第49話 二組の人と竜

「フンっ、やはり魔王候補の相手が務まるのは魔王候補のみ、か……」


 自信作だ、とあれだけ豪語していた二人にはもう目もくれず、そう言って大魔女フレイヤの横から一歩前へ踏み出すハミルトン博士。そして、


「いいだろう、――私が直々に相手をしてやる」


 傲慢を絵に描いたようにそう宣言し――


「――――ッ!?」

「きゅおっ!?」

「がぉっ!?」


 ランスは〔万里眼鏡マルチスコープ〕の下ろしたプレートの下で目を瞠り、スピアとパイクまでもが目を丸くする。


 それは、胸の前に持ち上げられたハミルトン博士の右前腕に、衣服を透かしてが――人と竜との契約の証が浮かび上がったからだ。


竜族ドラゴンとの正式契約に成功したのは己だけだとでも思っていたのか? ――己惚うぬぼれるなッ!!」


 輝きを増した血盟紋を介して竜族の霊気が注ぎ込まれ、クレイグ・ハミルトンの威圧感プレッシャーが跳ね上がる。


血盟紋これを、ただの人と竜との友好の証だとでも思っているのか? ――なんと愚かなッ! これはこうやって使うのだッ!!」


 そう言い放ったクレイグ・ハミルトンが、大仰な仕草で横へ伸ばした右腕を肩の高さまで上げ、掌を上に向け、クイッ、と手招きした――その直後、ランス達にとっては左側から、突如、ドドドドドド……ッ、と腹に響く地鳴りと共に大量の土砂が大地震の直後に陸地を襲う津波のように打ち寄せた。


 数秒後。高さがある建物の残骸は、クレイグ・ハミルトンと大魔女が立っているものだけを残して全て規格外の【陸津波アースウェーブ】に押し流され、その一帯は更地と化し――


「フンっ、竜族に助けられたか」


 ランス、スピア、パイクはそこで何事もなかったかのように平然と佇んでいる。塹壕も埋まる事はなくそのままで、中にいたソフィアと子猫とヴァルカ博士も無事。クオレは左の義手に宿る力で土砂を弾き飛ばして二人と一匹だけでも護ろうとしたようだが、パイクが【地形操作】で土砂の流れに干渉して事なきを得たためその必要はなかった。


 ちなみに、距離を置いて物陰からこちらの様子を窺っていたせいでその庇護を得られなかったロバートとジリオラは、巻き込まれて押し流されたようだが、生体反応は消失していない。しぶとく生き延びたようだ。


 ――それはさておき。


「竜族がいなければ己の身一つ守れないとは情けない! それでも私と同じ魔王候補かッ!?」


 そう言ってから、クレイグ・ハミルトンは大魔女が展開・維持している多重積層の【障壁】に護られている自分自身をかえりみたのか、建物の残骸の上から、ひょいっ、と本当に何気なく飛び降りてその範囲外へ出て――


「――あっ」


 その行動に意表をかれたのか、思わずといった感じに大魔女が声を漏らし――ヅドォンッ!! と瞬時に間合いを詰めたランスが繰り出した銀槍の穂先が空を貫き、刺突の余波が建物の残骸の壁面を穿うがって風穴かざあなを開けた。


「…………」


 今のは、おそらく空間転位ではなく亜空間側からの救助。それがなければ、飛び降りてきたハミルトン博士の両足が地面に就く前に臍下丹田へそのしたを打ち貫いていた。


 ランスはバックステップで大魔女から距離を取り、スピアとパイクの傍らまで戻る。


 それとほぼ同時に、うわっ、と亜空間側から放り出されたらしいハミルトン博士が大魔女の足元に転がった。


「クソッ! 何故私の邪魔をするッ!?」

「邪魔をしたのではなく、貴方の命をお救いしたの」

「なんだと?」


 大魔女は、はぁ~っ、と艶っぽくため息をつき、


「貴方には術者としての素養が皆無かいむだった。それが一転、強大な力を得て、一国の軍隊すら薙ぎ払えるだけの術を使えるようになった事で、自分が無敵になったと勘違いしてしまったのね」


 憐れむように言われて絶句するクレイグ・ハミルトン。そんな彼に向かって大魔女は更に言葉を続ける。


「こと接近戦に限れば、私達のような後衛型の術者は、彼のような前衛型戦士の戦闘勘や反応速度、照準を定める事ができないような敏捷性や移動速度に対して無力なの。、何故これだけの防御を維持し続けていると思う?」


 まるで無知で未熟な初心者に対するようにそう教え諭された狂気の天才クレイグ・ハミルトンは、強過ぎる羞恥と屈辱で顔を赤黒く染め、血走る目にこれ以上ない程の憎悪を込めてランスを睨み据え、砕けそうなほど食い縛って歯をきしらせる。


 そして、大魔女はぬらりと這い寄るようにそんなハミルトン博士の背後に回り込むと、その耳元に唇を寄せ、


「貴方が何度も口にしている通り、これは魔王候補者同士の争い。ならば、魔王と呼ばれるに相応ふさわしき力を示し、それをぶつけ合うべき――そうではなくて?」


 甘い吐息を吹きかけるように囁きかけた。


 それはおそらく催眠術の類。あおって精神を揺さぶり、冷静さを失わせ、正常な思考を妨げ、そして、意のままに操る、魔女の手管てくだ


 クレイグ・ハミルトンはそれにまんまと嵌まり――


「見せてやるとも、――我が魔王としての力をッ!!」


 そう言って突き上げた右腕が、そこにある血盟紋が、まばゆい輝きを放った。


「―――~ッ!?  …………ん? 何も……起こらない?」


 常と変わらず槍を構え続けているランスを除き、スピアとパイク、それに、クオレ、ソフィア、子猫、ヴァルカ博士は咄嗟に身構え…………何も起こらない事に怪訝そうな表情を浮かべてキョロキョロ周囲を見回した――直後、


「地震っ!?」


 地面が揺れている――そうと気付いたクオレ、ソフィア、ヴァルカ博士は、反射的につい先程自在に地震を起こしていたパイクに目を向けた。そして、今は小さくなっている地竜が逸早いちはやく何かを察知し、姿勢を低くした臨戦態勢である方向を睨んでいるのを見てその視線を辿たどり……


「……や、山が……」

「……動いてる……?」


 驚愕の声を漏らすクオレとソフィア。


 周りをグルリと囲む山々、――その一角が、目の錯覚ではなく、本当に動いていた。




 隆起する山岳、動かない両隣の山との間で崩れ落ちる大量の土砂、それだけの大質量が動く事で生じる震動……


 大山が鳴動している。だがしかし、正確を期するなら、山が動いているのではない。その下で、長き眠りから目覚めた存在ものが身を起こしたのだ。


 背には甲羅、その中からせり出してくる頭部、図太く短い四肢、それに尻尾……全体的に亀に似た体躯、そして、山を一つ背負えるほどの巨体。


「あれこそが我が居城ッ! ――攻殻竜塞ドラゴンフォートレスだッ!!」


 ランスの脳裏に浮かんだ『大地に君臨する攻殻竜フォートレスドラゴン』という言葉を否定するかのように、狂笑を浮かべたクレイグ・ハミルトンが声を張り上げた。


「さぁっ、魔王候補者同士に相応しい戦いをしようじゃないかッ! こうして後半まで隠しておくつもりだった奥の手を出したのだ! 最期の瞬間まで死力を尽くしてあらがってくれッ! 例え彼我ひがの力の差を思い知り、心がくじけ、絶望したとしても、自ら命を絶つような真似だけはしてくれるなよッ!」


 好き放題に言うだけ言ったハミルトン博士と寄り添っていた大魔女の姿が忽然と掻き消えた。今のは亜空間に移動したのではなく空間転位。行き先は、おそらくあの『攻殻竜塞』のどこか。


「…………」


 一歩ごとに地響きを轟かせてこちらへ向かってきている攻殻竜塞は、兎にも角にも大きくて、巨大で、途轍とてつもなくデカい。遠近感が狂っている絵を見ているかのようだ。その動作は亀の歩みのように緩慢に見える。しかし、あの巨体だけに一歩で相当な距離を移動しているはず。ここへ到達するまでさほど時間はかからないだろう。


 自分一人だったなら、射程距離に入った途端に始まるであろう天から降り注ぎ地から突き上げる天変地異のような地属性攻撃の集中砲火を掻い潜って接近し、まずクレイグ・ハミルトンの捜索から始めなければならないところだが、自分は独りではない。スピアとパイクなら生体反応で所在を突き止められるだろう。


 問題は、クレイグ・ハミルトンを討てば攻殻竜塞が止まるのか、だ。


 幼竜達には常々、戦闘中に自分が死亡してもそれは因果応報であり報復は不要、自分を討った者に対して怒りと憎しみに任せて力を振るってはならないと言い聞かせているのだが、現状では自分の死が原因で起こる地図を書き換えなければならないような大破壊がありありと想像できてしまうため、相手が何者であれ殺される訳にはいかない。


 攻殻竜塞と呼ばれていたあの竜族が、契約者を殺された事で激怒し暴走を始めたら、いったいどれほどの被害が出るか……


「…………、ふぅ~――…」


 〝巧遅は拙速にかず〟――エゼアルシルト軍幼年学校で教えられた。戦史における敗因はそのほぼ全ての場合が『遅過ぎた』からである、と。


 それ故に、ランスはただ考える事をやめ、


「兵は拙速を――」


 思考しつつも動き出す――その直前、


「――クルルルゥウゥオオオオオオオオオォ――――――…ッ!!」


 傍らにいたパイクが唐突に20メートルを超える本来の大きさに戻るなり高らかに咆吼した。いや、それは咆吼というより、狼が仲間に向けて放つ遠吠えのようで……


「パイク?」


 こんな事は初めてで、流石のランスも思わず足を止めて振り向き、天を仰いで長く尾を引くように吼えるパイクに【精神感応】で何事かと問う。


 その答えは……


「ランス! これはいったい何事だッ!?」


 動揺を隠しきれないのはそう訊いてきたクオレだけではなく、その遠吠えがどこか物悲しい響きを有しているからか、ソフィアとヴァルカ博士も心配そうにパイクを見ている。


「嘆き苦しむ同胞の心を感じるそうです」

「嘆き苦しんでいる? アレがか?」


 クオレは攻殻竜塞に目を向けて訊き、ランスは、はい、と頷いた。


 パイクが伝えてきた思いを言葉にして短くまとめると、あの大きさでも大地に君臨する攻殻竜ではなく、その眷属の1頭で、


「長い眠りから目覚めた時にはもう、己の躰は自らの意思で動かせなくなっていて、それでもこころからだに囚われており、無理やり生かされ、契約させられ、力を搾取さくしゅされ続けているそうです」


 それを聞いたクオレは戸惑っており、子猫を抱いているソフィアは心配そうにパイクを見ていて聞いておらず、ヴァルカ博士は――何かを知っているようだった。


「パイク……」


 果たしてその声は巨大地竜に届いたのか……。頭を下ろしたパイクはごしゅじんの胸に鼻先をこすり付ける。その目には、あわれな同胞を思ってか、涙が満ち満ちており、またたきした拍子に大きな一滴ひとしずくが零れて流れ落ちた。


 ランスは、図体ずうたいばかり大きくなってしまった幼竜を撫で、


「ヴァルカ博士、あの竜族ドラゴンをクレイグ・ハミルトンの支配から解放する方法をご存知ですか?」


 単刀直入に訊いた。


 それに驚いたらしいヴァルカ博士は、俯けていた顔を跳ね上げ、逡巡するような素振そぶりを見せたのも束の間、躊躇いがちに首を横に振り、


「彼の知識と技術でドラゴンを支配するすべがあるとすれば、それはただ一つ。脳そのものを作り変える……私の研究を使って」


 確か、ヴァルカ博士の研究テーマは『有機物と無機物の融合』。


「もし、私の推測通り、脳の一部を、躰に指令を送る部位を改造されてしまっているのだとしたら、もう……」


 一度融合してしまった機械と生体を分離する事は不可能であり、二度と元には戻せないとの事。


 ならば、解放する手段はただ一つ。


「――行くぞ」

「がうっ!!」

「きゅいっ!」


 小飛竜スピアがごしゅじんの肩に飛び乗り、銀槍を送還したランスは大跳躍してパイクの背中に飛び乗った。


「待てッ! 『行くぞ』って、まさかあれと戦うつもりなのかッ!?」


 目的は、囚われているあの竜族ドラゴンの魂の解放。それともう一つ。


「俺は、自分の役割を果たします」


 クオレが護り、ランスが戦う――それが依頼を達成するために決めた役割分担。


 言外に、自分の役割を果たせ、と伝えると、クオレはまだ何か言っていたが、ランスはそれに構わず相棒を促し、パイクは地を蹴り駆け出した。




 体長20メートルを超える地竜が、地面スレスレを飛翔するかのように、崩壊してほぼ平らになっている屋外実験場だった場所を巨大地竜に向かって駆け抜ける。


 その背にいるランスは、レース・フォームの〔ユナイテッド〕に乗っている時のような前傾姿勢で、スピアはそんなごしゅじんの背中にお腹を付けて伏せ、ピタッと張り付いて前方を見据えている。


「まだだ……まだ……まだ……」


 パイクは持ち得る全ての力を尽くして走りたがっている。しかし、それをランスが止めていた。既に地上のどんな獣でも追い付けない速度だが、それでもパイクの全速力ではない。


 気がいているのは分かっている。それでもランスはパイクを制し、パイクはごしゅじんを信じて今はただ全力で地を蹴り、前へ前へと突き進む。


 パイクの生体力場が空気を弾き飛ばしているため、ランスとスピアは高速走行による風の影響を全く受けておらず、奇妙なほどの静けさの中で敵の様子を窺い、機を見極めんと全神経を研ぎ澄まし…………


「――――ッ!」


 攻撃が来る。敵の射程距離に入ったのだ。


「――まだ」


 それでもランスは相棒を制し、パイクはグッと堪えてそれに従う。


 攻殻竜塞が背負っている山から投射されたのは、無数の柱のような石の槍。


 おそらくはそれでも初級の【石弾ストーンバレット】に相当する術なのだろう。そう判断できるのは、投射された数がおかしいから。上級の【石槍ストーンランス】なら大きく威力があるぶん数は少ない。


 星々がそれらの陰に隠れて空が灰色に見える程の石柱が投射され、高い放物線を描いてゲリラ豪雨の雨粒と同程度の数と密度で降り注ぎ――


「――良し」


 今こそ、とランスが静かに許可を出した――その瞬間、パイクは全身全霊全力全開全知全能を以ての前進を開始する。


 【重力操作】で、重力の向きを後ろから前へ、重力加速度を10倍に変更し、前方へ向かって急降下しながら、激甚な身体強化によって一回り以上図太くなった四肢で地を蹴り前方へ自身を射出する。


 既に高速走行中だったその姿が掻き消える程の加速によって、20メートル超の地竜ドラゴンが音速の壁を易々と突破した。


 爆発音のような轟音が響き渡り、遅れて巻き起こる衝撃波が地面を弾き飛ばし、パイクが通過した後には一直線に地面が大きく抉れ、その底は黒く焼け焦げて中心は一筋赤く燃えている。


 敵にとってこの電磁投射砲レールガンで射出されたかのような超加速は完全に想定外だったらしく、雨霰あめあられと降り注ぐ規格外の【石弾】も、それで上に注意を向けておいて下から突き上げ仕留めるはずだった本命の石槍群――【峰刃アースグレイブ】も、かする事すらなくくうを貫き、パイクは全て置き去りにして一直線に距離を詰める。


 そのまま巨大地竜の懐へ飛び込む――かと思いきや、そうは問屋がおろさない。


 ギガゴゴゴゴ……、と岩石同士がこすれ合うような音が響いたかと思えば、唐突に、ガゴォオォンッ!! とはずれた下顎が落下するかのように巨大地竜が口を開け、その大規模な落盤事故を彷彿とさせる壮絶な光景に驚く暇もなく、


 ――かわせるものなら躱してみろォオオオォッッッ!!!!


 何所どこからともなく大音量で響き渡るクレイグ・ハミルトンの咆哮。


 そして、攻殻竜塞の大きく開かれた口の前に出現したのは、規模も威力も桁が二つ三つ違うが、パイクが使うものと同じ【超重力砲グラビティブラスト】の魔法陣。


 パイクなら、進行方向を横に変えれば砲撃の範囲外へ逃れるのは容易い。


 しかし、攻殻竜塞の【超重力砲】が発射されたなら、後ろに残してきたソフィア、子猫、クオレ、ヴァルカ博士は消滅する。いや、それだけでは済まない。一直線に地平線の彼方までを貫き、射線上に存在していた全てのものが消滅してしまう。


 そんな事は、上級スパルトイにして槍使いの竜飼師が許さない。


 何故なら、そんな事になれば依頼を達成できなくなってしまうからだ。


「――スピア」

「きゅいっ!」


 スピアが紅の瞳を、ギンッ、と煌めかせ、それに呼応してランスの左前腕にある契約の証が光を放ち、その無尽蔵ともいえる莫大な霊力が血盟紋を介して人の身に怒涛の如く流れ込む。そして、ランスは己の躰を通し、精密を極める体内霊力制御オド・コントロールによってスピアの霊力を変換、それに伴うロスを最小限に留め、右前腕にある血盟紋を介してパイクへ注ぎ込む。


 果たして、その使い方について豪語していたクレイグ・ハミルトンの目には、両腕の血盟紋を煌々と輝かせる竜飼師の姿がいったいどう映っただろう。


「――パイクッ!!」


 臆する事なく攻殻竜塞に向かって、あとは十分な量の霊力が充填され次第発動する魔法陣に向かって突撃していたパイクは、【重力操作】で慣性を打ち消して急停止。追い抜いて行った衝撃波が粉塵を舞い上げる中、それを突き破るように二本の後足で棹立さおだちになり、強烈な、それでいて優しい輝きをともした瞳で同胞を見据えながら、振り上げた両前足を躰ごと思いっきり地面に叩きつけた。


 大地の霊脈レイラインを介し、轟音と共に時間と空間を超えて人と竜2頭分の霊力が送り込まれた先は――攻殻竜塞の顎の真下の地面。そして、


 ――轟音を響き渡らせて飛び出した1000メートルに達する巨大な水晶の槍が攻殻竜塞の超巨大な頭部を下から上へ貫き徹した。


 これで囚われていた同胞のこころからだから解放される。


 パイクはそう思った――が、


「――まだだッ!!」

「―――~っ!?」


 ごしゅじんから【精神感応】で伝えられた、スピアが知覚している攻殻竜塞の生体反応がまだ消失していないという事実、無駄に苦しめないため確実に止めを刺すという決意、相手の生死を確認する前に気を抜くのは愚の骨頂だという教え、そして、人の身で竜族の強大な霊力をごく短時間で大量に通す、そんな荒業を実行する事で被る想像を絶した過負荷に耐え、目、耳、鼻から出血してるのも構わず血を吐きながら更に送り込まれてきた霊力に突き動かされて、


「グルォオォオオオオオオオオオオォ――――――~ッッッ!!!!」


 餓喰吸収能力で我がものとした神器の能力を追加発動。


 下顎から入って頭頂へ抜け、生命を維持するにも、術を行使するにも重要な器官である脳を縦に貫き徹した巨大な水晶の槍から横方向へ、まるで幹から延びる枝葉のように生えた無数の水晶の槍が、四方八方へ伸び、超巨大な頭部の内側をズタズタに穿うがち、貫き、引き裂いて外へ飛び出した。


 その光景を目の当たりにすれば、あまりにもむご過ぎると非難する者もいただろう。だがしかし――


 機械と融合された巨大地竜の脳と堅牢な頭蓋内操縦室の補助脳クレイグ・ハミルトンまでが完膚なきまでに破壊された事で完全に生命活動が停止し、【超重力砲】の魔法陣に注ぎ込まれている最中だった莫大な霊力の制御が失われて暴走。その超巨大な頭部が木っ端微塵に爆裂飛散した。


 そして、それはクレイグ・ハミルトンに攻殻竜塞と呼ばれていた竜族、その最期の意思によるものなのか、見る間に音を立てて石化して行き……


「あれは……」


 完全に石化した首の断面から飛び出した球状の光が、空中を滑空するかのように飛来する。このままなら間違いなく直撃するコースで、止まる気配はない。だが、パイクは危険を感じていないようなので、ランスは決断をパイクに委ねた。


 竜の祝福ドラゴン・ブレスのものに似た柔らかな光は、やはり減速する事なくパイクに直撃し、地竜の躰を、その背に乗っているランスとスピアをも包み込み――解放された竜族の魂の歓喜と感謝の念が胸を満たす。そればかりか、短時間に大量の竜の霊力を通した過負荷によるダメージが癒え、消耗した自身の霊力まで回復した。


「ありがと ゆってた」

「俺には、同胞パイクをよろしく、って言ってたような気がしたよ」


 ランスとスピアをも包み込んでいた光は、やがてパイクの躰に吸い込まれるようにして消える。


 果たして、パイクには何と伝えたのか……


 完全に石化した首の断面から球状の光――解放された魂が飛び出した直後、その途轍もなく大きな躰を維持していた生体力場が消失し、始まっていた自壊が加速する。


 石化していた躰が崩壊し、背負っていた山に圧し潰され……響き渡る轟音と共に全てが土砂に埋まって行く。そして、


「クルルルゥウゥオオオオオオォ~――――――――――……」


 崩壊が収まり、戻ってきた夜の静寂に、知識と力を継承したパイクの同胞を送る咆吼が長く長く響き渡った。

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