第19話 天都墜し

 紹介された後、ごしゅじんの肩の上にいるスピアは、くるりと後ろ向いてゆるゆると尻尾を波打たせる。


 どうやらレヴェッカ達やエリザベート達に興味がないらしい。


 ランスはふと自分の胸板の上で揺れ動く長い尻尾に目を向け……なんとなく人差し指に巻きつけるようにしていじった。スピアは嫌がるでもなくされるに任せる。


 大きい時は兵器以外の何ものでもないが、小さな時の触り心地は堪らない。しなやかで、柔らかく、ふわふわで……


「ランスさん! スピアちゃんのしっぽで遊んでいる場合じゃないですよ!」


 ランスは、リノンに袖を、ぐいっ、と引っ張られて目をパチパチさせた。


「事件はまだ終わっていないって、今のお話を聞いていなかったんですかッ!?」


 聞いてはいた。だが、驚くような事ではない。


 そして、相手がマーシャルだからという訳ではなく、エリザベート個人に借りがあるようで、《トレイター保安官事務所》の三人が協力要請を受諾すると、


「ランスさん! スピアちゃん! レヴィ姉さんに力をかしてあげて下さい! お願いします!」


 リノンは、これまでの経験からランスの反応を予想したのだろう。そう懇願されたランスは、それが拉致監禁という恐ろしい体験をしたリノンの心のケアになるのか甚だ疑問に思ったが、当人がそれを望むのならと承知した。


 そんな会話を聞いていたレヴェッカはランスを歓迎し、


「どうなの?」


 声を潜めたエリザベートの問いに、ひょいと肩を竦めて、


「どうもこうも、出現した聖魔マラークの半数以上を潰したのはそのコンビよ。それに、パートナーのほうは言うに及ばず、契約者ブリーダーのほうも戦闘力は私達より上かも」


 暴力団事務所と揶揄される《トレイター保安官事務所》の所長と助手達の実力を知っている保安官マーシャル保安官代理マーシャル・デピュティ達は、それを聞いて軽く目を瞠った。


 ――何はともあれ。


「まずは二人に例の物を」


 エリザベートに促され、懐から〔収納品目録インベントリー〕を取り出したリアが、そこに収納されていたものをティファニアとフィーリアの前に出現させる。


『――これはッ!?』


 それを受け取った二人がそれぞれしっかりと巻きつけられていた布をほどくと、シルエットから予想した通り、フィーリアのは大剣、ティファニアのは盾で、


「これは私達が自分達用に設計し、頭金を出して作ってもらったものの、勤勉手当及び期末手当ボーナスもらった事がないから! 毎回毎回お願いちょっと待って必ず払うからって言って一度ももらった事ないからッ! もらえるはずのものがもらえなかったからッ!! 計画が狂って残りが支払えず、できたって連絡をもらっても受け取りに行けず預かってもらっていた装備じゃないですかーっ! これがあればもっと速く聖魔マラーク共を蹴散らしてもっと被害を小さくできたのになぁーっ!」


 ティファニアは誰かさんに聞かせるためにわざとらしく大声で言い、両手で耳を塞いだレヴェッカはそっぽを向いてしゃがみ込んだ。


「貴女達、本当になんで辞めないの?」


 エリザベートが不思議でならないという表情で疑問を呈すると、ティファニアは肩を竦め、フィーリアは苦笑した。


「でも、どうして姐さんがこれを?」


 右手に装備している甲拳ガントレットの前腕部に、そのアルマジロのような装甲板を重ね合わせた衝撃を受け流すために洗練された形状の盾を装着し、霊力を通す。すると、盾に内蔵されている魔導機巧が作動し、甲拳と盾が連結され一体化した。


 右手で固く拳を作ると盾が前方にスライドして拳を保護し、緩めると盾は元の位置へ。ティファニアがその具合を確かめながら訊くと、


「ティファ、暴力団組長ボスの女みたいな呼び方はやめてって何度言えば分かってくれるの?」と頭痛を堪えるように嘆いてから「私のオフィスに届けられたのよ。持ってきたのはご隠居様の執事らしいんだけど、受付の職員が受け取ってしまったせいで宅配便の真似事をする破目に陥ったという訳。まぁ、今回に限って言えばこちらにとっても都合が好かったから文句はないんだけど……」


 そんな会話をする二人の傍らで、フィーリアはおよそ2メートルの大剣を検める。


 刃のない剣身が二股に分かれているのは今まで使っていた試作品と同じだが、柄はおよそ50センチ、剣身はおよそ150センチになり、鍔元に魔導機巧が内蔵されている。柄は小判型になってより握りやすくなり、棒状の鍔と切先がなくなった事でより一層巨大な音叉のような印象が強くなっている。


「二人はセットアップしながら話を聞いて」


 フィーリアは同梱されていた工具を手に取り、ティファニアは、やはり同梱されていた弾倉マガジンに口紅容器サイズの小筒――既に霊力が込められている封霊莢カートリッジを込めながら耳を傾ける。


「敵は複数の組織で、それぞれが何を目的として動いているのかはまだ掴めていない。けれど、それらを達成するための手段は判った」


 ティファニアとフィーリアは作業の手を止め、一同の視線がエリザベートに集中し、


「――奴ら、このグランディアを地上へ落とすつもりよ」


 それを聞いて驚きの声を上げたのは、《トレイター保安官事務所》の三人とリノン。スピアは興味がないようで、ランスは己の感情を交えずただ情報として記憶するに務める。


 エリザベートはそんな一同を見回し、告げた。


「私達が成すべき事は一つ。何としても阻止するのよ。敵の作戦――『天都墜しグランディア・フォール』をッ!」




 理屈を抜きにして簡単に説明すると、グランディアは、連絡橋で複数の浮遊島を連結し、一つの超巨大な浮遊島というていを成す事で上空20キロという高高度に浮遊している。


 テロリストの作戦――『天都墜しグランディア・フォール』の目的は、この連絡橋の破壊であり、全てではなく、主要となる数本を破壊する事で達成される。


 この作戦が成功した場合、グランディアはバラバラになって複数の浮遊島となり、この高高度に留まる事ができなくなって重力で加速しつつ落下。各浮遊島が本来在るべき高度に至っても急停止する事はなく、そのまま慣性に遵ってほぼ勢いを落とす事なく地上に激突して砕け散る。


 そうなれば、グランディアは消滅。地上にも甚大な被害が出るだろう。


 現在、総合管理局ピースメーカーは、保安官・代理・助手を総動員してこれを阻止しようと動いている。


 そして、エリザベートは、秘書兼護衛の二人を除いて自身の主力たる代理デピュティ達が運悪くそれぞれ事件を担当して出払っていたため、《トレイター保安官事務所》に協力を要請したのだった。


 ――何はともあれ。


 ティファニアは、封霊莢カートリッジを込め終えた弾倉マガジンを、右腕の甲拳と一体化した盾――〔輝く炎熱の攻盾ウルカヌス〕に装填し、手動操作用のレバーを、ジャコンッ、と操作して初弾を魔導機巧の薬室チェンバーへ送り込み、


「よし、――燃えてきたッ!」


 工具で今まで使って試作品の鍔元から紫紺の宝玉を取り外し、それを新たな大剣――〔閃く轟雷の砲剣トニトゥルス〕の魔導機巧部へ移したフィーリアは、同梱されていた細長い棒状の蓄霊槽マナ・バッテリーを柄頭から柄の中へ自動式拳銃の弾倉のように、シャキンッ、と嵌め込んで、


「お待たせしました」


 レヴェッカは、排出されない程度に自動式拳銃オートマチックのスライドを後退させて薬室に弾薬が入っているかを確認するプレス・チェックを二丁にそれぞれ行い、


「こっちもOKよ」


 そして、額に〔万里眼鏡マルチスコープ〕を装着しているランスは――


「……何してるんですか?」


 抱っこしているスピアの小さな前足の肉球をプニプニしていたら、リノンにじと目で睨まれた。どんな状態でも戦える上、さっさと確認を終えてしまったのでスピアをマッサージしていたのだが、何かいけなかったのだろうか?


「きゅうっ きゅうっ」


 スピアがもっとやってと催促してきたので、今度は反対側の肉球をプニプニ……プニプニ……。


『…………』

「――――~ッ!?」


 ランスは、何と表現すれば良いのか分からない、今まで感じた事がない類の物理的な圧力すら伴う複数の視線に躰を強張らせた。


 ――何はともあれ。


 状況は、刻一刻と変化する。


 フィーリアがこれまで使っていた大剣をリアが預かって〔収納品目録インベントリー〕に収納し、全員の準備が整ったのを確認して行動に移ろうとした――その時、


「――ちょっと待って!」


 皆を制止したのは、耳に装着しているイヤーカフス型の通信霊装に手を当てたエリザベート。


通信妨害ジャミングが解除されたの?」


 エリザベートは掌を相手に向ける『しばし待て』のジェスチャーを出しつつレヴェッカの問いに首肯する。


 通信終了後、すぐに移動を開始した。


 マーシャルやシェリフには、一介のスパルトイに一々情報を提供する義務はないし、悠長に説明している場合ではないと判断したのだろう。兵士時代には十分な情報をもらえない事など良くあったたため、自分なりにスピアと情報を収集しつつ、ランスはリノンを伴ってマーシャルやシェリフ達について行く。


 巨塔バベルはかつて、敵の侵入を阻む塔型の迷宮ダンジョンだった。魔王討伐から長い時を経て、今では罠の類は排除され、改装が施されて複合商業施設になっているが、未だに手付かずの遺跡――『迷宮区』と呼ばれる場所があちこちに残っている。


 予定では、巨塔バベルを上がり、その迷宮区に分散して潜伏しているテロリストを他の保安官達と連携して各個撃破して行くはずだったのだが、一行はエレベーターに乗り込んで管制室へ。


 騒然とした雰囲気の中、既に総合管理局ピースメーカーから連絡が入っていたらしく、前に空港施設内各所の様子を窺った時とは別のオペレーター席へ案内される。


 そして、席に着いているスタッフがコンソールに指を奔らせると、正面の壁一面に無数の映像が投影され、


「これは……ッ!?」


 誰からともなく驚きと困惑の声が上がった。


 それらを大きく二つに分類すると、グランディアに接近する飛行船団と、先行して激しい空中戦を演じる謎の小型艇と竜騎士団。


 おそらく潜空艇なのだろうが、竜騎士団の騎竜に匹敵する、いや、上回っている可能性すらある高速機動を見せる小型艇も気になる。だが、それ以上に、


「……飛行船……なの?」


 フィーリアが漏らした問いに答える声はない。


 〝それら〟は大きさや形状に差異はあるものの、一応、全金属飛行船に見える。しかし、まるで海栗ウニのように無数の銃砲火器が生えている。兵器が装備されているのではない。銃座や砲塔もなく文字通り銃身や砲身だけが生えているのだ。


 こんなものは見た事がない。誰もが戸惑い、困惑する中、


「方角と距離は?」


 一人平然とスタッフにそう尋ねたランスに視線が集中した。


 ランスは、〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを、カシャンッ、と鉄兜の目庇まびさしのように下ろして【遠視】【透視】【赤外線視覚】を重複発動させ……


「――何か分かった?」


 プレートを、カシャンッ、と上げた途端、レヴェッカにそう訊かれて目をパチパチさせる。


「何か、とは?」

「これよこれ!」


 レヴェッカが飛行船団を映すモニターを指差すと、


「1隻を除き、他は全て強欲グリード型の聖魔マラークです」


 ランスは至極あっさりとそう答えた。


 大型のものだと気嚢部分が300メートルを超えるものもある全金属飛行船が巨大な聖魔だと聞いて驚きの声が上がる中、


「……なるほど。術者が、召喚した強欲型に大量の銃砲火器と飛行船を吸収させたのですね」


 淡々とそう理解を示したのは保安官代理マーシャル・デピュティのブレア。


「では、除かれた1隻は?」

「悪魔憑きです」

「悪魔憑き?」


 意味が分からないと言わんばかりに眉根を寄せるブレア。彼女以外も似たり寄ったりの表情で怪訝そうにしている。


 何故なら、通常『悪魔憑き』と言うと、術者が召喚した悪魔系の聖魔――直接的な攻撃力がない代わりに幻惑や精神干渉など性質タチの悪い能力を有する色欲ラスト型に操られている被害者の事を示すからだ。


 ランスは、説明を求められて回答を補足する。


「現在竜騎士団と交戦中の小型艇同様、術者が、乗り込んだ船に傲慢プライド型の聖魔マラークを憑依させています」

「…………ッ!? そんな事が可能なのですか?」


 皆の動揺など意に介さず、はい、と肯定するランス。


 悪魔デーモン系・傲慢プライド型とは、本来、召喚した術者が融合するように装着するタイプ聖魔マラークで、術者の攻撃力、防御力、機動力を数十倍に高める能力を有する。


 だが、あの飛行船や小型艇は、術者が、搭乗した船体に召喚した聖魔を憑依させている。そうする事で運用するのに相応の人数を必要とする飛行機械を一人で意の儘に操り、その性能を限界以上に跳ね上げているのだ。


「それが事実だと仮定して、1隻だけが傲慢プライド型なのは……なるほど。周りの強欲グリード聖魔マラークを使役している術者を乗せているのですね?」

「船内に召喚者と支援者と思しき熱源を確認しました」

「数は?」

「およそ150」


 淡々とテンポ良く会話を進めるブレアとランス。その様子を、レヴェッカとリノンはどこか面白くなさそうに、エリザベートとリアは意外そうに見ている。


「その飛行船は……、――何ですか?」


 その問いは、スパルトイの少年に向けられたものではなく、今まで見た事のない類の、ありていに言ってしまうと間の抜けた表情を浮かべている上司に向けられたもの。


「何って事はないんだけど……無口な貴女が珍しいな、と思って」

「んふふっ、利発な少年がお好みだとは」

「長く一緒にいても知らない事ってあるものねぇ~」


 ブレアがガラス玉のように感情が欠落した瞳を向けると、生温かい笑みを浮かべていたティファニアとリアがサッと顔を逸らし、フィーリアは反応に困っておろおろする。レヴェッカとリノンはどこか不満そうで、ランスは含みを持たせた会話の内容が理解できず、その肩の上のスピアは、きゅい? と首を傾げた。


 一つため息をついた後、ブレアは話の腰を折ってしまった事を謝罪して話を元に戻し、


「召喚者と支援者が乗り込んでいる飛行船はどれですか?」


 その質問に対して、ランスはスタッフに指示を出した。飛行船団の中の1隻が正面に大きく映し出される。


 それは、細長い2本の気嚢の間に大型クルーザーのようなゴンドラが挟まれている特長的な形状の全金属飛行船で、


「――え?」


 それを見た瞬間、戸惑いの声を上げるリノン。


 そして、誰かがどうしたのかと問う前に、


「これは、叔父様の……リノンのお父様の飛行船ふねよ」


 その映像を一目見た後、何故か目を閉じているレヴェッカが厳しい表情で言った。


「確かなの?」

聖魔マラークが憑依しているせいなのか、外装が少し変わっているけど間違いない。それに……」


 レヴェッカは閉じていた瞼を開き、一層厳しさを増した表情で断言する。


「――この飛行船ふねに叔父様が乗ってる」


 ランスは、それを聞いて立ち眩みを起こしたかのようにふらついたリノンを支え――先程の様子を踏まえ、誰もその情報の出所や真偽を問おうとしないのを見て、レヴェッカは特定の個人の居場所を探し出すすべを持っているのだと確信した。リノン救出後にティファニアとフィーリアがメルカ市に現れたのは、やはり偶然ではなかったのだ。


 その後、霊装での通信を終えたエリザベートとレヴェッカ達は、リノンの父親もグランディアの位置を指し示す羅針盤を持っている事、今回のテロとリノン誘拐事件との関連、今後の行動などなどについて話をしていたが……


「……ランスさん、スピアちゃん……」


 縋るように見詰めてくるリノンの揺れる瞳を見て、ランスとスピアの意識は、既に空の戦場へ向けられていた。

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