secret track-エネミーサイド・ホリデイ

「また朝までゲームですか」


朝日が差し込む部屋でモニターを睨む少年に、僕は声をかけた。


「君もやる? 楽しいよ?」


目の下に隈を作った少年が振り向いた、こんなヤツでもこの組織の要となっているのが未だに信じられない。


「いえ、今日は予定があるので」

「そうか、今日は休日だからね、楽しい楽しい、幸福な休日」


幸福、この少年はそれにばかり執着する、ハッキリ言って異常な程に、だからこそその幸福を崩さんとする政府軍に徹底的に反抗するこの集団を纏め上げているのだろう。


「人々は皆幸福でなくちゃならない、幸せこそが全てだよね」


そう言って少年はモニターに向き直り、またコントローラーを手に取った。


「こっちには僕の幸福、君には君の幸福があるんでしょ? ほら行ってきなよ」


そう言って少年は手をヒラヒラと振った、部屋から出て行けという事だろう。

僕は黙って部屋を出て、扉を閉めた。


* * * * *


電車の席で、向かい側の席を睨む、素知らぬ顔で座るのは、見慣れた顔の青年だ。


「じん君、何で君は僕に着いて来るんだ?」

「EZFG君さぁ、何も無い日はいつもフラっと消えるじゃん? ナユタン君の力でも追えないし君は連絡端末を持たないからエネの電脳紀行でも追えない、オマケに休日の事については何を聞いてもはぐらかされる、いい加減気になっちゃってさ」


なるほど、暇な休日の使い方だなと呆れる、ため息をつく僕を見て彼は楽しそうに笑った。


「まぁ、こういった休日も楽しいじゃないか」

「僕としては、不愉快で仕方がないけどな」

「さぁ、それはきっと異能のせいじゃないかな?」


異能、きっと「人造エネミー」の事を言っているのだろう、自分が作り出すモノ、果ては異能者本人までもが周囲から嫌われていく異能、嫌でも発動し続ける異能で彼にとっては忌々しいものでしかない。

だが、それが僕には効かない事も本人は知っている、だからこそ冗談として言えるのだろう、しかし同じく嫌われる異能を持っている僕は、それを冗談として扱う彼が心底理解できなかった。


「君はきっと僕に着いてくる事はデキナイよ」

「お、デキナイ詐欺か、上等だ」


異能の発動を早速見破られる、ここからが勝負だ。

電車がホームに着く、そのタイミングを見計らって僕は目の前の男に向けて手を翳し、横へスライドした。

男の目の前が、真っ黒に塗り潰される、僕の異能によって生成された空間の壁だ。


男の視界を封じた所で、僕は全速力で駆け出した、公共の場で異能を目立つ使い方はしたくなかったが、これも僕の平穏な休日を守るためだ。


ズルズルと視界に植物の波が入り込んでくる、じん君の異能だ。


「想像フォレストか……」


厄介な異能だ、対象の相手にのみ見えて触れられる樹海を展開する異能だ。

オマケに─


目の前に、じん君が飛び出してくる、目を合わせないように咄嗟に目の前を塗り潰した。

彼の異能、想像フォレストは目を合わせた相手の身体を硬直させる事ができる、この突発的に始まった鬼ごっこに、いきなり本気を出してきたワケだ。


─デツアーツアー


人混みと想像上の樹海の抜け道を異能を使って算出する、駅を抜けるとさらに樹海が勢いを増して襲いかかった。

まだ追ってくる、ここは一旦目潰しでもしておこう。

ビルとビルの隙間の細い路に逃げ込み、空中にサイダーのボトルを出現させる、内容量280ml、最小サイズだ。

僕の後ろの方でボトルが炸裂し、閃光と破裂音を響かせる、しばらく走ると、樹海も本人も追ってこなくなった、無事に撒けたようだ。


「さて、行きますか」


ボソリと呟き、僕はいつものゆったりとした休日へと戻っていったのだった。


* * * * *


「へぇ、水族館ねぇ」


水槽の前でボンヤリとしていた僕の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「どうやって追跡した?」


ウンザリしながら振り向く、じん君に加えてナユタン星人君も一緒に立っていた。

じん君は僕のポケットに手を突っ込み、中から携帯端末を取り出した、いつの間に滑り込ませてたのだろうか。


「ネットに繋がった電子端末ならなんでも発信機代わりになるって、便利だよねぇ」


じん君はそう言って笑った。


「地球人は、このような大型の施設で魚の養殖をしているのか」


ナユタン星人君が水槽を不思議そうに眺める、に来てから初めて水族館というモノを見たのだろう。


「違うさ、これは食べるものじゃない」


ため息をついて水槽の方を見ながらベンチに座り込んだ。


「こうして、休日をゆったり過ごすために、鑑賞するためのものだ」


相手は普通の人間じゃない、僕はこの鬼ごっこに完全に負けてしまったようだった。


「帰りに駅前の和菓子屋寄らない?」

「ワープで帰ればいいのでは?」

「解ってないなぁ」


たった2人増えただけで賑やかなものだ、まぁ、こんな休日もたまにはいいのかもしれない。


ボンヤリとする僕の前を、一塊の魚群が悠々と通り過ぎていった。

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