secret track-忘れるヒーロー、忘れない少女
最近、あちこちのクリエイターが「異能」とかいう妙なチカラに目覚めているらしい。
私はどちらかというとその「異能」に目覚める可能性のある側の人間のはずなのだけど、一向にそのようなチカラに目覚めた感覚は無い。
期待していたチカラは目覚めず、私はいつも通りを過ごしていた。
「日向先生、行方不明らしいよ」
「最近話題のイノウってやつ? こわーい」
今日も飛び交う噂を私はくだらないと聞き流す、あんなヘンな先生に異能が目覚めるわけがないと鼻で笑った。
「洋菓子処 猪鹿蝶、新装開店……どう見ても和菓子屋じゃない」
届いたメルマガに目を通しながら1人でツッコミを入れる、帰りに寄ってみるのもいいかもしれない。
「……なにこれ」
見覚えのない送り主からのメールだった、開いてみると、どこか見覚えのある文章が表示された。
「
チャイムが鳴り、急いでケータイを閉じる、またつまらない1日が始まった。
* * * * *
「どこよ猪鹿蝶、地図も見辛いし……」
放課後、ケータイの画面とにらめっこしながら街を歩く。
甘いものが大好きな私にとって洋菓子屋が近くにできるというのは見逃せないイベントだった。
ドカンと音がして近くのビジネスビルのエントランスのガラスが纏めて吹き飛ぶ、何事かとそちらを見た私めがけて、土煙の中から何かが飛び出してきた。
「動くな! こいつがどうなってもいいのか!?」
後ろからガッシリと掴まれ、首に鋭い何かを押し当てられる、すぐに悟った、私は人質というやつになったのだと。
「異能がなんだってんだ、望んで手に入れたチカラじゃないのに、なんでみんな気味悪がるんだ! 俺が何したってんだ!」
男の叫びが破壊されたエントランスへと向けられる、晴れた土煙の奥ではオロオロする大人たちがこちらを見ていた。
「俺をその妙な研究所に突き出すってんなら、そうなるぐらいなら、俺だって抵抗するぞ!」
首に当てられた鋭い何かの先から雫が滴る、私の血だ、痛い、痛い、助けて──
ドゴっと鈍い音を立て、男がうめき声を上げる、間髪入れずに私から男が離れ、遥か前方へとその男が飛んでいくのが見えた。
「女の子傷付けるなんて、たいしたゲス野郎だな」
振り向くと、長い前髪の下で隈のできた目を光らせる男が立っているのが見えた、片手に持った金属バットを肩に担ぎ、彼は私の隣を通り過ぎて行った。
「嬢ちゃん、少し遅れて申し訳なかったな」
あれは異能だ、私は直感でそう思った、私も異能に目覚めたら、こうして誰かを助けたい、そう心に決めた瞬間だった。
* * * * *
「はぁー、よく寝た」
ソファーの上で目を覚ます、なんだかすごく懐かしい夢を見ていた気分だ。
「もう昼だぞ」
コーヒーを飲みながらテレビを眺めるハチさんが言った、今日は特に何も起こっていないようだ。
「ねぇ、ハチさんが私のこと初めて助けた時のこと覚えてる?」
「コンビニ前で腹空かせてブッ倒れてた時のことか?」
「……んー、まぁそれでいいや」
「なんだよそれでいいやって」
私はソファから降り、外出の支度を始めた。
「ちょっと猪鹿蝶行ってきまーす」
「またマカロンか」
呆れる私のヒーローの言葉を背に、私は今日も出かけるのだった。
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