ホワイト・ルーム
ALT_あると
第1話
ある二人の話――
「なん! でだ! よ!」
神居ケンジという男は、目の前にある扉を一心不乱に叩いていた。
「開けよ!」
叩いて、
「誰か!」
殴って、
「ああ! くそっ!」
助けを呼んでいた。
ここは一体どこなんだ?
なんで俺はこんなところにいるんだ?
どうしてこの扉は開かないんだ?
ケンジの頭は、そんな疑問で一杯だった。
気持ちを落ち着かせるために、深呼吸をする。
「……ダメだ。まったくわからない。すべてにおいて意味不明すぎる。この状況を誰か説明してくれ……」
ケンジは憔悴しきっていた。
ここに来てからどれくらい経ったのかもわからない。
気づいたらいつの間にか、ここにいたのだ。
「スマホも持っていない。いつも肌身離さずポケットに入れているはずなのに。これじゃ、助けを呼ぶこともできない」
おかしな状況で感覚がマヒしてしまったのか、ケンジはぶつぶつと独り言を続ける。
部屋の中は至ってシンプルだった。
部屋の真ん中に、白い長机が二つ揃えて置いてあって、その周りにパイプイスが四つ並べられている。
他に特筆するとすれば、縦長のロッカーやら、何かを収納する背の低い棚やら、折りたたまれた数個のパイプイスやらが、壁に沿うように配置されている。
となれば思いつくのは会議室辺りだが――。
「俺がこんなところに来る理由があるのか?」
ケンジは会議室に来る機会があるような男ではなかった。
ようやく小学校を卒業し、中学生になってから、ケンジは勉学というものにずっと後ろ向きだった。勉強する意味を見出せず、現在、高校二年生になるまでの数年間、差し当たりのない、テキトーな人生を送ってきた。
そんな俺はこんなところに来ない。
そういう変な自信がケンジにはあった。
まあ、焦っても仕方ないな。
考え直して、ケンジはイスに深く座った。
この扉は、果たして手間に引くのか、はたまた奥に押すのか、そんなことを考えてみる。あるいはシャッターのように持ち上げるのか、それとも単に引き戸なのか。
そして、吐いたのは大きなため息。
「ったく、こっちは急いでるのに……あれ?」
ケンジは自分の口走った言葉に疑問を抱いた。
俺が急いでいる? 急いでいるって、俺は何を急いでいるんだっけ。そういや、何か、どこかへ向かおうとしていたような……。
今日一日の記憶を掘り起こす。
朝起きて、パンを食べて、家を出て……。それから、それから……思い出せない。
そのあとの記憶はぽっかりと抜けていた。フォルダがまるごと削除されてしまったような疎外感がそこにはあった。
このままでは苛立ちが募る。
ケンジは再び落ち着くために深呼吸をした。
「まずここがどこなのか考えよう。ここから出る方法を探さないと」
*
小学校四年生くらいの男の子は、空港のロビーで、搭乗の時間を待っていた。
窓の外では、たくさんの飛行機が縫うように行き交っている。その間を小さな車がすり抜けていく。実際にはかなり大きな車輌ばかりだが、飛行機の大きさと比べると、それは非常に小さく見えてしまう。
たった今、目の前で一機の飛行機が空へと飛び立つ。
「おおー」
少年は思わず声を漏らした。
もう少しで、自分も同じ飛行機に乗って空を飛ぶのだと考えるとワクワクが止まらなかった。
さっきから騒がしく続いている雑踏も、時々鳴らされるアナウンスも少年の耳には入らない。
手元にある搭乗券には、行き先『北海道』、搭乗時間開始『8:40』と書いてある。
上を見上げるとそこには大きな液晶画面があって、今の時間を示していた。
八時二十分! 三十分後には空を飛んでいるのかな。
「結局何もありゃしない……」
ケンジは相変わらずの様子であった。
ロッカーや棚の引き出しを開けてみたのだが、すべてもぬけの殻。
「予想はしていたけどさ……」
ケンジは謎のこの空間に、完全に支配されてしまっていた。ホームポジションになりつつある、パイプイスに座り、白い天井を仰ぐ。
――と、そのとき。
開かずの扉の方向から物音がした。
「?」
扉が開き、閉まる音。
ケンジが扉の方に視線を移すと、そこには白衣姿の男性が立っていた。
「……あ、どうも、こんにちは」
気さくな雰囲気で頭を小さく下げてくる。
ケンジは、一目で、その男性が自分とは正反対に位置する人間だとわかった。しかも明らかに年上。その辺の常識を心得ているケンジは、同じような動作で畏まった。
「えっと、ここは……どこ?」
自分もずっと思っていたことを男性は問う。
「わかりません。ぼくもずっと困っていたんです」
「俺は今この扉を開けて部屋に入ったよね。そこまでは記憶にあるんだけど……あれ、なんでこんなところに来たんだっけ?」
男性もつい先ほどのケンジと全く同じ反応だった。
「……ちなみにどういう風に扉を開けましたか?」
「うーん、なんていうか、俺から見て後ろに向かって閉じた気がするから、つまり内開きじゃないかな。……にしてもやっぱり変だ。この部屋に来る前のことを思い出せない」
「なるほど、内開き……ってことは!」
ケンジは開かずの扉に駆け寄り、ドアノブを捻って、今度はそれを内側だけに目一杯引いた。
「うぐぐぐぐっ! ……はぁ」
だが、やはり扉は微動だにしない。
「開かないのか」
「はい」
「閉じ込められたってことでいいのかな」
「たぶん」
肩を落とすケンジ。
ふと思いついたように顔を上げる。
「あの、名前を聞いてもいいですか」
「ああ、俺か。速水、遼。君は?」
「神居ケンジといいます。速水さん、何か持っていませんか?」
「どういうこと?」
「持ち物を見れば、少しは状況が理解できるかなと思って」
「そういうことね。うーんと……ん、これはなんだろ」
言いながら速水が右ポケットから取り出したのは、小さなパンフレットだった。
「『よくわかる北海道』……。旅行か何かですか」
「いや、そういうわけじゃないな。おそらく、同期の誰かがイタズラで入れたんだろう。たしかに北海道に行く予定はあったけど、目的は旅行じゃないし」
ふむふむとケンジが頷く。
速水は机の上に、パンフレットを乱雑に置いた。
「他に持っているものは?」
「あとはそうだな……時計くらいかな。でも、あれ? 壊れてる。おかしいな、買ってからまだそんなに経っていないのに」
速水が見せてくれた時計は、十二時直前で止まっていた。
「十二時……ってことは昼か。うーん、そう考えると何かお腹がすいてきたような。そう思わないか?」
「え? そう思わないかと言われても……」
「そういや、朝からろくに食事をとっていないんだ。食べ物とか、どこかに置いていないかな」
「ぼくが一通り調べましたけど、目ぼしいものは何も……」
戸惑うケンジをよそに速水は部屋の中を物色し始めた。その姿はどこか楽しそうだった。
結構自由人なんだな……。
ケンジは内心呟く。
白衣姿ということは、おそらく研究生か教授あたりの人間だろう。『同期』という言葉が裏付けになる。
さすがにコスプレの可能性は考えない。
ケンジの中には、そういう博士みたいな人は、自由に生きているというイメージがあった。
「お!」
速水はお宝でも見つけたかのように声を上げた。
「何か見つかったんですか?」
棚を開けたまま固まる速水に近づき、頭を揃えて中を覗き込む。
「……ローストチキン?」
そこには、ほっかほっかと、小さい『っ』を付けたいくらいにおいしそうなチキンが、丁寧にアルミホイルで巻かれた状態で、皿に盛りつけて置いてあった。食い気味にグリーンまで添えてある。
「おおっ。ちょうどガッツリしたものが食べたかったんだよねー」
速水は皿を抱えると、それを机の上に移動させた。
いつの間に、なんでこんなものが棚の中に現れたんだ? さっき調べた時には何もなかったはず。
ケンジは茫然として、わくわくの速水を眺めていた。
「神居くんも一緒に食べる?」
「ぼくは遠慮します」
得体の知れない食べ物を、喜々として口に含むことが出来るほど、ケンジは単純な男ではない。
「そっか。んじゃ、いただきまーす」
ケンジは、速水の図太い精神に、ただ打ちのめされていた。
*
親のあとをお利巧に付いていった少年は、搭乗券と座席に記された記号を見比べて、自分の席をようやく見つけた。
「うふふふふ。……ふぅ」
未だにわくわくは止まらない。
他の搭乗客は、大量の荷物に手間取っていたりするが、少年の持っているものは、お気に入りのぬいぐるみ一つだけ。こぶりなイヌのぬいぐるみだ。いつかの入学祝いで兄にもらってから、ずっと大切にしている。
必要な荷物は両親が管理してくれているから、自分はこのぬいぐるみだけを大事に抱えておけばいいのだ。
ちょうど少年の席は窓のすぐそばで、外の様子は、先のロビーのときよりも、もっと臨場感に溢れていた。
まるで映画の世界に入り込んだ気分だ。
「ねえお兄ちゃん。もうすぐ飛ぶんだよ! 楽しみだね!」
「………」
少年は、左どなりの席でずっと俯いている兄が気になった。
「体調、悪いの? 大丈夫?」
「…………」
それでも兄は俯いたまま表情を隠して、少年の頭をポンポンと叩いて撫でてくれる。
普通なら優しさを感じるような兄の行動だが、最近のことを考えると、少年はやはり兄の様子が気になってしまう。
そんな沈黙が漂うなか、それを打開する人物が現れた。
「おー。となり、失礼するね」
そう言って、白衣姿の男は、兄のとなりに着席した。
「ふう……。ごちそうさま」
速水はものの数分で、ローストチキンを平らげて見せた。
「さて、おなかも一杯になったし、ここから出る方法を考えようか」
ようやくですか……。
速水の自由気ままな態度に打ちのめされるケンジ。
「……ん? あそこにある窓は? 少し位置が高いけど、机に乗れば十分届く高さだろう?」
扉に対して、反対側に位置する窓を、視線で示しながら速水は言った。
「たしかに届くとは思いますけど……けどあれ、はめごろしですよ」
「いいからいいから。ほらケンジ君、ちょっとどいてもらえるかな」
テキパキと机を壁の方に移動させる速水。その様子はどこか楽しそうであった。
「よいしょ、っと。じゃ、ケンジ君。外の様子を確認してみてよ」
「なんでぼくなんですか?」
机を移動させたのは自分のくせに、と内心ぼやく。
「俺も研究者の端くれだしね、できればこういうことはしたくないというか……。それにほら、こういうのは若い人の役目だろ。俺は白衣姿なんだから」
速水は最後にこじつけのような言い訳を付け加えた。
研究者には、本当にこういう自由な人間が多いのだろうか。ケンジは自分のイメージは間違っていなかったのだと確信した。
「まあ、断る理由もありませんし、別に構わないですけど」
実際は、さも当然だろうというような雰囲気で立ち尽くす速水に圧倒されてしまったのだが。
「念のため、机を押さえてくれませんか」
「ああいいよ。それくらいはお安い御用だ」
と言って、片手だけで手をつく速水。
ケンジはひょいと机に乗ると、女性の風呂を覗くように、じりじりと外の様子を窺った。
「どうだ? 外はどうなってる?」
「えっと……」
ケンジは自分の見ている光景を、どのように形容したらいいのか困った。
「正面に……灰色の壁が見えます」
この際、見えるものをありのままに伝える。
「となりの建物が隣接しているってことかな。それで?」
「それが上と左右に延々と続いていて、ここからじゃ果てが確認できないです」
口に出してみると、内容がおかしい気もするが、そこまで大きな違和感には膨らまなかった。
それは速水も同じなようで、
「そんなに大きな建物の近くなのか、ここは」
「あ、でも地面はすぐ真下にあります。同じような灰色をしてますけど」
「ということは、ここは一階か。窓から脱出することは不可能じゃないってわけだ」
ケンジは静かに机から降りる。
「けど、何回も言いますけど、この窓は、はめごろしですよ。窓枠にぴったり収まっていて、開閉できないんですよ」
「だったら壊してしまえばいい」
横暴だな!
「さすがにそれはやりすぎじゃないですか。窓を割って外に出たんじゃ、いくらなんでもぼくらの立場が悪くなりますよ」
「そうかなー。そうしなきゃ出られないんだから仕方ないだろ」
「もっと他の方法を考えましょう」
「他の方法ねえ。そうすると、必然的に扉から出るしかないが」
そうやって、ケンジと速水が討論に花を咲かせていると、
「あ……ふえええっ?」
わたわたした様子の女性が、開かずの扉から現れた。
「ドッキリじゃないですか?」
ケンジから一通りの説明を聞き終えた途端、彼女はさっきまでと打って変わって、きょとんとした語調で言った。
「名前は神居さんと速水さんですよね? わたしは緑川葉月といいます」
「え? ああ、はい」
「わたしは間違いなくこの扉から部屋に入りました。それが今こうして開かないとなると、向こう側から誰かが押さえていると考えるべきじゃないですか? ……あ」
しまった、これはドッキリだからそういう発言は番組側に失礼だった、というような表情を浮かべる緑川。
「たしかにそういう考え方もできるか」
「速水さんもそう思うんですか?」
「暗に否定できないしね」
「それより、よかったらトランプでもしません? 何も持っていないし、暇なんですよね」
「トランプ?」
ケンジは真っ先に緑川の手元を確認した。
「これがどうかしたんですか。ロッカーに入ってましたけど」
「ロッカーに?」
ケンジの頭に、また疑問が浮かんだ。
ローストチキンの一件と同じだ。最初にケンジは目を覚ました時、部屋の中を徹底的に調べた。そのときは、ここがどこなのかの手掛かりはおろか、チキンやトランプなんてなかったのだ。
まさか?
そこでケンジが思いついたのは、緑川の一言を受けてのものだった。
これがドッキリなら、この現象も説明できるのか……。
しかし確信はない。ドッキリというのは、大抵は日常的にありえない状況を作り出して、ターゲットのリアクションを楽しむためのものだ。その企画内容が、「閉鎖空間に閉じ込められて、次々に不思議な現象が起きたら人はどうなるのか」だとしても何らおかしくはない。だとしても、ではなぜ、自分がターゲットに選ばれたのか。最近では素人をターゲットにする企画も少なくないが、現在、こうして緑川に感づかれてしまっている。もしこれが本当にドッキリならば、仕掛けとしては、かなりお粗末のようにも感じる。
「トランプかー、やるのは久しぶりだな。何をやるんだい?」
「とりあえずは、無難にババ抜きでどうですか」
「もちろん。みんなが知っているやつの方がいいしね」
「え。まさかぼくもやる前提ですか」
「やらないんですか?」
わくわくした表情でこちらを見てくる緑川。感情がわかりやすいタイプだ。
というか、もう俺の分まで配ってるし。
「いえ、ちょっと思いついたことがあって」
「思いついたこと?」
そう聞き返す速水だったが、それでも自分の手札を確認しながらで、やる気満々のようだった。
「さっきは、緑川さんが部屋に入るタイミングを見逃しましたけど、今度は、扉のすぐそばに張り込んでいればいいんですよ」
「ふーん。なるほどね」
なおもやる気満々の速水は、手始めにすでに揃っているペアを捨てていく。
「もし次に誰かが扉を開けた時には、扉を閉めさせないようにすれば、外に出られます」
「別にそんなに必死にならなくても、ネタばらしがあるまで気長に待ちましょうよ」
「トランプは、二人でやってください」
「そうか。せっかくケンジ君と真剣勝負をしたかったのに」
「ぼくと? なら、せめて大富豪とか……」
「おお、懐かしいゲーム名だなあ。あれは白熱するよね」
「待ってください。まずはババ抜きですよ。もう手札を捨てるとこまでやったんですから」
「二人でババ抜き?」
それは無理があるんじゃないか?
「まあ、それでもいいか。最後は結構盛り上がるだろ」
「ですよ!」
そんなケンジの心配をよそに二人は、ババ抜きもとい手札を捨て合うだけの作業を始めた。
あれで楽しいのか……。
ババ抜きのゲーム終盤。
「うぐぐぐぐ……」
速水は、緑川が握る二枚の手札と、相手の表情を見比べながら、最後の二つの選択肢を吟味していた。
「さあ、どうぞ! 速水さんの決断力を今こそ!」
「ふふ、ふふふ……。んー? こっちか? それともこっちかなあ?」
相手にくさい揺さぶりをかけつつ、速水は交互に左右のカードに人差し指をかける。だが緑川は、笑みを含めた様子で、余裕のようだった。
「……さあ、どっちでしょうね?」
「うぐぐ……よおーし、こっちだ!」
そして、速水はついに一つの選択を選び抜いた。
直後――、
「っしゃああああああああああああ!!」
速水は、『大人気ない』という言葉の見本になるくらいの、ガッツポーズをしてみせた。
「あー、さすがは速水さん」
「ビックリさせないでくださいよ。人が来る一瞬を逃さないように神経を研ぎ澄ましているんですから」
「ふー、なかなか楽しかったね。にしても疲れたよ」
「じゃあ次は大富豪ですね。神居君、調子はどう?」
「そうだ。そろそろこっちに来なよ」
「……」
二人の言葉に、ケンジの集中力は一旦失われてしまう。
すると、そんなタイミングを見計らったかのように、
「あっ……」
「おお」
またも、開かずの扉が開かれたのだ。もはや開かずという概念は薄れてきているが。
扉の開かれる音は、多少のタイムラグのあと、ケンジの耳に入った。
「……くっ!」
バネのごとく、すぐに身を翻し、閉まろうとする扉の隙間に足を潜り込ませようとする。
間に合ってくれ!
そして、
「よし……」
なんとかケンジの右足は、扉が閉まり切るのを阻止した。言うと大げさだが、実際には、閉まる扉の隙間に足を潜り込ませただけである。
「あのー、どうかした?」
やけにひょろひょろとした口調で言われて、ケンジは振り向いた。
そこに立っているのは、速水でもなく、緑川でもなく、もっと若者を代表したような、見るからに社会の礼儀がわかっていないような青年だった。
今の問い方も、当人の性格が滲み出てくるようである。
「ああ、いや、なんでもないです……」
といっても見た感じでは明らかに年上のようだ。なので、ケンジはその点を特に気にしなかった。
「ちょっと失礼します」
ケンジがそれよりも気にしていたのは、開かずの扉だった。足を引っかけて開けたままにしてある扉のノブを掴み、勢いよくそれを開いた。
そして、その中へと飛び込む。
それはこの状況を打開するための大きな一歩。
ここから脱出するための大きな一歩……になるはずだった。
「……え、あれ?」
後ろで扉の閉まる音がしたかと思うと、目の前には見知った顔が揃っていた。
「あ」
その三人も、ケンジと同じような声を上げる。
速水と緑川と、それと今さっき部屋にやってきた青年。
戻ってきた?
「どうしたの、神居君。外の様子を確認しに行ったんじゃ?」
「そう、ですよね? 今たしかにぼくは、この扉から外に出ましたよね?」
「うん、でもそれと同時に部屋に戻ってきて……ってあれ?」
自分の言っていることが意味不明なことに緑川は気づく。
「単純に、外の様子を窺ってから、すぐに扉を閉めたんじゃないですか。いや、俺は彼のことを見ていたわけじゃないんで、わからないですけど」
「――いや、そうじゃない。明らかにケンジ君は部屋を出て行ったんだ。そしてすぐに部屋に戻ってきた」
「じゃ、そういうことじゃないですか。何もおかしくないと思いますけど」
何やら討論を始める速水と青年。
「いやおかしい。一連の動作が同時に行われている。葉月君もそう思うよな?」
「あ、ああ、はい」
「ふーん。どっちにしろ、俺にはわからないですよ」
怪訝な表情でうなる二人とは裏腹に、青年は動じる様子を見せなかった。
「で、ここはどこですか?」
「それがな……俺たちも、ここがどこなのかわからなくて困ってるんだ」
「今有力なのはドッキリという線です!」
どうだ! と緑川はポーズを決める。
「ちなみに、名前を伺ってもいいですか? なんて呼べばいいのか困るので」
「あー。岡崎満っていいます」
「岡崎さん。ここがどこなのか、それに関してはあとで考えるとして、よかったら、みんなで大富豪しませんか?」
トランプを掲げて、緑川は机に乗り出す。
「大富豪?」
「あれ、もしかしてルール知らない感じですか」
「いや、別にいいですけど……。ああ、なるほど、なんとなく状況が飲み込めてきました」
何かを悟った岡崎は、そう言ってイスに着いた。
「ほら、ケンジ君も」
速水を筆頭とした三人の圧力がケンジにのしかかってくる。
「ああ、えっと……じゃあ、……はい」
ケンジは、仕方なくといった感じで空いていた席に着いた。
岡崎のとなり、正面に緑川と速水がいる配置。
「いやあ、盛り上がってきましたねー。それじゃ、大富豪を始めましょうか。――これ、神居君の分」
言って渡されたのは、十三枚のトランプの束。あらかじめ四人分に分けておいたようだ。
はあ……なんでこんなことになったんだ。
ケンジは心中でため息をついた。
けど、だからといって俺だけ遠慮するわけにもいかないし、であれば、うまくやり過ごして終わらせるか。
たとえ勉強はできなくても、頭の中は高校生だ。
回りを気遣うことくらいは、ケンジにもできる。
ケンジは自ら判断して、目の前に置かれたトランプを手に取った。
そして、次の瞬間――。
「ああー本当にケンジ君は強いなあ」
ケンジは、大富豪の勝負で優勝していた。
「あ、あ……れ?」
それはまさに一瞬の出来事。DVDでいくつかのチャプターをまとめてすっ飛ばしたかのような疎外感があった。
戸惑いのケンジに三人は気づくこともなく、ただ祝福をするだけである。
「大富豪を提案しただけはあったよね。どのカードを使ったのか把握していたし、しばりを利用して、大して強くないカードでも場を流していた」
「まあ、それが勝つためには必要なプレイングでしょ」
速水の丁寧な解説に、岡崎という若者は無愛想な相槌を打った。一方の速水は特に気にしている様子はない。心の広い人なのだと、改めてケンジは思った。
というのも、ケンジにとっての問題は、時間が飛ばされた事実についてなのだ。
「どれくらいやってました?」
「どれくらい? 十数分くらいじゃないかなー」
大人らしさなんて微塵も感じない緑川。
それだけの時間が一気にスキップされたのか? 一体どうやって?
先から不可解なことの連続で、ケンジは意味不明な気持ちばかりが募っていた。
俺は四人で大富豪をやることに関して、あまり乗り気じゃなかった。俺が自ら――あるいはそれを誰かが汲んで、俺の求めない時間を飛ばしたとしたら……?
一見すると筋が通っているようにも思える。しかし、そんな超能力なんて持っていない。誰かって誰だという疑問が残る。なんでそんな考えを起こしたのかも、ケンジにとっては理解できなかった。
「三戦全勝おめでとう。優勝は文句なしで君だよ」
ひとまず、速水を悪い気分にさせないように、ケンジは自分の頭を押さえて愛想よく取り繕った。
*
「高校生かあ。ちゃんと勉強はしている?」
「勉強? そんな何の得にもならないこと、する必要なんてないですよ」
兄は鼻で笑い飛ばす。
「そういう意見もあるのかな。部活は何をやっているんだい?」
「何も入っていないですけど。……あの、なんていいますか、初対面ですよね」
「うん。たまたまとなりの席だっただけだよ」
嬉々として語る白衣姿の男を前にして、少年の兄はどう気持ちを伝えればいいのかわからないようでいた。諦めたのか、適当にうなずく兄。その心情に、さすがに少年が気づくことはない。
「なんか暗いね。飛行機に乗るなんて、旅行が趣味でもない限り、そうそうできる経験じゃないんだよ」
そう言って、いま自分たちが、太平洋の上を飛行していることを熱弁してくる。兄は相手を悪い気分にさせないように、ただうなずくだけだった。
しかし一時、またも鼻で笑うと、
「ぼくは旅行目的じゃないんです。素直に楽しむなんてできませんよ……」
拗ねてしまう兄を受けて、急に神妙な面持ちになる白衣姿の男。
「ふむ、何か事情があるようだ……」
気取ったような独り言をしてくる。
兄はその様子を見て、一件落着できると思ったのか、腕を組み、頭を寝かせ、リラックスできる姿勢をして、寝ようとしていた。
そこで予想外の言葉が飛んでくる。
「悩みがあるようなら、俺でよければ相談に乗るよ」
悪く言うなら、それはフィクションの世界で飽きるほどに使われてきたセリフ。兄は初めに、この人は何を言っているんだろうと思ったに違いない。
「…………」
少年は、兄の心情の深いところで、新しい信念が生まれようとしていたことに、あとで気づく。
見覚えがある。ケンジは目の前のぬいぐるみを見て、そういう感想を抱いた。
そのぬいぐるみは、大富豪が終了したタイミングに飛ばされた時に、突如として出現した。
こぶりなイヌのぬいぐるみ。ケンジは別にぬいぐるみを持っているわけでもないのに、なぜかそのイヌの物体には見覚えがあった。
「これ、誰のものですか?」
ケンジがした質問に、全員が知らないと答える。
それに続けて速水が不思議そうに、
「……あれ、だな……。えっと、いきなり現れたっていうか。ゲームをやっている最中、気づかないうちにここに出現したみたいで……んー?」
自分の言っていることが支離滅裂だと思ったようで、途中から首をかしげる動作が加わっていった。
俺が時間を飛ばされたのとほぼ同時ってことか?
そこに何か深い意味があるような気がする。ケンジはこめかみに手を当てた。
「にしても、やけに長いですね、このドッキリ」
手持ち無沙汰で暇を持て余した緑川が天井を仰いだ。
「そうっすねー。緑川さんの言ったことが正しいんなら、そろそろネタばらしをしてもいいと思います」
岡崎が後押しする。
「多分これはドッキリなんてものじゃないと思うんです。もしかしたら、何かの犯罪に巻き込まれて、ぼくたちはここに閉じ込められたのかも」
「けどさっきそこの扉は開いたよね。今は開かないのかな?」
ケンジは首を振る。これが本当に犯罪だったとして、どうしても解せないことがあるからだ。チキンやトランプの出現、出た瞬間に戻ってしまう扉、飛ばされる時間、謎のぬいぐるみ、これらをどう説明すればよいのか。
この不快感を解消する方法は一つだけだ。
「出ましょうこの部屋から」
ついにケンジは行動に移す。
「そっかあ。まあたしかに、私だって予定があるし、これ以上ここに拘束されるのも困るしね」
「ようやくその気になったのか」
「あ、あー、じゃあ俺もそれで」
乗り遅れた岡崎が賛成する。
「それで、どうやって脱出するんだ?」
ケンジははめごろしの窓を示す。
「あの窓からです。扉は開かないし、外に出るための方法が他にない以上それしかないでしょう」
「破壊するのか?」
先ほどその案で渋っていたケンジであったが、もうそれ以外に道はないと考えていた。
「それはさすがにやりすぎじゃないですか」
すると急に大人らしい表情を見せる緑川。
「仕方ありません。ドッキリなんて言葉じゃ説明できないことが起きているんです。最悪の場合むこうからネタばらしをしてくるでしょう」
「うーん。そういうものかなー」
「俺はいいと思いますよそれで」
速水はもちろんのこと、とりあえず、緑川と岡崎も賛成ということでよさそうだった。
「よし、ならここから先は、俺たちにとって最悪のケースを想定して行動しよう」
ケンジを含む四人は瞬く間に神妙になった。
「さっきと同じようにケンジ君が机を台にして乗る。で……えーと、イスを使って窓を破壊する。あとは外に出て助けを呼んでくる。簡単だろ」
「仕事はぼくだけなんですね」
俺たちにとって、って言った割にはさ。
「いや、一緒に責任を背負うという役目を担うさ」
「物は言いようですね」
「君にそういう言い方をされるのは心外だな」
なんだか深い意味を込めていそうな言葉で一瞬とまどうケンジであったが、速水の表情が綻んでいることを確認すると、笑い返せる余裕が湧いた。
速水は机を一台移動させて、上に乗るように促した。
「さあ、行けっ!」
芝居じみた言い方をする速水。本当に自由なものである。
「はい。じゃ、行きますよ」
その掛け声を合図に、ケンジは先陣を切った。
直後に、効果音のように鋭く尖った、ガラスの砕け散る音が響く。緑川は女性らしく耳を押さえた。
もう、引き返すことはできないな。
「助けを呼んできます」
「いってらっしゃい」
「……うん」
「ケンジ君。頑張れよ」
ケンジは速水に頷き返し、窓の向こうに降り立った。灰色だらけの空間の――灰色の地面に、足がつく。
その瞬間、辺りは空間がねじれたように不可解な動きを見せ、あとには暗闇だけが残った。
*
「いじめられている?」
白衣姿の男は、その言葉を聞いた途端に笑い出した。
「あの、一般的に言うなら、これって笑い事じゃないと思うんですけど」
兄は予想外の反応をされてしまって、自分自身、どういう感情でいればいいかわからないようでいた。
「いじめ? お兄ちゃんは誰かにいじめられているの?」
「そういう言い方をされると、自分が卑屈に思えてくるからちょっと嫌かな」
「??」
「気にするなよ。お前の考えていることでほとんど合ってるから」
兄は少年の頭をポンポンと軽く叩いてから、包み込むように優しく撫でてくれる。
「いやーさ、フィクションの世界ならよくある設定なんだけど――」
「設定って……」
苦い顔する兄が少年の目に映る。
「まさか本当にそういう境遇に遭っている人がいるとは思わなくてさ。まあ、テレビとかでもそういうドキュメンタリーは見るけども。俺は今までなんの不自由もなく過ごしてきたからな」
男が言うまでもなく、それは彼の体装に表れていた。
「けどそうだな……。それは深刻な問題だな」
「ぼくはそこまで深刻だとは思っていませんけど、客観的に見るとやっぱりそうなんですかね」
細かい説明は省略しつつ、兄は現状を男に聞かせていった。その最中、男はさきほどと打って変わって真剣だった。同時に兄の表情にも翳りが見えていく。
最後まで聞いたところで男は問う。
「それで、君は何をしに北海道へ行くの?」
「…………」
「君は大人ぶるようなところがあるけれど、本質は意外とわかりやすい人間だ」
少年は二人の会話に聞き入っていた。
「君以外の家族にとっては、それはただの家族旅行かもしれない。けど、君にとっては違うだろう? その選択が正しいと思っているのか」
「なんのことですか」
「とぼけるなよ。そうやって誰も知らないところでいなくなって、みんなが喜ぶと思うのか」
「言っておきますけど、ぼくに友達なんていませんよ」
「けど家族はいる。弟君は最終的な結果を喜ぶかな」
話が自分に及んできて、少年は兄の様子を窺った。
それでも肩を叩いてくるだけで、大丈夫という念を送ってくる。
「君を大切に思う人だっているんだ。少なくとも俺は、その選択は間違っていると思う」
「わかったような言い方をしますね。出会ってから一時間しか経っていないのに」
「一時間あれば十分だよ。俺は物わかりがいい方だ。君の話してくれた内容はすべて理解しているつもりだよ」
少年の立場から見ても、二人のペースが食い違っているのは明らかだった。だからこそ、兄は打ちのめされているのだろう。
「本当はわかっているんだろう。な? ケンジ君」
ケンジは暗闇の中を走り彷徨っていた。前も右も左も後ろもそして上も、果てしなく闇が続く空間。しかし何故かケンジには、恐怖や不思議といった、並の人間なら抱いて当然の感情を持ち合わせていなかった。
ただこの空間を打開したいというだけの執念があった。
どこにある! 出口はどこにあるんだよ!
本心では叫んでいるつもりなのに、自分の声が耳に届いていない気がする。それがケンジの気持ちをかきたてる。
もう一キロメートルは走った気がする。それなのに、出口らしきものは一向に見つからない。一筋の光すら。
ここは一体どこなんだ?
その時、ケンジは初めて不安を感じた。底の見えない、一切の淀みのない暗闇に、飲まれようとしていたのだ。
俺は、どうしたらいいんだ? 早くしないと! あいつが待っているんだから!
そうしてケンジはハッとする。
また違和感を覚える。早くしないといけない。あいつが待っている。どうして自分がそんなことを思ったのか意味がわからなかった。
それから長い時間が経ち、ケンジは未だに暗闇を歩いていた。途中から体力もなくなり、もはや体勢を維持することも困難なくらいに疲労困憊だった。
ここにきてからどれくらい経ったのだろうか。もしかしたらもう一年が過ぎたのかもしれない。それとも実はたった一時間しか経過していないのかもしれない。今の時間を知るすべはなく、空腹や眠気を感じないせいで、正確な感覚が掴めないでいた。
ただ、疲労が募っていくのは変わらず、ケンジはとうとうその場に崩れた。
もう、ダメだ……。もう無理だ。
ケンジは自分の心が闇に浸食されようとしているのを感じた。けれどもそれで構わないと思った。
すると誰かの声が耳に届く。
ちゃん!
ずっと無音だった世界に、小さく響く子供の声。
聞き覚えがある……気がする。
その時のケンジの感覚は、完全な闇の中に一筋の光を見つけたようで――ケンジは倒れたまま顔を上げた。
そこには、今のケンジの気持ちと同じような光景が広がり、声は光の中から聞こえているようだった。
ケンジは声の主が知りたくなった。びくともしない体を両手の力だけで前へと運び、這いずりながらも、光の中の正体を確認しようとした。
お兄ちゃん!
ひときわ大きな声が響き、それと同時にケンジは眩い光に包まれた。
気がつくと、ケンジは最初の白い部屋に戻ってきていた。だが、本来ならここにいるはずの三人の姿はない。
そしてまたケンジは、そのことに関して特に何も感じなかった。
部屋の真ん中に置かれた机の上には、あのこぶりなイヌのぬいぐるみが、行儀よく座っている。ケンジは、声がここから聞こえている気がした。
「お前なのか?」
言った後で、自分の耳が正常に機能していることに気が付く。まるでさっきまでの闇の空間はウソの世界で、今いる白い部屋の空間こそが現実だと思えてしまった。
そんな考え方を否定するかのように、声がまた大きく叫んだ。
お兄ちゃん! ここだよ!
「やっぱり、お前なのか?」
叫び声がケンジの心を溶かしていく。それと同時に、頭の中の凝固した記憶を解放していく。
そうだ。
ケンジはついにすべてを悟った。
俺がいるべきところは、こんなところじゃない。俺の思う正しい選択は俺が決める。
「まずはここから早く出よう。で、とりあえず必死こいて頑張ろう」
俺を待っている人がいるのだから。
ケンジが天井を見上げると、それは煌々ときらめきだし、辺りは光に包まれた。
エピローグ
「お兄ちゃん? ねえ、お兄ちゃんが目を覚ました!」
ケンジが重い体を起こし上げてすぐに、弟のうるさい声が耳に届いた。
「おれがわかるお兄ちゃん?」
「ああ、ちゃんと聞こえたよ。ありがとうな」
ケンジは弟の頭をポンポンと軽く叩いてから、優しく撫でた。
自分の腹の上には、弟のお気に入りのイヌのぬいぐるみが置かれていた。
ケンジは段々と理解していく。病室のベッドで目を覚ましたこと。そして気を失う前の記憶のこと。それらが一つのことを物語っている。
「北海道に向かう途中に飛行機が墜落したんだ。原因はまだ解明中らしい。もう一週間も君は気を失っていたんだよ」
看護師から、大まかな説明を受ける。一週間。ケンジは闇の中を彷徨った苦痛の時間を思い出した。思えば、もしかしたらあの時に自分は、生死を彷徨っていたのかもしれない。
「これはね、お守りになると思って、おれがここに置いたんだー」
弟は、ケンジの前にぬいぐるみを掲げてくる。
つまり、あの時突然これが出現したのは、そういうことだったのかと、ケンジは勝手に納得した。
「うん。ホントにありがとう」
ケンジはもう一度弟の頭を撫でた。
「君が目を覚ましたことを伝えたら、両親が二人ともすぐに来るって言ってたよ。愛されてるんだな」
「そんなことないですよ」
ケンジは自分の命を救ってくれたであろう看護師にかしこまった。
「いやはや全くですよ」
聞き覚えのある声が、ベッドのカーテンの陰から近づいたかと思うと、声の主はカーテンを開けて顔を覗かせた。
「俺は三日で目を覚ましたんだぜ。ケンジ君の場合は二倍以上だ。情けないな」
相変わらず速水は白衣に身を包んでいた。
「けどよかったよ無事で。結構心配したんだからさ」
ポケットに手を入れて、いかにも研究者らしい生で立ちをする速水。様子を見る限りでは、速水はあの白い部屋での出来事を存じていないようだった。あの体験がケンジの頭の中だけで起きたことだったするならば、それは当然のことである。
ケンジは思う。
きっとあの白い部屋は、墜落事故に遭った人間が生死の分かれ目を決めるための世界で――だから摩訶不思議な現象ばかりが起きたのだろうと。その考え方は突拍子もないかもしれない。馬鹿げているかもしれない。
けれどもケンジは、今生きていることを大切にしようと思った。そして生きるきっかけを与えてくれた速水に感謝した。
「ぼく決めましたよ。今まで頑張っていなかった分、これからは、少し、努力っていうものをしてみようと思います」
「その意気だ。俺も今の研究を終わらせないとな。まずは体調を元に戻すところからだけど」
速水は頭を掻いて面倒くさそうな表情を見せた。しかしその本心はなんだか笑っていて、ワクワクしているようにも見えた。ケンジはつられて笑みをこぼした。
「なあケンジ君、のど渇いていないかい?」
「言われてみれば、一週間ずっと寝ていましたしね」
そう思ってのどの感覚を確かめてみると、急に飲み物が欲しくなってくる。
「おれもいっしょに行く!」
「いいよ、一緒に来い」
看護師に許可を得てから、三人は廊下に出た。
自動販売機の前では、見覚えのある二人が何やら言い合っていた。
「ちょっと岡崎君! 私が先に並んでいたんだけど!」
「悩んでる時間が長いんすよ。優柔不断って奴です。緑川さん、彼氏いないでしょ」
「年上にそういう言い方は失礼だと思う!」
男の方は頭に包帯を巻いていたが元気そうで、女の方も言い方は荒いが楽しそうだった。
感極まったのか弟が、気の早い質問をしてくる。
「お兄ちゃん。帰ったら何する?」
「……うーん。とりあえず、勉強かな」
あとがき
最後まで読んでくれた方はありがとう。
いきなりここを読んでいるあなたはUターンを。
とにもかくにも、この小説をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。文芸愛好会最後の年もどうにか最後まで書き終えることができました。
今回僕がテーマにしたのは不思議な話です。わかりやすいように表現すると、世にも奇妙な話。某ドラマで題材にされそうな内容で仕上げました。
雰囲気は遺憾なく伝えられたかと思います。
物語は、主人公の神居ケンジが、見覚えのない白い部屋で目覚めることから始まります。
主人公はここまで来た経緯を全く覚えておらず、部屋から出ることすらできないという事実に困惑。さらに不思議なことが積み重ねり、混乱が増すばかりといった話です。
それと並行して少年の視点で別の話が展開されます。一見すると、少年が北海道の旅行に発つという、変哲のない内容に思えます。
しかし、主人公と少年の視点は、話の最後で見事に交わり、二人は兄弟であると判明するのです。
その瞬間がこの物語の最高到達点ではないでしょうか。と言いましても、感の良い方ならば、早い段階で気づいたかもしれません。
しかしこの小説に関しましては、すべての伏線を回収するシステムを楽しんでいただければ幸いです。
僕は小説が大好きです。愛していると言っても過言ではありません。小説の中であれば、現実ではありえないことでも、容易に描けられるのが魅力なのです。
一般的な文章力と、ちょっとした閃きさえあれば、誰だってすぐに小説家になれると思います。
未熟者の僕ですが、この小説で少しでも面白いと思っていただければ嬉しい限りです。
将来僕が有名な小説家になり、あなたがその小説を読むような、そんな未来が訪れたとしたら、これほど滑稽なジョークはないでしょう。
最後の最後まで、お相手を有難う御座いました。
ホワイト・ルーム ALT_あると @kakiyomu429
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