track 10-酔い

「雨、止んだな」


DECOさんが空を見上げながら言った。


「まぁそう長く降らせる事はできないよ、天然モノの雨が降っていればずっと使えるんだけどね」


天然モノの雨という表現に少し違和感を覚えたが、異能で降らせる雨があるなら普通の雨はきっと天然モノなのだろう。

40mP救出作戦が終了し、俺たちは夕日のオレンジにゆっくりと沈む街をゆっくりと歩いた。


「あれ、ここさっきも歩いてなかったっけ?」

疑問を投げかけたのはJunkyさんだった。


『方向音痴』


距離が遠いのか、それが残存していただけなのか、いつぞやの現象を思い出すノイズのかかった文字が脳に浮かぶ、この曲名も作曲者も、俺は知っていた。


「……ひょっとして、アゴアニキさんって、過激派側だったりします…?」

「来ているのか…?」

「もしここがJunkyさんの言う通り、一度歩いたはずの場所だったら、アゴアニキさんの仕業かもしれません」


グルリと辺りを見渡す、工事現場に、シャッターの降りた床屋、変な看板の唐揚げ屋、確かに記憶に新しい場所だ。


「おっ、やっと見つけた」


呑気な声を上げてピノキオPが近付いてきた、片手にはビールの缶が収まっている。

必死で探したんだぜというピノキオPに、DECOさんとJunkyさんが口を揃えて「ビール飲みながら?」と突っ込んだ。


「いやほら、これは戦闘準備ってやつでね」


ピノキオPが不敵に笑った。


『こあ』


ピノキオPが辺りを見渡す、ふとポストに目を留めたピノキオPが、深くため息をついた。


「すげぇよなぁ、俺も隠密系の異能さえ持ってればなぁ、だから俺はダメなんだ…」


急にネガティブになる、呑んだらこうなるタイプなのだろうか。


『頓珍漢の宴』


空中に、フワリと細長い手のひらサイズの筒ようなモノが現れ、ピノキオPの手に落ちた。


「なーんちゃって」


そう言ってピノキオPは筒の先端に刺さっていたピンを引き抜き、ポストに向けて放る、比較的小さな破裂音と共に、辺りに強力な光が撒き散らされた。

閃光が撒かれる直前にピノキオPが出した巨大な×マークによって俺たちの眼は守られたが、光が収まってから×マークの向こう側を覗き込むと、その光にやられて眼を押さえている人が立っていた、さっきまで誰もいなかった場所、いや、ポストがあった場所だ。


「完璧に隠れてたつもりなんだけどなぁ」


モジャモジャの髪をした20代後半ぐらいの男、指と髪の隙間からこちらに焦点の合わない視線を向けて不満そうに口を曲げた。

アゴアニキさんは視界の回復を待つのを諦めたのか目を閉じ、両手を翼のように、横へと広げた。


『ダブルラリアット』


彼はその場でグルグルと回り始める、たいしたスピードじゃないが、辺りの土埃を巻き上げながら風が渦を巻き始めた。

彼を中心に、透明な壁が円状に広がる、その内側ではまるで重力を失ったかのように小石や空き缶が宙を舞い始めた。

ヒュンと音を立てて頬を何かが掠める、背後で破裂音がしてどこかの看板が壊れた。


『すろぉもぉしょん』


再び2〜3の風を切る音がするが、その音を立てていた物体は俺の目の前で静止した。

──小石…?

小石が目の前で静止して浮いている、いや、じわじわとこちらに向けて動いているのだが、一見すると止まっているように見える。


手の届く・・・・距離なら、亜音速で撃ち出す事もできるってわけか」


ピノキオPが不敵な笑みを浮かべる、隣に浮遊するどうしてちゃんの頬に上向きの矢印が浮かび上がっていた。


「すごいなぁ、範囲を広げられたら大変だ、僕じゃどうにもならないだろうなぁ、僕は本当にダメなやつだ」


音を立てて重火器がバラバラと周りに散らばる、その中の一つを拾い上げたピノキオPは、それをアゴアニキさんに向けた。


「これが劣等感ってやつ?」


大きく響く銃声と共に、散弾がアゴアニキさんの方へと飛来する、しかし弾は宙で止まり、コロリと彼の足元に落っこちた。


「よーし行ってこい」


ピノキオPがそう言って俺を押し出す、透明な壁の内側に入った途端に、フワリと身体が浮かんだ。

─まずい。

察すると同時に身体が勢い良く吹き飛ばされ、俺は工事現場の資材置き場へと突っ込んだ。


「やっと追いついた」


EZFGさんがナユタン星人さんと一緒に現れる、アゴアニキさんをビーコン代わりにワープしてきたのだろう。


『サイバーサンダーサイダー』

『ロケットサイダー』

『グルカゴン』

『パーフェクト生命』


周囲に浮いたペットボトルが、十数分前に見たモノよりも激しい電気を纏って俺たちへとその先端を向けてきた。


「40mP他各位に問う、我々と行動を共にするつもりは無いか?」


クルクルと回りながら透明な壁を広げるアゴアニキの前に立ち、EZFGさんが高らかに問いかけた。

DECOさんが無言の拒否としてバールのようなものを振り上げる、サイダーを彼らの周りで暴発させるつもりだ。


『ゴチャゴチャうるせー!』


頭に文字が流れ込むと同時に、ピリピリした空気が一瞬だけ辺りを包む、その瞬間、EZFGさんたちの周りに浮いていたサイダーが纏っていた電気が消え、その場に落ちた。

爆発はしない、まるで効果を失ったかのようだ。


DECOさんが何かに気付いたようにこちらを、いや、俺が突っ込んだ資材置き場の隣の方を振り返った。


「人の職場のすぐ側で何やってくれてんのかな?」


ヘルメットを被った小柄な男、その顔には静かな怒りが浮かんでいる。


「まず、人通りが少ないとはいえ、ストリーミングハートやサイバーサンダーサイダーみたいな破壊力の大きい異能を使うなんてどうかしてると思わないの?」


DECOさんが苦笑いをしながらバールを消す、EZFGさんも舌打ちをして他の2人に声をかけた。


「今回は解散だ、場所が悪すぎた…俺たちも、自由のために動いてるだけだからな」


回転を止めて、口元をおさえながらフラフラするアゴアニキさんに肩を貸しながらEZFGさんがナユタンさんの元へと歩く。


「バックフジくん、君の協力はいつでも待っているから、気が向いたら来るといい」


赤い光と共に、3人が消える、後ろに立っていた小柄な男が苛立ったようなため息をついてDECOさんたちの方へと近付いた。


「彼らの過激な勧誘も困ったもんだけど、ここで対応しようとする君らも君らじゃないの?」

「相変わらずみたいでなにより、オワタP」


DECOさんがバールを消して笑った。


「はぁ、いい加減にしないと、僕も怒るからね、ピノキオ君も、そんな物騒なもん散らかして…」


どこから出したのか、2本目の缶ビールを飲みながらピノキオPが対応する、最初の時点でだいぶ酔っていたようだが、さすがに足元が覚束なくなっていた。


「君も、早くそこどいてくれるかな、片付けれないから」


資材の山に突っ込んだままの俺の腕を、オワタPと呼ばれた彼が引っ張った。

助け起こされ、お礼を言おうとした俺に、目眩のような何がが襲いかかった。


「ん? 大丈夫?」


俺の異変を感じとったオワタPが俺の目を見上げた。


「ああ、君も異能者だったのか、おおかた異能酔いってところかな」


何故バレて─

言葉は吐き気にかき消される、俺はその場にしゃがみ込んでしまった。


「あぁ、EZFGくんたちがバカスカ異能使ってたからそれを全部読取っちゃうバックフジ君がキャパオーバーしちゃったのかな」

「ごめん、僕も相当使ってた」


DECOさんと40mさんが話す、異能酔いという初めて聞く単語に戸惑いながらも、自らの身に起きている変化でその内容を何となく把握する。


「君たちのところにはATOLSさんがいるでしょ? 早く連れて帰ってあげなよ」


再び俺を助け起こしたオワタPが、俺をそのままDECOさんに引き渡した。


「NeruくんとJunkyくんは2人でピノキオPを運んどいて、彼酔っ払うと面倒だから気をつけてね」


DECOさんが笑って俺の肩を支えた、申し訳なさを感じながらも、俺はグワングワンと痛む頭を押さえながら、必死で吐き気を堪えるのであった。


* * * * *


「変な子だったね」


君も充分─

という言葉を飲み込む。

何故か俺の異能によって起こるワープに着いてきた少女は、隣で飴玉をガリガリと齧っていた。


助けてという言葉に呼ばれて駆けつけてみると、パンキッシュな髪型をしたセーラー服の女子高生が、コンビニの前でしゃがみ込んでいたのだ。

話を聞いてみると、どうやら空腹が限界に達していたようで、パンを買い与えるとチャッチャとお礼を言ってどこかへ行ってしまった。


「飴、すぐ無くなりそうだな…」


俺はため息をついて帰路につく、何とも気の抜けるSOSだった、まぁ求められた助けに大きいも小さいも無いのだが、おそらく俺が出動するまでも無かったピンチだろう。


「あの子、多分家出中だね」


遠巻きに見てた相棒が隣に並んだ。


「何で分かる?」

「何となく」


この男の「何となく」は割と当たる。

俺はふーんとだけ言ってそのまま歩いた。

拠点に帰り着き、鍵を開ける、作り置きのカレーの匂いがフワリと広がった。


「ふーん、ここがヒーローの家なんだぁ」


後ろから、記憶に新しい声が聴こえる。

3人ともその声を聴き、勢い良く振り向いた。


「今日はカレー? お邪魔してもいい?」


額に嫌な汗が浮かぶ、どうやって尾行してきたのか。

目の前でニッコリと笑うパンキッシュな髪の女子高生は、俺の返事を待たずに部屋へと入っていった。


「アレ…ちゃんと帰るのかなぁ……」


相棒が、隣に立つワガママ少女を眺めながら苦笑した。


───────────────

アゴアニキ

超回るボカロP。

異能

1-方向音痴:相手の方向感覚を狂わせる、それどころか空間を捻じ曲げて無理やり迷子にさせる

2-HAKOBAKO PLAYER:箱状のモノに隠れる事ができる。サイズは問わない。

3-ダブルラリアット:回り続ける事によって手が届く(=物体を自在に操れる)範囲を広げる事ができる。


EZFG

異能

5-グルカゴン:様々なモノの圧力を操作する異能。サイバーサンダーサイダーと併せて使うとボトル内の気圧を高めて威力を底上げする事ができる。


ナユタン星人

異能

4-パーフェクト生命:自分及び自分が操る異能のステータスを一時的に全てMAXにする異能。


オワタP

使える異能がトップクラスに多いボカロP、本業は内緒。なお平和派閥でも過激派閥でもない様子。

異能

1-ゴチャゴチャうるせー!:周囲の異能によって発生した物体から異能としての機能を失わせる異能。つまりサイバーサンダーサイダーはただのサイダーになるし、ストリーミングハートのバールは普通のバールになる。なお、質量を持たない異能は発動前の状態に戻される。

オマケとして周囲の騒音を最低限まで抑える事ができる、本人はむしろこれをメインの機能として見ている。


ピノキオピー

異能

3-頓珍漢の宴:劣等感を武器に変える能力、口先だけでも劣等感を演出すれば使えるという曖昧すぎる能力だが、酔っていないと使えない。

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