第47話 竜の力 人の技

「ここなら無辜の民を巻き込んでしまう恐れがない。だから、周囲へ及ぼす被害を気にしなくて良い。――ただし、注意すべき事が三つある」


 ランスは、装着している〔万里眼鏡マルチスコープ〕の目許を覆っていたプレートを鉄兜の目庇まびさしのように、カシャンッ、と額に上げ、裸眼で幼竜達を見ながら、


「一つ、油断しない。こちらが攻撃すれば敵は当然反撃してくる」


 コクコクコク×2。


「一つ、余力を残す。例えここで敵を殲滅しても依頼はまだ達成されない」


 コクコクコク×2。


「一つ、ソフィアの位置を常に把握しておく。依頼を達成するには護衛対象に無事でいてもらわなければならない」


 コクコクコク、とごしゅじんの言葉の一つ一つに頷くスピアとパイク。


 細かい部分は口にすると長くなるので【精神感応】で伝え、そのついでに頼んでパイクに【地形操作】で塹壕ざんごうを掘ってもらう。


 そして、ランスはちゃんと注意を聞いていた幼竜達の頭を撫でて――言った。


「よし、――行っておいで」


 うずうずしていた幼竜達はすぐさま身を翻し、飛び上がり、駆け出して――一瞬にして本来の大きさへ。


 体長20メートル超の翼竜が天空へ舞い上がり、同サイズの地竜が大地を踏み締め――


 グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!


 天と地で猛る竜の咆吼が響き渡った。




 まずぶっ放したのはパイク。


 繰り出したのは、竜の吐息ドラゴンブレスと【重力操作】の合わせ技――【超重力砲グラビティブラスト】。


 直進する不可視の波動に触れたものは原子レベルで崩壊し、姿勢を低くしたパイクがほぼ水平に放ちながら首を横に振った事で扇型の範囲が薙ぎ払われ、一つの都市に匹敵する性能評価試験を行うための屋外実験場、そのおよそ4分の1の範囲が壊滅した。


 次は天高く舞い上がったスピア。


 繰り出したのは、竜の吐息ドラゴンブレスを昇華させた新技――【灼閃の吐息レーザーブレス】。


 スピアが放ちながら顔を横に振った事で、細く収束された灼熱光線が、シュッ、と一本線を引くように地上を舐め……瞬時に沸騰した大地が大爆発し、数十メートルに達する爆炎と粉塵がまるで巨大な城壁のように立ち昇った。そして、その余波は地表を波打たせる衝撃波となって海嘯かいしょうが如く地上を薙ぎ払い、そのたった一撃で屋外実験場のおよそ半分を壊滅させる。


 その後も、ただ全力で駆けただけで建物は生体力場に弾かれ砕け散って後には悠々とその巨体が通過できる道ができ、ただ全力で飛んだだけで超音速飛行によって生じた衝撃波が地上を打ちのめして木っ端みじんに粉砕し、前触れのない局所的な直下型地震が建物を倒壊させ、【異空間収納】でそこら中にある大小無数の瓦礫を適当に回収して飛びながらそれをばら撒くだけで弾が尽きる事のない爆撃と化し…………




 その一方、【地形操作】で一瞬にして、ぼこッ、と広場の地面に作り出された、横に長く、幅は狭く、縦に深い穴――塹壕の底には、身を寄せ合って戦々恐々としているクオレ、子猫を抱いたソフィア、ヴァルカ博士の姿が。


 そこにランスの姿はない。塹壕に入るよう促されて三人が入った後、促した当人は入ってこず、気付いた時にはもう忽然と消えていた。


「…………そういえば、国務省の二人は?」


 ふと思い出したようにヴァルカ博士が呟くも、その答えを知る者はここにいない。


 塹壕の底は、妙に静かだった。ドラゴン達が破壊の限りを尽くす音がずっと遠くで起きている事にように聞こえ、断続的に地震のような揺れを感じ、時おり突風が頭上を吹き抜けてその際に土埃や小石が塹壕内に降ってきて頭にかかるが、普段であれば気にする事のない隣り合う者達の息遣いが妙に大きく聞こえ……


「ミィ~っ」

「怖いの? 大丈夫だよ。きっと大丈夫」


 ふとすると気がおかしくなってしまいそうな焦燥と圧し潰されそうな静けさの中で、子猫の鳴き声と、自分より弱い生き物を護ろうとする少女ソフィアの存在が、クオレとヴァルカ博士の精神を支えていた。


「……ん? ………~っ!?」


 いち早く気付いたのはクオレ。ズン…ズン…ズン…ッ、と一定のリズムで響く震動は、おそらく魔導式機械鎧ガードレスの足音。どんどん強くなる、つまり、徐々に近付いてくるそれらは、1機や2機ではすまない。


「クオレ!」

「………~ッ!?」


 ソフィアに続いてヴァルカ博士も重々しい足音に気付き、クオレにどうするのかと目で問うと、


「…………、この慌ただしさからすると、私達の居場所を知っていて向かってきているのではないな。おそらく、ただドラゴン達から逃げ回っているだけだ。このままここでやり過ごそう」


 そう決断しつつも、予想が外れていた場合や、確率は低いが、慌てるあまり塹壕に気付かず落とし穴にはまるように落ちてきた場合に備えて二人と子猫を庇えるよう態勢を整えて…………


「……ん?」と眉根を寄せて耳を澄まし「……この足音はッ!?」


 直立二足歩行のガードレスの足音に混じる震動――それが接近する四足獣の足音だと気付いた直後、


 グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!


 こちらへ向かってきたガードレスの一団に向かって放たれたと思しき竜の咆吼が大気を震撼させた。


 思わず塹壕から頭を出すクオレ。そして、慎重に外の様子を窺うと、そこには地竜と少年スパルトイの姿があり――目の前で繰り広げられたパイクの戦いぶりに度肝を抜かれた。




 ――時はしばしさかのぼる。


 アシエとエクレールの対処はロバートとジリオラに任せ、子猫を抱いた護衛対象ソフィア依頼人クオレ、その他をパイクに作ってもらった塹壕に入るよう促した後、ランスは【感覚共有】で天に舞い上がったスピアと視覚を共有して捕捉した、最も近い位置にある小隊規模の敵集団に向かって移動を開始した。


 右へ曲がり、左へ曲がり……響いてきたパイクの【超重力砲】による破壊音を聞きながら500メートルほどの道のりを進む。そして、突き当たった丁字路で建物の壁に背を預け、頭を、スッ、と出して曲がり角の向こう側の様子を窺い、サッ、と戻す。


 それは一瞬の事だったが、そこから更に100メートルほど先、交差点のない一本道を慎重にこちらへ向かってくる敵集団――魔導式機械鎧ガードレス3機と機械化歩兵12体を確認した。


 機械化歩兵の装備は銃剣付の突撃小銃だけだが、白兵戦用の武器は腕に内蔵されている可能性が高い。


 そして、ガードレスは3機がそれぞれ違う武器を装備しており、1機は長柄の斧鎚――片側が斧で反対が鎚という超重武器。もう1機は魔導式機械鎧サイズに巨大化させたような長銃身の自動小銃オートライフル。最後は本来なら車輪付きの台に固定されていて馬でくか複数名で移動させる多銃身回転砲塔式機関銃ガトリングガン


 大剣や戦斧、戦鎚などの超重武器はオーソドックスな装備だが、ランスは魔導式機械鎧がライフルやガトリングガンを装備しているのを始めて見た。おそらく、機体だけではなく同時に専用の兵器も開発していたのだろう。


 ――何はともあれ。


 ランスは銀槍を手に機を窺い――その時、スピアの【灼閃の吐息】で大地が爆発した震動が天地を震わせた。振り返らずとも、〔万里眼鏡〕の【全方位視野】で背後の巨大な城壁のように立ち昇った爆炎と粉塵が見えている。もちろん、壁が迫ってくるような衝撃波が押し寄せてくる様子も。


「…………」


 咄嗟の判断で取り出した投石紐スリング、その片側の四つの穴に左手の人差し指から小指を通し、両端を合わせ持って投石の色を強くイメージしつつ霊力を込めると、投石紐が作る輪を簡易召喚陣として帯状の中央部分にゴルフボール大の黒い投石――『重い石』が出現してセットされた。


 ランスは、投石紐を振り回して勢いをつけ、スッ、と左半身を建物の陰から出して、パッ、と片側を放す。そうして放られた黒い投石は、それほど速度を出していないため風切り音を立てる事もなく美しい放物線を描いて飛んで行き、測ったかのように斜め上から45度の角度でガトリングガンを装備しているガードレスに見事直撃し――ズゴシュッ、とまるで地面に置いたジュースのアルミ缶を踏み潰すかのように、いともあっさり圧壊させた。


 それが、霊装〔五つの石〕の一つ、『重い石』の力。他の四つと同じ大きさ、同じ重さだが、本来は数十トンもある巨大な超合金の球。それを重力系法呪の超重力によって現在の体積まで圧縮したものがこの投石で、一定以上の速度で他の物体と接触した瞬間のみ、付与されている恒常的に重さを軽減する重力系法呪が解除される。


 これで一つ、あの新型ガードレスは、勢いに乗った数十トンの直撃には耐えられないという事が分かった。まぁ、旧型でも耐えられないだろうが。


 敵集団がランスの存在に気付き――全速力で向かってきた。銃器を装備していて襲撃者を発見したら即座に発砲しそうなものだが、撃とうとする気配すらない。


 しかし、ランスにとってその行動は想定済み。何故なら、帝国の軍事兵器には必ずと言って良いほど『機密保持機構』という名の小型高性能爆弾が搭載されているという事を知っているからだ。新型には組み込まれていない可能性も考えていたが、潰れたガードレスから即座に距離を取ろうとする反応を見るからにそれはないだろう。


 ランスは、サッ、と身を引いてそのままバックステップ。来た道を引き返しながら圧壊したガードレスが爆発した凄まじい轟音を聞き、曲がり角の向こうから飛散したガードレスの小振りな残骸が幾つか丁字路の交差点に落下した。


 そして、それと間髪入れず敵集団が飛び出してきて――そこにスピアの【灼閃の吐息】で生じた衝撃波が到達し、吹き飛ばされてきた大小無数の瓦礫が降り注ぐ。


 ガードレスは、体勢を崩しかけたが腰を落として踏ん張り、打ち付けられた熱気をはらむ爆風に向かって前傾する事で何とか堪え、呪化超合金製の重装甲が瓦礫を悉く弾いた。


 しかし、機械化歩兵達はなすすべなく根こそぎといった感じに吹っ飛ばされ、丁字路突当りの建物の壁に叩きつけられ、突き破り、倒壊したその建物の下敷きに。


 そんな中、ランスが平然と佇んでいられるのは、半球形の【念動力場】で全てを受け流しているから。そして、重い石をセットした投石紐を振り回しに回して過剰なまでに勢いをつけながら、後ろから叩きつけられる爆風の影響が自身に及ばないよう【念動力場】を変形させて前方を開放し、前傾姿勢で踏ん張って耐えているため身動きの取れない2機のガードレス、その専用ライフルを構えているほうへはなった。


 黒い投石は地面すれすれから浮かび上がるような軌道で魔導式機械鎧のボディ中央に直撃し、ガゴォオォンッ、と豪快な激突音を響かせて超大型巨人に蹴飛ばされたかのように吹っ飛び、キランと空のお星様になる前に機密保持機構ばくだんが作動して爆散した。


 衝撃波が吹き抜けて粉塵が舞う中、【念動力場】の濃度を薄めてかさを増すように【空識覚】を展開し、瓦礫の下敷きになった機械化歩兵共の生死を確認する。その結果は、全滅。


 たった2度の投石で敵集団は壊滅し、健在なのは長柄の斧鎚を手にしたガードレス――意図的に残されたその1機のみ。


「…………」


 現在の状況ならまだ注意深く観察する余裕があると判断したランスは、未知の敵を既知とするため、投石紐をしまって銀槍を構えた。




 ズガァンッ!!  ズガァンッ!! ズドォオォンッ!! ゴガァッ!!


 これだけ攻撃が当たらなければ何か言ってきそうなものだが、搭乗者の声を外部に伝える機能が備わっていないのか、新型ガードレスは一言も発する事なくただひたすら斧鎚を振り回し続けている。


 ランスはそれを、時には前へ出て懐へ飛び込み、時には後ろへ引いて間合いから外れ、時には右へ左へと地面を滑るように危なげなく躱し続けながら、目で観察しつつ、ごく薄い念動力を機体内部へ浸透させて調べ……


(これは……)


 帝国軍に正式配備されている魔導式機械鎧ガードレスの印象は、その名の通り『機械仕掛けで動く巨大な鎧』だが、この新型の印象は『重厚な全身甲冑を纏った巨人』。


 そんな見た目からして違う旧型と新型だが、運動性能の差は歴然。そして、中身は全くの別物だった。


 旧型は、搭乗者が胴体にいる。背部に主機関エンジン等があるため、胸部装甲を開放してそこから搭乗者が乗り込み、浅くスツールに腰かけるような体勢で躰を固定し、操縦桿を掴み、足踏板ペダルに足を乗せ、胸部装甲を閉鎖して起動させる。


 だが、新型は、搭乗者が背部にいる。分厚い装甲と衝撃吸収機構で守られた機体頭部には素材にされた魔人の脳が組み込まれた装置が収められ、主機関などは全て機体内部に収まっており、搭乗者はガードレスに背負われるような形で背嚢バックパックのようなものの中にいた。しかも、そこには昇降口ハッチを開閉するためのものと思しきレバーしかなく、操縦桿や足踏板のような操作するために必要なものは一切見当たらない。


 どうやら、肌の露出が一切ないフルフェイス型ヘルメットとパイロットスーツを装着した搭乗者は、ガードレスの部品パーツとして組み込まれ、操縦するのではなく、意識を機体に移して自分の躰のように動かすようだ。


(そんな操縦方法だからこそ、強度を落としてでも関節の構造を複雑にしたり可動範囲を広げたりして、より人間の躰に、搭乗者自身の肉体に近付けた、か……)


 唐突にガードレスが斧鎚を投擲した。回転しながら迫るそれをランスは横へ滑るように移動して易々と躱す。それからガードレスは両の拳を振るい始め、回避するために懐へ飛び込めば掴み捕らえようと手を伸ばしてきて、時には苛立たし気にボールを蹴るようなキックも使ってくる。


 そのおかげで新型の動作をよく観察する事ができた。


 この機体から得られるものはもうない。ならば――


(――兵は神速を貴ぶ)


 ランスは前へ。前傾して自分に向かって伸ばされた機械の手を躱してガードレスの懐へ飛び込み、ヅガンッ、と鳩尾の辺りを一突き。前面の装甲は最も厚く硬いからこそ、攻撃はこない、攻撃されても耐えられる、とたかくくって防御しようとする素振もなく、尖端の一点で超高圧縮された勁力が分子間力を断ち切り、槍の穂先が分厚い呪化超合金の装甲をぶち抜いた。


 一撃即離脱。ゴォッ、と振り抜かれたガードレスの剛腕は直前までランスがいた空間を抉り抜き……それで力尽きたのか動きを止めた。


「…………」


 他2機が爆散した際の様子から推測した安全圏まで後退し、様子を窺うランス。


 ガードレスの正しい倒し方は、機体を破壊し行動不能にしてから搭乗者に止めを刺す。


 それにはもちろん理由がある。


 魔導式機械鎧には姿勢制御装置ジャイロセンサーが搭載されていて、搭乗者が意図的に操作しない限り自動的に転倒を回避するようになっている。そして、とおった衝撃や霊装の弓箭など貫通力の高い攻撃によって機体が行動可能な状態で搭乗者が死亡すると、死者は立っていられないため、機体内でハーネスに躰を固定されている状態だと前へ倒れて行くのだが、姿勢制御装置によって機体が自動的に転倒を回避するため一歩前に踏み出す。だが、死体は立っていられないため前へ倒れ続け、機体が自動的に転倒を回避しようとまた一歩踏み出し、また一歩、また一歩、また一歩……そうやって踏み出し続ける内に加速して行き、最終的には障害物を薙ぎ払いながら機体が行動不能になり機密保持機構ばくだんで爆散するまで全力疾走し続ける。


 その『死者の特攻デッドリードライブ』と呼ばれる暴走事故を回避するために、まず機体を破壊して停止させるのだ。


 それは旧型の話だが、新型は違うという情報はまだ得ていない。


 ちなみに、弱点を衝くのが戦闘の定石じょうせきだが、あえて関節部や装甲と装甲の継ぎ目などを狙わずに最も分厚い部分をぶち抜いたのは、対ガードレス戦でまず狙うべき場所――狙われるであろう場所には、攻撃を受けて不具合が生じた場合の対策が当然の如く講じられており、損害を最小限に留める措置ダメージコントロールを行う事で多少の不自由はあっても戦闘を継続する事が可能だからだ。これもまた旧型の話だが、新型がそうではないと期待するのは間違っている。


 ――何はともあれ。


 動きを止めたガードレスが再び動き出す事はなく、脱出する時間は十分にあったはずだが、搭乗者を機体内に閉じ込めたまま爆発し飛散した。


「…………」


 以前、師匠との任務中に死の商人がガードレスを持ち出してきた事があった。師匠はガードレスを『豪勢な棺桶』と評し、搭乗者に向かって『棺桶に入って来るとは、用意の良い奴だ』と言って笑っていた。


 ランスは今、目の前で爆散したガードレスを見て、ふとそんな事を思い出した。




 スピアとパイクには、建物を的として敵は巻き込んでも構わないが放っておいて良い、と伝えてある。


 それは、自分が殺人を嫌っているからだ。


 自分が嫌な事をスピアとパイクに押し付けたりはしない、してはならない。


 ――それはさておき。


 【超重力砲】や【灼閃の吐息】などに巻き込まれて消滅、または大破して機密保持機構で爆散したものも少なくはないが、やはり、魔導式機械鎧は余波だけで全滅する程もろくはない。


 機械化歩兵はもう残っていないそうだが、残存しているガードレスは、開けた場所にいては的にされ、固まって行動すればまとめて消し飛ばされるとでも考えたのか、散開し個別に護衛対象ソフィア達が隠れている塹壕があるほうへ逃げて行く、との事。


 上空のスピアから【精神感応】での報告を受けたランスは、こんな機会は滅多にないのだから今しかできない事を優先させるようスピアとパイクに伝えたのだが、


「来たのか……」


 方々から地鳴りのように響いてくる重々しいガードレスの足音――その中に混じった四足獣の足音を聞き分けたランスは、仕方のない奴だ、と言わんばかりにため息一つ。


 グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!


 自分の前にいたガードレス共を牛蒡ごぼう抜きにして駆けつけたパイクが、ランスの傍らで咆吼する。年若い竜族じぶんたちに恐れをなして逃げ回る程度の存在がごしゅじんに挑もうとは何事かッ!? と。


 ドラゴンの威圧感プレッシャーに恐れをなしたガードレスが急制動をかけて踏鞴たたらを踏み、足を止めて――その手にあったガードレス専用銃砲刀剣類ぶきが、天空より次々と降り注いだ閃光によって貫かれ、融解し、爆散した。


 それは、上空を通過する際にスピアが放ったもの。胸の前あたりに浮かんでいる光の球体から発射された【光子力線フォトンレーザー】だ。


「…………っ!」


 大技を一通り試し終えた幼竜達が、次にしたい事を【精神感応】で伝えてきた。


 パイクは、接近戦の練習をしたいらしい。そのためにガードレスと同サイズにまで身を縮めた。


 スピアは、精密狙撃の練習をしたいとの事。それで今も残存しているガードレスが手にしている武器だけを狙い撃っている。


「…………」


 ランスはため息をもう一つ。幼竜達がそれを望んでいるのなら致し方ない。


 ごしゅじんが構えを解き、立てた銀槍の石突を、コツッ、と地面につく――それを合図に、【精神感応】で新型ガードレスを注意深く観察して得た情報を受け取ったパイクが飛び出した。


 そこは、車輌進入禁止の大通りが交差した場所にあったエティエンヌ広場と入れ替えられた広い交差点。今や中央にあった時計塔は半分に折れて太い根本だけが残っている。


 そんな四方へ伸びた十字路の内、パイクがまず目を付けたのは、東の通りの先にいるガードレス3機。仮にガードレス『A』『B』『C』とする。


 〝瞬動〟のような高速移動でいっきに駆け抜けて間合いを詰めると、その勢いのまま先頭にいたガードレスAに体当り。運動エネルギーを全て譲り渡したかのように、衝撃で大きくひしゃげたガードレスAが破片を撒き散らしながら吹っ飛ぶ一方でパイクはその場で止まり、Aの隣で棒立ちになっていたガードレスBに対して下段〝竜尾衝〟――振り抜いた尻尾で両足を払って転倒させるなりガードレスCに飛び掛かった。


 パイクの前足は、鋭い爪を出し入れできるネコ科の大型肉食獣に似ているが、しっかり物を掴む事もできる。


 襲い掛かってきたドラゴンに対して咄嗟に右拳を放つガードレスC。パイクはそれを掻い潜って組み付くと柔道の大外刈りのような投げ技で押し倒し、すかさず右腕を捕り、ガードレスCを仰向けからうつ伏せにして右腕を背後へ捻じり上げる。すると関節の可動限界を超えて壊れてしまった。しかし、気にせず左前足でガードレスCの壊れた腕ごと機体を押さえ付けつつ、右前足の爪の先から伸ばした勁力の刃――〝竜爪斬〟で、スッ、サクッ、と流れるように手際よく、人間なら首を掻き切り、肋骨の隙間を徹して肺と心臓を貫くように脇の下を刺し、搭乗者は傷付ける事なく機体を破壊する。


 そして、起き上がろうとしているガードレスBに背後から飛び付くと同時に、右前足をガードレスBの顎にかけ、左前足で後頭部を掴み――ガリュッ、と一息にひねり、そのまま頭部をぎ取った。


 パイクはそれを、ぽいっ、と脇に捨てると踵を返し、次の敵を目指して地を駆ける。


 その姿は他のどんな四足獣よりも美しく、勇ましく、そして、速い。それも当然。何故なら、今の姿はパイクが知るどんな生物よりも強く速いごしゅじんと共に在るために、【脱皮】をしてまで手に入れた姿だからだ。


 東の大通りから中央の広場を通過して西の大通りの先まで一瞬にして駆け抜け、そのままガードレスDに体当りをぶちかます。ガードレスEに対して上段〝竜尾衝〟を叩き込むと直撃した頭部が木っ端微塵に弾け飛び、ガードレスFが繰り出してきた右ストレートを左前足で、バシンッ、と斜め下へ叩き落とし、間髪入れずに右腕で首を刈るようなラリアットをぶち込むと、ガードレスFは鉄棒で逆上がりをするかのように両足を浮かして後頭部から地面へ真っ逆さま落ち、ラリアットの威力と地面に激突した衝撃で歪んでいた頭部が自重で圧壊した。ちょうどその時、東の3機が爆散した轟音が響き渡る。


 そして、瞬く間に西を片付けると、威圧による混乱からようやく立ち直ろうとしていた北、それから北の味方がなすすべもなくほふられていく様子を目撃して冷静さを欠いた南の敵もまた反撃するいとまも与えず仕留めて行く。


 新型の動きは良い。旧型が『重く動きにくい全身甲冑を装備した重戦士』なら、新型は『要所のみを防護する部分鎧を装備した軽剣士』くらい動作が軽やかで、総合的に見ても性能が格段に向上している。


 しかし、それでも地竜には追い付けない。


 それは何故か?


 答えは、パイクがんでいるのが、ごしゅじんと同じ速度域だからだ。


「……き、君は、まさか――」


 〝竜尾衝〟や掌底のような打撃技、投げ技、関節技は極めると同時に破壊し、組み伏せ動きを止めたなら速やかに〝竜爪斬〟で二か所以上の急所を刺し貫いて確実に止めを刺す――迅速かつ一切の無駄がない、明らかに獣の本能的な攻撃行動ではなく、訓練された者の機械のように精確なその戦いぶりを目の当たりにして、塹壕から出てきたクオレは戦慄に声を震わせ、ランスに問う。


「――竜族ドラゴン軍格闘術マーシャルアーツを叩き込んだのかッ!?」


 クオレは、何かとんでもない事をしでかしたかのように言う。しかし、ランスはそう思わない。


 何故なら、自分はまだ16年も生きていないからだ。


 経験の浅い若輩者。グランディアの竜飼師のように専門の教育を受けた訳でもない。


 故に、教えられる事はとても少ない。だからこそ、要不要を問わず、自分に教えられる事は全て教えると決めた。


 軍格闘術しかり。ナイフの扱い然り。【精神感応】でなら、己の経験を、軍幼年学校時代に受けた訓練の記憶を見せる事ができ、言語を介してでは伝え難い、あるいは伝えられない、精神的・感覚的な部分までごく短時間で伝授する事ができる。


 そうして得たものをどうするかは、ひとえにスピアとパイク次第。


 現に、ナイフ戦闘の技術は、ついこの間まで得た知識の一つに過ぎなかったが、〝竜爪斬〟を会得した事で実戦に活かされた。


 ――それはさておき。


 人と竜では身体の構造が違う。故に、【精神感応】で伝授した軍格闘術そのものでは不具合が生じた。そこで、更に竜族スピアとパイク用にアレンジを加えたイメージを伝え、山篭り中から襲い掛かってきた怪物モンスターを相手に実践し、今も試行錯誤を重ねている。


 そう、つまり、あれはもう――


軍格闘術マーシャルアーツではありません」


 竜の力と人の技の融合。それは――


「――竜格闘術ドラゴンアーツです」


 ランスは平然とそんな事をのたまい、パイクは、目に映る範囲に存在していた敵全てを圧倒してもなお勝ち誇る事はなく、安全圏まで後退して自分の戦いぶりを顧み、改善点を検討する。


クオレは戦慄を禁じえず、芯から冷え切ったかのように躰の震えが止まらなかった。


 生まれながらにして最強の存在である竜族ドラゴンが、努力する事の意義を知り、技を身に付け研鑽を積む事を覚えた――それがいったい何を意味するのか、果たして気付いているのか、それともいないのか……


「ごしゅじぃ――~んっ!!」


 そこへ、小さくなって戻ってきた小飛竜スピアが、飛来した勢いのままごしゅじんの顔面に飛びついた。当然するはずだと思っていた減速がなかったため、ランスは、ぶふっ!? と仰け反り転倒しそうになったが何とか堪え――


「ごぉ~しゅじぃ~んっ!!」


 それを見てならったのか、小さくなってダッシュしてきた小地竜パイクにその勢いのまま腹に飛びつかれたランスは、当然するはずだと思っていた減速がなかったため、ごふっ!? と堪え切れずそのまま後ろに転倒した。


「…………」


 今、クオレの目の前にいるのは、雷光で千里を貫き徹す槍使いの竜飼師と、想像を絶する化け物へと成長する事が確定している竜族達――のはずなのだが、


「~~ッ~~~~ッ」


 今目の前で、倒れた拍子に瓦礫で打った後頭部を両手で抱え歯を食いしばって痛みに耐えている少年と、ほめてほめてと子犬のように尻尾をフリフリきゅーきゅーがぅがぅごしゅじんにじゃれつく可愛いぬいぐるみのようなモフモフ達を見て、おそれれば良いのか、愛でれば良いのか、呆れれば良いのか……クオレはもう訳が分からなくなった。

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