ニヒトリズム

れむ

そして、動き出す





 * * * * * *






私が通う高校には伝説があった。



真夜中の理科室でガイコツが動くとか、

地下室にカジノがあるとか、

そんなんじゃない。



この高校はこの街一体の不良が集まる全国きっての不良校。

ルール規則校則法律そんなもの全て無視。

教員なんていてもいないもの。無法地帯だった。

喧嘩も絶えず、校舎はボロボロ。

派閥も沢山あったらしい。

他校からは毎日のように喧嘩を売られ。

荒れに荒れきったそんな高校。



それが少し前。

正確には私が入学する2年前。


一人の男子高校生がこの無法地帯をまとめあげたというらしい。


名前は藤堂蒼空。


怯え崇められ、ついに『虎』とかいう通り名がついたとか。

なんで虎。それって通り名なの?私には全く理解出来なかった。



私も入学して何度かその姿を見たことがあった。


神々しい金髪しか分からなかったけど。

周りに厳つい男子たちを引き連れ歩いているのを何度か。

引き込まれるようなオーラだった。

金髪なんてゴロゴロいる。いっぱいいる男の人の中のひとりのはずなのに。

なのに、目が離せなかった。

純粋に、この人は凄い人なんだって考えてた。


不思議でたまらない経験。




それが一年前。




虎は卒業していった。




その後の虎の消息は不明。

トップがいなくなり、また荒れるのかあと憂鬱に思っていた。

けれど、それ以降小さなイザコザは何度か起こったが前みたいに荒れることは無かった。


これも虎の残していった不思議の一つなのかなあ。






「凛、ぼうっとしてどうしたの?」


「ううん!なんでもないよ」



不良校の中で数少ない“普通”の友人、綾瀬ちゃんが女の子らしからぬ格好で首を傾げている。

机に座って、椅子に足を置いて足を組む。

そんなのしてたらパンツ見えちゃうよ!

なんて心配は正直いらない。綾瀬ちゃん、スカートの下に必ずジャージ履いてるもん。

それに、綾瀬ちゃんとっても強いからふしだらな男達を素手でやっつけちゃうよ。


太陽が当たると赤々しく輝くその長い髪を持つ綾瀬ちゃんは高校生らしく耳の下あたりでおさげにしている。結び目には真っ白なりぼんがふわりと揺れて。意志の強そうな瞳。見た目と言動がまったくもって一致しないのはあれだ、ギャップ萌ってやつかなあ。



「てかさあ、コンビニのメロンパンがさあ」



綾瀬ちゃんの話にうんうんと相槌を打ちながら頭の片隅では別のことを考える。



今日の夜ご飯は何だろう。

千桜さんのご飯は格別だからなあ。

春兄は今日いるのかな。

春兄がいたら遙さんもいるよね。

みんな居るといいなあ。

人がいっぱいだと楽しいもん。



「あ、そだ、凛」


「ん?」


「紅のラインの向こう側にはぜっったいいっちゃダメだかんね!」


「分かってるよー!」



紅のライン。

この街のど真ん中に惹かれている線のこと。



「向こう側はこの高校よりもタチの悪いバカたちが集まってるからさ。凛みたいなか弱い女の子がいったら何される分かんない」


「綾瀬ちゃんは向こう側行ってるの?」


「ま、まあ…用事あるし」


「えーなにそれずるーい!」


「ずるくないの!あたしくらい強くなってから言えばかちん」


「ぶー」



頬を膨らませて抗議してみるもダメなもんはダメ!と一蹴されてしまった。

ずるいよう不公平だよう。



「いくら凛の家が本職さんだったとしても、そんなの知らずに手を出してくるバカたちはいるんだからね!」


「はーい…」



渋々と綾瀬ちゃんの言葉に頷いた。


私の家は極道一家。内山組という、名の知れた極道屋さんだったりもするんだ。今は祖父と兄が取り仕切っている。

父と母はとうの昔に他界したらしい。

その頃の記憶は私の中に一切残っていない。お医者さんはショックによる部分的記憶の欠如だろう、生活には支障はないよ、と笑顔を見せてくれたのを覚えている。


生活には支障はない、かあ。

それでも大事な両親の記憶がないなんて、これほど悲しくて親不孝なことは無い。


何度も記憶を手繰り寄せようと試行錯誤はしてみた。どれも失敗に終わってしまったが。



「んにしてもあっついねー」


「綾瀬ちゃん、お腹見えちゃうよ?」


「いーのいーの、あたしの腹チラなんて誰の得にもならないっしょーあっついし。海か川行こうよ!」


「んんー、私、泳げないからパス」


「あー、そうだったね、ごめんごめん」


「ううん、私もごめんね。その代わり遊園地に行こうよ!」


「あ、いいね、ジェットコースター制覇したい」


「楽しそうっ!」


きゃいきゃいと人目を気にせず話に花を咲かせた。


クラスにいる9割がそういう類、世間一般的に言えば不良に属される輩たちばかり。

髪の色は赤に青に金に銀に茶にもう多彩すぎて目が痛い。その人たちが揃うことは早々ないけど。

あるとすれば、例の『虎』が招集を掛けた時ぐらいだったと思うなあ。

これも虎の不思議の1つ。



よくわからない存在の帝王。

漠然としたその姿に少しの興味だけを残し、彼は消えた。


また、逢えたらいいなって思っていたりしなくもない。



きゃいきゃいと話していればいつの間にか放課後で。

大好きな人と過ごす時間は本当にあっという間だなあ、なんておばあちゃんみたいな事を考えながら綾瀬ちゃんとバイバイをした。


少し訂正をするなら、さっき綾瀬ちゃんのことを"普通"の友人だと紹介した。

でもちょっと違うんだ。

彼女は例の紅のラインの向こう側の住人。それも噂によれば結構な上役なんだとか。

なんとびっくり。荒れ狂う獣たちを纏め上げる1人なんだと。

そりゃそうだ。あんな格好良くて自信満々で、それでいてとても強い。こんな人が下っ端で収まるはずない。ここはもう女の子っていうことは置いておこう。



まだ日が落ちるまで何時間もあったのでそうだ勉強しよう!と目前に迫るテストの為に教科書を広げた。廊下を通りかかった先生に涙ぐまれたのは少し驚いたけど。


30分くらいして、自分の頭がどれ程教科書の文字を理解していないか痛感した。頭が痛い。ちょっとばかし泣きそうだよ。


帰って千桜さんに教えてもらおう...。


はふ、と一息ついて自分の席を立った。


そしてふと見えたそれに「あ」少し戸惑いながらも手を伸ばし、そして足を速めた。







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