第68話 襲来 殺し屋〝天使と悪魔〟
先日、ご隠居が、媛巫女と聖母竜に会うための
その事を報告しておこうと、現在、ランスは、
竜宮からそのまま、体長10メートル超の翼竜に形態変化したスピアの背に乗って飛んで行けたならとっくに到着している時間だが、浮遊島の上空は原則として飛行禁止になっているので仕方がない。
とはいえ、〔
一緒に連れて行ってもらえず竜宮の門の前で待たされたミスティは、
「…………」
今日は朝からいろいろな事があった――が、どうやらまだ終わりではないらしい。
ランスは、後続がない事を確認してから、信号機が赤になっている訳でもないのに道の真ん中で〔ユナイテッド〕を一時停止させた。
それは、黄金の
〔貴様は、一般人を自分の巻き
宙に浮いている小天使型聖魔が遠方にいる男の声をランスに届け、更に、こちらは一向に構わないが指示に従えばそうはならない、と続けた。
それを伝えた直後、役目を終えて
ランスは、常時展開している【空識覚】と〔万里眼鏡〕の【全方位視野】で用心深く周囲の様子を
幼竜達は、
おそらく、〈護剣の担い手〉の
「行こう」
「きゅいっ」
「がうっ」
幼竜達には気にしなくて良いとも伝えたが、その暗に不特定多数の一般人を人質に取ったという発言のほうは気にしない訳にはいかない。
ランスは相手を敵と断定し、〔ユナイテッド〕を発進させ、進行方向を指示通りに変更した。
向かった先は、
サッカーのフィールド半分ほどの小さな浮遊島を中心に、三方向へ連絡橋が伸びており、浮遊島の周囲はぐるっと展望台になっていて遥か上空から地上を広く見渡す事ができるようになっている。建物は、グランディアで最も清潔だと言われている公衆トイレと非常用の電話ボックス、それと、浮遊島中央の駐車場から外周の展望台へ安全に移動できるよう架けられた陸橋、以上。昼間は、大型の
ランス達を乗せた〔ユナイテッド〕は、アンベロス大橋の中央駐車場へ向かって進み…………連絡橋の半ばを通過した直後、人間サイズの燐光を
真っ直ぐアンベロス大橋中央駐車場に入る〔ユナイテッド〕。
ランスは、〔ユナイテッド〕を停めて降り、両手でそれぞれスピアとパイクの頭をぐりぐり撫でる。そして、
(――兵は神速を貴ぶ)
幼竜達をその場に残し、駐車場のほぼ中央で佇む二つの人影に向かって歩を進めた。
浮遊島をぐるっと囲む展望台沿いに環状道路があり、そこには街灯が等間隔で設置されている。故に、結果として街灯に囲まれている中央駐車場は十分明るく、お互いの間に7メートルほど距離をおいて
「こうしてお会いできた事を光栄に思います! 魔王候補にして再来の勇者、ランス・ゴッドスピードッ!」
無造作に歩み寄ってくるランスに対して、芝居がかった大仰な仕草を交えながら舞台役者のように声を張り上げたのは、禍々しい形状の死神を
「貴様は知っているのか? 自分の首に懸けられている賞金額を」
その隣には、燐光を
「…………」
二人の発言に対して、無手のまま無造作に歩を進めるランスは、無言で無反応。聞こえてはいても聴く気はなく、こちらから語る事もない。
「おぉ――~っ、問答無用ですかッ!? 悲しいですねぇ~っ」
口の両端を吊り上げ、心底楽しそうに言う黒い男。
「でも聞いて下さい。
「…………」
ランスは、速度を上げる事も下げる事もなく、
「貴方がこれから我々に、というか私に殺されるのは…………いないほうが
貴方はそんな理由で殺されるんですよッ!! と何がおかしいのか
「いやぁ~っ、実に美味しいお仕事です! 貴方のような名ばかりで実が
「…………」
「いきなり
「えぇ、えぇ、まったくです! そんな真似をされていたら、いったん
静かな落ち着きのある声で
「そのお礼に一瞬で楽に死なせてあげますともッ!!」
そう宣言した黒い男が、右足を大きく後ろへ引いて半身になりつつ大鎌を大きく振りかぶりながら腰を落とし、一撃必殺を狙える攻撃的な構えをとる。
対するランスは、いまだに無手のまま無造作に歩を進め――
「――
今までの
そして、渾身の一撃を叩き込むため地面を蹴って一気に間合いを詰めんと、ぐっ、と膝をたわめた――その瞬間、背後に伸びる影の中から飛び出した黒く細長い
それは、影に
だがしかし、聖魔が貫いたのはランスの残像で――
――ドドヅッ
響いた打突音は二つ。開いた
まるで嫉妬型聖魔に背を押されるかのようなタイミングで攻撃を開始したランスは、一定の速度での歩行から〝
敵の間合いに留まらず素早く距離を取る。
ランスが攻撃を始めてから終えるまでの時間は、およそ1秒。
黒い男の左目に打ち込まれた一撃は眼球を潰して脳に達し、左脇の下を穿った一撃は肺と心臓を
一方の白い男は、自分は死ぬのだと
延髄まで貫かれて
地面から飛び出した細く長い
後に残ったのは、血溜まりに倒れ伏す白スーツの男と黒スーツの男。
そして、両の脚で立っているのは、いつもの銀槍ではなく、青にも緑にも見える碧槍――〔
油断せず2名を調べ、その死亡を確認すると、ランスは白い男の遺体に向かって、
「あらゆる悪意から召喚者を守護する大天使型聖魔は、殺意や敵意に限らず、ほんのわずかな怒り、憎しみ、苛立ち、嫌悪感にすら反応する」
それ故に、攻撃の速さに関係なく、召喚者と敵の間に割って入り、あらゆる
しかし――
「悪意がなければそれを攻撃と認識せず、反応しない」
それが、今わの
――無念無想。
敵を間合いに
ただ一手、刺突に限ればその域にあるランスは、大天使型聖魔の天敵だと言って良いだろう。
碧槍を自身と融合している本体に送還するランス。不貞腐れていたミスティが、使用された=必要とされた、と機嫌を直したのを感じて、ふぅ、と一つ息をついた。
そして、幼竜達が落ち着くのを待ってから、
「師匠が言っていた。――〝駆け引きや心理戦を前提にするな〟と」
何故なら、前提を
これまで多くの標的を始末してきた二人の必勝法は――
挑発し、力を誇示し、自分達に意識を引き付けておいて背後から嫉妬型聖魔に襲わせ、致命傷を負わせつつその場で釘付けにして大鎌で止めを刺す。
例え嫉妬型聖魔の奇襲が失敗したとしても、それを防御または回避して体勢を崩したところを黒い男が仕留める。
それすら失敗した場合、黒い男の攻撃を防御したところへ、または回避した先へ、白い男が間髪入れず短剣型暗器を投擲して仕留める。
それすらも失敗して弾かれた場合、完全に失敗したと思い込ませ、仕切り直すと見せかけて、地面に打ち落とされた短剣型暗器に変化している力天使型聖魔を思念で操作し、意識の外から死角をついて仕留める。
――この4段構え。
しかし、二人は、ランスが持って生まれた独特なリズム感の事を知らなかったため攻撃のタイミングがまるで読めず、その上、ランスの攻撃には予備動作や予兆といったものがなく、更に、手にしたのは投槍である銀槍より1メートル以上長い碧槍で、より少ない移動距離でより遠くからより速く攻撃する事が可能だった。
それ故に、黒い男は備えていたにもかかわらず背後からの奇襲を回避したランスの攻撃に反応する事もできず、白い男もまた、頼りの大天使型聖魔が何の役にも立たなかったため、何もできずに終わってしまった。
「師匠はこうも言っていた。――〝作戦は
ランスは、遭遇するまで詳しい情報を持っていなかった相手を、よく観て、洞察し、殺気――殺意の先走りを読んで躰が動き、素早く間合いを詰めて突く、これをただ2回繰り返した。
昨日今日槍を手にしたばかりの
あの二人は間違いなく手練れだった。『事前に収集した情報を
ランスは、こんな機会でも無駄にはせず伝えるべき事を伝え、これが
その後、面倒を予感したのか、スピアとパイクはすぐに出発したがったが、やむにやまれぬ事情がある訳ではない以上そうはいかない。ランスは公衆トイレの隣にある非常用電話ボックスへ向かい、事件の発生を通報した。
数台の警察車輌や公用車がヘッドライトを付けたまま停車しているアンベロス大橋の中央駐車場。そこに、1台の
乗っているのは、レヴェッカ、ティファニア、フィーリア、クオレ――《トレイター保安官事務所》の面々。
それに気付いて歩み寄るのは、エリザベート、リア、ブレア――
「何なの? いきなり、来い、って」
車に乗ったまま運転席から文句を言うレヴェッカに対して、
「私もいきなり、行け、って言われたのよ」
エリザベートはそう返して車を降りるよう促した。
レヴェッカ達はエリザベート達の後に続き、駐車場を徒歩で移動する。
「
レヴェッカが、現場検証する鑑識官達の姿やその向こうにある血溜まりを発見して
「通報者が返り討ちにしたそうよ。――すみません、それが返り討ちにあったっていう殺し屋?」
エリザベートは、そう答えてから、ちょうどトラックに積むため2台のストレッチャーで二つの
中に入っていたのは、血が染み込んだ白スーツの男と、血で濡れた黒スーツの男。
エリザベートは、ブレアから渡されたファイルを開き、中にあった2枚の写真と二人の遺体の顔を見比べて、
「回収されたのは、〔偽天使の怪画集〕と〔
それを聞いて、えッ!? と驚きの声を上げるレヴェッカ達。
2台のストレッチャーに詰め寄って、
「それってどっちも億超えの賞金首じゃないッ!!」
いきなり金の話を始めた
「こいつらが、あの? 善人は天国へ送り、悪人は地獄へ落とす……とか何とかって、要するに、金さえ払えば相手を選ばず誰でも殺すっていう」
「どちらも聖魔を使う二人組の殺し屋で、通称は〝天使と悪魔〟」
ティファニアとフィーリアは、遺体となったその人物に注目したが、クオレが目を向けたのはそこに刻まれている傷のほうで、
「傷はそれぞれ2箇所ずつ。全て刺し傷で、同じ得物によるものだと思われ、どれも急所を正確に貫いている。二人の二つある傷の内、片方は念押しだろう」
それに、と言いつつ、クオレは振り返って現場のほうへ目を向け、
「見たところ戦闘らしい戦闘が行われた形跡はない。という事は、その返り討ちにしたという通報者は、凄腕の殺し屋2名を一人で、真正面から、応戦する隙も与えず、実質一撃で仕留めたのか……」
そう推測を述べた当人と、聞いていたティファニア、フィーリア、レヴェッカの脳裏に、そういう不可能としか思えない事を平然とやってのけそうな槍使いの姿が浮かび、自分達が呼ばれた理由を大まかに察した――その時、
「だめぇ――~っ!」
現場に叫び声が響き渡る。
顔を見合わせ、いったい何事かと、遺体を積もうとしていたトラックを回り込み、声が聞こえてきたほうへ急ぐレヴェッカ達とエリザベート達。
そして、彼女達が目にしたのは、大型オートバイの
「しつこいっ! もーおわりっ! あっちいってっ! や――~っ!」
もう絶対ごしゅじんと話をさせないと言わんばかりに、ひしっ、とその顔面にしがみついているスピアが、職務質問しようとエリザベートの部下が口を開こうとするたびに追い払おうと声を張り上げている。
通報してから保安官が到着するのを待ち、到着した保安官が勤務する交番に報告し、交番で待機していた上司が総合管理局本部に指示を求め、通信室から報告を受けた
レヴェッカ達が見て分かるほど、飽きと退屈でスピアの我慢は限界に達しており、今この時まで、かまってアピールするスピアをかまい、早く行こうとごねるのを
何にせよ、重要な話ができる状態とはとても思えない。
「来てもらっておいて申し訳ないんだけど――」
「――場所を変えたほうが良さそうね」
レヴェッカは、謝罪を口にするエリザベートに皆まで言わせず、二人は顔を見合わせて苦笑した。
その後。一応ダメ元で、ランスに車内で少し話を聞かせてもらえないかと尋ねると、案の定スピアが盛大に嫌がって駄々をこね……結局、明日、総合管理局本部のエリザベートのオフィスで、という事になり、ランス達はようやく解放された。
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