美麗な装丁の本と、両方の袖口から滑り出た2本の短剣型暗器が、地面に落下して音を立ててもそちらに意識を向ける余裕はない。無駄だと分かっていても足掻あがき、出血を止めようと両手で傷口を押さえて圧迫し、白手袋と白いスーツに広がって行く赤い染みをしばし呆然と見詰めた後、ピクリとも動かず宙に浮いている3体の大天使型聖魔タワーシールドに目を向け……力尽きて崩れ落ちる。


 延髄まで貫かれてのどあなが開いていたため声にならなかったが、ランスは、その唇の動きから、どうして、という言葉を読み取った。


 地面から飛び出した細く長いとげのような槍を突き出したままだった黒い水溜りのごとき嫉妬型と、融合して黒い男の姿を変貌させていた傲慢型の聖魔が崩れ去り、それに次いで、結界を構築していた権天使型、大盾のような大天使型、更に、2本の短剣型暗器に変化していた力天使ヴァーチュズ型の聖魔が崩壊するように送還される。


 後に残ったのは、血溜まりに倒れ伏す白スーツの男と黒スーツの男。


 そして、両の脚で立っているのは、いつもの銀槍ではなく、青にも緑にも見える碧槍――〔宿りしものミスティルテイン〕の分身体が武器化した、穂先から石突までが一体形成で、全長3メートルを超える、細く長く鋭い柳葉型の槍穂が特徴のシンプルな槍を携えたランスただ一人。


 油断せず2名を調べ、その死亡を確認すると、ランスは白い男の遺体に向かって、


「あらゆる悪意から召喚者を守護する大天使型聖魔は、殺意や敵意に限らず、ほんのわずかな怒り、憎しみ、苛立ち、嫌悪感にすら反応する」


 それ故に、攻撃の速さに関係なく、召喚者と敵の間に割って入り、あらゆる悪意こうげきを受け止める。速さ自慢スピードスターの天敵のような聖魔だ。


 しかし――


「悪意がなければそれを攻撃と認識せず、反応しない」


 それが、今わのきわに白い男が放った問いの答え。


 ――無念無想。


 敵を間合いにとらえた瞬間から頭で考えるより先にからだが動き、心身はおろか魂にまで刻み込んだ技が、敵と己を中心とした空間の必然としてあらわれる。


 ただ一手、刺突に限ればその域にあるランスは、大天使型聖魔の天敵だと言って良いだろう。


 碧槍を自身と融合している本体に送還するランス。不貞腐れていたミスティが、使用された=必要とされた、と機嫌を直したのを感じて、ふぅ、と一つ息をついた。


 きびすを返して〔ユナイテッド〕と幼竜達の許へ。尻尾をブンブン千切れんばかりに振って迎えてくれたスピアとパイクを撫で回す。


 そして、幼竜達が落ち着くのを待ってから、


「師匠が言っていた。――〝駆け引きや心理戦を前提にするな〟と」


 何故なら、前提をくつがえされた時点で敗北が確定したも同然だからだ。


 これまで多くの標的を始末してきた二人の必勝法は――


 挑発し、力を誇示し、自分達に意識を引き付けておいて背後から嫉妬型聖魔に襲わせ、致命傷を負わせつつその場で釘付けにして大鎌で止めを刺す。


 例え嫉妬型聖魔の奇襲が失敗したとしても、それを防御または回避して体勢を崩したところを黒い男が仕留める。


 それすら失敗した場合、黒い男の攻撃を防御したところへ、または回避した先へ、白い男が間髪入れず短剣型暗器を投擲して仕留める。


 それすらも失敗して弾かれた場合、完全に失敗したと思い込ませ、仕切り直すと見せかけて、地面に打ち落とされた短剣型暗器に変化している力天使型聖魔を思念で操作し、意識の外から死角をついて仕留める。


 ――この4段構え。


 しかし、二人は、ランスが持って生まれた独特なリズム感の事を知らなかったため攻撃のタイミングがまるで読めず、その上、ランスの攻撃には予備動作や予兆といったものがなく、更に、手にしたのは投槍である銀槍より1メートル以上長い碧槍で、より少ない移動距離でより遠くからより速く攻撃する事が可能だった。


 それ故に、黒い男は備えていたにもかかわらず背後からの奇襲を回避したランスの攻撃に反応する事もできず、白い男もまた、頼りの大天使型聖魔が何の役にも立たなかったため、何もできずに終わってしまった。


「師匠はこうも言っていた。――〝作戦は単純明快シンプルであればあるほど良い〟と。俺もそう思う」


 ランスは、遭遇するまで詳しい情報を持っていなかった相手を、よく観て、洞察し、殺気――殺意の先走りを読んで躰が動き、素早く間合いを詰めて突く、これをただ2回繰り返した。


 昨日今日槍を手にしたばかりの素人しろうとではこうはいかない。この教えを授かり、このシンプルな方法をひたすら突き詰めてきたからこそ、二人を倒し得る技量が身に付いていたからこそ、今こうして立っている。


 あの二人は間違いなく手練れだった。『事前に収集した情報をもとに想定していた標的ターゲット』ではなく、『目の前にいるランス・ゴッドスピード』をしっかり観て対処していれば、こうも易々やすやすたおれはしなかっただろう。


 ランスは、こんな機会でも無駄にはせず伝えるべき事を伝え、これがかてとなってくれる事を願いつつ、しっかりいてくれた幼竜達をたっぷり撫でた。


 その後、面倒を予感したのか、スピアとパイクはすぐに出発したがったが、やむにやまれぬ事情がある訳ではない以上そうはいかない。ランスは公衆トイレの隣にある非常用電話ボックスへ向かい、事件の発生を通報した。




 数台の警察車輌や公用車がヘッドライトを付けたまま停車しているアンベロス大橋の中央駐車場。そこに、1台の軍用自動四輪駆動車ジープが入ってきて停車した。


 乗っているのは、レヴェッカ、ティファニア、フィーリア、クオレ――《トレイター保安官事務所》の面々。


 それに気付いて歩み寄るのは、エリザベート、リア、ブレア――総合管理局ピースメーカー本部勤めの保安官マーシャル保安官代理マーシャル・デピュティ達。


「何なの? いきなり、来い、って」


 車に乗ったまま運転席から文句を言うレヴェッカに対して、


「私もいきなり、行け、って言われたのよ」


 エリザベートはそう返して車を降りるよう促した。


 レヴェッカ達はエリザベート達の後に続き、駐車場を徒歩で移動する。


殺人事件ころし?」


 レヴェッカが、現場検証する鑑識官達の姿やその向こうにある血溜まりを発見してくと、


「通報者が返り討ちにしたそうよ。――すみません、それが返り討ちにあったっていう殺し屋?」


 エリザベートは、そう答えてから、ちょうどトラックに積むため2台のストレッチャーで二つの死体袋ボディバッグを運んできた鑑識官達を引き留め、見ても良いかとたずねて開けてもらう。


 中に入っていたのは、血が染み込んだ白スーツの男と、血で濡れた黒スーツの男。


 エリザベートは、ブレアから渡されたファイルを開き、中にあった2枚の写真と二人の遺体の顔を見比べて、


「回収されたのは、〔偽天使の怪画集〕と〔死の奴隷ダーインスレイヴ〕の大鎌…………国際指名手配犯『〝憎悪〟のアンジェロ』と『〝慈悲〟のディアヴォロ』で間違いなさそうね」


 それを聞いて、えッ!? と驚きの声を上げるレヴェッカ達。


 2台のストレッチャーに詰め寄って、


「それってどっちも億超えの賞金首じゃないッ!!」


 いきなり金の話を始めた所長レヴェッカをよそに、保安官助手アシスタント・シェリフ達はそれぞれ遺体に目を向け、


「こいつらが、あの? 善人は天国へ送り、悪人は地獄へ落とす……とか何とかって、要するに、金さえ払えば相手を選ばず誰でも殺すっていう」

「どちらも聖魔を使う二人組の殺し屋で、通称は〝天使と悪魔〟」


 ティファニアとフィーリアは、遺体となったその人物に注目したが、クオレが目を向けたのはそこに刻まれている傷のほうで、


「傷はそれぞれ2箇所ずつ。全て刺し傷で、同じ得物によるものだと思われ、どれも急所を正確に貫いている。二人の二つある傷の内、片方は念押しだろう」


 それに、と言いつつ、クオレは振り返って現場のほうへ目を向け、


「見たところ戦闘らしい戦闘が行われた形跡はない。という事は、その返り討ちにしたという通報者は、凄腕の殺し屋2名を一人で、真正面から、応戦する隙も与えず、実質一撃で仕留めたのか……」


 そう推測を述べた当人と、聞いていたティファニア、フィーリア、レヴェッカの脳裏に、そういう不可能としか思えない事を平然とやってのけそうな槍使いの姿が浮かび、自分達が呼ばれた理由を大まかに察した――その時、


「だめぇ――~っ!」


 現場に叫び声が響き渡る。


 顔を見合わせ、いったい何事かと、遺体を積もうとしていたトラックを回り込み、声が聞こえてきたほうへ急ぐレヴェッカ達とエリザベート達。


 そして、彼女達が目にしたのは、大型オートバイのかたわらで、ごしゅじんの顔面にしがみついているスピアと、その状態でたたずんだまま動きを止めているランスと、おねむの時間なのか退屈で眠くなってしまったのか、その足元でお座りしたままこっくりこっくり舟をこいでいるパイクの姿で、


「しつこいっ! もーおわりっ! あっちいってっ! や――~っ!」


 もう絶対ごしゅじんと話をさせないと言わんばかりに、ひしっ、とその顔面にしがみついているスピアが、職務質問しようとエリザベートの部下が口を開こうとするたびに追い払おうと声を張り上げている。


 通報してから保安官が到着するのを待ち、到着した保安官が勤務する交番に報告し、交番で待機していた上司が総合管理局本部に指示を求め、通信室から報告を受けた保安部長コンスタブルがエリザベートを呼び出し、命令を受けたエリザベートが《トレイター保安官事務所》に連絡するよう指示して…………今に至るまでにかなりの時間が過ぎている。


 レヴェッカ達が見て分かるほど、飽きと退屈でスピアの我慢は限界に達しており、今この時まで、かまってアピールするスピアをかまい、早く行こうとごねるのをなだめ…………汗一つかず平然と刺客に完勝した後で可愛い幼竜相手に悪戦苦闘しているランスの姿がありありと脳裏に浮かんだ。


 何にせよ、重要な話ができる状態とはとても思えない。


「来てもらっておいて申し訳ないんだけど――」

「――場所を変えたほうが良さそうね」


 レヴェッカは、謝罪を口にするエリザベートに皆まで言わせず、二人は顔を見合わせて苦笑した。


 その後。一応ダメ元で、ランスに車内で少し話を聞かせてもらえないかと尋ねると、案の定スピアが盛大に嫌がって駄々をこね……結局、明日、総合管理局本部のエリザベートのオフィスで、という事になり、ランス達はようやく解放された。

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