ンーガの化粧
ヤミヲミルメ
ンーガの化粧
にごたん
<雨>【初めての化粧】【ジビエ】【日常】
昔々の話です。
どれくらい昔かというと、人がまだ素肌に毛皮を着て暮らしていた頃の話です。
岩壁に洞穴がたくさん並んだ集落に、ンーガという少年が住んでいました。
ンーガは石槍を携えて毎日のように狩りに出かけていきました。
だけど獲物が捕れたことはただの一度もありませんでした。
他の男の子たちはンーガを馬鹿にしました。
集落では、自分で狩った獲物を持ち帰った者だけが、一人前の男として認められます。
ンーガは集落で一番年上の子供で、しかも周りには年下の大人が何人も居ました。
ンーガはあせっていました。
ンーガは早く大人になって、ミーミと結婚したかったのです。
ミーミもンーガには早く大人になってほしいと思っていました。
今日も今日とて狩りに出かけようとするンーガを、ミーミが呼び止めました。
「あのね、ンーガ。ゆうべね、白い神様からお告げがあったの」
そう言うとミーミは、ンーガの顔に、墨で豹のような模様を描き始めました。
ンーガはくすぐったくて身もだえしました。
「動いちゃダメ。こするのもダメよ。これはね、ンーガの体に豹の力を宿らせるおまじないなの。これでンーガは豹のように立派なハンターになれるわ」
「本当に白い神様から教わったの?」
「ええ、本当に白い神様から教わったのよ」
ンーガたちは集落の長老から、世界には白い神様と黒い神様の二人が居ると聞かされていました。
白い神様は天の上に住んでいる良い神様で、黒い神様は地の底に住んでいる悪い神様です。
黒い神様のノロイはとっても危険なものですが、白い神様のおまじないなら安心です。
豹の模様を描かれたンーガは、意気揚々と出発しました。
これが人類にとって初めてのお化粧でした。
お化粧の効果なのでしょうか。
ンーガは鹿の群れを、相手に気づかれる前に発見し、足音を殺して不意を突き、狙いをつけた一頭を見事に仕留めることができました。
この獲物の肉を焼いて集落の皆に振舞えば、ンーガは晴れて大人の仲間入りです。
狩りの最中、ンーガはいつもよりも目が良く見えた気がしたし、いつもよりも素早く動けたような気がしました。
鹿を担いで集落へ帰る途中。
ンーガの頬に不意に水滴が当たりました。
ミーミにしてもらったお化粧がにじみます。
「天が泣いてる……」
この地方では滅多にない現象です。
天に住む白い神様が悲しくなるような何かが起きたのです。
ンーガの鼓動が早まります。
「集落で何か悪いことがあったんじゃ……!」
ンーガは走り出しました。
集落に着いた時には墨のお化粧は半分くらいしか残っていませんでした。
ンーガの声を聞きつけて、洞穴から次々と男たちが飛び出してきました。
男の人の方が足が速いのだから、男の人が先に来るのは当然です。
だけど女の人は誰一人として洞穴から出てきませんでした。
ンーガが理由を尋ねると、男たちは顔を曇らせました。
「女たちは皆、天の涙に触れるのを嫌がっているんだ」
「ミーミが黒い神から受けたお告げのせいだ」
「黒い神だって!? 白い神のお告げじゃなかったのか!?」
ンーガは鹿を放り出し、ミーミの家へと急ぎました。
黒い神に関われば、魂を奪われて化け物に変えられてしまう。
長老は以前、そう言っていました。
どうかウソであってくれ。
何もかもウソであってくれ。
ンーガはミーミの住む洞穴に飛び込みました。
そこでは女の子たちが集まって、まぶたや唇に、青や赤の木の実の汁を塗って遊んでいました。
にっこりと笑う真っ赤な唇は、ほっぺたを突き抜けて耳まで届きそうです。
真っ青なまぶたも、大きく塗りすぎて、目がどこにあるのか見失ってしまいそうです。
そんなお化粧の女の子が、洞穴いっぱいにズラリ。
中には目を赤く、唇を青く塗っている女の子もいました。
ミーミがンーガに駆け寄ります。
「ねえ、ンーガ。わたし、きれい?」
「う……うん……きれいだよ……」
おばけみたい、とは言えませんでした。
これが黒い神のノロイなのでしょうか。
その後、集落では特に悪いこともなく、黒い神もそんなに悪いやつじゃないんじゃないかなという話になっていきました。
集落ではンーガ以外の男たちも、狩りに行く時には豹の化粧をするようになりました。
集落の女たちにとっても、お化粧は日常になりました。
続けるうちに上手になって、ミーミのお化粧も、もうおばけみたいではありません。
ンーガとミーミの結婚式はもうすぐです。
ただ、天が涙を流す回数は、なんとなくですが、前より多くなったような気がします。
天の涙を見る度に、ンーガは考えてしまうのです。
白い神様はンーガたちに、素顔のままでいてほしかったんじゃないのかな、と。
ンーガの化粧 ヤミヲミルメ @yamiwomirume
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