第61話 祭りに集う強者たち
保養地として有名な浮遊島ルルディは、もう一つ、山を境に南北で景色が一変する事でも知られている。
天国のようだと称されるその北側は、南側の倍以上の広さがあり、山の頂上付近から山裾にかけての緑地は森林浴に最適で、裾野から浮遊島の端まで『地上にあってここにない花はない』と言われるほど多種多様な花々が一面に咲き誇っている。
一方、地獄のようだと評される南側は、奇岩怪石に覆われた山肌のいたる所から高熱の蒸気が噴き出していて、草一本生えていない。だがしかし、そこで目に入る光景からそう言われていても、訪れた人々の口から出る感想は極楽。何故なら、連絡橋の下のパイプから浮遊島の地下へ流れ込み貯えられた水が天然の火精石に熱せされて地上へ噴出した地中の成分を含む熱湯――温泉がそこかしこから湧き出しており、風情ある露天風呂や浴場を有する宿が
ランス達がまず向かったのは、ルルディの北側、どこまでも続くお花畑。
広いだけあって、人数は多くとも人影はまばら。そこで、他に人がいない場所まで移動して〔
〔
椅子やテーブル、
その中身は、トーストした食パンにベーコン、レタス、トマト、チキンなどを挟んで斜めに切ったボリュームのある三角形のクラブハウスサンドと、焼いていない食パンにハムやタマゴなどの具材を挟んで十字に切った四角形のミックスサンド、それにピクルスなどの付け合わせ。魔法瓶のように保温機能のある水筒の中身はまだ温かい紅茶。
「なんか、旅人になった気分です」
青空の下、美しい景色を眺めながら、お
そして、食後は花々の中を少し散策してから、ルルディを南北に分ける山へ。何でも、その中腹に知る人ぞ知るお花畑を一望できる絶景ポイントがあるのだとか。
ランスはリノンに
「あの、ランスさん。スピアちゃんとパイクくんはさっきから何をしてるんですか?」
「食料調達」
「さっき食べたばっかりなのに?」
「〔
それは、言わば山篭りや薬草採取の時の癖。一度その場にあるものを全て採り尽くしてしまうともうそこで採れなくなってしまうが、ある程度残しておけば増えてまた採る事ができる。故に、一箇所でそれほど量が採れない上、増えてある程度成長するまでしばらく時を置かなければならないので、別の場所で見付けるたびに少しずつ採取して確保しておくのだ。
観光で来た保養地で食料調達しなくても……、と思わなくもない。だが、リノンがいるため普段と比べると移動速度が格段に遅く、それ故にできた暇を潰すために楽しんでやっているし、グランディアでは食べないのか、採取する者がいないらしく育ち過ぎてしまって食用に適さないものが目立つので構わないだろう。
いつもの食料調達なら、スピアとパイクの役目は探す事で、見付けたらごしゅじんを呼び、ランスが残す分と採る分を判断して採取する。だが、今回の目的はあくまで暇潰し。
見付けるとその場から一つ、1本、1
「ここです!」
足を速めて先に行き、振り返ってどうだと言わんばかりのリノン。
その側まで歩み寄ったランスが促されるままそちらへ目を向けると、今まで木々に
それはとても素晴らしい景色――なのだが、普段から
とはいえ、素晴らしいものは素晴らしい。
その後は、来た道を戻るのではなく、山をぐるっと回り込むルートで北側から南側へ移動し、地獄と評される特異な景観を望みつつ温泉街へ向かう事に。
そして、それは、リノンの案内でランス達がハイキングを楽しみつつ森の中を進んでいた時の事。
女性が一人、腰かけて一休みするのにちょうどいい高さの岩にハンカチを広げて座っていた。
ここにはこうして登山道がある。故に、人がいてもおかしくはない。
ただ、髪は長く艶やかで黄金のように
ランスは、向こうから話し掛けてこなければ、ハイキング中のマナーだという挨拶だけして通過するつもりだったのだが、
「こんにちは」
リノンは気になったらしく、そう挨拶しながら近寄って行った。
その女性は、声をかけられて初めてリノンやその後ろにいるランスの存在に気付いたらしい。
「何かおこまりですか?」
「いいえ。少し、考え事をしていただけです」
「そうだったんですね。おじゃましてしまって申しわけありませんでした」
その女性はゆっくりと首を横に振り、
「お気遣い、ありがとう」
そう言って浮かべた微笑みは、先程よりも少し明るくなっていた。
そんな会話だけで済んでいれば良かったのだが……
「――え?」
その女性が目を見開いた。
我が目を疑うかのように、一度
その視線の先にいるのは、額に装着している〔
「きゃあぁ――――~ッ!」
紅潮した頬に両手で触れ、悲鳴のようにも聞こえる驚きの声を上げて立ち上がり、
「なんて可愛らしいの……~ッ!」
そんな事を呟きつつ数歩ふらふらと進んでから地面に膝をついて姿勢を低くし、両手を差し出して、こちらへいらっしゃいっ、さぁっ、と呼びかける。
その女性は、幼竜達が寄ってくると信じて疑っていなかったようだが、スピアとパイクは、ササッ、とごしゅじんの両脚の陰にそれぞれ隠れた――その時、
「――貴様ッ!! そこで何をしているッ!?」
凄まじい怒声が響き渡った。
ビクッ、と身を
すると、そこには斜面を猛然と駆け下りてくる青年の姿が。
当然、ランスもそれに気付いており……予想されるこれからの展開に小さくため息をついた。
そもそも、ランス達が、一番見晴らしが良さそうな山頂へ向かわず、このルートを――北側から南側へ山をぐるっと回り込む山道を進んでいるのは、山頂付近は私有地で許可のない者の立ち入りが禁止されているから。
何でも、国賓級のゲストを迎える最高級のホテルがあるらしい。
そして、ランスがその
おそらく彼は、この女性に、ついてこないで、または、一人にして、と命じられたが職務上従う訳にはいかず、かといって無視する事もできなかったため、
そんな彼が、距離があったため呟きのほうは聞こえず、悲鳴のようにも聞こえる驚きの声のほうだけを耳にして駆けつけ、地面に
年の頃は二十代前半。仕立ての良い清潔感漂う平服を身に纏い、柄を下にして背に提げジャケットで隠していた護身用の
「――
斜面で跳躍した青年は、山道に着地するなりそう叫ぶように断罪を執行する旨を一方的に告げながら一足飛びに斬りかかり――ドゴォオンッ!!!! とランスに弾き返され吹っ飛んだ。
響き渡ったのは、トラックが高速で分厚いコンクリートの壁に激突したような轟音。一瞬前に通過した道を逆に3メートルほど水平に吹っ飛んだ青年は、ろくに受け身もとれずに背中から地面に叩きつけられ、その勢いのままゴロゴロと転がり……数秒の間を置いて、彼の手から弾き飛ばされた小剣が、残心を解いたランスと倒れ伏した彼のちょうど中間辺りに落下し、トスッ、と地面に突き刺さる。
「…………え?」
「え? え?」
女性は、地に伏したまま
どうやら、青年の動きが、ランスの迎撃が、早過ぎて何が起こったのか分からないらしい。
あの瞬間――
動きやその身から
戦闘経験のない一般人なら当然、油断していたなら腕に
だがしかし、戦闘経験のない一般人でも、この展開を予想していて油断してもいなかったランスは、一歩踏み出しつつ繰り出した右掌底で、上段から振り下ろされ始めた小剣、その柄頭を突き上げるように打って彼の手から弾き飛ばすなり右手を引き戻し、勢いがつき過ぎていて更に間合いも詰まり過ぎていたため止まる事も回避する事もできずに突っ込んできた青年の胸板を右肩で受け止めた――瞬間、〝
その結果、弾き返されて吹っ飛び地を転がった青年は、起き上がる事もできずに悶えている。が、腐っても聖人。しばらく身動きできないだろうがこの程度で死にはしない。
「怪我をして動けない訳じゃないようだし、知り合いも来たようだから、俺達は行こう」
ランスは、青年が斬りかかってきた一幕などなかったかのように
その一方で、身形の良い女性は、遠ざかるランスの背中と地に伏している青年の間で視線を往復させ…………ランスに向かって声をかけようと口を開いた――が、言葉を紡ぐ直前に聞こえてきた青年の呻き声を耳にして出かけた言葉を飲み込み、結局、そのまま足早に彼の許へ。
「あの人たちって、いったい……」
しばらく後ろをチラチラ気にしつつ歩いていたリノンは、二人の姿が見えなくなった事、後を追ってきていない事を確認して顔を隣の同行者に向け……襲撃者を平然と鎧袖一触にしたごしゅじんの肩の上に乗ってきゅーきゅーその横顔に躰をすり寄せているスピアと、誇らしげに尻尾をフリフリ脇について歩くパイクの姿を見て、深刻な顔をしているのが馬鹿らしくなった。
「……いえ、やっぱりいいです。――そんなことより観光を楽しみましょうっ!」
それに頷くランス。
訊かれたなら答えられたが、リノンが構わないというならそれで良い。
あの女性は、〔万里眼鏡〕のプレートを上げていても分からなかっただろう。だが、ランスは一目見て彼女が誰か分かった。
彼女の名は『オルフィナ』。
ランスが仕えた前エゼアルシルト王国アルクストⅩⅢ世、その弟の娘。
つまり、王位を
それ以降、問題と言える問題は、呪術が使用された形跡を見付けた事と、
その結果、リノンがランス達を連れて行きたかった人気スポットへは近付けなかったが、少女と少年と幼竜達は、ランスさん達が一緒なら大丈夫ですよね? と観光客は絶対に近付かないようにと注意される
その日は、日没前にリノンをミューエンバーグ邸へ送り届けて終了。
そして、翌日。
ランス、スピア、パイク、リノンは〔ユナイテッド〕に乗って、グランディア二大リゾートの一つ、行楽地として有名な浮遊島フィニカスへ。
その道中、
「あそこです! フィニカスはあそこにあるんです!」
そう言って、リノンは斜め上の何もない空間を指差した。
何でも、浮遊島フィニカスは、天空都市国家を構成する全浮遊島の中で唯一、グランディア全体を包んでいるものと同じ
その位置は、天河の滝の滝壺に相当する無人の浮遊島ナルキソスとほぼ同じ高度にあり、
全連絡橋の中で1番目と2番目に長い連絡橋でつながっているフィニカスは、その二箇所の連絡口がある場所が1番目と2番目に高く、そこからずっと斜めに下っていて、その下にある太いパイプから流れ込んだ水が途中から地表へ出て渓流のように流れており、豊かな自然の中、大小幾つもの滝があったり、プールのような滝壺があったり、水面から顔を覗かせている岩の上を歩いて対岸へ渡れたり、流水によって滑らかに削られて出来た
そして、別荘や
「ここが空の上だってこと、わすれそうになるでしょう?」
いくつもの橋を渡り、曲がりくねった道を延々と下りてきて、途中から潮の香りを感じながら町中を抜け、多くの人で賑わうビーチを横目に、長く続く海岸沿いの道を走行し、
舗装された路面から石段で浜へ下り、粒子の細かい真っ白な砂を踏みしめて歩き、寄せては返す波打ち際に立つ。すると、リノンの言う通り、ここが本物の海からおよそ20キロ離れた空の上とはとても思えなかった。
「しょっぱいっ」
「しおあじ~っ」
水の中に入ってパシャパシャ跳ね回っているスピアとパイクが口々に言っているので、ランスも手ですくって口に含んでみる。すると、確かに塩辛い。
そんな空にある海へ渓流から絶えず水が注ぎ込まれているが、それでも塩分濃度が常に一定なのは、海中の
そして、ここはかつて魔王軍血海魔団長が預かっていた領域で、海戦用
「あそこと、あっちと、向こうにも、
リノンが指差したのは、70~100メートルほど沖に浮かんでいる
あの浮標は、浮遊島の端がここにあるという事を報せるためのもので、海面はまだ続いているが、その先は遊泳禁止。養殖のための
「――ごしゅじんっ!」
「いってるっ たすけて~っ」
「―――ッ!?」
ランスは、
そこは、ここよりも海に面した高級リゾートホテル寄りの海上。おそらく足が
「たすけて、って……誰かおぼれてるんですかッ!? ――え? ランスさん?」
そこにいたはずのランスがいない事に気付き、キョロキョロ周囲に目を向けてその姿を捜すリノン。
その時、既に少年スパルトイは要救助者を目指して海面を疾走していた。
大きく空気を吸い込んで息を止めると、人の肺は浮袋代わりになり、沈み
故に、もし足が攣るなどして溺れそうになった時は、大きく空気を吸って息を止め、両手を高く挙げ大きく振って助けを求めるのが正解。
決して、大声で助けを求めてはいけない。何故なら、大声を出して空気を吐き出してしまうと、肺がしぼんで浮袋の代わりにならず沈んでしまうからだ。
「今回は、運が良かっただけです」
捷勁法を駆使し、陸上での高速移動と
そして、セパレートのスタイリッシュな競泳用水着を身に着け、長い紅の髪をアップにしているスタイル抜群の乙女を白い砂の上に下ろして座らせると、呼吸が乱れていてまだ会話するのは辛そうだがこちらの話を聞く事はできるだろう、と考えて、今、溺れた際の正しい対処法を教えていたところで、
「――ライラッ!?」
「何だ? どうした?」
そこへ、今まさに海から上がってきた、タンキニを身に着けている小柄で活発な印象のスレンダーな美少女と、三角ビキニを身に着けている大柄でワイルドな印象のグラマラスな美女がやや足早に歩み寄ってくる。
更に、同じ砂浜でも海から少し離れた所から、明るい茶色の長い髪をうなじの所で束ね、ホルターネックビキニにレースのカーディガンとロングパレオを合わせている淑女が血相を変えて駆け寄ってきた。
この三人が、どうやらこの『ライラ』と呼ばれた乙女の仲間らしい。ならば、後を任せて良いだろう。ランスはそう判断した。
「別にどうって事ないって」
ライラは、そう言ってからばつが悪そうに後頭部を掻きつつ、
「ただ両足が
「――だからちゃんと準備体操しなさいって言ったのよッ!」
「私は子供じゃ――」
「――準備体操は子供だけじゃなくて大人もするのッ!」
言い争うライラとその隣にペタンと座り込んだ淑女の姿に、美少女と美女は顔を見合わせてほっとしたように笑い、
「何はともあれ、勝負はあたしの勝ちだな!」
「違う。ライラだよ」
「は?」
「先に岸について完全に水から上がったのはライラじゃん」
「はぁっ!?」
ライラは淑女のお説教を聞き流し、美女と美少女はしばし水泳勝負の勝者について言い争いを続け……
「あれっ!?」
美少女が不意に
「どうした?」
「ライラの王子様は?」
いつの間にかそこにあったはずの姿は忽然と消えていて、十代半ばから二十代前半の女性四人が周囲の観光客の中から捜し出そうと視線を
「どこからともなく現れて
「なんか後ろめたい事があって名乗れないか、恩を売っても得られるものはなさそうだと判断したってところだろ」
諦めきれない美少女が目を凝らしつつ言うと、早々に諦めた美女が肩を
「それにしても……もの凄い速さで走ってたな、――水面を」
その一言で、他三人の表情も変わった。
誰かが促した訳でもなく、海に向かって四人並んで座り、
「確か、捷勁法の〝歩水〟?」
「いや、あれはたぶん〝軽捷〟」
淑女の確認に、ライラは首を横に振り、
「〝歩水〟は、霊力を通して意思を通わせる〝疏通〟の応用。足から霊力を発して水の表面張力に干渉するから、波紋のように水面が揺れる。けど、運ばれてる時に見た彼の足元は、円形に凪いでいて、まるで鏡みたいだった。そこだけ見れば、体外へ放出した霊力を纏う〝流纏〟と〝疏通〟の複合応用技――〝蓮葉歩〟だけど……」
両脚を伸ばし揃えて座っているライラは、両手で両足の爪先を
「……あそこから人一人担いでここまでほぼ一瞬で移動した、という事は、身体能力の強化――〝捷勁〟も同時に使ってたのは間違いない。しかも、担がれていた私に負担がかからないようほとんど揺れを感じさせる事なく、触れていたのに霊力の漏出を感じさせないなんて……
「要するに、あのヒーローは達人レベルの使い手って事?」
「じゃあ、結構若いように見えたけど、見た目通りの年齢じゃない可能性もあるって事か」
ライラは首肯し、
「できる事なら、敵に回したくはないけど……」
そう口にしたライラを含む三人の視線を受けて、淑女は口許に手を当てて記憶を探り……
「……事前に受け取った各陣営の情報の中には、特徴が一致する人物はいない。ただ……」
『ただ?』
「国を出る前、久々に会った知り合いが教えてくれた要注意人物とは一致する。今回の
「それはどこの誰? 名前は?」
ライラの質問に対して淑女が口にした、その名は――
「――ランス・ゴッドスピード。Lv・Ⅶへの最速昇格記録と最年少記録を更新した上級スパルトイであり、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます