track 19-敵と嘘と虎と
騒動から数日、疲れを癒したハチさん一行と桐島は、この拠点を出ていくことになった、ハチさんたちは「自分らの隠れ家の方が落ち着く」から、桐島は「新たななりすましの相手が見つかったと連絡が入ったから」とそれぞれ理由を述べて別れを告げる、その際、クルフィさんが無線越しに「政府の連中、異能キャンセラーの他にも色々厄介な研究を進めてるみたい、報道規制も敷いて指向性大出力スピーカーで異能キャンセラーの効果をあちこちに飛ばしたりしてるし、私たちの行動範囲はこれからどんどん狭くなるかもね」と言う、ささくれさんはそれに対して「本気出してきたね、じん君を奪われた過激派の彼らも大きく動くんじゃないかな、危ないと思ったら迷わず逃げるんだよ」と桐島に念押しした。
「それにしても、なんで異能対策部隊の人たちは僕らを無視してじんさんを取り押さえに行ったんでしょうね」
玄関から食堂に戻る最中、40mPが疑問を口にした。
「おそらく彼の異能の『人造エネミー』のせいだよ、あの異能はちょっと特殊でね、多分異能キャンセラーも効かないんじゃないかな」
「特殊?」
「あの異能は異能を持っていない人間から勝手に
なるほど、だからあの場で「異能者を捕らえようとしていた人たち全員」がじんさんの方へと向かっていったワケだ。
「ささくれさん、詳しいんですね」
「彼が異能を発現したばかりの時、派手に暴走しちゃってね、その時DECO君と一緒に巻き込まれちゃったんだよね」
ふと口を挟んだ俺に対して、ささくれさんは笑いかけた。
* * * * *
秋も終わりかけてるというのに、辺りには真夏並みの暑さが立ち込める。
まっすぐに伸びた道路の向こうには熱気のあまり空気がぼんやりと揺らいでいた。
「陽炎が出てるよ、上手く捕まっちゃったみたいだね」
「今日は週末じゃないからささくれさんにも対処できないか」
金属音と共に、空を切る音が響く、数瞬遅れて少し離れた位置に真ん中から曲げられた一本の鉄パイプが突き刺さった。
「おお怖い、ささくれさんの虎、結構俊敏なんすね」
DECO君が僕の背後で唸る虎を見て言った。
「まだ来るよ、油断しないで」
「してませんよ」
さらに降り注ぐ鉄パイプの一部を、僕の『タイガーランペイジ』が弾き飛ばす、僕の虎が庇いきれなかった分がDECO君を襲おうとするが、彼は一切傷を負わずにその場に立って居た。
「殺傷能力を持つものを弾く盾だけで2万円か」
彼が手に持っている1万円札2枚が隅の方からチリチリと灰になって崩れていく、お金と引き換えに様々な妄想を具現化する『妄想税』の影響だ。
「クソッ! 撃て!」
声がして、目の前の交差点を武装した数名の男たちが飛び出してきた。
タタタと銃声が響くが、彼らは見当違いな方向に銃を乱射しているため、何も起こらず、彼らは変わらずに何かに怯えている。
「危ない!」
彼らに大きなトラックが向かっていくのが見える、DECO君が隣で『妄想税』を使い、使い捨ての弾丸を発射した。
ドガンと轟音を立ててトラックの側面が大きく凹み、ワンテンポ遅れてそれが吹き飛ばされる、こちらに気付いた男たちが大急ぎでこちらへと駆けてきた。
「異能者か! おい、同じ異能者ならアイツをどうにかしろ!」
「待てよ、礼をしてほしくて助けたワケじゃないが命の恩人にそんな態度かよ」
武装集団の態度に憤るDECO君、しかしそんな彼を無視して男たちは揃って小さく悲鳴を挙げた。
「来やがった……」
男たちの視線の先を見ると、1人の男がフラリフラリと歩いて来るのが確認できた、頭を抱えて呻き声を挙げている、肩からはダラダラと血を流している。
ガチャリと音を立てて銃を構える男たち、それを見たDECO君が素早く異能を発動して止めた。
「助かりたかったら、大人しくしてろ」
彼の周囲に浮遊するハサミと赤い水滴、既に『モザイクロール』で切りつけた後のようで、彼の声を聞いた連中の目は虚ろになっていた。
「男相手に使うの気持ち悪いんだよ、とんだ災難だ」
腕や手の甲に傷を負った武装兵数名はフラフラと後ずさり、その場に立ち尽くした。
「じんさん、ですよね? 彼らはDECO君が止めました、あなたも手当てが必要みたいですし、そろそろこの異能を止めてくれませんか?」
「うるさい……俺は平和に生きてた、ただそれだけだったのに、いきなり撃ったのはソイツらだ」
僕が声をかけるも、じんさんは定まらない視線の中で僕らの後方を見つめていた。
「平和を取り戻すんだ、俺を攻撃する奴は、全員、潰す」
高いノイズが響き、彼の瞳に紫の光が灯った。
「話の通じる相手じゃなさそうってとこか……残念ながら……『じんさんのお探しの相手はここには居ない』ぞ」
DECO君の言葉と共に、彼の手に一本のバールのようなものが握られ、周囲の空間がテクスチャバグのように赤く染まり始めた。
「俺に武器を向けるのか……だったらお前らも……敵だ……!」
バチバチと音がして、頭上に数百の鉄パイプが現れる。
僕は咄嗟に『アンチグラビティーズ』を使い武装兵たちを浮かせ、その場を離脱した。
落下を始める鉄パイプに向けて、DECO君が手持ちの武器を振るう、轟音と共に無数の鉄パイプが空高くに跳ね返され、そのうちのいくつかは空中に浮いてたハート形のオブジェを貫いて破裂させていた。
「そいつらを寄越せ」
突如目の前に現れるじんさん、そうか、周囲の景色に溶け込んでいたのか、だとしたらあの曲の──
思考を巡らせる間も無く、彼の背後から巨大な蔓が飛び出す、フッと彼の瞳の色が陰った瞬間、僕は危険を感じて目を瞑った。
ドカッと音がして目の前に誰かが着地する音がする、目を開けるとDECO君が片腕を目の前に翳しながら僕の前に立っていた。
「想像フォレストだね、厄介だ」
「目を見ても石になんかならない、ならない」
嘘と本音が曖昧にされてしまう世界で、嘘を並べて異能の無効化を図るDECO君、それに構わず、じんさんは次の攻撃を仕掛ける。
周囲に一斉に生えてくる木、蔦が足に巻きつこうとするのを僕の背後に待機していた虎が断ち切ってくれているが、武装兵の分までが間に合わない。
DECO君はその武器で一気になぎ払おうと試みているようだが、振りかぶると蔦が邪魔をしてくるため上手くいかないようだ。
「振りかぶらなければいいんだ……ろっ!」
僕らを包み込もうとする木や植物の表面にバールのようなものの先端を食い込ませ一気に引き剥がすように横に振る、突風のような衝撃と共に、彼の側方にトンネルのような穴が空いた。
「僕が行きます、ささくれさんはソイツらを護ってください!」
そう言ってDECO君は修復が始まった穴へと飛び出していく、僕の背後で奮闘していた虎が尻尾を使い蔦の攻撃から僕を避けさせた。
「僕は大丈夫だから、彼らを護ってくれ」
月が出ていない今、制御こそできるが、タイガーランペイジの馬力やスピードは数段落ちている、相手の異能が植物を使う異能なら、僕の異能にとっておきのがあるのを思い出した。
僕は、むき出しになったアスファルトを見つけると、そっとナイフを取り出して、一呼吸した。
─────────────────────────
じん
異能
3-人造エネミー:異能を持たない人間に無意識のうちに敵として認識されてしまう異能、本人の意思に関係なく常に発動し続け、異能以外の方法で止めることは今の所不可能。
4-メカクシコード:自分の姿を完全に周囲に溶け込ませる異能、発動すると瞳が紫色に光る。
5-想像フォレスト:目を合わせた相手を石にする(=神経を硬直させ動けなくする)異能。 発動中は対象と異能者にのみ視認でき、触れられる植物を自在に操る事ができる。 発動すると瞳が薄いピンク色に光る。
補足-じんが保有する瞳の色に影響を及ぼす異能は、同時に2つまでしか使用できない。
DECO*27
異能
3-妄想税:発動時に具現化したい妄想を強くイメージし、妄想の内容によって異なる金額の『妄想税』を消費する事によってその妄想を具現化する異能。 実際の通貨を使わないと発動せず、使われた通貨は灰のようになって崩れ去る。
4-モザイクロール:周囲に無数の刃物を展開、傷つけた相手の傷口から相手を一種の洗脳状態にする、傷口の血が止まると相手の洗脳が解ける。 刃物はハサミの形状で出現する事が多い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます