リリス 2
昼御飯を一緒に食べ、リリスは別れ際にヴェルファリアの手を取った。
そして、その時の彼の顔を私は決して忘れないだろう。
とても驚いていた。こんな豆だらけの手で握られてびっくりしたのだろうか。
それと引き換え、彼の手は暖かく、何より綺麗だった。
自分とは大違いだと、リリスは感じていた。
玄関先でしばらくぼぅっと立っていると、父に
「どうしたんだい、リリス」
そう言われはっとした。
「あ、いえ。人間と握手だなんて。私もどうかしておりました」
「そうかい?どうだった、初めての人間は」
「強かったです」
素直にそう答えていた。ヴェルファリア、彼は一体何者だったのだろうか。
闇の魔術もあっさりと使いこなすし、何より他の属性も簡単に扱っていたし。
魔術はそんな簡単な物ではない、少なくとも自分にとっては。
だからこんな疑問が湧いてきていた。
「お父様、人間はあらゆる属性の魔術が簡単に使えたりするものなのですか?」
すると、父はどこか不思議そうな顔をし、こう答えてきた。
「どうだろうね、そんな人間見たこともないけれど。まさか彼がそうだったのかい?」
「はい、おそらくは。光の盾は何の魔術かわからなかったけど」
「───光の盾?」
そう言われ、首を傾げだす父。
が、しばらくして何か得心がいったのか。手を叩き、
「ああ、気にすることはないよ。今日のは相手が悪かっただけで通常の人間にそんな芸当出来ないよ。気にすることなく、リリスはリリスが出来ることを必死にやりなさい。そうだね、差し当たっては今日の彼に追いつく所から始めたらどうだい?」
「はい、そう致します」
父の言葉を信じて疑ったことのないリリスはいつも通りそう答えていた。
「うんうん、今日の出会いはリリスにとって大事な事だったみたいだね。何となく槍を振っていても分からないことだらけだろう。世の中には上には上がいるんだ。だからこそ日々の鍛錬は怠ってはいけないよ。武術も、魔術もね」
「はい、次こそはヴェルに勝ちます」
「おやおや、名前までしっかり覚えているんだね」
「決して忘れられない名前です。初めて心の底から負けたと思えた相手だから。勿論お父様以外ですけれど」
「そうかい?彼は、案外忘れちゃうかもな」
「えっ」
心の何処かで寂しい、と感じてしまっていた。
私、忘れられちゃうの?
「おやおや、そんな悲しい顔をして。それは人間、誰しも忘れるものだよ。たまに会いに行くことをおすすめするけれど、彼の家は知らないしなあ」
「そんな───」
「けど、リリスが忘れなければいずれ会うこともあるんじゃないかな。その時に思い出して貰えばいいんじゃないかな」
「ええ、そうですね」
「リリスは魔王軍に入りたかったんだよね。きっと彼もいずれ魔王軍に入ってくる事になるさ。そう、いずれにしてもね」
魔王軍、それはこの大陸で最強の軍。魔族にとってそこに入ることは栄誉あることだった。
だが、ヴェルファリア。彼にとってはどうだろうか。
「人間が魔王軍に入るとは思えませんが」
「いや、魔王軍には魔術師部隊もあるからね。人間にも入る余地はあるよ」
「そうですか」
それを聞いてどこか安心する自分がいた。
彼にも居場所があるんじゃないか、と。
「けれど、彼が魔術師部隊に入るとは考えづらいけれどね」
「えっ?」
「うん、魔術師ですって名乗るとはとても思えない。彼の父がそれを決して許さないだろうし」
「と、言うと」
「魔術師が魔術師と名乗るのは阿呆のやることと言うのがあの家の教えでね。おそらく今日も簡単な魔術しか操ってないはずだよ」
「ということは、本気じゃなかった?」
「いや、本気だったからこそ魔術を使ったんだと思う。本気じゃなければ魔術なしにリリスと戦っていたはずだ」
「そう、ですか」
「さ、玄関の扉を締めて入っておいで。名残惜しいのはわかるけれどね」
そう父に苦笑され我にかえる。
言われるまま玄関を締め、部屋に入った。
「後は、美しく着飾ることも忘れないように。女の子なのだからね」
「はい、お父様」
「彼は、なんて言ってたんだい?」
「綺麗、だと」
「そうか、それは良かったね。常に優雅に美しく戦えるよう鍛錬することだ」
「はい」
「料理はお母様に教えてもらいなさい。今日から女の嗜みも覚えていくことだね」
「え、けれどそんな物覚える必要は」
「いいのかい、彼を他の誰かに取られても」
「な、なんで!」
思わず食いついていた。
そうよ、他の誰かに取られるわけないじゃない。私が最初に目をつけたのよ!
「男は悲しいかな、すぐにあっちこっちにいく生き物なんだよ。それを繋ぎ止めるためには武術でも魔術でも駄目駄目だ」
「駄目なんですか」
「そう、そしてやっぱり胃袋を掴む所からはじめないとね。美しさはもう持っているから常に維持すること。それと合わせてやっぱり料理と裁縫だなあ」
「わ、わかりました。私頑張ります!ヴェルのためにやる!」
「いい子だねー。母さん、聞いたかい?リリスが料理も覚えるそうだよ」
奥にいる母の方に父が話しかけている。
奥から、あらあらそう、と答えが返ってきた。
「女の嗜みは母さんから聞きなさい。父さんは気になることがあるから少し訓練所にいくけれど」
「はい!お母様ー!」
そう言ってリリスは部屋の奥にいる母の元に走っていくのだった。
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