track last-バイバイ

目が覚める、辺りを見渡すと、全ての時が止まったような場所に居た。

俺の意識が途切れる直前に見た「しゅうまつ」が、そのまま全てそこに固定されているかのような景色が広がっている、まるで俺だけが、終わる直前の世界に閉じ込められたかのようだ。


「目が覚めたみたいだな」


声のする方を見る、屋上の柵にもたれかかり、ボーッと空を見上げるハチさんの姿が見えた、しかし何か様子が違う。


「誰……ですか……?」

「あぁ? お前コイツの知り合いじゃなかったっけ?」

「じゃなくて、あなたハチさんじゃないですよね」


俺の言葉に、声の主がハァーっとため息をついた。


「やっぱイレギュラーは面倒だわ、そうさ、俺はこの男じゃない、ちょいと姿を借りただけさ」

「だから、誰なんですか」

「何者か問いかけているのか名前を問いかけているのかによって答えは変わる、後者ならそんなものはない……まぁ名前が無いと君らにとっては不便だろう、そうだな……リンネとでも呼んでくれ」


リンネと名乗った男はそう言って立ち上がり伸びをした、静止した世界をグルリと見渡した彼は、1人で語り始めた。


「世界は今まさに終わろうとしている、この男が無茶ぶっこいて世界まるごと異能で囲っちまったもんだから人々の営みが途絶えるはずの世界と誰も死なない世界が鬩ぎ合って、こうして止まった世界が生まれた、俺でも予想し得なかった世界だ」


空間にビシビシとヒビが入る、今にも再び落下を始めそうな隕石が、そらで怪しく輝いている。


「お前、この世界で言う異能が一体なんなのか、ちゃんと知っているか」


未知のチカラすぎて何も分からない、そもそも人々が異能に目覚め始めた理由もよく分かっていない、少し前までは有り得ない世界だったんだ。


「お前らの世界とは違う次元に俺たちは住んでいた、俺はその世界の門番ってやつだ、だがいつからか、こっちの世界に抜け出す輩が現れ始めてな、だが向こうの世界は案外デリケートなもので、均衡が崩れた俺たちの世界はバラバラになり、行き場を失った俺たちがこの世界の人間を宿主とした結果生まれたのが異能ってやつだ」


リンネはそう言って屋上からその外側へと歩きだした、見えない床でもあるかのように、彼は宙を歩き続けた。


「まったく、門番失格だ」


空っぽの街を見下ろし、リンネがぼそりと呟いた。

世界が終わるっていうのに、不気味なほど静かだ、時が止まっているから当然といえば当然なのだが、それにしても人が居なさすぎた。


「そんな異能にも、2つのイレギュラーが現れた、まず、異能じゃなく俺の眼そのものの力を手にいれたお前と、さらに別の何かが介在した、そこのお前」


リンネが語尾を強くする、物陰から現れたのはナユタンさんだった。


「惑星を渡ってきた僕が言えた話じゃないけど、にわかには信じ難い話ですね」

「今この世界の人々の異能は全て俺の元に還ってきている、新たな世界を構築してそこに住むのは門番の俺を通さなければいけないんだ、だが、俺はまだ全ての力を取り戻してはいない」


なるほど、異能を見分けるこの力を返してくれということか。


「理解が早くて助かる、そこの異星人も、その異能たちを解き放ってやってくれないか」


ナユタンさんが「仕方ない」と言って頷く、彼の中から小さな光がいくつか飛び出し、宙へと消えた。


「俺たちのせいで世界をメチャクチャにしてしまった事は詫びる、なんなら、今戻ってきている全てのチカラを使って、君の望む世界をもう一度作ってもいい」


俺の中にあった何かがストンと抜け落ちる感覚と共に、リンネの眼に光が灯った。


「だったら、異能のない元の世界を」


いつしか日常となってしまっていた、この異能に溢れた世界がこうして終わりを迎えるなら、終わりを迎えない世界をもう一度生きたい。


「その程度でいいんだな、それなら──」


* * * * *


『おい後藤、いつまで寝てやがんだ』


桐島が電話越しに話す声が聞こえる、辺りを見渡すと、いつか壊された記憶のある懐かしの我が家の景色が広がっていた。


「ごめん、なんか長い夢を見てたみたいだ」

『何言ってんだよ、早くドア開けてくれ、鍵が無えんだ』


本当に夢だったのだろうか、俺は薄れて行く壮絶な記憶を頭の中で一生懸命再生しようとする、しかし全ては無かったことかのように、静かに霧散していく。


ピーンポーン、痺れを切らした桐島がチャイムを鳴らす、何度も何度も。


「はいはい、ちょっと待ってろ」


俺はそう玄関に向けて叫び、薄れる記憶へと別れを告げた。


* * * * *


「みんな力を使わないのどうして……」


商業ビルの屋上に立ち、風に吹かれる男の隣に居る少女に抱えられたぬいぐるみのような生き物が喋った、抱えた剃刀はギラギラと太陽の光を反射している。


「そういう世界になったからさ」

「僕たちが消えないのどうして……」

「見届ける必要があるから」


男はぼんやりといつも通りの街を見下ろし、ため息をついた。


「ささくれ君、君はどうしていつも「世界を終わらせる」なんて業を1人で背負おうとするんだ……」


男の言葉を聞き、雲形定規のような髪飾りをつけた少女が無言で男を見上げた。


「打ち切りは3回まで、もうこの世界はやり直しが効かない、君に託して良かったよ、バックフジ君」


身体が次第に薄くなり始めた少女は、悲しそうな表情を見せた。


「そんな顔するなって、形を失っても君は僕の大切な曲達の1つだ」


キラキラとした粒子になって消えた少女を見届けた男は、その場に座り込んで空を見上げた。


「お別れだ、僕たちの大切な異能も、僕たちが護ろうとした世界も、一緒に戦った人たちも、みんな──」


新しい世界で生きていくんだ。

電話が鳴る、ささくれ君だ、新しい世界でも相変わらずのようだ。


「バイバイ」


男は、長かった戦いに別れを告げる言葉を、静かに発した。


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ピノキオピー

異能

7-週刊少年バイバイ:誰かの筋書きを無理やり打ち切り、新たな世界へと繋げる異能、3回までしか使えない。

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