第48話 槍を知る者

 爆発や竜の吐息ドラゴンブレスなどの熱で上昇気流が発生していたはず。故に、空には巨大な積乱雲ができていてもおかしくないような気がするのだが、スピアによって吹き飛ばされてしまったのか、星が煌めく満天には小さな雲が数えるほどしかなく、周囲に照明がないからか妙に月が明るく感じる。


 そんな空へ幾筋か立ち昇る細い煙を辿るように地上へ目を向けると、盆地にある屋外実験場の様子は劇的に様変わりしていた。


 もう元の形状を残している建物は一つもなく、燃え盛っていた炎とこもったような熱気すら後始末と言わんばかりに叩きつけられた衝撃波で吹き飛んでいる。


 ただ、注意された通り直撃させないようには気を付けていたらしく、その証拠に、ランス達がいる場所を中心とした半径数十メートルの範囲だけは、半ば崩れているとはいえ、高さがある建物の残骸が残っていた。


 そんな廃墟の真っ只中で――


「凄い! 凄かった! 本当に凄いと思う! ――だからちょっと落ち着いて! え? 俺? いや、それは違う。凄いのはスピアとパイクで――分かった! 分かったから……ほっ! よっ! はい、よしよしよし、よぉ~しよしよしよし……」


 あれでもまだ全力ではないとはいえ、初めて手加減を考えず思う存分に暴れる事ができたスピアとパイクは興奮冷めやらぬ様子で、瓦礫にぶつけた後頭部の痛みを乗り越えて〔万里眼鏡〕のプレートを額に上げたランスは、塹壕の中からか頭だけ出して唖然呆然としているヴァルカ博士とソフィア、何やら深刻な様子で天を仰いでいるクオレをよそに、はしゃいでじゃれて纏わり付いていた相棒達を何とか両手でそれぞれ捕まえ、胡坐を掻いて膝の上に乗せて抱っこし、掌でぷにぷにのお腹を温めるように撫でて宥める。


 猛威を振るう姿を見るとつい忘れそうになるが、こういう姿を見せられると、まだ幼竜こどもなんだなぁ、としみじみ思う。


 ――それはさておき。


 なんとか落ち着かせると、スピアは、きゅう、とこちらの手の甲に小さな前足おててで触れて、もっとやって、と催促してきたが、大切な話があると伝えて後にしてもらう。


 そして、ランスは、自分の前で並んでお座りしているスピアとパイクに向かって、


「弱いならただ全力を振り絞れば良い。だが、――スピアとパイクは強い」


 目を周囲の惨状へ向けてから幼竜達に戻し、確信を込めてそう告げた。


 誇らしげにぐっと背筋を伸ばして胸を張るスピアとパイク。


 ランスは、そんな幼竜達に向かって更に告げる。


「ならば、力の制御を覚えなければならない。〝敵〟の巻き添えで、奪う必要のない命を奪ってしまわないために。破壊する必要のないものを破壊してしまわないために」


 精確無比に標的だけを打ち貫く――そんなごしゅじんに、〝硬い稲妻カラドボルグ〟に憧れて、【灼閃の吐息】や【超重力砲】を会得していても、それ以外に精密な狙撃を行う技術や遠くにいる敵を攻撃する手段を求めた。


 そう、ただ憧れただけだった。


 しかし、この機会で、自分達の本来の力がどの程度の破壊をもたらすのかを知った。ごしゅじんの真似をしようとして、それがどれほど難しいのかを知った。特にスピアは、実際に動くガードレス相手に【光子力線】で試してみて、武器だけを撃ち抜くつもりが手まで破壊してしまったり、機体そのものを撃破してしまったり……その難しさを思い知った。


 そして、――エスタの百貨店で何故ごしゅじんが自分だけで戦ったのかを知った。


 だからこそ、はっきりと実感する事ができた。ただの憧れているだけではダメなのだと。ごしゅじんと共に征き、共に戦うにはそれを会得する必要があるのだと。


「きゅいっ!」

「がうっ!」


 明確な目標ができ、月明かりの中で決然と頷くスピアとパイク。


 そんな幼竜達の姿がまた一回り成長したように見えて、ランスは自分でも意外に思うほど誇らし気持ちになった。




「――行きましょう」


 これが竜飼師ドラゴンブリーダーか、と感心したり、感動したりで思わず見入っていたクオレ、ヴァルカ博士、子猫を抱いたソフィア達は、それを聞き逃して、え? と揃って間の抜けた声を漏らし、


「行きましょう。ここに留まる理由はありません」


 立ち上がり、銀槍を片手に〔万里眼鏡〕のプレートを、カシャンッ、と下ろして気持ちを切り替えたランスは、前言を繰り返し、更にそう一言付け加えた。


 クオレの手を借りて、塹壕から出てくる二人と一匹。


 優先すべきは護衛対象ソフィアの安全。故に、幼竜達から亜空間に潜む者共の存在について報せを受けていたが、このまま隠れているなら捨て置くつもりだった。しかし、


「――何所どこへも行かせはしない。ここがファイナルステージであり、君の墓場だ」


 姿は見えず、されど何所どこからともなく響く声。


 それを聞いた瞬間から、ソフィアはうつむき恐怖に震え、クオレとヴァルカ博士は表情を厳しくして周囲を見回す。スピアとパイクはその足元からごしゅじんを見上げ、ランスは聞こえていないかのような無反応。


 そんな一行の周囲で最も高さが残っている倒壊した家屋、その上の空間が陽炎のように揺らぎ……二つの人影が亜空間から通常空間へ滲み出るように姿を現した。


 空へ高々と投じられた【照明ライト】が屋外実験場を、そして、その二人を照らし出す。


 一人は、エスタの駅で見かけた、派手なコートを羽織った露出過多なドレス姿の美女。


 もう一人は、白衣に袖を通した神経質そうで病的な印象を見る者にいだかせる長身白皙はくせき美男びなん


「クレイグ・ハミルトン……ッ!」


 男性のほうを睨みながら唸るように言うクオレ。そして、


「大魔女……フレイヤ!」


 ヴァルカ博士は、女性のほうへ畏怖と嫌悪が窺える目を向けてその名を口にした。


 初対面らしいクオレが、小声で鸚鵡おうむ返しに大魔女とやらについて訊くと、


「娘の魔女達――『ワルキューレ』を従える最古の魔女の一人。エクレールが言っていた『お母様』というのは、おそらく……」


 派手なコートを羽織った露出過多なドレス姿の美女――『フレイヤ』は、自分の名を呼ぶ声が聞こえたのか、チラッ、と視線をヴァルカ博士とクオレに振ったが、艶然と微笑む大魔女の眼差しはおもにランスへ向けられている。


 神経質そうで病的な印象を見る者に抱かせる長身白皙の美男――クレイグ・ハミルトンの眼差しもまた、チラッ、と俯いて自分と決して目を合わせようとしないソフィアへ向けられたが、すぐランスに戻され、


「君は私以上に興というものをかいさないようだ。ゲームの対戦相手としては最低の部類だが、ここはお見事と言っておこう。こうしてまんまと君の前に引きずり出されてしまったのだからな」

「…………」


 ランスは、無言、無反応。だが、内心は穏やかでなかった。クレイグ・ハミルトンが何かを言っているのは聞こえていたが、それどころではない。


 何故なら、ただならぬ気配に〔万里眼鏡〕の【霊視】を発動してみれば案の定。視えたのは、フレイヤとハミルトン博士を包み込むように展開・維持されている多重積層の【障壁】。対物理、対法呪といった防御だけではなく、合間合間に攻撃を受けると発動する多種多様な反撃用の攻性術式が組み込まれているようだ。


 これでは下手に手を出せない。


「さぁ、私はこうして姿を現したぞ。君にとってはもう用済みだろう。ソフィアそれを私に返してくれ」

「…………」


 ランスはやはり無言、無反応。


 だが、クオレとヴァルカ博士は、まるでランスがハミルトン博士をおびきき出すためにソフィアを人質に取っていたかのようなその物言いに対して怪訝そうに眉根を寄せ、


「用済み? いったい何を言っているんだ? 彼は私がソフィと共に国外へ逃げるために雇ったスパルトイだぞ」

「なるほど。そう思い込ませる事で自らの意思で自分の側に留まるよう仕向けた、か……。いやはや、竜族トカゲだけではなく、低能な獣人ケダモノの扱いにまでけているとは」


 ハミルトン博士は、まずランスに向かって感心したように言い、いであからさまにクオレを見下して、


「ならば何故ドラゴンを使わない? その背に乗って移動すれば、とうの昔に貴様らは国外へ脱出していたはずだ」


 その程度の事も分からないのか、と言わんばかりだったが、


「実験で私の右脚に竜殺しの剣ドラゴンキラーを融合させたのは貴様だろう? そのせいで嫌われ、背に乗せてもらえなかったんだ」


 どうやら完全に失念していたらしく、それを聞いて思い出したらしい。口を開いたものの返す言葉を見付けられずに唖然としている。クレイグ・ハミルトンという男のそんな間の抜けた顔を初めて見たヴァルカ博士が驚いて同じような顔をしていた。


「まさか……私を騙したのかッ!?」


 ふと我に返り、気を取り直して隣の大魔女に疑惑の目を向けるハミルトン博士。


 対するフレイヤは、とんでもない、と首を横に振り、


「私は、貴方のテリトリーに彼が侵入した事、回収部隊が彼によって全滅させられた事、それ以降も彼が貴方の大切なものと行動を共にしている事をお知らせした、ただそれだけ。そうでしょう?」


 その言葉に間違いはないらしい。ハミルトン博士が釈然としない表情をしているのは、告げるタイミングなどで思考を誤った方向へ誘導ミスリードされたと考えているからか……


 何にせよ、指し手を気取り、皆を掌の上で踊らせていたのはこの大魔女だったようだ。


「フンっ、まぁいい。魔王の座はただ一つ。そこへ到る者もまた一人。候補者同士が相争うのが不可避の運命であるのなら、私達が今こうして対峙しているのもまた必然なのだろう」


 自分に酔っているらしいハミルトン博士は、まるで舞台に立つ役者のように言った後、伸ばした両腕を左右へ大きく広げ、


「――魔王になるのはこの私だッ!!」

「魔王?」

「候補者……同士?」


 ランスは当然のように無言、無反応。興味はない。だが、そうも言ってはいられない発言に、クオレとヴァルカ博士、それにソフィアまでもがもの問いたげな視線を向けてくる。


 それらの単語は、天都堕しグランディア・フォール事変で向こうから接触してきた魔女と思しき謎の女の言葉の中にもあった。全く興味がないため思い出す事もなかったが、クレイグ・ハミルトンの言葉を信じるなら、彼はあの制竜者ドラゴンスレイヤーソンベルスと同じ魔王候補――同じ舞台で能力を競い合う実力者という事になる。


「…………」


 傲慢な笑みを浮かべて見下してくるハミルトン博士を敵と断定し、ランスは銀槍を構えた――その時、


『――お待ち下さいッ!!』


 待ったの声でいい気分に水を差されて苛立ちを露わにした――が、飛び出してきた者達が誰かを知るなり、まだ稼働していたのか、という呟きと共に満足げな笑みを浮かべる。


 そんなハミルトン博士をよそに、大魔女の前へ飛び出してきてひざまずいた二人――アシエとエクレールは、地面に額をこすり付けんばかりに伏してこいねがった。


うるわしくも偉大なるフレイヤ様ッ!』

「ランス・ゴッドスピードを討ち果たし、その魂魄を貴女様に捧げますッ!」

「どうかその功をって我らをワルキューレの列へお加え下さいッ!」


 どうやら二人は大魔女の命令で動いていた眷属ではなく、眷属になりたい一心で唯々諾々と従っていたらしい。


 そして、言質げんちを求める二人に対して、フレイヤは何も言わずただ艶然と微笑むのみ。だというのに、それをどう解釈したのか、アシエとエクレールは歓喜の笑みを浮かべ――振り返ってランスに向けられたその顔には戦意がみなぎっていた。




 敵と断定した二人に対し、平然と銀槍を構えるランス。


「あぶないっ まきこまれる さがってっ」

「ごしゅじんのじゃま~」


 幼竜達は護衛対象とその他に退避するよう促し、ヴァルカ博士と子猫を抱いたソフィアが塹壕の中へ戻る。


「加勢しよう」


 そう言ってランスの横で構えたクオレだったが、


「役割分担はそのままで」


 ソフィアを護れ、とあくまで依頼の遂行を優先させるランスの言葉に、逡巡したのも束の間、分かった、と塹壕の所まで後退した。


 倒壊した建物の上に立つ二人は完全に観戦モード。


 そして、アシエとエクレールの相手をしていたロバートとジリオラなのだが、あの二人は生きている。幼竜達が生体反応を感知しているので間違いない。大魔女の出現に気付いてか、戦闘を勝手に切り上げてこちらへ来たアシエ達を追って近くまで来ているようなのだが…………出てくる様子がないという事は、あの二人も観戦を決め込むつもりらしい。


 ――何はともあれ。


 槍使いの事しか見ていない大魔女の隣で、ハミルトン博士が口を開いた。


「運がなかったな、ランス・ゴッドスピード。その2体は、素材の特性を最大限に高めた私の自信作だ」


 元に戻っていた露出している素肌がまた柔軟性はそのままに金属の光沢を帯びた……いや、完全に生きた金属の塊と化したアシエに目を向け、


「〔融合個体ハイブリッド002〕は、【金属化】した自身の剛性や靭性を増幅する強化系と、不可視の防護膜で自身を包み込む防御系の宝具、霊装を四肢に融合させる事で、物理的、術的に守りを最大限に高めた防御特化個体」


 次に、額の宝石を煌々と輝かせて全身を包み込むように燐光を、両手足の機械式義肢には更に雷電を纏わせたエクレールに目を向け、


「〔融合個体003〕は、四肢に融合させた宝具、霊装で適正属性である雷属性を最大限に高めた事で、攻性法呪の威力増幅は当然の事ながら、雷とほぼ等速での高速移動が可能になった敏捷特化個体」


 そして、それぞれ【異空間収納】で、全長3メートルを超える鋭い円錐形の騎馬戦用突撃槍を、美麗な装飾が施された2本の細剣レイピアを取り出したアシエとエクレールから、ただ静かにおよそ2メートルの銀の槍を構えているだけのランスに目を向け、


「絶対的に硬く、あらゆる攻撃を受け付けない〔融合個体002〕は君の槍でも貫けず、圧倒的に速く、何者にも捉えられない〔融合個体003〕なら、速さ自慢の君に容易く追い付き、追い抜くだろう。――君には万に一つの勝ち目もない」


 確信を込めてそう告げた――が、


「…………」


 ランスは無言で無反応。ただ静かに相手を観察しつつ、常と変わらない、余分な力が抜け切った構えを維持している。


 どんな些細なものでも有益な情報を得るためにと話は聞いてはいたのだが、余人にしてみればその態度は無視されたとしか思えず、ご立腹のハミルトン博士はさっさと終わらせるよう二人に命じた。そして――


 結果を先に言ってしまうと、瞬殺だった。


 ――〝先突フォーストール


 機先を制し、超加速から最高速で最短距離を一直線に間合いを詰め神速の刺突を打ち込む突進技。


 騎馬戦用突撃槍を軽々と構えたアシエが、全力全開全速力で突撃しようと地面を蹴る足に、グッ、と力を溜めた――その瞬間、ギャリィンッ、と鼓膜を突き破るような金属同士の擦過音が響き渡り、機先を制し中心の取り合いをも制したランスの神速の刺突が騎馬戦用突撃槍を斜め上へ弾き飛ばして直進し、超高圧縮された勁力をびる銀槍の穂先がありとあらゆる障害を貫き徹して中途半端にバンザイするような体勢にさせられたアシエの鳩尾をぶち抜いた。


 そして、ランスがそうしようと考える前に、技を刻み込まれた躰が突き出した銀槍を即座に等速で引き戻す――その直前にはもう、ランスの側面に、雷速で移動し槍使いの間合いを侵食したエクレールの姿が。


「――――ッ!!」


 既にランスを剣の間合いに捉え、両腕の前腕を口の前で交差させるようにして2本の細剣レイピアを振りかぶって――エクレールは笑っていた。


 槍のように長く広い間合いを持つ武器は一見有利に思える。だがふところすきを抱え、一度間合いに深く入られてしまうとその長さがあだとなり、まともに振るう事ができなくなってしまう。


 それ故に、槍使いランスの懐の隙に入ったエクレールは笑っていた。致命傷を負った相棒の事など気にも留めず、勝利を確信し、今目の前にいる敵を見ず、大魔女の眷属となった未来の己の姿を想い描いて笑っていた――それが最大の敗因。


「――シャアァ!!」


 蛇のような気合を発し、ズシンッ、と鋭い踏み込みと共に振り抜かれた雷電を纏う2本の細剣、その必殺を期した剣先がランスに届く事はなく空中に✕の字を描き――ズブッ、とエクレールの鳩尾に銀槍の穂先が突き刺さった。


 ――〝攻退スライドバック


 通常の刺突のように槍を突き出すのではなく、穂先を相手に向けた槍をまるで空中に固定したかのようにその場に残して自分が後退する事で、懐の隙に入り込んで勝利を確信していた者を突き放す攻防一体の高等技術。


 つまり、ランスがエクレールの鳩尾を突いたのではない。


 雷速であろうが光速であろうが、展開された【空識覚】の範囲内でランスに知覚できないもの、捕捉できないものなど存在せず、引き戻しながら銀槍の穂先をエクレールに向けたランスは、銀槍の柄に沿って己の躰を石突のほうへ滑るように〝閃捷〟で後退させた。


 エクレールは、2本の細剣に必殺の勢いと威力を乗せるために鋭く踏み込んだ――そこに銀槍の穂先があるという事に気付かないまま。


 その結果、エクレールは自らそこにあった銀槍に刺さってしまったのだ。


 エクレールに関してはランスが打ち込んだ訳ではない。だが――


『……え?』


 特殊な霊力の練り方で生成された勁力が傷口から浸透し、その影響で体内を循環する霊力の流れが乱され正常な運用が阻害された事で、アシエの金属化が解け、エクレールの全身を覆っていた燐光と雷電が、パシンッ、と弾けて消える。


 そして、二人は奇しくも困惑の声を揃え――ドヅッ、と響いた打突音は一度。開いた孔は一つずつ。


 二人に打ち込まれたのは慈悲のとどめ。アシエとエクレールは、自身を苛む〝硬い稲妻〟に打たれた激痛を自覚する事はなかっただろう。


「長く広い間合いを持つ槍は懐に死角を抱えている――その事を何者よりも熟知しているのは実際に槍を使う者。ならば対策の一つや二つ講じないはずがない。……欲しい……貴方が、――欲しいッ!! エゼアルシルト最強の、――いいえッ! 世界最強の槍使いランス・ゴッドスピードッ!! あぁ、本当に、素晴らしいわぁ~――――~ぁんっ!!!!」


 自分を慕う者が倒れたというのに、興奮に頬を朱に染めて身をよじり、毒々しいまでに濃厚で妖艶な色香を撒き散らしながらもだえる大魔女フレイヤ。


 その斜め後ろにいるハミルトン博士は、唖然から驚愕、次いで嫉妬に顔を歪め、子猫を抱いているソフィアはヴァルカ博士に見ないよう手で目隠しされ、その博士とクオレは嫌悪を露わにしている。そして、ランスは――


(俺が、世界最強?)


 馬鹿らしいとまともに取り合おうとしなかった。


 自分は、病が悪化する前の師匠の足元にも及ばない。


 その師匠が常々言っていたのだ。――〝上には上がいる〟と。


 それに何より、師匠亡き今、もし自分が最強だったとして、それが何だと言うのか? 例え他と比べて最も強かろうが、最強種族の幼竜達スピアとパイクに力を持つ者の振る舞いをいている自分が、この程度で良いはずがない。


「…………」


 キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくれる幼竜達を失望させないために、そして、人間は弱いが決して油断して良い相手ではないのだという事を教えるために、ランスは油断も、隙も、おごりも、そして、殺意すらなく、ただ静かに討つべき敵を見据えて槍を構えた。

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