第35話 〝敵〟と〝敵以外のもの〟
ランスには、まだあの強襲輸送列車とやらが敵と断定する根拠はない。しかし、クオレは違うらしい。
「クソッ! 何故……ッ!? どうして……ッ!?」
クオレは不安そうなソフィアの手を引いて、到着する予定だった汽車に乗るために集っている人々の間を抜け、時には掻き分けて、足早にホームから遠ざかろうとする。
ランスはその後に続きながら依頼人が求める答えを推理し、
「敵に魔女が付いている可能性があります」
「なにッ!?」
焦燥に駆られながらも足を止めて振り返ったクオレに平然と報せる。
「
それに、先程目撃したあの魔女。わざわざ姿を晒したのは、おそらく、逃げられないぞ、または、逃がさない、という警告だ。
「……魔女…だと……?」
愕然と呟いたクオレは、少しの間を置いて、トサッ、と旅行鞄を床に落し、空いた手を額に当てて……
「…………。……そう考えると、辻褄が合う……合ってしまう……ッ! だが、そうだとすると――」
その時、ギャリィイィ――――…、という鼓膜を
現在ランス達がいる位置でも、クオレは顔を顰めて言葉を中断させ、ソフィアは両手で耳を塞いでいる。周囲の人々も同様。という事は、ホームにいた人々は堪ったものではないだろう。
「――クソッ!」
クオレはソフィアの手を引いてその場から移動し、ランスはクオレが手放した旅行鞄を拾ってその後を追う。
向かっているのは駅の出口――ではないようだ。
敵襲に警戒しながらついて行くと、目的のものを発見したらしく進路を変え、一直線に壁を目指し――そこにあった警報装置に拳を叩き付けた。透明なケースが割れてスイッチが押し込まれ、駅構内にけたたましい非常ベルが鳴り響く。そして、
「――爆弾だァッ!! テロリストが仕掛けた爆弾が見付かったぞォッ!! 今その爆弾を解体するために軍が到着したァッ!! 全員今すぐ外へ逃げろォ――――~ッ!!」
非常ベルの音に負けないクオレの大声が響き渡った。
人々は、爆弾? 爆弾だと? と
余人の考えなど、魔王に根絶やしにされたという精神感応能力者でもなければ分からない。
元々出口へ向かっていた者達の動きは、他の人々からすると今の指示に従って逃げ出したようにしか見えず……まるで雪崩のように、始めはゆっくりと、徐々に速度を上げて……突き飛ばされたのか、誰かが上げた小さな悲鳴を皮切りに、駅構内の群衆が叫喚しながら我先にと出口に殺到する。
そんな狂騒を尻目に、クオレ、ソフィア、ランスと幼竜達は、その人の流れから外れて高い天井を支える太い柱の陰に身を潜め、
「ソフィを頼む」
クオレはランスにそう頼んだ。
「クオレッ!?」
「ソフィ、よく聴いてくれ」
クオレは片膝立ちになってソフィアと目の高さを合わせ、華奢な両肩に手を乗せて、
「追いつかれてしまった。このまま逃げても逃げ切れない。だから、ここで追手を排除する。ソフィは彼とここで待っていてくれ」
早口に言い聞かせ、目をランスに向けつつソフィアに、分かったな? と問うと、少女はいやいやと泣きそうな顔で首を横に振る――が、
「昨日、誰かを護りながら戦う事の難しさを嫌というほど思い知らされた。ソフィを護りながら戦えば、私は、また負けてしまうだろう」
その顔から瞬く間に血の気が引いた。昨日の出来事を、ルーガルーの追跡部隊に追い詰められた時の事を思い出したのだろう。
「だが、戦いに専念する事ができれば、私は負けない。奴ら程度に負ける訳がない」
クオレがソフィアの頬を愛おしそうに撫でながら、そうだろう? と訊くと、少女は小さく、だが、はっきりと頷いた。それは昨日、自分が足手纏いになっているという事を感じていたからかもしれない。
その直後――
――グルルルァアアアアアアアアアァッッッ!!!!
――キシャアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
ホームのほうから
「すぐに戻る。だから……」
「…………うん。待ってる」
クオレは、あぁ、と力強い笑みを浮かべ、ソフィアを、ぎゅぅうぅ~っ、と抱き締めてから立ち上がった。
そして、踵を返すとホームのほうへ向かって歩を進め、サンダルを脱ぎ捨てて――擬態を解除した義肢の両手両脚が戦闘に適した形状に変化する。
「クオレッ! 気をつけてねぇ――――~ッ!」
ソフィアの声に背中を押されたかのように、クオレの躰が前傾し――その躰が、フッ、と掻き消えた直後、蹴られた床が爆ぜ割れるように陥没した。
「クオレ…………、――えっ!? あ、あのっ、ラ、ランスさん……~っ!?」
ランスは、サンダルを拾ってからまるで祈るようにクオレがいた場所を見詰め続けていたソフィアの前に回り込み、両脇の下にそれぞれ両手を差し入れて少女の躰を軽々と持ち上げ、近くにある壁際に置かれたベンチに座らせた。そして、
「スピア」
フードの中から出てきて腕に移動したスピアを抱っこし、ソフィアの隣にちょこんとお座りさせる。
「きゅうぅい?」
「いや、しないほうが良い」
敵は生存しているソフィアを欲しており、生け捕りにしようとしているらしい。ならば、【
「また頼らせてもらうよ、相棒」
「きゅいきゅいっ!」
ランスはスピアの頭を撫でてからソフィアに向かって、
「敵がこちらにきたら戦闘になる。その時は、見ていて楽しいものじゃないから、スピアを眺めていると良い」
そう言われたソフィアは隣に目を向け、お座りしている
「あの……なでてもいい?」
「やっ」
「えぇ~……」
眉尻を下げたソフィアが訴えるように見上げてくるが、こればかりはどうしようもない。
ランスは苦笑し、さて、と胸中で呟くと、リュックから飛び出して床に下りた
「グルルルルルル……」
戦闘の気配に気が立っており、あまり良い状態とは言えない。
ランスは、リュックやクオレの旅行鞄など、今必要のない物は全て〔収納品目録〕に収納し、額に〔万里眼鏡〕を装着する。それから、
「グルル――がぅう?」
ひょいっ、とパイクを抱き上げた。
ランスは、何故か抱っこすると決まってこちらの肩に顎を乗せてくるパイクの背中をゆっくりと撫でながら、
「パイク、この世に存在するものは大きく二つに分ける事ができる。――〝敵〟と〝敵以外のもの〟だ」
「がう」
「〝敵以外のもの〟のほうが圧倒的に多く、その中で更に分類する事ができる。その数は莫大で、分け方は複雑で、その上、状況によって変化したりする。難しくて、よく分からないもののほうが多い」
「がう」
「それに引き換え〝敵〟は一つ。簡単で、分かり易い」
「がうっ」
「だから、戦いは嫌いだけど、〝敵〟は嫌いじゃない」
「がぉ?」
「あぁ。〝敵以外のもの〟を相手にするよりずっと気が楽だ。相手が〝敵〟として向かってくるなら、何も考える必要はない。情けも、容赦も必要ない。――ただ槍を打ち込めば良いんだからな」
「がうがうっ」
「それなら、パイクも〝敵〟を嫌わなくて良い。怒りもいらない。ただありのままを観る……観察するだけで良い。――確実に仕留めるために。反撃をもらわないために」
「がうっ!」
ランスは、よし、と言って、パイクの背中を、ぽんぽんっ、と撫でて床に降ろす。
「――――ッ!」
ちょうどその時、【空識覚】で敵の可能性が高い複数の接近する存在を感知した。
という事は、当然パイクも感知しているはず。だが、唸ってはいない。意識は戦闘に備えているが、躰からは余計な力が抜けて常日頃と同じ。良い状態だ。
ランスは口許に浮かんでいた笑みを消し、迎え撃つためソフィアから適度に距離を取りつつ、〔万里眼鏡〕のプレートを鉄兜の
程なくして、陸上の短距離選手を置き去りにする速度での疾走から急制動をかけ、慣性でわずかに横滑りして停止したのは、3人と言うべきか、3体というべきか……とりあえず人の形はしている。
身長はどれも180センチ前後。筋骨隆々なその体格は男性のもの。肌の露出は皆無で、フルフェイス型のヘルメットにグローブ、ブーツ、レーシングスーツのようなツナギの上に要所を金属で補強された戦闘用コートを身に纏っている。そして、【空識覚】でざっと調べてみただけでも、手足を機械の義肢に挿げ替えるどころではなく、脳や内臓に至るまで全身に機械が埋め込まれ、あるいは機械に置換されている。
そんな敵A、B、Cは、武器を保持していないランスを脅威ではなくただの障害と判断し、BとCはその場に残り、Aがランスに歩み寄って――おもむろに右拳を振り上げた。
ソフィアは息を飲み、スピアとパイクは敵を観察する。
そして、相手の敵対行動を確認したランスは――
(――兵は神速を貴ぶ)
空気を抉り抜き、敵Aが無言のまま振り下ろした右拳がランスの頭部を粉砕した――かのように見えたがそれは残像。
瞬時に前触れもなく、左足を軸に後ろへおよそ100度回転し真後ろへバックステップしつつ〝来い〟と銀槍を召喚したランスは、自分がいた場所へ向かって打ち下ろしの右を繰り出して空振りした敵Aを側面から観て――ドヅッ、と響いた打突音は一度。穴は二つ。
まず、何の変哲もない中段の構えから繰り出された銀槍の穂先が敵Aの右こめかみを貫いて2個の眼球と脳を抉り、次に、首を貫き延髄から脊髄へ続く神経系を断裂させた穂先が突き刺すのと等速で引き抜かれた。
命を絶たれた敵Aの躰がゆっくりと傾き、敵BとCは、仲間が攻撃されたからではなく、ランスが得物を手にしているのを見て戦闘態勢をとる――が、その時にはもう何もかもが遅過ぎた。
同時に攻撃を仕掛けるべく敵Bと敵Cがわずかに腰を落として膝をたわめ――ドヅッ、と響いた打突音は一度。開いた孔は一つずつ。
ランスは、自分達を線で結ぶと、自分と敵B、敵Cとの距離が等しい二等辺三角形になる位置へ忽然と踏み込み、繰り出された刺突はヘルメットをかすめて双方の首を貫き、解剖学的な正確さで延髄を破断した。
この時点で勝負は決まっていたが、軍幼年学校で受けた『確実に仕留めるため、首を落とすか急所を二箇所以上破壊しろ』という教えに従い、敵BとCが崩れ落ちる前に、装着しているヘルメットのバイザーを貫いて、それぞれの片目とその奥の脳髄を抉る。
ちなみに、攻撃が全て首から上なのは、機密保持機構という名の小型高性能爆弾を警戒したから。突いた瞬間に爆発して巻き添えなど御免被る。敵の体内は置換された人工臓器や埋め込まれた機械でごちゃごちゃしており、【空識覚】で精査する時間はなく、どれが爆弾か分からなかった。故に、胴体への攻撃を控えた。
ランスは、敵A、B、Cが倒れる前に【念動力】で、フッ、と同時に浮かせ、スッ、と一つに纏めて球形の【念動力場】で包み、ヒュッ、と自分達から遠ざける。
それはもちろん、小型高性能爆弾が内蔵されている事を想定しての行動で……
「――――ッ!」
3体がほぼ同時に、シュボッ、と燃え上がった。爆発ではない。
明らかに通常の火ではなく、それらの体内に存在した特殊な物質の激しい化学反応によるものだと思われる高温の炎が瞬く間に敵A、B、Cを焼き尽くし……その様子を見ていたランスの脳裏を過ぎったのは、『機密保持』ではなく『証拠隠滅』だった。まるで、存在してはならないものが存在していた痕跡を全て消し去ろうとしているかのような……
情報収集の重要性は認めるが、やはり、得体の知れない敵には何もさせないに限る。
――何はともあれ。
〝敵〟を瞬殺したランスは、踵を返して〔万里眼鏡〕のプレートを上げると、尻尾を盛んにフリフリしながら見上げてくるパイクに向かって、
「ただ観察して、槍を打ち込めば良い。簡単で、分かり易いだろ?」
「がうがうっ!」
やはり、依頼人やそこで唖然呆然としている少女の――槍を打ち込んで済ます訳にはいかない〝敵以外のもの〟の相手をするより、自分を殺そうと襲い掛かってくる〝敵〟の相手をするほうがずっと気楽だった。
ランスはまた〔万里眼鏡〕のプレートを下ろし、右手で持った銀槍を躰の横で立てた自然体で敵襲に備え、パイクはその隣でお座りしてそんなごしゅじんに倣う。
ベンチに座っているソフィアは、何となくそんな少年と幼竜の後ろ姿を眺め……
「くぁ~~~~っ」
突然の事にちょっと、ビクッ、としつつ隣を見ると、スピアがあくびしていた。どうやら退屈らしい。口をむにゃむにゃ動かしてからベンチの上でくるりくるりと回って伏せて丸くなる。完全に寝る体勢だ。
目をパチパチさせたソフィアは、だらけている幼竜としゃきっとしている幼竜の間で視線を往復させ――ズズゥウゥ…ン、と唐突に響いてきた轟音に、ビクッ、と躰を強張らせた。そして、ギャアォオォオォ……~ッ、という断末魔のような咆哮がかすかに聞こえてきたほうへ振り向いて、
「――あぁッ!? クオレッ!!」
先程のは数度瞬く間の出来事。目の前で繰り広げられた現実に頭が追いつかず、何が起きたのか全く理解できないまま思考停止状態に陥っていたらしい。はっ、と我に返ったソフィアはベンチから飛び跳ねるように立ち上がって、
「ランスさん! クオレを助けにいってあげてくださいッ!」
「それはできない」
「どうしてですかッ!? ランスさん、すごく強いんでしょうッ!?」
そう訊いた途端、
「ごしゅじん つおいっ すごぉ――~くっ」
「つっおぉ~――~いっ すっごぉ~――~くっ」
パイクだけではなく、寝ようとしていたはずのスピアまでが、ぴょこんっ、と跳ねるように起き上がり、後足で立ち上がってバンザイするように両前足を思いっきり広げ、全身を使って大好きなごしゅじんの凄さを伝えようとする。
そんなお
「おねがいします! クオレに力をかしてあげてくださいッ!」
「もう貸してる」
「えっ!?」
「護りながら戦うのは難しい。だから役割を分担した。俺は護る役目を担うという形で力を貸し、戦う彼女を助けてる」
「そうじゃなくて、いっしょに戦ってあげてくださいッ!」
「依頼人である彼女がそれを望むなら構わない。でも、彼女はそれを望んでいない」
「どうしてそんなことが分かるんですかッ!? まだ会ったばかりで、クオレのことなにもしらないくせに……~ッ!」
少々ヒステリックになっているソフィアに対して、ランスは平然と、
「彼女に頼まれたからだ。――『ソフィを頼む』と」
「~~~~ッ!?」
その台詞を自分も聞いていただけに反論できず、言葉を詰まらせたソフィアだったが、
「……じゃ、じゃあ、わたしがクオレを助けにいきます! 助けにいって、クオレじゃなくてわたしがおそわれたら、ランスさんがまもってくれるんですよね?」
クオレの依頼はソフィアの護衛。ここに居ようと、あちらへ行こうと、やる事は変わらない。故に、ランスとしてはどちらでも構わないのだが、依頼人の意見は可能な限り尊重しなければならない。
そんな
不安そうなのは見て分かる。彼女の事がすごく心配なのだろうな、と想像する事もできる。だが、振り返らずとも〔万里眼鏡〕の【全方位視野】で後ろのソフィアが見えているランスは不思議そうに小首を傾げて、
「『戦いに専念する事ができれば、私は負けない。奴ら程度に負ける訳がない』――彼女はそう言っていた。そして、君は頷いた。――あれは嘘で、本当は彼女の言葉を信じていないのか?」
「そ、そんなことないッ!! わたしはクオレを信じてるッ!」
「彼女の言葉を信じているなら、このまま待っていれば良い。彼女は戦いに専念する事ができ、敵を排除して戻ってくる。心配だからと彼女の許へ行けば、視界に入る君の事が気になって戦いに専念する事ができず、また負けてしまうかもしれない。――それでも行くのか?」
ランスが反対側に首を傾けながら不可解そうに問うと、ソフィアは答えに詰まり…………俯いて上着の裾を力一杯握り締めた――が、
「…………。――ランスさんッ!」
程なくして、迷いを絶ち切るように顔を上げたソフィアは目の端に浮かんだ涙を袖で拭い、自分の願いを聞き入れてくれない年上の少年の正面に回り込む。そして、おもむろに両手でしっかりとランスの左手をとると、
「わたし、――クオレを助けにいきたいんです」
そうはっきりと自分の気持ちを伝えた――直後、
――ブツッ
ランスの意識はそこで途切れた。
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