第34話 じっけ~ん

 翌日の早朝――


「――昨夜は本当に申し訳なかったッ!!」


 クオレが唐突に頭を深々と下げ、眠っていて昨夜の出来事を知らないソフィアと、起きていたのに分からないランス、スピア、パイクは揃って目をパチパチさせる。


 それは昨夜、ランス達がクオレからの依頼を引き受けた後の事。


 国外への脱出が目的なら今すぐにでも行動を開始するべきだと進言した。もう遅過ぎるぐらいだ、とも。しかし、これ以上ソフィアに無理をさせられないと却下された。その上、ただ国外へ逃げれば済む問題ではないのだと言いつつそれについての説明はなく、ただソフィアを護る事だけを求められた。


 彼女は依頼人。その意見は可能な限り尊重しなければならない。


 ランスは了解した旨を伝えると、人目につかないよう表へ出た。


 それは、気まずさからなどではなく、仕事に支障をきたさない程度に稽古を行なうため。


 自身の性能を向上、最低でも維持しなければならない――軍幼年学校時代に植えつけられたそれは強迫観念と言って良いだろう。一日でも稽古を休めば性能が低下する。故に、任務中であっても出来ない理由がない限り稽古は休めない。


 モーテル裏手の人目につかない場所で軽めの稽古を終えて部屋へ戻ると、ソフィアはベッドの上で安らかな寝息を立てていて、クオレの姿はなく、彼女の服が脱ぎ捨てられており、ドアの向こうのユニットバスからはシャワーの水音が聞こえてくる。という事は、清潔感を得てそこから出てくるクオレは裸だろう。


 そうと知りながらこの場に留まるのは、問題の発生を未然に防ぐため軍幼年学校時代に教えられた『女性に対する不適切な行為』に該当する。


 ランスは当然の配慮として部屋を後にし、そのまま外で夜を明かした。


 不審な存在が接近してくればスピアとパイクが気付いて教えてくれる。それ故にそうする必要ないのだが、【空識覚】を維持したまま眠るのはもはや習慣で、今回はパイクがごしゅじんの膝の上で丸くなり、スピアは大きく形態変化してごしゅじんを包み込むように丸くなり、ランスはパイクを撫でながらスピアのふわふわの体毛に埋もれるようにして眠る。スピアとパイクの位置は交代制で、野営するごとに変わるというのは余談だ。


 軽めの朝稽古を終えて部屋へ行くと、今度はソフィアの姿もなく、ベッドの上には彼女の服だけがたたんで置かれていて、ドアの向こうのユニットバスからはシャワーの音と二人の声が聞こえてくる。どうやら、昨日シャワーを浴びずに寝てしまったソフィアを洗ってやっているらしい。


 今度も、ランスは部屋を後にした。


 そして、そのまま外で待っていると程なくして身支度を整えた二人が出てきて、クオレに謝られたのだ。


 当然と思ってした配慮について感謝される事はあっても、謝罪されるような事はないはずだと内心首を傾げ、小飛竜スピア小地竜パイクに目で問う。すると、どちらも思い当たらないらしく、きゅい? がう? と首を傾げた。


「昨夜のあの態度はどう考えても恩人に対するものではなかったッ! ――どうか許して欲しいッ!!」


 ランスは、その言葉で、そういう事か、と納得し、


「俺は気にしていません」


 そう告げてクオレに感謝された後、部屋の鍵を持って受付へ。


 呼び鈴を鳴らし続け、寝ていたところを起こされて昨日以上に愛想が悪く、しかし、例え相手が自分より年少でも上級スパルトイに悪態をつく度胸はない中年男性に鍵を返却し、チェックアウトして二人の許へ戻る。


 すると、ピックアップトラックのエンジンがかかっており、運転席にはクオレの、助手席にはソフィアの姿が。


 あれは昨日から停まっていた車輌で、ランスの脳裏を、始めからここに来る予定であれは事前に準備されていたもの、という極めて低い可能性が過ぎった――が、


「わってた まど」

「ばき~っ ごそごそ~ きゅるきゅる~ どるんっ」


 〔ユナイテッド〕のシートに並んでお座りしている小さな目撃者達の証言によって、その可能性は否定された。どうやら窓を割り、ドアのロックを内側から解除して車内へ侵入し、一部を破壊してキーを使わずにエンジンをかけたようだ。


「はんざい」

「げんこ~はん」

『たいほ?』


 スピアとパイクに小首を傾げながら訊かれ、ランスは考える。


 目的は国外への脱出。仕事はソフィアの護衛。


 それらは、――クオレがいなくても達成できる。


「わ、私は依頼人だぞッ!? それに盗んだ訳じゃないッ! ただ借りただけ……そう、――超法規的措置だ!」


 どうやら聞こえていたらしいクオレは、まるでランスの心を読んだかのようなタイミングで弁解し、真っ直ぐ自分に向けられる3対の視線から逃げるように、行くぞッ! と言って車を発進させた。


 駐車場から道路へ出る直前で止め、窓から突き出した腕の大きな動きでランスを急かすクオレ。クラクションを鳴らさないのは、おそらく、ピックアップトラックの持ち主に気付かれては困るからだろう。


『…………』


 かつて師匠と共に与えられた任務を遂行するために必要なあらゆる行為を許されていたランスは、スピア、パイクと顔を見合わせて……とりあえず、クオレの言葉を信じる事にした。




 クオレは当初、船か飛行船でエルヴァロン大陸の隣――異種族の土地であるレムリディア大陸へ向かおうとしていたらしい。


 だが、九死に一生を得て目を覚ますと、そこは目指していた都市とは逆方向にあるコルテスの簡易宿泊施設モーテルだった。


 そこで、クオレは計画プランの変更を思いついた。


 レムリディア大陸行きをやめ、目指すは遥かなる天空のグランディア。現在地であるコルテスの一つ隣の都市『エスタ』には鉄道の駅がある。ますはトラックと〔ユナイテッド〕でエスタの駅へ向かい、汽車で当初の予定とは逆方向の空港がある都市『エルハイア』へ移動。そして、そこの空港から飛行船で『空中の小都市』と称される超大型飛行船ターミナルシップを経由して天空都市国家へ。後の事は到着してから考える。


 自分とソフィアじぶんたちだけでは考えもしなかったプランだけに、こちらの行動を読んで追跡する事は不可能なはず、とはクオレの談。


形振なりふりなど構っていられない。最大限、君に頼らせてもらう」


 申し訳なさそうにしたのは一瞬。改めて手段を選ばず目的を達成する覚悟を決めたクオレに、ランスは了解した旨を伝えた。


 という訳で、早朝からトラックと〔ユナイテッド〕を飛ばし、コルテスから山を二つ越えたところにある都市――エスタへ。


 その都心部にある駅付近に到着すると、駅から徒歩で5分程の場所に大型の百貨店があるのを見付け、その地下駐車場に入った。


 上の店舗へ移動するためのエレベーターと階段から最も遠く人目が届きにくい場所に駐車し、乗車券を買うために駅へ。目的の場所が大勢の人々が行き交う駅なので向かうのはランス一人。スピアとパイクは〔ユナイテッド〕とお留守番兼二人の護衛。クオレとソフィアはピックアップトラックの車内で待機。


 峻厳な山々が国土の大半を占めるお国柄、怪物モンスターの存在もあって安全に暮らせる土地が少なく、そこへ人口が集中するため、地方都市のコルテスやエスタでも、郊外は割と閑散としているが、都心部ではエゼアルシルトの王都に勝るとも劣らない大勢の人々で賑わっている。


 圧倒的に多いのは人種ヒューマンで、次が異種族と総称されるバステト、ルーガルー、リザードマンなど獣人種。他国ではそんな彼らよりもよほど多く見かける鳥獣系や植物系、鉱物系人種――亜人種と総称される人々の姿はその中に一つもいない。


 それもまた、差別と偏見が横行するオートラクシア帝国のお国柄。


 ――それはさておき。


 駅前広場を抜け、人の流れに紛れて立派な駅舎の中に足を踏み入れたランスは、乗車券を買うために窓口を探し、見付けたその前にできている列に並ぶ。


 エゼアルシルトにも鉄道はあるし乗った事もあるのだが、乗車券を買うのは初めて。なので、前に並んでいる人々がどうやって購入しているかそれとなく観察し……


「エルハイア行きを3枚」


 自分の番がくるとそれを真似、簡潔に告げてライセンスを提示した。すると、


「では、個室席コンパートメントをご用意致します」


 何も訊かれず一等の乗車券を渡された。それが1枚だけなのは、その個室に入るなら何人乗せても良いという事らしい。


 ライセンスがあれば、世界中のほとんどの国で面倒な手続きなしに入出国や各都市などへ出入りする事ができる。そして、Lvが上がるごとにできる事が増え、上級とも言われるLv・Ⅶ以上は、ほとんどの公共施設や鉄道、航海船、飛行船などが無料で利用できるようになる――とは聞いていたが、本当に料金を請求されなかった。


「おかえりっ ごしゅじんっ」

「おかえり~」

〔お帰りなさいませ〕


 地下駐車場の奥で待つ皆の許へ戻り、スピア、パイク、〔ユナイテッド〕に、ただいま、と返す。すると、


「君のところは、その小さな幼竜達こらだけではなくバイクまで話すんだな」

「はい」


 平然と肯定されて、クオレは感心を通り越して呆れ果てたような顔で絶句し、ソフィアはずっとそうしているのか、今も、じぃ――~っ、と話をする幼竜達とオートバイを観察している。


 これは余談だが、ランスが譲り受けた当初、〔ユナイテッド〕は命令オーダーに対して『承知オーライ』と答える他は、端的な受け答えをするだけだった。しかし、今では人間のように会話する事ができるようになっている。


 その要因は、主にスピアだ。


 スピアはどうにも話をする無機物の受け答えが面白いらしく、暇さえあればよく話しかけていた。そして、舌足らずなスピアに片言で話しかけられた〔ユナイテッド〕は、その内容を理解しようと努め、自らが何を求められているかを思考し、返答する。


 それの繰り返しが〔ユナイテッド〕の知能レベルを飛躍的に高めたようなのだ。


 ランスはその様子を眺めているのが何となく好きで、特に乗って出かける予定がなくても駐車場代わりの〔収納品目録インベントリー〕から出し、シートにお座りする小飛竜スピアと〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕が取り留めのない会話をしているのを眺めていた。


 近頃はそれに小地竜パイクが加わり、見ていて飽きない。


 ――何はともあれ。


「出発は正午、か……十分だな」


 クオレに出発時刻や個室席の番号などが記されている乗車券を見せると、地下駐車場から上の百貨店へ行く事に。


 その目的は、旅の準備と変装も兼ねて、追跡部隊との戦闘で両手足の擬態を解除した際に破れた袖やズボンの裾を切り取って体裁を整えただけのクオレと、大人用のシャツの袖を捲くってワンピースのように着せられているソフィアの衣服を見繕うため。


 今度もお留守番しているかと思いきや、知覚範囲内の生体反応がそれほど多くないからか、当然のようにスピアがフードの中に潜り込んできて、パイクも一緒に行きたいと言うので取り出したリュックの中に入れて連れて行く。


「上から下へ順に見て行こう」


 クオレの提案で、一行はエレベーターに乗り込み、地上五階・地下二階の建築物の5階へ向かった。




 店内には従業員の姿があり、営業開始からそれほど経っていないにもかかわらず自分達以外の客の姿もある。


 そんな人々の目を盗み、堂々と人前に出られる格好ではないクオレとソフィアはコソコソと衣服を選んで試着室に隠れ、


「――あっ」


 スピアとパイクは止める間もなくフードとリュックの中から飛び出して、あっと言う間にどこかへ行ってしまった。陳列された商品と広いフロアに好奇心と冒険心を刺激されたのだろうか?


 まぁ、放っておいても大丈夫だろう。


 ――何はともあれ。


 会計は同じフロアにあっても店ごとに行う事になっており、代金を支払ったのはランス。それはつまり、女性クオレ用と少女ソフィア用の下着を購入する際、それをカウンターへ持って行って会計したのはランスという事で……女性店員にどんな目で見られようとも、打たれ、叩かれ、散々に打ちのめされて鍛え上げられ、死地、修羅場、数多の戦場で磨き上げ研ぎ澄まされた兵士はがねの精神は揺らがない。


 下着だけではなく、ランスは購入した衣類を試着室で待機していたクオレとソフィアに届け、二人は中で早速それに着替えた。


 クオレが自分用に選んだのは、スポーティなショーツとハーフトップ、ポンチョ、それに男物のハーフパンツは太腿に余裕を持たせるためサイズの大きなものを選んでベルトで絞めて腰で穿き、購入後に慣れた手付きで腰の後ろを一部V字に切り取って、ベルトとVの間の逆三角形の穴に尻尾を通している。履物は突っかけサンダル


 ちなみに、躰が冬毛に覆われた獣人種は寒さに強く、例え冬場にハーフパンツで素足にサンダル履きでもおかしくはないし、体毛が濡れるのを忌避してファッション性と雨具としての機能性を両立したポンチョを身に着けているのも珍しくない。


 ソフィア用にクオレが選んだのはまるで少年のような装いで、インナーは可愛らしい少女用のものだが、長袖長ズボンに靴下と上着、それに長い髪を結い上げて大きめのハンチングの中に収めている。履物は、デザインではなく機能性重視で、履きやすく丈夫なものを選んだ。


「すまない。本当はもっと可愛い、女の子らしい服を着せてやりたいんだが……」

「ううん。この服、とても肌触りがいいし、温かいし、動きやすくて好き」


 クオレが申し訳なさそうに言うと、ソフィアは首を横に振り、そう言って微笑んだ。


 それからはコソコソする必要がなくなり、荷物が嵩張らないよう最低限必要なものを手早く揃えていく――予定だったのだが、ソフィアが何にでもまるで初めて見るかのように興味を示してその都度足を止め、クオレは急かしたいようなのだが、やはり何か事情があるのだろう。強く言う事はなくその都度やんわりと促して次へ行く。


 これは想定していた以上に時間がかかりそうだ。依頼人クオレの意思を尊重し、汽車に乗り遅れるような事になりかねない場合を除いて口を出さない事にしたランスは、いったん二人の側を離れて地下駐車場へ足を運び、〔ユナイテッド〕を〔収納品目録〕に収納した。


 それは、もう他へ移動する時間はないだろうと予測し、もしそれより早く買い物が済んで移動する場合はピックアップトラックの荷台に乗れば良いと考えたからだ。


 そして、合流した後は二人に付き合い……


「…………?」


 その途中、あちこちで何かを探すような仕草をしている従業員達の姿が妙に目に付いた。客が商品を会計カウンターへ持ってきた時や側を通りがかった際には何でもないよう振る舞ってはいるが、これはひょっとして……




「――よし、忘れ物はないな?」

「うんっ」


 案の定、全ての会計を終えてソフィアが背負っているリュックとクオレの旅行鞄にそれらを収納した時にはもう、汽車が出発するおよそ30分前になっていた。


 二人のお供に付き合せても退屈するだけだろうと今まで自由行動を容認していたスピアとパイクに、買い物が終わり移動する旨を【精神感応】で報せると、


「お?」


 展開している【空識覚】の知覚範囲内に存在するでそこにいると分かるが、その姿は目に見えず気配も感じられない。それでふと、レムリディア大陸の大樹海にそんな能力を有する怪物モンスターがいた事を思い出した。


 ごしゅじんの前まできてお座りし、姿を現すスピアとパイク。


 スピアは、スゥ――…、と白紙に絵が浮き上がるように現れ、パイクは、ふと気付いた時にはもうそこにいた。


 スピアが使っていたのは、一説には光の精霊とも言われる『ウィル・オ・ウィスプ』を体内に取り込み、飛行能力と光を操る能力を獲得した凶悪な殺戮スライム『インヴィジブル』の能力――光を生み操る【光子操作フォトン・コントロール】での不可視化と、生体力場を応用した【気配遮断】の合わせ技。


 パイクが使っていた能力は、4本の足で樹上を移動し、2本の腕で武器を操り、五感全てを欺く隠形能力で接敵する密林の暗殺者『ワーカメレオン』の【認識阻害】、それが【脱皮】を経て昇華され、人の五感はおろかドラゴンの超感覚すらも欺く【認識不可】。


 山篭り中、スピアとパイクは同じ怪物を分け合って食べている。それでも、『身を隠す』という同じ目的のために違う能力を選んでいるのが面白いと思う――が、今は訊かなければならない事がある。


「ひょっとして、その能力を使ってお店の人にいたずらした?」


 その瞬間、サッ、と目を逸らす幼竜達。この反応は、何か思い当たる節があるようだ。


「した? いたずら」

「してない した? いたずら」

「してない」


 お互いに確認し合い、どちらも首を横に振るスピアとパイク。


「じゃあ、何してたんだ?」

「しゅぎょうっ」

「じっけ~ん」


 その答えに、ランスは軽く目を瞠る。


 これまで幼竜達がそんな能力を使った事はなかった。おそらくきっかけは【光歪曲迷彩オプティカル・カモフラージュ】を使って見せた事だろう。


 ちなみに、ランスが狩りや作戦行動中、自身に【光歪曲迷彩】を使う事はまずない。何故なら、球形の【念動力場】で己を包み込みという事は、自らを外界から隔絶するという事であり、重要な情報である外の音が聞こえない。その上、力場の表面で光を歪曲させるという事は自分の目に入る光がないという事であり、中から外の様子を窺う事ができないからだ。


 覗き穴を作る事はできるが、卓越した隠形技能を身に付けているランスは、霊力を消費してそんな練法を使わなくても身を隠すすべなどいくらでもある。


 では何故そんな練法を編み出したのかというと、実のところ【光歪曲迷彩】はただの副産物で……


 ――それはさておき。


 自発的に修行や実験をするのは素晴しい事だと思う。故に、しゃがんで褒めながら頭を撫でようと両手をそれぞれに伸ばすと、スピアとパイクは尻尾をフリフリしながらごしゅじんの掌に自分から頭や躰をすり寄せに行く。


 ランスは、そうやってひとしきり褒めた後、


「それで、その修行や実験のために、お店の人達に何をした?」


 怒ってはいないし、叱るつもりもない。だが、よくない事をしたのだとしたら、どうすべきだったのかを教える、または一緒に考える必要がある。


 故に尋ねると、幼竜達は、ピシッ、と硬直した後、


「きゅう――~っ」

「がぅ――~っ」


 勢いよく飛びついてきたかと思ったら肩へよじ登り、左右からこちらの頬へ頭をグリグリすり寄せて甘えてきた。


 これは、いたずらしてそれがバレた時の反応ではない。思わぬ失敗をごまかそうとする時の反応だ。


「それで、何をした?」


 スピアとパイクの首根っこを抓んで持ち上げ、親猫に咥えられた子猫のように手足を、ぷら~ん、とさせた幼竜達に重ねて問う。すると、しゅん、と項垂れてようやく【精神感応】で報告してきた。


 それによると、能力を発動した状態で、飛んだり、跳ねたり、走ったり、会計カウンターや棚やマネキンによじ登ったり、わざと音を立てたしりして、店内にいる人の反応で効果を確認したらしい。


 その結果、【光子操作】での不可視化は完璧。だが、【気配遮断】と【認識不可】はあくまで自身の隠形技能を増幅するものであり、発動させていても自分に隠れるつもりがなければ効果が著しく低下する事が分かった。


 そして、そのせいで一瞬姿を目撃されてしまったり、飛んだり走ったりする事で発生した風でハンガーに掛けられた服が揺れたり、よじ登ったマネキンが揺れて立てた音、カウンターの上で転がしたペンが立てた音などで、従業員達に不可解な思いをさせたり、怖がらせてしまったようだが、いたずらをしたつもりはなく、あくまで能力の効果を把握したかっただけで悪気は全くなかったとの事。


 ランスは、スピアとパイクをそっと床に下ろし、


「次は、もう少し他人ひとに迷惑をかけない方法でやろうな」

「きゅいきゅい!」

「がうがう!」


 頷く幼竜達の頭をランスが撫でると、スピアとパイクは気持ち良さそうに目を細め、


「君は、その小さな幼竜達こらとはそんなふうに話をするんだな」


 その様子をソフィアと共に眺めていたクオレが、少し意外そうに言ってから、


「私達と話す時もそんなふうに気楽にしてくれないか」

「気楽というのであれば、この方が気楽です」

「そうなのか?」


 ランスは、じゃれ付いてくるスピアとパイクに両手を預けながら、はい、と答えた。


 以前リンスレット保安官レヴェッカにも似たような事を言われた覚えがある。その時は『民間人としての自分』を模索中だったが、今はもう無駄な事だと気付いてやめた。自然にして良いのなら、気楽にして良いのなら、無理に変えなくても良いはずだ。


 それに、【精神感応】で心が通っているスピア、パイクと、通っていない他人は違う。同じようにはできない。故に、対する気楽な態度も違って当然。


 ――何はともあれ。


 汽車の出発まで30分を切り、駅舎は目と鼻の先。そこで、このまま徒歩で駅へ向かう事に。


 その際、クオレに〔ユナイテッドバイク〕はどうするんだと訊かれたランスは、既に移動したとだけ答え、ランスにピックアップトラックはどうするのかと訊かれたクオレは、


「ここに置いておけばいずれ放置車輌があると店の者が通報し、警察が持ち主に返してくれる」

『…………』

「な、なんだその目はッ!? ちゃんと持ち主の許へ返るんだから問題はないッ!」


 幼竜達の眼差しに居た堪れなくなったクオレが言い訳して逃げ出す、とそんな一幕を挟んで、一行は百貨店を後にした。


 手ぶらより旅行者らしいので、パイクが入ったリュックを肩に掛け、スピアはごしゅじんのフードの中へ。ランスは、ソフィアと手をつないだポンチョのフードを目深に被っているクオレの後に続き、やや早足で駅前広場を通過して駅舎に入り、プラットホームへ。すると、まだ乗車予定の列車は到着していなかった。


 クオレ曰く、ダイヤが乱れるなどよくある事。


 ならば致し方ないとそのままホームで待つ事にして……


「…………?」


 ランスは、不意に線路2本を挟んだ向かい側のホームに派手なコートを羽織った露出過多なドレス姿の美女が佇んでいて自分を見ている事に気付き――


「――――ッ!?」


 何所かで見た事があるような、と思った次の瞬間、あの時あの場所にいた……天都堕しグランディア・フォール事変の最終局面で巨塔の根本にいた魔女達の中の一人、際どい水着姿の美少女達を侍らせ 自らも全裸より卑猥な水着を身に着けていた魔女だという事に気が付いた――ちょうどその時、


「バカな……ッ!?」


 クオレが漏らした小さな驚愕の声に気を取られた隙とも言えない隙に、魔女の姿は忽然と消え去っていた。


「ク、クオレ?」


 唐突に踵を返し、戸惑うソフィアの手を引いて足早にホームから離れようとするクオレ。


 その後に続く前に、ランスはクオレが驚愕の声を漏らした時に目を向けていたほうへ素早く視線を奔らせた。すると、自分達がいるホームへ向かって銃座や砲塔が備わっているくろがねの城のような蒸気機関車が迫ってきていて……


「あれは、――軍の強襲輸送列車だッ!」


 クオレは、追いついてきたランスに過度の緊張で声を震わせながらそう告げた。

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