track 09-攻防、逃走
両手から鎖をジャラジャラとぶら下げた男は、俺の手を握り返した。
「頼んだよ、確か……Neru君に…」
俺の顔を見て難しそうな顔をする、当然と言えば当然だ。
「バックフジです、行きましょう、40mさん」
「よろしく、バックフジ君」
そう言うと彼は俺の手を離し、立ち上がる。
「それじゃあ、行くなら手っ取り早くって感じだよね?」
光が差す小窓のある壁を見つめて言う、外の爆音を気にしているようだ。
「どうせ来てるんでしょ?DECO君も」
バキンと音がし、その場に鎖が落ちる、代わりに彼の手首には仰々しい手錠が掛けられていた。
『恋愛裁判』
巨大な木槌が現れ、彼が手錠で繋がれた両手を振りかざす。
「
振り下ろされた木槌から、耳を塞ぎたくなるような爆音が響き、彼が見つめていた壁が大きく吹き飛ばされた。
「うわっ……何これ……テロかよ……」
憂鬱状態から立ち直ってきたJunkyさんが軽く引いたような声を上げた。
* * * * *
現在位置、高さにして4階分、地上で戦うバールを持った男は、とても懐かしい男だった。
「DECO君、事情は聞いたよ、すぐ帰れるんだろうね?」
「残念ながら、取り込み中」
まあ、見れば分かるけど。
僕はそのまま外へと足を踏み出す、当然、重力に従った僕の身体は地面へと勢い良く吸い寄せられるが、僕は木槌の衝撃波でそれを相殺し、フワリと地面に降り立った。
「手伝わせてよ、助けられるだけなのは僕としても申し訳ないから」
「お、いいねぇ、頼んだよ」
異能を解き、手首の自由を取り戻した僕はそのまま駆け出した。
「そう来たか、交渉する前から断られたようなもんだね」
相手の青年が周囲に炭酸飲料のペットボトルを出現させる、なにやら電気のようなものを纏っているが、何の異能なのかさっぱり見当が付かない。
もう一人の男が手を振ると、ペットボトルが一斉にこっちに向けて飛んできた。
見た事の無い異能だが、どう見ても攻撃だ、避けないとかなりのダメージだろう。
手を右目に重ね、視界を塞ぐ、すると飛んでくるペットボトル一つ一つの上にランドルト環が浮かび上がった。
右、左下、上、左、右…
ランドルト環が示す方向に従い、身体を動かす。
ペットボトルは遥か後方で爆音を響かせた。
「さすが、それ便利だね」
バールの衝撃波で自分の方に飛んできたペットボトルを無理やり一掃しながらDECOくんが言った。
「そっちこそ、オマケ便利すぎるよね」
建物の方で叫び声が聞こえる、施設の人たちのようだ。
「あっちやっとくから、頼んだ」
なるほど、弾数勝負なら僕だということか。
異能を発動する、頭上に木でできたパーツを組み合わせた塔が出現する。
「残弾が目に見えて分かる、どっちが勝つか明白だと思うよ?」
「使い切る前に君たちを倒せばいいんでしょ?」
パーツをいくつも抜き取り相手の方へと飛ばす、頭上の塔は少しずつアンバランスなものとなっていくが、それが倒れる事は無い、僕がそうならないように考えながら引き抜いているのだ。
再び片目を隠して、木のパーツの弾幕を抜けてきたペットボトルを避ける。
同じくペットボトルの弾幕を抜けて相手の方に飛んで行った木のパーツも、避けられてしまっているようだ、相手も攻撃を避ける事に特化した異能を使っているのだろう。
「お待たせ」
DECO君だ、先ほどの3人組を引き連れている。
「さぁて、さっさと終わらせようか」
* * * * *
『シリョクケンサ』
『サイバーサンダーサイダー』
『ロケットサイダー』
『ジェンガ』
『デツアーツアー』
『ブラフライアー』
『エキシビション空中戦』
外で繰り広げられる攻防の影響で、頭の中に次々と文字が流れ込む。
これほど多くの種類の異能を使った戦いを見るのは初めてだった。
「Neru君、バックフジ君、早く外に出よう、このままじゃ脱出が遅れるだけだ、EZFG君に姿を見られてしまったから、メランコリックを使うのは良くない、DECO君もいるしこの穴から跳ぼう!」
そう言ってJunkyさんは壁があった場所に立つ、脚が震えているが、大丈夫だろうか。
彼の隣から、Neru君が外に顔を出した、そのままスッと手を上げた少年は、外壁に平行になるように、指を差した。
ズラリと空中に柄の長い小さなナイフが並ぶ、それはそのまま少年が指差した方へと飛び、壁に刺さっていき、一列のステップを形成した。
「戦闘員に対する不信感を貯めておいたんです」
そんな事ができるのか、にしても夥しい量だ。
「深めに刺しましたし、折れないと思うので足場にしましょう」
そう言って少年はナイフの足場を軽快に降りていった。
これを降りるのか、柄が長いとは言っても、足場としては不安でしかない。
俺は生唾を飲み込み、その心もとない足場へと踏み出した。
* * * * *
流れ弾のペットボトルが炸裂し、頭上から瓦礫が降り注ぐ。
俺とJunkyさんは慌てて壁際に張り付いて降り注ぐ瓦礫をやり過ごした。
「なんだよNeru君……なんでこれをヒョイヒョイ降りちゃうんだよ……」
Junkyさんがブツブツと言っている、同感だ、今朝は彼がどこかの青いロボットみたいな印象だったのに、今やあの少年が忍者かなんかなんじゃないかと思えてきている。
ゴツン
鈍い音がし、Junkyさんの声が途絶える、急いで振り向くと、気を失ってバランスを崩すJunkyさんが見えた、すぐそこで一緒に落下を始めている砕けた瓦礫が、何が起きたかを物語っている、まずい、このままじゃ─
思わず手を伸ばす、しかし俺もそのままバランスを崩してしまった。
グラリと反転する視界、指先は届かず、無情にも俺は落ち始める。
下でNeru少年が叫ぶ声が聞こえる、視界の隅にこちらに走って来る少年の姿が映る、高さは3階ぐらいの辺りだが、地面に激突するまでの時間に間に合う距離ではない。
一瞬の間に、思考が駆け巡る。
誰か、この状況を─
ひっくり返してくれ──
『リバーシブル・キャンペーン』
フワリと身体が浮き上がる、数センチと言ったところか、迫り来る地面はそれぐらいの距離で静止した。
一瞬だけ空中で動きを止めた俺とJunkyさんは、その場でドサリと地面に落とされた。
「……どういう事だ…バックフジ君…?」
片手でバールのようなものを握り、もう片手でこちらに手のひらを向けたDECOさんが目を見開いてこっちを見ていた。
「ひっくり返してくれって、君の声が聞こえたかと思ったら、いつの間にか異能を使っていた、これが君のチカラなのか……?」
そんな、声になんて出してないはず、そんな暇あるはず無いからだ。
「バックフジさん…!すみません……僕があんな足場を……」
少年が駆け寄り、物凄く動揺した声で言う。
「Neru君、反省は後だよ、2人でジュン君担いで着いて来て」
戦闘員を薙ぎ倒しながらDECOさんが先導する、俺たちはすぐに40mさんと合流できた。
何か話しかけるDECOさんに対して40mさんが頷く、赤く染まった空気がジワリと滲み、形を失ったハートのオブジェを巻いていた包帯がスゥと消えた。
ポツリと水滴が鼻先に落ちる、見上げると、さらに次の水滴が空から落ちてくる。
水滴は次々と降ってきて、優しく顔を打つ小雨へと変化していった。
『雨音ノイズ』
深くため息をつく40mさん、目の前に居たEZFGさんたちや戦闘員たちが急にキョロキョロしだした、Junkyさんが異能で姿を消した瞬間を見た人たちの反応に似ている、俺たちが見えていないという事だろうか。
「さぁ、皆揃ったみたいだし、帰ろうか」
「EZFG君には『じっっと見ている』があるけど、逃げ切れるの?」
「この異能は絶対に見破られない、まぁ、長くは使えないからさっさと、ね?」
時々ノイズの走る小雨の中を歩き出した40mさんとDECOさんが楽しそうに話し始め、俺たちはその後ろを黙って着いて行ったのだった。
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40mP
ポップで明るい作風が人気のP、身長は40m(誤差38.3mほど)
異能
1-恋愛裁判:両手を繋ぐ手錠が出現すると同時に、巨大な木槌を召喚する。木槌は手を振る動作に合わせて動き、任意の方向に衝撃波を飛ばす事ができる。
2-シリョクケンサ:片目を隠すと発動する。どちらに動けば迫り来る危険や脅威を避けれるかをランドルト環で示されるが、避けれる可能性が低い脅威ほどランドルト環が小さくなる、回避不能の脅威に対しては穴が空いていない環が出現する。
3-ジェンガ:頭上に組み上げられたジェンガを出現させる事ができる。ジェンガは任意で引き抜く事ができ、そのパーツを自在に操る事ができる。
4-雨音ノイズ:周囲に小雨を降らせる。敵性を示す相手は異能者自身とその見方を認知する事ができなくなる。また、どんな異能を以ってしても見破る事はできない。
EZFG
異能
3-デツアーツアー:瞬時にデツアー(迂回)する経路を導き出す異能。攻撃を避ける事はもちろん、いつも使ってる道が工事中だった時なんかにも役に立つ。
4-じっっと見ている:その場で見た相手を追跡し続ける異能。一度存在を感知すればステルスを見破る事も可能だが、物理的に見失うと効力が失われる。
ナユタン星人
異能
3-エキシビション空中戦:飛来物を避けて反撃する事のできる異能。反撃の方法に関してはその時その時で変わる。
DECO*27
異能
2-リバーシブル・キャンペーン:任意の範囲で指定した事象のプラスとマイナスを反転させる異能。ただし0.1〜5秒の間でしか行使できない。
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