価値あるもの
伊和春賀
価値あるもの
「やったぞ。完成だ。」
博士は長年の研究をついに遂げたのであった。
「この装置さえあれば、私はたちまち金持ちになれることだろう。」
彼の机には、完成したばかりの装置が置かれている。
博士は喜びのあまり、鼻歌交じりに部屋を飛び回った。そして、すぐに思い立ったように部屋を出た。
それを窓の外から覗いていた男がいる。博士が研究を完成させそうだという噂を聞きつけ、数日前から狙っていた男だ。男は博士の研究が何であるか知らなかった。しかし、博士の喜びようから見て、よほど価値あるものに違いない、そう考えた。男は博士の部屋に忍び込むと、すかさずその装置を盗み出した。
「ちょろい仕事だな。」
男は鼻歌交じりに森の中に消えていった。
程なくして、男は盗んだ装置がどういうものだか知りたくなった。ふと、博士の部屋にあった説明書を思い出し、あれも盗めばよかったと後悔した。しかし、今戻れば博士に顔を見られてしまうかもしれない。だが、この装置がどういうものか知りたい……。
男は座り込むと、盗んだ装置をじっくりと観察した。そして男はボタンと、レンズを見つけた。
「カメラみたいな装置だな。」
男はそう思った。まさかとは思うが、本当にカメラなのではないだろうか。
「まあ、確かめてみよう。」
男は、足元に生えていたキノコにレンズを向け、ボタンを押した。紫色のレーザーがそのキノコ向かって一直線に放たれた。
するとどうだろう、何の変哲もないそのキノコが、とても高価なものであるように感じられるではないか。
男はすぐさま山を下り、なじみの質屋に駆け込んだ。そして、そのキノコを鑑定してくれと頼み込んだ。質屋の親父は、そのキノコを見るや否や、これにはとても価値がある、2万円で買い取ろうと言ったのだ。
結果、キノコは2万円で売れた。
程なくして、男は不思議に思った。あのキノコは山でよく見かけるキノコであるうえ、食用にも観賞用にもならない、何の変哲もないありふれたものである。それをなぜ価値あるものだと思ったのか。そして、質屋の親父はなぜそれを2万円の価値があるものと判断したのか。
まさか、この装置の作用か。男はそう思った。男は次に、その装置を道端に落ちていた小石に発射した。そして、再び、質屋に駆け込んだ。
小石は4万円で売れた。
男は確信した。この装置は物の値段を高めるのだと。K博士が金持ちになれると言っていたのもそのためだろう。これを使えば一儲けができる。男は舌なめずりをした。
翌日、都会の道端で、ある商売が始まった。何のことはない、男が道端で拾った石を売っているだけである。誰もが珍奇に思うこの光景は、盗んだ装置のおかげで大変な繁盛を見せていた。
10万円、20万円、30万円、時には100万円。男の売る石は飛ぶように売れた。彼は瞬く間に金持ちになった。
男は外車を乗り回し、高級レストランで食事をし、美女たちをはべらせていた。
金がなくなれば、小石を拾い、装置を使って、売りさばく。その繰り返しであった。
男の財布の底が見えることは決してなかった。
ある日、男が女と遊んでいると、その女が彼の持っているあの装置を見つけた。
「これはなあに?」
「これかい? 仕事道具さ。」
「どうやって使うのかしら?」
「悪戯するなよお。」
「触るだけ。あら。」
女はほんの冗談のつもりで装置をいじったつもりだったが、装置が作動し、レーザーが男に当たってしまった。男はレーザーに当たったことを気にも留めていなかった。酔っていたせいもあるかもしれない。しかし、女の反応がだんだんおかしくなっていくのに気付いた。
「どうしたんだ、君。」
「なんだか私、あなたが欲しくなってきたわ。」
「なんだ、そういうことか。俺はもう君の物さ。」
男は女にキスをした。そのとき、男は気付いた。周りの視線がやたらと自分に向けられていることを。すべての視線が自分に集まっている。その視線はじりじりと距離を詰めてくる。逃げる隙も無く、男はすっかり囲まれてしまった。
次の瞬間、男は四方から一斉に掴まれ、引っ張られた。
「これは俺のものだ!」
「いや、私のものよ!」
「僕のだ!」
その声は次第に増えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
市内のある博物館には世にも珍しい標本が展示されている。世界中どこを探しても、またとない標本だ。
この標本が一般公開されたのは先日のことであり、それまでは厳重な管理のもと、博物館の奥深くに眠っていた。
そんな珍しい標本の公開ということで、人々は連日、その博物館に長蛇の列を作っている。
そして標本を見た人々は必ずこう口にするのだった。
「これはとても価値あるものに違いない」と。
その標本は、人間の頭のようにも見える。
価値あるもの 伊和春賀 @hanatoiwa
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