さよならを言う前に。

れむ

00.



ぴちゃん、ぴちゃん。

遠くで雫が床に叩きつけられる音がする。

そんな音で目を覚ました。それと同時に襲ってくる体中の痛みに思わず呻き声も出かけて慌てて声を引っ込めた。とりあえず頭が痛い。

ぼやけてあまりハッキリとは見えない視界を凝らして周りを見渡せば場所の特定はすぐだった。


隔離棟の地下室ね。噂には聞いてたけどまさかホントに存在するとは。

というか、まず何であたしはここにいるんだろうか。大問題だし大きな疑問点だし。


ここで気付く。眼鏡がないことに。


なぁるほど!寝てる間、異能が出っ放しだったのかー!だからこんなに視界がボヤけてるのかぁ!貧血ねぇ!…じゃない!!何でないの!?探さなきゃ。


心の中で大騒ぎをしていると、どしゃ、と何が崩れる音と、それから呻き声。え?と反射的にそちらを向けば見慣れた白髪の姿があった。見慣れたというほど見慣れてないかもしれないけどまあそのへんは置いといて。


「仰、さん!?」


「っぁ……、やっと起きたのかよ…はぁ、」


童顔(今は関係ない)の仰さんは、それはもうどこもかしこもボロボロ。しかもびしょびしょ。なのに何故か立ち上がろうと腕に力を入れているところだった。すん、と鼻をついたのは火薬臭い匂い。ぐらぐら揺れる視界で何とか観察できたのは、彼の周りが幾らか削れ煙が立ち込めていることと、水溜りが沢山なこと。これは明らかに彼が攻撃されてる。あたしに背を向けているあたり、庇ってくれてたのか?いやそんなことより、あんなにボロボロなのになんで逃げてないの。あたしだったら迷わず逃げる一択だ。だって自分が一番可愛いもん。


そうは言っても、仰さんがあたしの代わりに怪我をしているのなら話は別だ。貧血が悪化しないよう、本当にゆっくりとした動作で立ち上がると壁に手をつきながら仰さんの隣にまで行った。落ちこぼれでも、エリートさんの盾くらいにはなれるから。


そんな心内を知るはずも無い仰さんはジトリとあたしを睨む。邪魔だすっこんでろとでも言いたそうなその瞳にあたしはけたりと笑って返しておいた。


「は、まともに動けもしないのに何」


「そんなボロボロで格好付けても面白いだけですけど?」


「はぁ?」


「そんなことより状況説明してくださーい!」


「起きたらここにいた。ちなみに俺は無傷でお前は怪我だらけだった。で、起き上がったらあいつらが居たんだよ」


「あいつら?」


「前。かなり手強いから」


前。そう言われ仰さんから前方へと視線を移せば不自然に呼吸が早まった。なんでって、そりゃ。



「かな、め…?」



クリーム色をしたふわふわの綿アメみたいな髪の毛を撫でるのが好きだった。そんなふわふわした髪の毛に負けないくらいふわふわした顔で笑うその笑顔が好きだった。そんな、要が。どうして、あの人といるの。どうして、あの人にその笑顔を向けてるの。どうして、要が仰さんに敵意を向けてるの。どうして。


「起きたんですね、雛子さん」


「…学園、長」


にっこり、柔らかく綺麗な笑顔を浮かべた――あたしたちは学園長と呼ぶ――女性は擦り寄ってくる要の頭を優しい手つきで撫でる。あたしを見詰めるその目は慈愛に満ちていて、どうしてもそれが理解出来ない。


「がくえんちょ!僕いい子?わるいやつばーんできた?」


「ええ、要はとてもいい子ですよ。後でご褒美をあげないといけませんね」


「ほんとほんと!?」


きゃっきゃっと学園長の手を握って花咲く笑顔を浮かべる要。その光景に喉がからからに乾いて身動きが取れなかった。要にはまるであたし達が見えていないような、敵としてしか認識していないような、そんな振る舞いに。


そんなあたしを察したのか何なのか、仰さんが「おい」頬から流れる血を拭いながら声を掛けてきた。そろりとそちらを向けばふと、不自然なことに気付く。なんで、彼はあんなにびしょびしょに濡れているんだ。考えを巡らせる手前、問答無用で発動され続ける透視の異能によって見えた、闇に紛れ彼の後ろへ近付く影。思わず腕を伸ばして彼を思い切りこちら側へ引き寄せた。力を入れ過ぎてか、代償からか後ろへ転びかけたのを既の所で仰さんによって抱えられ。霞む視界で見えたのは、学園長を毛嫌いしている筈の、――璃都さんの姿。ああ、くそ。ここで思い出した。忘れてた。うちのトップの異能の存在を。


「…記憶操作、ってやつ?」


「多分な。水と風だと相性あんま良くないから困ってる」


「仰さん、璃都さんのことそう簡単に傷つけらんないもんね」


「はぁ!?何ふざけたことぬかしてんだよ!」


「どーど、落ち着いて落ち着いて」


こんなふざけた会話を繰り広げているものの、あたしと多分仰さんの視界には、どうしても納得のできない光景が広がっている。それは学園長の腰付近に抱き着く要と、学園長の腕に絡み付いて恍惚の表情を浮かべる璃都さんで。要の異能は爆破、璃都さんの異能は水。仰さんがボロボロなのも地下室がボロボロなのも、きっと彼女たちの異能と、応戦した仰さんの異能によるものだろうなぁ。


学園長は、綺麗に笑顔を浮かべたまま、何もしてこない。ここはちょっくらつついてみるかぁ。


「ところで学園長。あたし達をここに連れてきてどんな御用で?がくえんちょーさまがエリート仰さんに用があるならまだしも落ちこぼれのあたしに大それた用があるとは思えませんねぇ」


にぃっと口角を釣り上げ、わざと挑発するように煽り口調で問いかけてみる。

ぴくり、密かに学園長の眉が寄せられたのをあたしは見逃さない。だって、この暗闇でも異能のおかげで視界はクリアだからね。霞んではいるけど。


「……学園長ってもしかしてレズにショタコン?」


「仰さんそれはやばいwwwww」


ぼそりと呟いた仰さんのそれは的確にあたしのツボを押さえた。ふは、と痛むお腹を抑えながら笑ってしまう。傍から見たらそうだよね、レズにショタコンだよね。その通りだわ。別に偏見はないけど、学園長が薄い本読んでるのかと思うとなんか、ねえ?


さぁて、怒ってくれないかな。怒りって制御能力を著しく下げるから、さ。目を細めて学園長を見詰めれば学園長より先に灰色の髪を持つ彼女が動いた。


ひゅん、と鋭利な何かがあたし達2人の間をすり抜けたと思ったら頬に鋭い痛み。血が流れた、そう理解しようとする前に、その思考は止まった。


「っ、がッ!?」


仰さんの苦しげな声によって。慌ててそちらを見れば口の中から絶えず水がゴボゴボと溢れ出ていた。吐き出しても吐き出しても水水水。苦しそうに顔を歪め喉元を押さえる彼の背に手を回しながら、叫んだ。こんなの誰の仕業がすぐ分かる。



「璃都さん!やめて!今すぐ異能を解いて!怒るの君じゃないでしょ!!」


「学園長、私のことも褒めてください!」


「偉いですね、璃都」


あたしの叫びなんてまるで聞こえていないような璃都さんは褒められたことにご満悦な様子で。馬鹿な事言ってないで早く異能解けよ!荒くなるあたしの口調にも全く聞く耳持たず。てめえの耳は機能してんのか。

その間もごぽりと水を吐き出し藻掻く仰さんがびくんと1度痙攣して、そして、倒れた。それを目を細め、嫌なものを見るかのような目で見つめた後、璃都さんは異能を解除した。仰さん!仰さん!何度声を掛けても彼は目を覚ましてくれない。起きて、起きてよ仰さん!


「死んでないから大丈夫ですよ。」


「っざけんな!あんたは何がしたいのよ!要のも璃都さんのもさっさと異能解いてよ!」


「少しは口を瞑ることを覚えたらどうですか?」


心底軽蔑する。仰さんを抱きかかえながら喚くあたしをそんな目で見てきたと思っていれば、とたん肺のあたりが苦しくなるのを感じた。ごぽり、ゴボゴボ、あたしの口から溢れ出てくるのは、透明で、綺麗な、水。必死で体内から水を吐き出そうと、酸素を求めようと、はくはくと口を動かすも、無限に溢れ出てくる水には無意味で。ああ、くるしい、くるしいじゃん、くそったれ。


「そろそろ、あの子を手に入れたいと思っていましてね。その餌に貴女達を使わせて頂くだけですよ。それくらい、Dクラスでも出来るでしょう?」


「そういえば、起きた仰は貴方を守るのに必死でしたよ。ここに連れてくる前に貴方が仰を守っていたのと同じように。滑稽ですね、本当に」


くすくす、くすくすくす。耳障りな笑い声。あー、そうだそうだ、すっかり忘れてたけど、学園長室に呼び出されたんだ、あたしら。そこで何か縛られかけたからめちゃくちゃに暴れてみたんだったわ。仰さんは早々に薬打たれてたけど。あー、そうだったわー。最初にしくったのは、あたしだったのか。


「聞いているんでしょう?早く貴方が私の元に来ないと、この2人が死んでしまいますよ。ああ、死ぬより、もう少しだけ楽しいことになるかもしれませんがね。さて、貴方はどうしますか――茜」



ああ、くそ、なんで、なんであの子なの、なんで、もう、ああ、むりだ、ほんと、なんなの、おねがい、おねがいだから、あの小さな子を、守ってよ、それから、くるしい、それからね、うん、待ってるから、――ばかしきみ。



ゴポリ。透明な液体に赤が混じったのを視界に捉えたが最後、意識を手放した。





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さよならを言う前に。 れむ @remu_06

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