Disk2-犠牲と幸福

track 11-密告

「異能酔いだよ、異能を使いすぎてキャパオーバーすると三半規管を中心とした諸々の器官が異能に適応しきれなくなって酷い乗り物酔いのような状態になるんだ」


拠点に連れ戻された俺は、医務室に連れて来られ、そこで待機していた痩せた男に説明を受けていた。


「君みたいな無名のPがキャパオーバーするほど強力な異能なんて使えないはずだよね、もしかして連発しすぎとか?」


ペンライトをこちらに向けて目を覗き込む男、眩しい光の向こうからゲッソリとした顔が険しい表情を浮かべた。


「なるほどねぇ、本当に異能者だ」

「異能者の瞳孔に強い光を当てるとな、独特の線が浮かび上がるんだよ、ATOLSさんが発見したんだ、俺たちはそれを異能線と呼んでる」


部屋の扉の前に立っていたDECOさんが説明を入れてきた。


『マカロン』


ペンライトをしまった男が宙空からマカロンを取り出す、パステルピンクのマカロンだ。


「このマカロンはあらゆる病気や体調不良を改善してしまう、異能酔いぐらいならたちどころに治してしまう」


さらに無数のマカロンを取り出す、空中からいくつものマカロンが、次々と、次々と、男がサッと構えた皿から溢れるほどに溢れてきた。


「ただこのマカロン、どうも効き目が薄くてね」


男はニヤリと笑った、痩せた男の笑みは、普段見たらきっと爽やかなモノなのだろうけど、状況が状況だ、どうも禍々しい笑みにしか見えなかった。


「たっぷり食べてもらうよ、マカロン」


* * * * *


「ATOLSくんに悪気は無いんだ、異能酔いは治まったんでしょ?」

「しばらくマカロンは見たくないですけどね……」


廊下を歩きながらささくれPと話す、甘さの暴力というのはこのことだろうか、甘いものは嫌いじゃないがあれだけの量を口に次々と詰め込まれたら流石にキツい、確かに異能酔いも治まったし、なんなら逃げる時に捻った足首の痛みも引いてる、確かに凄いのだが今後は普通の治療をしてほしい。


「トーマくん、久々じゃないかな」


ささくれPが廊下の突き当たりにいた男に声をかけた。

特徴的な前髪の男がこちらに気付いて会釈をした。


「ささくれさん……そちらが噂の?」

「そ、異能を見分ける能力の」


ふーんと言いながら男はジロジロとこちらを観察する、距離がなんとも近い。


「バックフジくん、この距離感の無い人がトーマくん、僕らのこの拠点も彼の異能あっての拠点なんだよ」

「九龍レトロ、建物に見た目以上のスペックを無理やり付け足す、所謂『違法建築』の異能だよ」


紹介されて間髪入れずに自分で解説するトーマさん、その間もその目は俺をジロジロと観察し続けていた。


「つまりこの建物にはトーマくんの異能を使って秘匿性と収容力を無理やり付け足してあるって事、見つかりたくない相手にはほぼ確実に見つからないし内部は外観より明らかに広くなっている」

「まぁ誰かがこの建物の位置を直接教えたりしちゃったら流石に見つかりますけどね、物理的な報告は抑えられないんで」


会話の間というモノが一切ない、観察に飽きたのかトーマさんは俺から目を逸らし、廊下の奥を睨んだ。


「セキュリティも詰め込んだ方が良かったみたいですね」


ドカンと音を立てて背後の壁が吹き飛ぶ、振り向くと、土煙の中に人型のようなシルエットが浮かび上がった。


「動かない方がいいよ」


トーマさんに制止される、ふと足元に目を移すと、後ずさろうとしたその先に小さなスイッチが置かれているのに目がとまった。


「バックフジ君の異能でも感知できなかったのか……」

「おおかたイカサマライフゲイムを併用してるに違い無いですよ、彼はそういったやり方を好む」


土煙の中のシルエットにジワジワと色が付く、意地の悪そうな目をした青年が姿を現した頃には、破壊された周囲の状況がだんだんと掴めてきていた。


「個室の中は異能で作られた空間だよ、実際に破壊されたのはただの倉庫」


無残なまでに吹き飛ばされた部屋を見て戦慄する俺の様子を察してか、トーマさんがボソリと呟いた。


「とある人からの『密告』があってね、長年探してた君たちの拠点が見つかって万々歳だよ」


歪んだ笑みを浮かべた男は指をパチンと鳴らす。


『イカサマライf//■%!"』

『エンヴィキャットウォーク』


頭に浮かぶ文字が一瞬で書き換えられた、何が起きたのか混乱し、俺はその曲を作ったボカロP、すぐ隣に立つトーマさんの方を見た。


「あの異能、エンヴィキャットウォークって……」

「イカサマライフゲイムはあらゆる情報を改竄する異能だよ、君の異能を知った上での襲撃なんだろう」


ささくれさんが冷や汗をかきながら言う、目の前で景色に溶け込む男を見ても、頭に浮かぶ文字列は意味を為さないデタラメなものになっている。


「おい! 何だ今の音!」


騒ぎを聞きつけて下のフロアからウェーブのかかったロングヘアの女性といかにもロックミュージシャンといった格好をした青年が駆け上がってきた。


「敵襲だよ、今は姿を隠しているから気をつけて、ボタンのようなものがあっても絶対に押さないように」


『放課後ストライド』

『サヨナラチェーンソー』


ポップな見た目の拳銃を取り出す女性、対して青年は紫色のチェーンソーを取り出していて既に臨戦態勢である。


「相手はとんでもない馬鹿力を使っている、くれぐれも油断しないように」


飛んでくるスイッチを躱しながらささくれさんが指示し、ネコソギマターバップを使って自らも景色に溶け込んだ。


「ささくれさんは完全に擬態していますけど向こうはどうやら透明化しているだけのようですね、土煙が妙な動きをしているのでおおよその位置は掴めますよ」


拳銃を握ってニコリと笑う女性、穏やかな見た目に対してなんとも言えない殺気を感じる。

土煙がフワリと動き、その中から見えない何かが飛び出す、しかし青年がその目の前にチェーンソーを突き出してそれを制止した。


「危ないなぁ、あやうくサヨナラされちゃうところだったよ」


チェーンソーを避けて飛び退いた男は一瞬だけ姿を現し、再び姿を消そうとする、その隙を逃すまいと背後からささくれさんが柄杓で殴りかかろうとするが、無情にも避けられた。


「これ以上暴れられたら修復が大変でしょう、人生リセットボタンもあまり使いたくないんだ、おとなしく取引といこうじゃないか」


声だけでどこかから語りかける、こんだけ暴れといて取引とは、ずいぶんと乱暴だ。


「内容だけ聞かせてもらおうか、僕としても平和に終われるならそれが一番だ」


ささくれさんが静かに言う、姿無き声は嫌な声で笑った。


「バックフジ君だったよね? 彼を暫く借り受けたいんだ、他者の異能に直接干渉する異能者は珍しいからね」

「本人の意思次第だ、彼は物じゃないから僕らには決められない」

「ほう、じゃあ本人に訊こうか、どうなんだ」


壁がパラパラと崩れる音が辺りに響く、土煙の中に僅かな静寂が流れた。


「それに答える前に1つ知りたいんですけど……あなたは1人でここに来たんですか? 他にあなたの仲間でこの場所を知る人はいますか?」

「仲間ねぇ、この場所を知るというかこの場所にいるんだけどね、君らが匿っているナブナ君を含めた3人ほどがね」


2人、知らないうちに相手側の人間が潜んでいたという事か。


「そうか、だったらあとの2人の正体を話してもらうとしようか」


沈黙を守っていたトーマさんがどこからか言った、ジワリと空気に溶けていく紫色の奇妙な猫から手を話した彼はそれを高く掲げる、そしてその直上に大きな口のようなオブジェクトが出現した。


『バビロン』


姿を現してトーマの方を見る男、お互いかなり近くにいたようだ、相手には焦りの表情が見られる。

振り下ろされた手に連動して動くオブジェクト、それから自らを庇おうと咄嗟に前に出された男の腕に、オブジェクトが噛みついた。


ガクンと膝を曲げて倒れ込む男、力を失ったかのように、その場に崩れ落ちる。


「君の『身体を動かしている全ての法則』を乱れさせておいたよ、さぁ、知ってる事を話してもらおうか」


グッタリとする男の目の前にしゃがみこんだトーマさんが言った、しかしソレに対して、相手の男は自分の危機などどうでもいいかのような笑みを浮かべ始めた。


「自分の状況が分かっていないみたいですね」

「それはこっちのセリフだ」


男の言葉に合わせて、トーマさんの背後に一つの影が立った。


「密告者が居たとして、この騒ぎに駆けつけないとでも思っていたか?」


自らの首に添えられた紫色のチェーンソーを視界の端に捉えたトーマさんは息を飲んだ、裏切りがあるのは分かっていたが、この場に居るとは──


「駆けつけるのが妙に早いと思ったら、あなただったんですね」


チェーンソーの刃に触れないようにゆっくりと身体を回して後ろを見るトーマさん、その目の前にはこちらにチェーンソーを向けて冷たい視線を送る男、くらげPがいた。


───────────────────────────

ATOLS

作中では医務室に居ついている男、別に医療が得意なわけでもなく、戦闘も可能である。

異能

1-マカロン:何も無い状態からマカロンを取り出す事ができる、取り出したマカロンは色によって軽度の負傷から火傷、心的ダメージ、ステータス系のダメージ等様々なダメージを治癒させる事ができる。


トーマ

疾走感のある曲が特徴のP。 作中では異能者コーポにとってなくてはならない存在となっている。

異能

1-九龍レトロ:建造物に見た目以上のスペックを無理やり付与する異能。 本人が「違法建築」と称しているだけあって複数回繰り返すと建物が脆くなってしまうため、一度の改造で多くのスペックを付与するのがセオリーとなっている。異能者コーポはこの異能によって「収容量」と「秘匿性」を付与されている。


2-エンヴィキャットウォーク:自分に起因する音を全て消し去る異能。 異能の発動と同時に出てくる異能の本体(紫色の奇妙な猫)から手を離すと異能は解除される。


3-バビロン:出現した口の形のオブジェクトに触れた物体の様々な「法則」を任意で乱れさせる事のできる異能。 異能者本人が法則としてこじつける事ができれば何でも対象になる。


kemu

持ち曲は少ないがだいたいがチート。 単独行動が多いため過激派内でもあまり姿を見られない。

異能

1-インビジブル:自分の姿を消し去る異能。驚いたりすると異能が解除される。


2-イカサマライフゲイム:様々な情報を任意で書き換える異能。視覚情報等、発生した瞬間に相手の脳内で処理されてしまう情報に関しては書き換えが難しい。


3-人生リセットボタン:詳細不明。 スイッチに触れるとまずいらしい。


4-六兆年と一夜物語:鬼の子のような怪力を身につける異能。


Last note

ウェーブのかかったロングヘアの女性(作中設定、元ネタの本人は男性)

ポップな作風に対して性格は穏やか(?)である(しかし臨戦態勢への移行の速さから本当の性格が伺える)

異能

1-放課後ストライド:おもちゃの銃を取り出して使いこなす異能。リロードが必要無い代わりに殺傷力がかなり低くなっている。 しかし当たれば気絶は免れない上に異能の本体である少女に銃を持たせる事で多角的な攻め方ができるためそこそこ厄介。


くらげP

長身のいかにもロックミュージシャンな見た目の青年、痩せているがチェーンソーを問題なく振り回せる程度には力がある。

異能

1-サヨナラチェーンソー:殺傷力の無い紫色のチェーンソーを使いこなす異能。

殺傷力は無いが、チェーンソーの刃の部分に触れると『サヨナラ』されてどこか遠くまで強制転送されてしまう。 排除に特化した異能なので基本的に要所警備に回される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る