第46話 手加減は無用だ

 エルハイアのサニーファ区にあるエティエンヌ広場。


 車輌進入禁止の大通りが交差したその場所は、広々としていて、中央には四方から文字盤が見える二階建ての屋根に相当する高さの時計塔があり、整然と街灯と街路樹が並んでいて所々にベンチやテーブルが配置されている。


 自動車ワンボックスカーにあった地図で場所を調べ、ランス達が指示されたその場に到着したのは、時計塔の針が4時50分を回った頃の事だった。


「……見た所、誰もいないようだが――あっ、オイっ!?」


 車輌が進入できないように並んでいる短い柱ポールの手前にワンボックスカーを停め、窓を開けたディランが運転席からまだ街灯がともっていない広場に目を向けて独り言のように呟いたその時、スライドドアを開けて子猫を抱いたソフィアが車から飛び出した。


「ソフィ! 一人で行くな!」


 続いてクオレが飛び出し、スピア、パイク、ランスも車を降り、ドアを閉める。


「ったく……じゃあ、あとは手筈てはず通りに」


 『手筈』と言っても何という事はない。決まっているのは合流する時間と場所だけ。アルヴィス・ヴァルカ博士の有無にかかわらず、罠を突破してその場を離脱し、合流して逃走する。


 ランスは、そう掛けられた声に振り向きはしても頷きはせず、装着している〔万里眼鏡〕のプレートを鉄兜の目庇まびさしのように、カシャンッ、と額から目許を覆うように下ろした。


 まず間違いなく罠だ――そうギリギリまで反対し続けていたディランは、その背を見送りながら付き合いきれないと言わんばかりに深々とため息を一つ。それから気を取り直して車を発進させ、その場から走り去った。


「ごしゅじ――~んっ」


 少し先で振り返って待っているスピアに呼ばれ、頷いたランスは警察犬のように脇についているパイクと共に軽く走り出す。


 幼竜達から受けた【精神感応】での報告によると、不自然に人気のない広場内にある生体反応は五つ。その内の二つは以前目撃した人物達との事。


 ランスがディランの言葉に頷かなかったのは、その手筈を意図的に無視する事になる可能性があるからだった。


 ここからは全て、相手の出方次第。




「アル……アル……~っ」


 時計塔のもとまで来て辺りを見渡すも、求める人の姿は見当たらない。ソフィアは必死に周囲を見回してその姿を探し求め、


「アルぅ――――~っ!!」

「――ソフィっ!?」


 バッ、と勢い良く振り返った少女の前には時計塔がそびえており、声が聞こえてきたほう――時計塔の向こう側へ行くために側面へ回り込もうと走り出し、


「ソフィっ!!」


 向こう側から同じように飛び出してきた女性ひと――伸び放題だった髪を肩にかかる程度に切り揃えて茶色ブラウンに染め、白衣以外の服を着て、見慣れない眼鏡をかけていても見間違える事などあるはずがない大切な人の姿を発見し、ソフィアの目から涙が溢れた。


 力が抜けて足を止めたソフィアの腕の中から子猫が逃げ出し、目に涙を浮かべて駆け寄ったアルヴィス・ヴァルカ博士が少年の格好をしている少女を掻き抱いた。両膝をついて姿勢を低くした博士をソフィアも両手で力一杯抱き締め返す。


「…………」


 そんな二人と声をかけるのを控えて傍らで見守っているクオレを、ランスは少し離れた場所から見ていた。――すると、


「ごしゅじん」

「ごしゅじ~ん」


 こちらに来ていた子猫を尻尾で構っていたスピアとパイクが、おもむろに後足で立ち上がって両脚にそれぞれ抱きついてきた。それだけでなく、頭をぐりぐりこすり付けてくる。


 ランスはいったいどうしたのかと不思議そうに首を傾げ……ふと頬を緩めた。


 おそらく、心優しい幼竜達は、己では自覚できない何かを感じ取って気遣ってくれているのだ。至らない己の事を不甲斐ないと思う。だが、それ以上にありがたい事だと心から思った。


「ありがとう、クオレ! ソフィを護ってくれて……っ!」


 クオレは、ヴァルカ博士の心からの感謝の言葉に対して首を横に振り、


「私一人では護り切れなかった。機械化歩兵で構成された追跡部隊すら単独で一蹴する彼の協力が…なければ…………」


 そう語りながら紹介しようと振り返り――本人は油断も隙もなく自然体で佇んでいるが、横顔に肩までよじ登ったスピアがきゅーきゅー張り付き、右足にパイクががぅがぅ抱き着き、子猫がロングコートの裾にミィミィじゃれ付いてと可愛いモフモフ達にまとわりつかれているランスの姿を見て、クオレは自分の発言の信憑性のなさに唖然とし……


 ――何はともあれ。


「貴方が、ランス・ゴッドスピード……」

「彼の事を知っているのか?」

「史上最年少の上級スパルトイ、力の意味を知る聖母竜マザードラゴンの眷属以外の竜族ドラゴンと契約を交わした唯一の人間、勇者の再来……」


 ヴァルカ博士の口から紡がれる言葉の数々に、思わず見開いた目をランスに向けるソフィアとクオレ。


「私も世間から隔絶されたあの研究所にいたから世情には疎いのだけれど、のデスクにあった新聞記事や調査報告書を見たの」


 それを聞いてクオレは怪訝そうに眉根を寄せ、狂気の天才科学者に目を付けられて闇に引きずり込まれたヴァルカ博士は同類を憐れむような目をランスに向けた。


(クレイグ・ハミルトンが、俺の事を……)


 その理由は分からない。だが、ランスはその事を記憶に留めた。


 ヴァルカ博士は更にランスに向かって何か言おうとしたが――


「――彼女達は?」


 その前に、クオレが問いを放つ。その視線の先にいるのは、ヴァルカ博士の同行者だと思われる4名の人物。


「『エクレール』、『アシエ』」


 ヴァルカ博士に呼ばれて進み出たのは、衣服の上からでも抜群のプロポーションが窺える二人の女性。一方は、この薄暮の中でサングラスをかけて額にバンダナを巻いており、もう一方はハーフコートを纏って目深にフードを被っている。


「クオレ、この二人は貴女と同じ手足を持っているの」

「私と? という事は……」


 元は同じ研究所にいた献体。そして、その手術を行ったのは他でもない、アルヴィス・ヴァルカ博士。ならば、埋め込まれているはずの発信機や『機密保持機構』という名の小型高性能爆弾も除去されているはず。


 ヴァルカ博士はそんなクオレの考えを察して頷いてから、


「あの後、彼女達が私を連れて研究所から脱出し、ここまで護ってくれたのよ」


 だから信用しても大丈夫だと告げた後、その二人の更に後ろにいる人物達に目を向ける。


「そして、彼らが私達を国外へ逃がしてくれる」


 そこにいたのは、インバネスの紳士とドレスコートの美女――列車の屋根の上でディランと接戦を演じ、〝疫病より殺す騎士ペイルライダー〟〝女切り裂き魔ジル・ザ・リッパー〟と呼ばれていた二人だった。




「私達は国務省の職員で、『ロバート・ジョンストン』と申します」


 仕込み杖ステッキを手にしているインバネスの紳士はそう名乗り、


「彼女は同僚の『ジリオラ・ノックス』」


 ドレスコートの美女をそう紹介した。


「政府の人間が何故私達を国外へ?」


 常識的に考えれば、国家の機密に携わった者、それも禁忌とされる人体実験や生命創造の産物が国外への逃亡を図ったら、捕らえるか殺すかしてそれらが存在していたという事実を抹消しようとするはずだ。


 クオレが怪訝そうに訊くと、当然の疑問だとヴァルカ博士は頷き、


「彼のおかげよ」


 そう言って視線を向けた先は――ランス。


 ヴァルカ博士の説明は婉曲な表現が多用されていた。それは、おそらくソフィアに聞かせる事が躊躇われたからだろう。それを簡単にまとめると――


 『あいつ』ことクレイグ・ハミルトン博士は、実験と新型魔導式機械鎧ガードレスの製造に必要な〝素材〟を必要としていた。しかし、支援者との約定によって素材を独自に調達する事は禁じられ、献体する事を承知する契約をした者や死刑囚などに限定されていてままならない。


 そこで、ハミルトン博士はその手口を模倣する事で全ての罪を正体不明のテロリスト〝束縛するものルーラー〟に着せる事を思いつき、この機会すら利用して、ソフィアとクオレを餌に、素材を――魔人ディーヴァをおびき寄せて大量に確保する計画を立て、実行を指示した。


 だが――


「彼と竜族ドラゴン達が用意されたゲーム盤をひっくり返した」


 ヴァルカ博士はランスを真っ直ぐ見詰めつつ言い、


「そして、クレイグ・ハミルトンが……正確を期するならその配下が、焦れて悪手を打った」


 引き継ぐように口を開いたのはインバネスの紳士――ロバート。


「『命懸けを強制する遊戯デスゲーム』は早々に破綻し、素材となるはずだった者達が網に開いた穴から逃げて行く――それを黙って見過ごす事ができず、手を出してしまった。そして、支援者達はそれを見過ごす事ができなかった」


 『手を出してしまった』というのは、おそらく、1階にレストランが入った建物の屋上でランスが知覚した、あの敗者側だけでなく勝者側まで不意打ちで殺され亜空間に消えて行ったあれがそうだろう。


 要するに、クレイグ・ハミルトンの計画が露顕し、約定に違反して素材を独自に調達してしまったばかりか、その中には軍や警察に属する魔人も含まれていたため支援者達に見限られた、という事らしい。


「クレイグ・ハミルトンの野望はついえた」


 ロバートはその一言で締めくくり、話はようやくクオレが発した問いの答えに。


「今回の一件におけるアルヴィス・ヴァルカ博士の貢献が認められ――」


 要するに、行政機関と取引したらしい。協力する代わりに新しい身分を用意して自分達を国外へ逃がせ、と。そして、取引は成立し、それを履行するために遣わされたのがこの二人との事だった。


(国務省……、それに物騒なコードネーム……)


 その二つによってランスの脳裏に浮かびあがったのは、とある部署とそこに属する者共。


 ――オートラクシア帝国国務省特務分室。


 国務省とは外交関係を司る行政機関であり、その一部局である特務分室の表向きの仕事は、様々な雑用だとしか聞かされていない。だがその実態は、帝国の利権にかかわる事件の調査、および非合法な手段を用いての解決、そして、――国外へ逃亡した犯罪者への断罪執行。


 以前、ランスは師匠と共に任務でスパイを狩った事が何度あり、その際、もし遭遇した者が自ら『派遣執行官』の身分を明かし暗号名コードネームを名乗った場合は放置して構わないと指示を受けた。


(彼らが受けた命令は、博士達を国外へ逃がす事……それだけか?)


 そこまで考えて、ランスは雑念を振り払う。


 自分の仕事もまた国外へ脱出するまでだ。


 ――なにはともあれ。


 肝心の国外へ脱出する手段は、グランディア船籍の潜空艇。


 今日これからすぐ空港へ向かい、潜空艇に乗り込む。あとはその船が1ミリでも地表から離れた瞬間、船内は法律上もう国外。警察や軍は国際問題に発展してしまうため、他の勢力もグランディアを――聖竜騎士団と総合管理局ピースメーカーを敵に回す事の愚を知るため手は出せない。


「もうすぐよ。もうすぐ、私達は自由に――」


 ヴァルカ博士はそう言ってソフィアを抱き締め、希望で輝くような笑顔をクオレに向けた――その時、時計塔から5時を報せる鐘の音が鳴り響いた。




 情報というのはいつ何所で役に立つか分からない。それ故に記憶に留めておこうと耳を傾けながら、ランスは考えていた。


 これは間違いなく罠。ならば、どんな仕掛けが用意されているか。それをどう突破するか……


「…………っ!」


 常人より良く聞こえる耳が、時報の鐘が鳴り響く前に、カチッ、と時計塔内部で仕掛けが稼働し始めた音を捉え――高らかに鳴り始めた鐘の音を合図に、広場の外で一般市民に変装していた戦闘員が一斉に動き始めた。


 クレイグ・ハミルトン博士の計画、その要だとされているソフィアを手に入れようとしている一派か、始末したい一派か……兎にも角にも訓練された集団があっという間にエティエンヌ広場を包囲する。


 そして、およそ半数がその場に残って包囲を維持し、残りのおよそ半数が四方から距離を詰めてきた。それだけでも数は20を超えている。


「ランスッ!?」

「役割分担はそのままで」


 5時だから鐘は5回鳴るのだろう。襲撃に気付いたクオレがその音に負けないよう声を張り上げ、普段通りのランスの声は不思議なほどよく通って獅子の耳に届いた。


 ランスの掌中に忽然と銀槍が出現し、スピアとパイクは一瞬にして虎ほどの大きさへ。そして――


「――――ッ!」


 唐突に動いたのはアシエ――ヴァルカ博士の護衛を務める二人の、ハーフコートを纏って目深にフードを被っているほう。


 両脚の偽装を解除した事でロングブーツが弾け飛び、太腿の半ばまでを覆う長靴型の脚甲を装着しているような機械式の脚が露わになり、おもむろに一歩前へ踏み出した――その途端、凪いだ水面に一粒の水滴が落ちた事で広がる波紋のように、アシエの足裏から放出された霊力が円形に広がり、一瞬にして時計塔をギリギリ内側に収められる高さがある半球形の【障壁バリア】が展開された。


 ――これは悪手だ。


 相手が銃を撃ってきた訳でも術を放ってきた訳でもないのに、これではただ自分達を檻に閉じ込めたも同然。今動かなければ包囲を縮められて打つ手がなくなる。


「何をしているッ!? 早くこれを解除……~ッ!?」


 ランスと同じ事を考えたクオレがアシエに食って掛かり――続ける言葉を失った。


 それは、アシエが口の両端を吊り上げて笑っていたからだ。


(してやられた、か……)


 敵意や殺意があれば、それに気付いて術が発動する前に槍を打ち込めただろう。だが、その罠にまった者達をあざわらう笑みには喜悦と悪意こそ滲み出ているものの、それらはない。


 このわずかな間に包囲は狭まり、今【障壁】を解除させても外の連中の思う壺。ランスが咄嗟にできたのは、ソフィア、ヴァルカ博士、クオレをまとめて【念動力】でアシエから引き離し、スピアの後ろへ素早く退避させる事だけ。


 それとほぼ同時に、


「どういうつもりかし――らァッ!」


 〝女切り裂き魔ジリオラ〟が力場形成能力を有する霊装フルアーマーリングでそれを嵌めている中指以外の指の先にも長い爪状の薄く鋭い力場の刃を形成し、背後からアシエの延髄くびのうしろを掻きむしるような斬撃を見舞った――が、両義腕の偽装を解除したエクレールが間に割って入ってそれを受け止めた。


 力場の爪刃と受けた義腕の間で、バチッ、と紫電が弾け、吹っ飛ばされたジリオラが危なげなく着地する。そんな彼女の様子を見るに、どうやら今の一撃は、アシエを仕留めるためのものではなく、エクレールの出方を窺うのが目的だったようだ。


「アシエ? エクレール?」


 これまで頼りにしてきた護衛達の不可解な行動に愕然とするヴァルカ博士。そんな彼女に対して、


「勘違いしないで下さい。博士、私達は貴女を裏切った訳ではありません」


 楽しげに笑っているエクレールはそれとなくジリオラを警戒しつつ言い、


「これまでと変わらず、私達は貴女を護ります」


 相棒と背中合わせのアシエがそう言ってヴァルカ博士に微笑みかけた。


「なら、これはどういうつもりだッ!?」

「じきに分かるわ」


 両手足の偽装を解いた臨戦態勢のクオレが問い、嘲弄するような笑みを浮かべているアシエがそう答えた直後、唐突に【障壁】内にいる一同が揃って眩暈めまいに似た不快感に襲われ――


「はい、到着」


 エクレールがそう言い、アシエが【障壁】を解除する。


 各々がその言葉の意味を理解するのにかかった時間はごくわずか。ふと気付いた時にはもう、その外側の光景は一変していた。




 時計塔など、エルハイアのエティエンヌ広場は【障壁】で囲まれていた円の内側だけ。その外側は似ても似つかない廃墟の交差点。全体的にすすけているため古く見えるが、街並みは現代のオートラクシアの都市と大差なく、市街戦が行われたような痕跡が散見され、倒壊している建物も少なくない。


「到着?」


 油断なく目の前の二人を見据えているためまだ周囲の変化に気付いていないジリオラが怪訝そうに眉根を寄せ、


「おそらくは【位置交換型転位トランスポジション】。【障壁バリア】は交換する空間を限定するためのもので、類似する地形を入れ替えた、といったところだろう」


 相棒の疑問に答えるように、周囲の街並みを見回したロバートが落ち着き払った様子で推理を述べる。


 それに対する反応は、面白がるような笑みと、正解、の一言。


「こ、ここは……」


 何所どこか分かるらしいヴァルカ博士が絶望に声を震わせ、それを耳にしたロバートが問うと、ショックのあまり聞こえていないらしい博士に変わってクオレが答えた。


「あの狂人の研究所のすぐ近く。機械化歩兵や魔導式機械鎧ガードレスの性能評価試験を行うための屋外実験場だ」

「そう。そして……」


 アシエはもったいぶるように言って顔をランスに向け、


「――彼が台無しにしたデスゲーム、その本来なら勝ち残った者達だけが招かれるはずだったファイナルステージ」


 ランスは、ここまでの会話に耳を傾けつつ、幼竜達との【精神感応】と【感覚共有】、それに自分では【空識覚】と〔万里眼鏡〕の機能をフル活用して情報を収集し、現状の把握に努めていた。


 その結果、分かったのは、ここが周囲を山々に囲まれた逃げ場のない平地だという事。そして、新型だと思われる多数の魔導式機械鎧ガードレスと随行する機械化歩兵の部隊がこの盆地内の方々に配置されているという事。


「それでもまだ裏切っていないというのかッ!?」


 精神をむしばまんとした絶望を怒りで振り払い、える白獅子クオレ


 対するエクレールは臆する事なくわらい、


「えぇ、もちろん。私達は博士を裏切ってなんていない。だって、私達は初めからずっとお母様の言い付けを守っているだけなんですもの」

「お母様?」


 それには微笑むだけで答えず、アシエが引き継ぐように口を開き、


「こんな所で悠長におしゃべりしていても良いの? 私達がこれまでと変わらず護るのは、博士とその人造人間ホムンクルスだけなのよ」


 まるでその発言を待っていたかのようなタイミングで、


 ゥウウウウウゥ――――――――……


 高らかに鳴った警報が小さな都市ほどもありそうな廃墟中に響き渡った。


「今のは、試験テスト開始の……ッ!?」


 嫌な記憶がよみがえったのか、警報を聞いて総毛立ったクオレが焦燥を露わにし、


「そう、貴方達の性能評価試験のはじまりはじまり。いったいこの場の何名が合格できるのかしら?」

「もう一度言うけど、博士と人造人間ホムンクルスは私達が護る、絶対にね。だから、貴方達は戦いに専念して――ぅぐッ!?」


 アシエは咄嗟に両義腕の偽装を解除して頭上で手首を交差させ、高速で仕込み杖ステッキを抜剣したロバートの落雷のような斬撃を受け止めた――が、ドンッ、と間髪入れずに繰り出された砲撃のような前蹴りを腹部に食らって吹っ飛んだ。


 エクレールのほうは、同じタイミングで仕掛けていたジリオラの爪刃型力場を回避するために大きく飛び退いている。


「博士の護衛は我々の仕事だ」

「言い付けを守るよい子ちゃん達は、お母様ママの所に帰って頭をナデナデしてもらいなさいな」


 お前達を相手にしている場合ではない。だが、敵をそばに置いておくつもりもない――態度でそう語るロバートとジリオラを前に、アシエとエクレールは正体を現した。


 全ての偽装が解除され、衣服が弾け飛ぶ。


「いいわ。貴方達の性能評価試験テストは私達がしてあげる」

「でも、始める前に不合格と結果が分かっているテストって、する意味あるのかしら?」


 そんな事を言い合う二人は、どちらも両腕は指先から二の腕の肩付近まで、両脚は爪先から太腿の半ばまでが戦闘用義肢で、胴体は惜しげも恥じらいもなく素肌を晒して目のやり場に困る極小の貞操帯ビキニアーマーのみ。そして、サングラスやバンダナ、目深に被ったフードで隠されていた両目の虹彩には金属的な光沢があり、それぞれ額に宝石と金属プレートが嵌め込まれたかのように融合している。


鉱物系人種ドヴェルグ……」


 クオレの呟きに、我に返っていたヴァルカ博士が、そう、と頷き、


「いったいどこから連れてきたのか、彼女達は両手足を失った状態で研究所に運び込まれた。そして、あいつに言われるままあの魔王国時代の機械人形の手足を移植したのだけれど……やはり有機的無機生命体と共生関係を築いているドヴェルグだからなのでしょうね。あの手足との相性は貴女以上よ」


 そう語っている間にも、アシエの露出している素肌が柔軟性はそのままに金属の光沢を帯び始め、エクレールの額の宝石が発光すると両手足の機械式義肢が雷電を纏った。


「退いてはもらえない、か……」

「期待なんてしてなかったくせに」


 ロバートは渋々と、ジリオラは飄々と言い――それぞれエクレールとアシエに斬りかかった。


 その一方で、


「え? ランスさん?」


 本能的にどこが一番安全か分かるのか、スピアの所でもパイクの所でもなく、自分の足元にいた子猫の首根っこをひょいと抓んで持ち上げ、ランスは尻尾の先だけ黒い白猫をソフィアに預けた。そして、


「スピア、パイク――」


 スパルトイとして受けた依頼は、ソフィアの護衛。期間は国外へ脱出するまで。


 つまり、状況がどうあれ、護衛対象が無事なら問題ない。


 そして、自分はスパルトイであると同時に槍使いの竜飼師ドラゴンブリーダー


 この機会を逃す手はない。


 ランスは相棒達を呼び、銀槍を地面に突き立てて空いた両手でそれぞれ顔を寄せてきたスピアとパイクののどや首を撫でながら告げる。


「――手加減は無用だ。思いっきりやって良いぞ」


 思ってもみないごしゅじんの言葉に、スピアとパイクはきょとんとして目をパチパチさせ…………くわっ!! と目を見開くと湧き上がってみなぎるやる気で、ブルルルッ、と躰を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る