track 25-号哭 対 幸福

「近いうち、うたたP一派に大きな動きがあるらしい、どうやらあの研究所を潰したことによって彼らの障害が無くなったようだ」


ATOLSさんが横から書類を置きながら話に加わる、隣にはナブナさんも居る。


「君のお友達からのリークだよ、危ないから撤退するようにKulfiQ君からも指事が出た、奴ら本気だね」

「あの場に居たメンバーで今起きているのはバックフジ君と俺と40君と、ナユタン君とNeru少年、ささくれさんたちはwowakaさんのあの謎の異能の音をまともに浴びて完全に眠り込んでいる、俺たちがこうして早々と目覚められたのは40君のキリトリセンで早めに離脱できたからで、ナユタン君とNeru少年はあのオブジェクトが現れた瞬間にナユタン君のワープで逃げたから平気だったらしい、俺たちをここまで連れて来たのは彼らだ」


DECOさんがざっと説明をする、横からATOLSさんが「今はトーマ君と一緒にお買い物だよー」と補足した。


「で、なんで誰が起きているかとかそういう説明が必要だったかというとね、みんなが眠り込んでる時に敵襲があった時、どういう対応をするかって話をするためなんだ」


敵襲、またこの拠点が襲われるかもしれないって事か──


「──なんて、思ってるんだろう? 可能性の話じゃないんだよこれが」


ATOLSさんが俺の思考を一字一句違わずに言い当てる、掴み所のない男だ。


「あのガキから手紙が来たんだよ、俺宛に、この拠点の郵便受けにな」


『幸福安心委員会』と書かれた封筒をヒラヒラと振るナブナさんが苛立った声を上げた。


「手紙には、彼ら幸福安心委員会に協力するようにとの要請、要請に応じなければ敵とみなし、粛清対象とするとの声明が書かれているらしい、君のご友人からのリークを交えて考えると、味方以外を全て殺すぐらいの勢いなんだと思う、消印の無い手紙を投函してるぐらいなんだ、この場所も割れてるだろうし正直Neru君たちの買い物も心配でしょうがない」


ピーンポーン、チャイムが鳴る、嫌な予感で冷や汗が頰を伝った。


「作戦会議の時間すら与えてくれねえのか」


DECOさんが咄嗟にテレビを点ける、火の海と化した街の様子が映し出されているのがすぐに目に飛び込んで来た。


「来客ですよ、すぐにお迎えしてくれないと」


いつの間にか後ろに立っていた男がにこやかに笑う、涼しげな格好をした青年だ、全員距離を取ろうと動き出そうとするが一歩遅かった、男は静かに、といったジェスチャーをしてみせて指を鳴らした。


「『独りんぼエンヴィー』」


窓を閉め切ったはずの部屋を風が吹き抜ける、辺りは部屋だったはずなのに、今いるこの場所は既に見知らぬ街角だった。


「かくれんぼは得意なんですよ」


どこからか声が聞こえる、当の本人は夕焼けに染まる景色に溶けるように消えてしまっていた。


「困ったな、戦いはあまり得意じゃないのに」


ATOLSさんがため息をついた。


* * * * *


そんなまさか、俺が最初に抱いた感想はそれだった。


「皆さん、こんにちは」


人で溢れた交差点に響く少年の声、声のする方を見上げると、中学生ぐらいの少年が商業ビルの屋上に立っているのが見えた、話には聞いていた、けどそんなすぐに遭遇するとは思っていなかった。


「こちら、幸福安心委員会です。 皆様、幸福ですか?」


拡声器を使ったように通る声で少年は続ける、人々が少年の姿を見つけて指差したり写真を撮ったりしはじめた。


「Neru君、異能を使って、とにかく注目を集めれればなんでもいい」


トーマさんが俺に耳打ちをする、俺は彼の意図を汲んで『ガラクタ・パレード』を使いひたすら大きな音を出した。


「『マダラカルト』」

「『ハウトゥー世界征服』」


群衆の視線が集まると同時に異能を発動する、その場の「中心」が、うたたPから俺たちに移る、すかさず俺とトーマさんは次の言葉を叫んだ。


「「ここは危険だ! 今すぐに逃げろ!」」


周囲が一瞬で静まり返る、次の瞬間人々は一斉に走り出した。

人波に揉まれながらナユタンさんが俺とトーマさんの袖を掴む、人混み特有の圧縮感がフワリと消え、風通しのいい場所へとワープした。


「君たちみたいな人間に護ってもらえるなんて、彼らは幸福だね、そうは思わない?」


うたたPの声がする、ここは先ほどの商業ビルの屋上だろうか、人が散り散りになっていく交差点を見下ろすうたたPは非常に気分が悪いといった表情をしていた。


「ここだけ護っても、他はどうするつもり? 例えばさ、そこのビルの中にいる人とか」


轟音と共に後ろの建物の一角が爆ぜる、咄嗟にふり向こうとするが、トーマさんに小声で制された。


「焦るな、ナユタン君がすぐに姿を消した意味を考えるんだ、それに今ヤツから目を離すのは危険だ」


少年は気味の悪い笑みを浮かべて両手を広げてこちらを向いた。


「人間は幸福のためなら何でもする、僕はその手助けをしているだけだ、今の爆発だって、そんな幸福のための足がかりなのさ」


『ロストワンの号哭』で刀を創り、その場で構える、このまま好き勝手されたらどうなるかは簡単に想像できた。


「そこを動くな、今からそっちにお前を斬りに行く」

「落ち着くだNeru君、相手の手の内を知らないまま迂闊に近付くのはまずい」


少年の方へ、一歩踏み出す、少年の笑みは更に歪んだ。


「ホップ、ステップ──」


足元からいくつもの巨大な棘が出現し、身体を貫く、鮮血が辺りに散り、力が抜けた手から刀が滑り落ちた。


「はい即死」


* * * * *


「1人じゃなきゃ使えない異能があったとはいえ、1人でここに乗り込んできたのは間違いだったみたいだね」


『常世』を使い目の前の相手の『独りんぼエンヴィー』を一瞬で破ったATOLSさんが、目の前に転がる男を見下ろして言った。


「さぁ、君のお仲間はあとどれぐらい来ている?」

「何の事やら」


男が呻きながら言う、異能を破られた瞬間に圧縮された『ウミユリ海底譚』の塊を腹に叩き込まれたんだから、そりゃあ動けないだろうなと思いながら遠巻きに見ていた。


「3人、とりあえずそれだけは見つけたよ」


階段の上からいつの間にかこちらを眺めていたくらげPがケータイを触りながら言った。


「密告完了、これで君の仲間は3人戦闘不能だ」


パチンとケータイを閉じ立ち上がったくらげPは楽しそうに言った。


「ATOLSさんもくらげさんも、容赦ないね……」


40mPが苦々しく笑った、絶望の表情でくらげPを見上げた男はそのまま項垂れ、深く息を吐いた。


「よく見たらそこの部屋、電気が切れてるみたいだな」


男はゆっくりと言う、あまりにも唐突な話に、ナブナさんを除いた全員が困惑の表情を浮かべた。


「まずい、アイツも来てたか!」


『不完全な処遇』


真っ暗な部屋から影が飛び出し、ナブナさんに食らいつく、ナブナさんはまるで時間が止められたかのようにまったく動かなくなってしまった。


「クソ、またアイツか! あの影に噛まれるとしばらく身動きが取れなくなる、気を付けろ!」


DECOさんが注意を促す、しかし影の攻撃は止まない、影から影へと飛んでは攻撃を仕掛けてくる、異能を使っている本人を探すが、真っ暗な部屋の奥に潜まれているとしたらどこから影の攻撃が飛んでくるか分からない中に突っ込む必要がある。


『Happy Halloween』


部屋の中に巨大なジャックオランタンが出現し、部屋を明るく照らす、いつの間にかJunkyさんがそこに立っていて、部屋の奥にいた男と対峙していた。


「わざわざ姿を見せるなんて、攻撃してくれって言ってるようなものだ」

「いいや、僕がやることはコレだけで充分だよ」


『キメラ』


ATOLSさんが異能を使う、様々な動物が混ざり合ったような生物が「影」を操っていた男へと食らいついた。


「隠れるのはもうおしまいだ」


Junkyさんが言う目の前で『キメラ』に睡眠剤を打ち込まれた男はドサリと倒れ、眠りについた。


* * * * *

電ポルP

「独りんぼエンヴィー」などでヒットしているボカロP、本編中では描写外で負けた可哀想な役回りになってしまった。 (申し訳ない by筆者)

異能

1.独りんぼエンヴィー:周囲を夕暮れ前ぐらいの街角に作り変え、そこに相手を幽閉する異能、幽閉された相手が異能者本人を見つけ出すことで抜け出すことができるが、その間にも「ひろくん」と「はるちゃん」が全力で邪魔をしにくる。 味方が居ない状況(独り)じゃないと発動できない。


Neru

異能

4-ハウトゥー世界征服:周囲に自分が言ったことを信じ込ませる異能、場合によっては言ったことをそのまま幻覚として見せることも可能。 命令口調にすればある程度の人までは行動まで操ることができる。


トーマ

異能

4-マダラカルト:自分を目視した相手の中に、自分が絶対の存在であることを刷り込む異能、ただし抗うか従うかは相手次第。


ATOLS

異能

2-常世:固有結界を有する異能から抜け出す異能、1人までなら一緒に連れ出せる。


3-キメラ:さまざまな動物を組み合わせた生物を召喚する異能、生物の毒などをうまく混ぜ合わせて好きな効能の毒を生成することも可能。

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