第62話 碧天祭 波乱の幕開け
週末はリノンと共にグランディアのあちこちを観光し、そして、週が明けた。
今日から壁天祭が始まる――というか、
「ランスさぁ――んっ! スピアちゃんとパイクくんも、一緒に見ようよぉ――~っ!」
もう開会式が始まっていて、グランディア四大大祭の舞台であり『聖地』とも称される浮遊島オルタンシアの大円形闘技場で、選手である各国を代表する学生達の入場行進が始まっていた。
今、リノンは、遊びに来ている同級生の友人達――シュノー、アイリーンと一緒に、ミューエンバーグ邸の庭に面した
蛇足かもしれないが、興味がないならと少女達がランスに作業を押し付けた訳ではない。少女達は手伝いを申し出たのだが、人手が必要な程の作業はなく、開会式の様子が気になるようだったので、ランスが
本来であれば、地元の名士として招かれている両親と共に
ちなみに、この『テレビ』というのは通称で、正式名称は『霊波式テレビジョン受像機』。
占い師の道具のような大きな水晶玉の中に見たい場所の光景が浮かび上がり、それ同士をつなげればその中に相手の顔が浮かび上がってタイムラグなしに通信可能な宝具――〔
オートラクシアで開発された電波式、ケーブル式の
――それはさておき。
現在、ランス、
足元にはタイルが敷かれ、屋外なのに大型のグリル、レンガ造りのコンロが二つ、
ランスがその調理台でせっせと調理しているのは、グリルで焼く肉と付け合わせの野菜、それと
何故そんな事をしているのかというと、観光へ出かけるたびに
調理台の上にいるパイクは、
「しんせ~ん」
感想が味についてではなく鮮度についてなので、たぶん美味しくはないのだろう。
無理にゴミ処理のような真似をさせるつもりはなく、【精神感応】でその
そして、スピアはというと、二つあるコンロの一方で、時おり
そのコンロで作っているのは、大きく切った肉、野菜類に香草を加えて水からゆっくり煮込む料理――ポトフで、その都度一食分の材料で作るより、中にリノンが入れるほど大きな寸胴鍋に大量の具材を投入して作ったほうが美味しく、収納した物がその時の状態のまま変化しない〔
その隣のコンロには、フリッター用に半分ほどまで油を注ぎ込んだ鍋がセットしてあり、薪は組んであって準備は整っているが、まだ火は
そして、戦神に仕える巫女の装束を纏う麗しき乙女の姿はこの場にない。
『蔵書部屋』は文字通り蔵書のための部屋であって、人が寝起きしたり飲食したりするための部屋ではない。ご隠居達の願いを聞き入れて天空城の主でいる事を承諾した今、いつまでそんな蔵書部屋で寝起きや飲食しているのか――ミスティからそういった旨の指摘を受けて、今更な気はしたが私室を設ける事になり、城館地下にある無数の部屋の中から適当に一部屋選んだ。
そんな訳で、今朝ランス達が出かける時、ミスティはその部屋の掃除をすると言っていたので、そろそろ模様替えでもしている頃だろう。ご主人様のお役に立ってみせます、と表情の変化は
そんな万能の神器は、飲むのも食べるのも好きらしい。ポトフはこのままスピアに任せておけば安心なので、その
「ランスさん、大変ですッ!」
リビングで少女達が騒ぎ出した。
リノンが左右に大きく開け放たれているガラス戸の所まできて声を張り上げ、シュノーとアイリーンまでがその両隣で、はやくはやくっ、と手招きだけではなく全身を使って呼んでいる。
「…………」
「がう?」
ランスとパイクは顔を見合わせて首を傾げ、〔ユナイテッド〕と凄まじい集中力を発揮しているスピアはそのままに、リビングのほうへ歩いて行く。
リノンは、そんなランスを
「――魔族ですっ! 魔族たちが開会式にあらわれて……っ!」
――魔族。
それは、魔王に従属し一度は世界を支配した者共。
呪われし災厄の力――『魔法』を行使する種族。
勇者達によって魔王が倒された後、広大な海で外界から完全に隔離された土地――『最果ての島アーカイレム』に封じられた民族。
邪悪な存在、諸悪の根源……
世間での認識はだいたいそんなところだろう。
だが、ランスは師匠から、
――〝彼らは人だ〟と。
程度の差こそあれ、森羅万象に
マナが呼吸や飲食などにより生命体に取り込まれ、体内で精製・蓄積された生命エネルギー――『
この
そして、明らかに異質な、ランスやレヴェッカのような
今、テレビの向こう側――大円形闘技場にいる女性レポーターが、その場の騒然とした状況を伝えるべく真剣な面持ちでマイク片手に話し続けていて、開会式の会場に現れた魔族達、その代表が発したものだという言葉を繰り返している。
それによると、彼らはアーカイレム島を中心とした数百の島からなる首長国連邦『リーベーラ』が誇る最高学府、『国立魔法学園』を代表する生徒達で、碧天祭に参加するためやってきた。そして、お互いに過去の遺恨を水に流し、この世界で生きるものの一員と認めてもらい、仲間入りする事を望んでいるらしい。
事実、時おり別のカメラが捉えた魔族だという者達の姿が映し出されるのだが、引率の教師らしき人物を除けば全員が十代と思しき若者で、その学園のものと思われる揃いの制服を身に
彼らのほとんどは、ヒューマンやネフィリムのような人類、ルーガルーやバステトのような獣人と変わりないが、中には、
「ねぇ、今年の碧天祭……どうなっちゃうの?」
二人いると言っていた兄達で歳が近い男性に慣れているからか、リノンよりも気安く接してくるシュノーが問えば、あとの二人も心配そうな視線を向けてくる。
それに対して、パイクがテレビを観やすいよう抱っこしているランスの答えは、
「おそらく、どうもならない。このまま開催されて、競技が行われる」
予想外だったのか、拍子抜けしたのか、少女達は目をパチパチさせ、
「どうしてそう思うんですか?」
顔を見合わせた後、代表してそう訊いたのはリノン。
「それは……」
実は今、ランスの目の前には、自分にしか認識できない
そこに映し出されているのは、全金属飛行船の
これは、魔族の出現を知らされた直後、彼らが入国した際の状況を表示しろ、と天空城の主としての権限を
更に、この全金属飛行船の持ち主が誰かと質問し、この国が所有するものだという回答も得ている。
現在テレビに映っている会場の様子からして、事前に知らされていた者は少ないだろう。だが、知っていた者達にとっては、この混乱は予想されていたものという事になる。
これだけの事をするには関係各所へ手を回す必要があるはず。ただ碧天祭を潰したいだけならここまで手間をかける必要はない。それ故に、その者達は碧天祭が開催される事を望んでいると考えられる。
ならば、何がどうなろうと、結局、式は続けられ、開会が宣言され、碧天祭は実行される。その者達が描いた
とはいえ、天空城に関連する事は秘匿しなければならないため、それをそのまま伝える訳にはいかない。
では、どう答えれば少女達に理解できて納得してくれるかと考え……
「碧天祭の実行委員会は、この日のために時間とお金をかけて準備してきたはずだから。利益を得るためにも、失敗で終わらせて損失を出すより、経緯はどうあれ成功で終わらせたいはず」
それに、と言ってランスは目をテレビに向け、
「今のところ、魔族の学生達は真面目に参加しようとしているように見える。けど、ダメだと断ったら、会場に居座られて進行を邪魔されたり、暴れられて来賓や観客が巻き込まれ怪我をしてしまったりするかもしれない。それなら、参加を許可するほうがずっとましだ、と考えると思う」
しかし、アイリーンは、納得していないというより不安そうな面持ちで、
「でも、今はまじめに参加するつもりでも、競技中にあばれだしたら……」
「学生とはいえ、各国を代表する程の実力者が揃ってる。その時は皆で力を合わせて倒せば良い。もし学生達には無理だったとしても、グランディアには
「――それに! ランスさんと、スピアちゃんと、パイクくんがいるから大丈夫っ!」
リノンがそう続けると、パイクが、がうがうっ、と頷き、アイリーンはそれを見てほっとしたように表情を緩める。
――グランディアの象徴たる媛巫女の登場によって、事態が急転直下の様相を
グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!!!!!!!!!
何の前触れもなく、数十、あるいは数百かという遠雷の如き
長く尾を引いたその余韻が溶けるように消えると、次いで訪れたのは耳が痛くなりそうな程の静寂。
碧天祭開会式の会場である大円形闘技場にいる人々も、乱入した魔族達も、ミューエンバーグ邸にいるリノン達も、今この時、この天空都市国家にいるほぼ全ての人々は息を飲み……
チリィイィ――…ン
涼やかな鈴の
「…………」
ランスは、いったいどこから聞こえてきたのかと音の源を探し……目を向けたのは、ミューエンバーグ邸の
そして、大円形闘技場にいる各国来賓の、観覧席を埋め尽くす観客達の、入場してきた代表選手達の、魔法学園の生徒達の……全員の視線が吸い寄せられるように向けられたその先は、最も高い場所にあり他の者が近寄れない最上級の特別観覧席。
そこへ、効果的に施された化粧によって弱さと取る者もいる幼さが塗り隠され、美麗かつ神秘的な装束を身に纏い、結い上げられた長く艶やかな黒髪に飾られている鈴の音を響かせながらしずしずと姿を現した絶世の美少女、その人物こそ――
(竜の巫女、か……)
竜達の咆吼によって作り出された静寂の中、言葉を失っている人々へ向けて放たれた〝
「…………」
媛巫女の姿を確認したランスは、見るべきものは見たと判断し、パイクと共に、スピアと〔ユナイテッド〕を残してきたバーベキュー用のスペースへ。
リノン、シュノー、アイリーンは、
いつの間にかいなくっていたランスの姿を庭のバーベキュー・スペースで見付けた少女達は、空腹感もあってそちらへ移動する。そして――
「――えッ!?」
ランスは、三人から
「
自分が手にしている
「フリッターの
「水じゃなく牛乳? ……『メレンゲ』って?」
「たまごの白身をあわだて器でよぉ~~くかきまぜると、わたみたいにフワフワのモコモコになるんです。それがメレンゲ」
「白身をよく掻き混ぜると……じゃあ、黄身は?」
「ソースをつくります」
「あっ、うちはメレンゲをつくってから黄身もいれる!」
「お砂糖をちょっといれると、おかしみたいになっておいしいよね」
「砂糖? お菓子?」
ランスは困惑した。
この料理は師匠に教えてもらったもので、その時、こう言っていた。
〝毒のない植物と昆虫はたいていこれで美味しくかつ安全に頂ける〟と。
本当に、同じ料理の話なのだろうか?
(……いや、そう言えば……)
確か師匠は、食材をそのまま油に投入した時や、粉だけ
(油で揚げた料理全てをそう呼んでいたのか……)
師匠は料理人ではない。食事は、強い躰を作り、それを維持するために必要な作業で、美味ければ良い、という人だった。
おそらく、今までフリッターだと思っていた料理は、牛乳を飲む習慣がないので水を使い、メレンゲとやらを作る手間を省くために全卵を投入した師匠のオリジナルで、リノン達が話しているものこそが本当の『フリッター』なのだろう。
スピアが薪に点火し、
ランスは、これからこの料理をどう呼べば良いのだろう、などと考えながら衣液の中から取り出した食材を手慣れた様子でそっと熱い油の中へ。
「ランスさんが使ってるそれって、『おはし』ですか?」
「オハシ?」
リノンの視線が向けられているのは自分の右手で、ランスは手にしている細い2本の棒を開いたり閉じたりしつつ、
「師匠は、アールヴの薬剤師が使っていたピンセットだって言ってた」
「そうなんですか? わたしがおみやげでもらった朱色のおはしは、ニライカナン大陸のちかくにある『オーヤシマ』っていう島国でつかわれている食器だ、って」
お父様がそう言っていたらしい。
それらが同じ物なら、調理だけではなく食事でも使うので、ピンセットよりそう呼んだほうが良いだろう。
ランスは、わずかな音の変化を聞き逃さず、鍋に【念動力】で液体だけ
【念動力】の蓋で余計な
「あれ? これってひょっとして……?」
そう、と頷くランス。それらはリノンが気付いた通り、共に観光で行ったルルディ、その浮遊島を南北に分ける山の中で幼竜達が採ってきてくれた山菜と
下ごしらえした
そうやって次々に揚げ、先に出来上がったものが食べ頃の温度になったところで、まず、今も付きっ切りで火の調節をしてくれているスピア、それから、他にする事がなかったからだと思うが、生ゴミとして捨てる前に片づけてくれたパイクにも食べさせる。
「んまいっ!」
「んま~いっ」
酒以外でパイクの口から、んまい、が出るのは珍しい。やはり、下ごしらえの段階で切り落とした部分は美味しくなかったようだ。それと比べているからそこ、より一層美味しく感じているのだろう。
粉末状の海の塩と数種の岩塩、それに
「おいしいっ!」
「なにこれっ!? サックサクっ!」
「わたし、もちもちのフリッターより、こっちのほうが好きかも」
本物のフリッターの食感はもちもちらしい。やはり、これは別の料理だと考えたほうが良さそうだ。
メニューは他に、スピアのおかげで美味しくできたポトフ、小さく刻んでカリカリに焼いたベーコンと粉チーズとオリーブオイルをかけた数十種類の野菜を使ったサラダ、グリルで作ったローストビーフ……などなど。飲み物は、ミューエンバーグ家のメイドさん達がいろいろ用意してくれた。
アイランドキッチンのような調理台の上に所狭しと並ぶ大皿料理の数々を見て、少女達は作り過ぎだと呆れていたが、余ったら〔収納品目録〕にしまって後で食べるつもりなので問題ない。
食べたいものを好きなだけ自分の皿に取り分けるビュッフェ形式と、
そして、自分で食べるよりスピアとパイクに食べさせているほうが多いランスが、あの
彼女達の感想を除外して要約すると、媛巫女は、代替わりして初の碧天祭でイレギュラーな事態に際しても動じる事なく、その
「…………」
その姿に感動し、憧れや尊敬の念を抱く少女達の側でそれを口にする事はない。
しかし、ランスだけではなかったはずだ。
その様子を見て、結果を知って、『予定調和』という言葉が脳裏を過ったのは……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます