第18話 適性属性
ランスとスピアに置いてけ堀をくらった後、レヴェッカはリノンの許へ向かったはずだと推測し、ティファニア、フィーリアと共に総合ビルへ戻ってみれば案の定。しかし、ランスが救急活動を行なっていたのはまったくの予想外で、
「私達を置いて行った事について文句を言ってやろう、って思っていたんだけど……急いでいた理由がこれじゃあ何も言えないわね」
溜飲を下げて、ふぅ、と一息つくレヴェッカ。
あの時そんなつもりは全くなかったのだが、ランスは黙っておいた。
「あ、あのっ、私、医療系も使えるのでお手伝いします!」
ティファニアの背に隠れつつもそう申し出るフィーリア。
聴いてみると、【
「あ、あのっ、縫合用の糸を錬成する練法なんて初めて見ました。あれは貴方のオリジナルですか?」
「違います」
「え? でも、清麗神様の神殿に、そんな練法は……」
水を司る清麗神は医療の神でもあり、その神官達は癒しの
しかし、知らないのも無理はない。
「【
法呪がこの世界で産声を上げてから現在に至るまで、大勢の優秀な先達によって莫大な数の法呪・練法が開発された。しかし、その全てが残っている訳ではない。
特に、三竦みによって大きな戦争がなく、生産や輸送など様々な技術が向上・発展した現代では、『道具でできる事は道具で、法呪でしかできない事を法呪で』という考えが主流であるため、絆創膏や包帯があれば必要ない【
「自分が施したのは応急処置で、これもそうです。あとの判断はお任せします」
常識的に考えれば全員を完治させるなど不可能だが、世の中にはその常識を平然と超越する者達が存在する。
それ故に、フィーリアに渡した数枚のメモ用紙に記されているのは、落命の危険を脱して四肢を失う事もない応急手当として十分な処置であり、もしそれ以上の事ができるならやってもらって構わない。
それを受け取ったフィーリアは早速患者の下へ向かい、ティファニアがそれについて行く。ランスはそれからも次々に応急処置を施し、リノンはその後で患部に清潔な布を当てて包帯を巻き、レヴェッカはランスの後ろからその様子を眺め……
「ねぇ、ランス君って衛生兵だったの?」
全員の処置が終わった所でそう尋ねた。
「いいえ、槍兵です」
「そうよね。今も槍を使ってるし。でも、槍兵って『歩兵』の一種でしょう? エゼアルシルトの兵科だと、確か練法士は『法兵』だったはず。見せてもらったけど、ランス君の霊力量や制御能力は練法士としての基準を十分に満たしてる。普通なら練法が使える貴重な人材を『歩兵』にしたりしない。それが何で槍兵なのか、訊いても良い?」
「素質は乏しく、適性は認められませんでした」
あっさりと答えるランス。それに対してレヴェッカは、まさか……ッ!? と目を瞠った。
今見た手際や、あれ程の捷勁法の使い手ならば、体内霊力の感知・制御が苦手という事はまずない。ならば、『素質が乏しい』と言うのは、任意の現象を起こす術式を構築し、術式を空間へ展開し、展開した術式に霊力を充填する、という起動するまでの工程のどれか一つ以上が苦手という事だろう。
そして、『適性が認められなかった』というのはおそらく――
「――ランス君ッ!!」
レヴェッカは唐突に両手でランスの両肩を、ガシッ、と掴み、
「それってつまり適性属性が無い――『無属性』って事ッ!?」
「はい」
ランスが目をパチパチさせながら答えると、レヴェッカは堪えきれないといった様子で、そうかそうか、と笑いながらランスの肩をバシバシ叩き、
「ようやく巡り合えた、――我が同志よ!」
「同志?」
「えぇ! この私も無属性なの!」
レヴェッカはそう言って堂々と胸を張り、突き出された豊かな膨らみに手を当てた。
そして、ランスやレヴェッカのような、極稀に現れる適性とされる属性がない無属性の霊力の持ち主は、【地】【水】【風】【火】……という属性法呪・練法を修得する事ができない。その上、一言で無属性と言ってもその実非常に個性が強く、同じ無属性同士だからといって同じ法呪・練法が使えるとは限らない。
つまり、一般的な術者が優れた
ランスが【縫合念糸】を修得したのも回復系練法【
――何はともあれ。
内包する膨大な霊力を原因とする
それ故に、自分の霊力が無属性だと分かると、ほぼ全員が自分は無能なのだと卑下し、諦め、術者として十分な霊力量があったとしても、その事実を隠して生涯法呪や練法と関わらずに生きて行く。
ランスも練法士ではなく槍兵として育てられた。
しかし、レヴェッカは違うようだ。
「持って生まれたものを使わないなんてバカげてる! そんなの、目があるのに見ず、耳があるのに聞かず、手足があるのに使わないも同然よ! そうは思わないッ!?」
利用できる物は全て利用しろと教えられている。故に首肯すると、
「でしょうッ!? 無属性である事を悲観せず、自分の可能性を信じて努力し続ける――そんな人が自分以外にもいるはずだって信じてた。けど、それがランス君だったなんて……これはもう運命としか言いようがないわねッ!」
そう言うと、レヴェッカはランスの横に並び、ガシッ、と肩を組むように右腕を回して自分のほうへ、ぐいっ、と引き寄せ――
「ねぇ、ランス君、うちの事務所に――ぃ痛ぁあああああぁッッッ!?」
突然右の二の腕の下側を思いっきり抓られたような痛みに襲われ、悲鳴を上げて飛び退いた。
レヴェッカの身にいったい何が起きたのか? それは――
「シャアアアアアァッ!」
お昼寝の邪魔をされてご立腹のスピアに噛み付かれたのだ。
ランスは何気なく動いているようでいて、動き始めから止まるまで、歩法や体捌きによる加減速が絶妙なため、立ったり座ったり応急手当を行なっている間もほとんど揺れない。故に、スピアはフードの中で心地好い眠りに就いていたのだが、それをレヴェッカがごしゅじんを叩いたり揺すったりして妨害した。
噛み付くだけでは気が晴れず、フードの中からランスの肩へ飛び出した
「ご、ごめんなさいッ! 謝るからそんなに怒らないで、ね? そんな所にいたなんて知らなかったのよ!」
その謝罪を受け入れたからではなく、よしよし、とごしゅじんに撫でてもらえたので溜飲を下げた。
「よしよし、って……人に噛み付いたのよ? 私も悪いと思うけど、そこは主として叱るところじゃないの?」
噛み付かれた所を摩りながら恨みがましそうに言うレヴェッカだったが、
「その前に、ちゃんと加減して食い千切らなかった事を褒めるべきだと」
「く、食いち……~ッ!?」
袖についている小さな歯形を見て、その顔から、サァ――…、と血の気が引いて行く。
そして、攻撃する前に警告するべきだったと指導する
「本当にありがとうございました」
「全員を一度に運べる訳ではなく人手も足りているので、休憩していて下さい」
「これ、どうぞ。使って下さい」
どこかの事務所の保安官助手達が口々に感謝の言葉を述べ、わざわざ椅子を用意してくれた。その厚意に甘え、腰掛けて一息つくリノンとスピアを抱っこしているランス。
その一方で、全員にランスが指示した通りの処置を終えたフィーリアと、同行していたティファニアが、スピアに睨まれて距離を置いているレヴェッカと合流し、
「訊いたんですか?」
「ん? 誰に何を?」
「誰に、って、慌てて後を追いかけてきたのは応急手当を手伝うためじゃねぇだろ」
「んん? …………あッ!?」
「なんだよ『あッ!?』って!?」
「忘れていたんですか?」
「いや、ちょっといろいろあって……」
三人は、何かを話し合っていたかと思えば、今度は何かを押し付けあっているようで……
「レヴィ姉さん達は何をしているんでしょう?」
ランスが、さぁ? と小首を傾げると、膝の上のスピアも、きゅう? と小首を傾げた。
しばらくすると、無理ですッ! とか、待ってッ! と懇願するも聞き入れてもらえないフィーリアが、所長命令よ、と言うレヴェッカと、治療だ治療、と言うティファニアに背中を押されてランスの前へ。
「あ、あ、あの、その……~ッ!?」
「どうしたの? さっきは普通に話していたじゃない?」
「だ、だって、さっきは
「へぇ~、殺しても構わない犯罪者と治療を必要としている負傷者以外に、医師も平気だったのね」
んな事より、と言ったティファニアが、ぐいっ、とフィーリアを前へ押し出して、
「フィーがどうしても訊きたい事があるらしくてさ。答えてやってくんないかな?」
ランスの目には、二人の拘束から必死に逃れようとしているようにしか見えないが、とりあえず、答えられる事であれば、と質問を促した。
「え、えぇ~と、その……、貴方が受け継いでいるかもしれない技法について、なんですけど……」
「それって、カラドボルグの事ですか?」
言いよどむフィーリアの言葉を継ぐように言ったのはリノンで、
「カラドボルグ?」
「はい。古い言葉で『硬い稲妻』って意味なんです」
ね? と同意を求められて、ランスは首肯した。
後ろから二人に知っているかと問われたフィーリアは一つ頷いて、
「世界最古の戦闘術です。教導のために『型』を作った最初の武術だとも言われています。古代、槍は『兵器の王』と呼ばれ、雑兵から司令官まで全ての戦士に使われていました。けれど、現存する壁画に見られる英雄や戦士達の姿は、槍のように長い剣を振るっているように見えるため、世界最古の大剣術だという意見が主流なんですけど……」
「古代、ね……」
そう呟いたのはレヴェッカで、ティファニアはそれを聞いてニヤリと笑い、二人に促されたフィーリアは緊張から生唾をゴクリと飲み込んで、
「あ、あの……ッ! ま、前に、司祭様から伺った事があるんです! 古代には、
「そうですか」
「そ、それで……ッ! ひょっとしたら、貴方はその失われたと言われている技法を受け継いでいるんじゃないかと思って……~ッ!」
「分かりません」
「えッ!?」
「いや、『分からない』って事はないでしょう? 『門外不出だから教えられない』って言うなら分かるけど」
ランスは、固まったフィーリアの後ろからそう言うレヴェッカに向かって、
「自分には
その答えに、あっ、と声を揃える三人。
ランスは地上と比べて空気中のマナが極端に薄いという事に気付いていなかった。だからこそ、レヴェッカが管制室から乗ったエレベーターの中でアドバイスしたのだ。
その事をすっかり失念していた三人は、やはり超越法呪は伝説や御伽噺の類なのかと項垂れ、二人から解放されたフィーリアは精神的な疲労からその場にへたり込む。
そこへ――
「そちらの話は終わった?」
涼やかな声が聞こえてきたほうへ振り向くと、揃いの制服――ブラウス、ネクタイ、ジャケット、両サイドにスリットの入った膝丈のタイトスカート、ストッキング、要所に装甲が施された戦闘用コートを身に着けた三人の女性が歩み寄ってくる。
「ねぇリズ、そんなにしょっちゅうオフィスを留守にして大丈夫なの?」
レヴェッカが呆れたように訊くと、後ろに二人を引き連れて先頭を歩く女性――弦が張られていない弓の霊装を手にしている、艶やかな長い黒髪に白皙の美貌、切れ長の目に青い瞳のヒューマンは一言、
「余計なお世話よ」
すると、後ろにいる二人――白木色の肌に若葉色の緩やかに波打つ長い髪、やや垂れ目がちで翡翠色の瞳の
彼女達は《トレイター保安官事務所》の面々と気さくに挨拶を交わした後、
「彼らは?」
「私の従姉妹のリノン・ミューエンバーグ。そして、こちらが今噂のランス・ゴッドスピードと、彼が契約を交わして育てている
レヴェッカはそう紹介し、それ本当なの? と驚いているヒューマンに、嘘言ったって仕方ないでしょ、と返してから、今度は紹介されて席を立ったリノンとランスに向かって、
「彼女は
ヒューマンのエリザベートが、よろしく、と言って微笑み、
「後ろの二人が、
『マーシャル』も『シェリフ』も保安官だが、主に自分の事務所を構えてそこを拠点に活動する保安官を『シェリフ』と呼び、
通常マーシャルは複数の案件を担当し、総合管理局で指揮を執る。そして、現場へ派遣され実際に活動する
――それはさておき。
「で、何でこんな所に?」
それは、【
エリザベートは細かい説明を省き、真剣な表情で単刀直入に話を切り出した。
「――この事件はまだ終わっていない。《
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