大切な人
「ゲインスト! 右に旋回して斬りこめ!」
「仰せのままに!」
青年と少女を思わせるその二つの声と共に、影が二つに別れ、一つは眼前にそびえる恐ろしい風貌と怪光を放つ驚異的怪異の右へと回りこむ。
身の丈にして小さな二階建ての家の屋根ほどもあるその存在は、黒くタール状の皮膚に幾重もの黒い縄を巻きつけたような奇怪な肌を晒し、幾つもの乱杭歯が並ぶその大きく粗野な口元からは、黄色い輝きを帯びた吐息が漏れだしている。
青白く骸骨を連想させる顔には、二つの窪みともつかない眼孔があり、そこからは赤く、狂気色を帯びた輝きが発せられていた。
四肢は著しいまでに肥大化し、まるで手足だけが異様に大きな人間の戯画を見せつけるように、今それは二本の太く逞しい両足で立ちあがり、眼下で蠢く二つの影を見下ろしている。
いや、見下ろしているという生易しいものではない。
その怪異は二つの影に翻弄されていた。
二つの影は互いに連携し、怪異なるものを圧倒する。
「バル=ゲルファは足のつけ根を狙え! そこが弱点だ!」
先ほどの青年の声が叫ぶ!
「承知!」
もう一つの少女の声が応えたかと思った刹那!
重い物体が風を切る音と共に、バル=ゲルファと呼ばれた怪異の右の足元に、激しい衝撃音と肉を裂く鈍く生々しい音と共に、重く、長大な塊が斬りこまれる!
バル=ゲルファの右足は、塊が通り過ぎた瞬間、激しい勢いで粉砕され、周囲に光の粒子となり飛散する!
「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
低く重く、そして周囲を振動させるバル=ゲルファの絶叫が周囲にこだました。
だがそれでも、バル=ゲルファは態勢を整えようと必死にもがくが、前かがみになった瞬間、その頭部を巨大な戦斧で叩き割られる。
右足同様、光の粒子をまき散らせながら飛散する頭と、スローモーションで倒れる無様な巨体。
激しい振動を上げ倒れるバル=ゲルファ。
この戦いの勝敗は、今決した。
「デレイン様、お怪我は?」
少女の声を発する影がもう一つの影に近寄る。
「いや、大したものはない。心配するな」
デレインと呼ばれた影が穏やかな笑みを浮かべる。
背の丈にして180cm。
筋肉質の体躯を金属的な蒼い塗装を施したバトルスーツに包み、褐色の肌と短く黒い髪を持つ、やや彫りの深い青年は、もう一つの影、ゲインストと呼ばれた存在に言葉を返す。
その腕には巨大な戦斧を握り、今しがたの戦闘でついたのであろう、光の粒子がまだ生々しくその輝きを放っていた。
一方ゲインストと呼ばれた存在を、どう表現していいものか……
確かにそれは人の姿をしている。だが……
その美しい少女の顔を象った風貌は、精巧に作られてはいるが白面の人形の顔を連想させ、同様にその体も白く、黒と白を基調としたドレスが映えていた。
だがその異貌は右腕に収束され、肩口から先は巨大な片刃の剣となり、その剣にも光の粒子が輝いている。
「お前こそ傷を負っていないか?」
デレインが優しく聞き返す。
「いえ、私は全攻撃を回避しています。多少の破片が当たった形跡はありますが、損傷には至っていません」
ゲインストが少女の声で淡々と語る。
その顔には表情はなく、口も開いていない。
バトルドロウ。
人はゲインストのような存在をそう呼んでいた。
戦うために作られたロボット。
その戦闘力は高く、一般兵を相手にしても圧倒するだけの力を持っている。
だがその分他の機能は制限されており、特にコミュニケーション能力に至っては、作業用ドロウに次いで低いとされていた。
事実ゲインストに感情的な動揺も反応もみられず、ただデレインの言葉に反応しているのみだった。
「そうだな……お前が傷を負うはずないもんな」
デレインは軽く息を吐き、自嘲気味に言葉を漏らす。
『そうだ。こいつが傷を負うはずがない。いつも、俺達だけが傷を負っていた……』
デレインはゲインストの美しくも冷たい横顔を見てそう心に呟く。
ゲインストはただ、デレインの複雑な視線を、何の感情を交えることなく受け止めていた。
あれは三年前のことだ。
デレインには仲間がいた。
バースドル。
デレインよりも年上だが腕が立ち、いわば兄貴分のような男だった。
超能力の腕と手先の器用さと剣の腕、そしてギャンブルや酒にも強く、女には滅法弱かった。
そんな冒険者を絵に描いたような男が、ある日デレインに声をかけた。
「ここから3パーセクほどの所にあるクースクという惑星、知ってるか?」
「ああ、色々噂のある星だろ? 怪物だとか巨大な鎧だとか……」
デレインは酒を酌み交わしながら、バースドルの問いかけに言葉を返した。
「あそこには、何でも太古文明のお宝が幾つも眠っていて、それこそ地下洞窟に潜りこめばゴロゴロしているとか言われている」
「それで?」
バースドルの熱心な言葉にデレインは続きを促す。
「いっちょ行ってみねぇか? 幸い前の冒険でしこたま資金に余裕はあるし、宇宙船を使ったところで、まだ十分余裕もあるしな」
その言葉にデレインは考えを巡らせた。
確かに今現在の冒険者稼業をしていてもいいが、一回の実入りはそれほど大きいわけでもないし、名前を上げるほどの活躍も出来ていない。
それに太古文明の遺産ともなれば、高値で買い取ってもらえるし、その貢献具合によっては名声も得られる。
「いいねぇ」
デレインは酒の回りもあってかにこやかに応える。
だが……
「でも俺達二人だけって大丈夫なのか?」
デレインは不安に思っていることをバースドルに話す。
少しでもリスクは低く抑えたい。
「ああ、それは俺も気になっていた。お前は前衛系だが、俺はそれ、超能力や盗賊まがいの技は使えても回数制限もあるしな。もう一人前衛がいる」
「そいつを今から探すのか?」
デレインは心配げに問うが、バースドルは声を上げて笑い、
「馬鹿! 今からじゃあ満足な奴は集まらんだろう。それに渡る場所が、クースクでも嫌われているフェルドミナ大陸ときてやがる。まともな人間は集まらんよ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
バースドルの言葉にデレインは不審げに尋ねる。
少し酒が抜けてきて、醒めた感覚を感じながら。
「人間じゃなくドロウを買う。幸い資金は潤沢にあるし、ドロウ一体程度なら余裕で買える」
「でも前衛が不足してるんだろ?」
「だからだ! バトルドロウを買う。それもとびっきり格闘戦に秀でたヤツを!」
バースドルが小脇に置いてある鞄をごそごそいじるとカードを抜きだした。銀河帝国共通の銀行カードだ。
カードに記された額は大きく、二人は笑みを浮かべた。
翌日、二人はドロウが売っているショップを訪ねた。
ドロウとはいわばロボットのことだ。
小動物サイズから人間大、あるいは3m程度までその大きさには幅があり、特にバトルドロウと呼ばれる者の多くは2mを超える頑強かつ無骨な、いかにも戦闘ロボット然とした外観のものが多かった。
だが……
「おい、何だこれ?」
バースドルが調子外れの声を上げる。
その視線の先には一体の、まるでその場に不似合いなドロウが展示されていた。
身長1.5mに白を基調としたボディーは、女性をイメージして作られているらしく、艶めかしい凹凸を見せている。
その容貌は美しく、まるで少女のような造形をしていた。
頭部は髪を思わせる素材を被せられ、一見すると腰までの白銀に輝くロングヘアーを持つ白亜の美少女にも思えてくる。
そしてその右肩には、腕がついていなかった。
「何でこいつの右肩には何もつけていないんだ?」
バースドルは店員に尋ねる。
「はい、そこはオプションパーツ扱いとなっています。必要に応じて大型ビーム砲や、アームドギアなどが使用する2m級の大型剣を装備し、用途に合わせてコーディネイトができるようになっています」
営業スマイルを浮かべながら店員が得々と話すのを、バースドルは難しい顔で聞いている。
一方デレインはこのバトルドロウの容姿に魅入られていた。
確かに人形のように表情は乏しいが、造形は精緻にして美しく、見ていて飽きない作りはしていた。
デレインがバトルドロウに見入っていると、
「おいデレイン。お前、こいつが気に入ったのか?」
いきなりのバースドルの声にデレインは、
「え、ああ……うん」
「お前にしては珍しいな。俺は別のでもいいが、どうせ一緒に旅する仲間だ。気に入った奴の方がいいだろう。商談成立だ。こいつをくれ。オプションは大型剣で」
ゲインスト。二人はバトルドロウをそう名付けた。
そして二人と一体の冒険の旅ははじまった。
惑星クースクに辿り着いた一行は、フェルドミナ大陸へと向かう船を探し、幸いシエルド商会と呼ばれる会社が渡航を手配してくれたので、一行は難なく大陸へと上陸できた。
大陸の玄関口でもある港町アーモラで、一行はこの大陸での行動指針を教えられた。
まずこの大陸では高火力火器や宇宙船などの高エネルギーを発するものや使用するものは使えないこと。
そしてこの大陸全土に怪物達が蠢いていることを。
「ドロウの整備とか修理はどうするんですか?」
デレインが係官に尋ねる。すると係官は、
「小さな町では無理ですが、大きな街ではそういった施設も用意されています。お連れのドロウであれば、大きな街では整備や修理は可能ですよ」
その言葉に安堵したデレインだったが、バースドルは真顔で、
「それで冒険者ギルドみたいな所はあるのか?」
その言葉に係官は、
「そういった施設もあります。地図はこちらを」
そして二人は地図を頼りに冒険者ギルドと同様の機能を果たす傭兵組合の事務所を訪ねる。
そこでは様々な冒険や護衛の仕事を斡旋していた。
ご時世もご時世だけに、依頼は途切れることなく、また常時冒険者や傭兵となるものを募集している状態だった。
二人は渡りに船と、冒険者登録を申請した。
「ここをまっすぐ行けば、玄室だ」
バースドルの声が、暗い洞窟内に響き渡る。
今一行は、隠された真王と呼ばれる、太古文明であるバヤータ文明時代の王の墓所へと降り立っていた。
この一年、バースドルとデレイン、そしてゲインストは、フェルドミナ大陸の各地で冒険や傭兵稼業をこなし、順調に資金と名声を獲得していった。
そして彼らが耳にした情報を頼りにきたのが、この洞窟だった。
洞窟は最初天然のものだったが、次第に整備されたものとなり、現在は地下通路ともいえるものになっていた。
一行の靴音だけが暗闇にこだましていた。
「でも何でこんな隠された王の墓所の情報をくれたのかなぁ?」
デレインがバースドルに尋ねるが、バースドルは不機嫌そうに、
「わからん……俺も情報を精査したがウソでもないようだし、確かにお宝はありそうだが……」
「でも……」
デレインがそうつぶやいた瞬間、
「待て!」
バースドルの鋭い声が飛ぶ!
「おい……これは……」
バースドルの声が次第に焦りの声に変り、
「まずい! はめられた! 逃げるぞ!」
その声と共に踵を返そうとするが、
「え? どういうこと?」
デレインが状況を飲みこめずに呆然とする。
だがその時、通路の先の方で幾つもの何かが乱暴に開かれる音が響き渡り、そして……
「墓の守護者どもが襲いかかってくるぞ!」
バースドルの大声と共に、無数の黒い人影が襲う!
影の数は十では足りず、そしてそれは素早く、さらに奇怪な咆哮と共に一行へと迫ってくる!
「こいつぁ、逃げても無駄か!」
バースドルが諦めにも似た声で言葉を漏らすと、
「ゲインスト、前へ!」
「仰せのままに」
白いボディに白と黒を基調としたドレスを身にまとったゲインストが、一行と影の間に立ちふさがる。
「ゲインスト、ここを死守しろ! 一体たりとも奴らを通すな!」
「承知しました」
バースドルの緊張した声に、無感動なゲインストの声が続く。
「俺も戦うよ!」
デレインも続く。
バースドルはその言葉に口元を歪ませながら、
「ゲインストの足手まといにはなるなよ」
「馬鹿にするなよ」
デレインも軽口に軽口で応える。
やがて、両者は前面からぶつかりあった!
ゲインストの大型剣が唸りを上げて影を薙ぎ払い、バースドルの超能力によって影たちの中心で爆発が起こり、何体もの影を一瞬にして消滅させる。
デレインも戦斧で応戦し、ゲインストほどではないが影たちを葬り去る。
ゲインストは無表情で剣を振り、刺し、突き、そして影たちを霧散させる。
デレインも斧を振り、影を一体一体仕留めていった。
バースドルは超能力の残りを気にしながら戦いながらも、自身も剣を抜き、影たちの渦中に飛びこみ、軽快なステップと急所を突く攻撃で次々と影を屠る!
戦況は一行へと傾いていた。
影はその数を減らし、そして、消えていった。
「これで勝てるね!」
デレインが笑みを浮かべて言葉を放つ。
しかしよく見ればその体は傷つき、着ていた鎧には幾つもの亀裂が入っていた。
「アホ! 最後まで気を抜くな!」
言葉はきついがバースドルにも笑顔が戻っていた。
そして彼も同様に傷ついていた。
だが……
「敵の多くはすでに消滅していると考えられます。この洞窟内での敵対存在は、あと一体しか確認できません」
無感情な口調で状況を報告しているゲインストはといえば、ドレスに一切の傷もなく、そしてホコリ一つついていない様子だった。
「ふん……さすがバトルドロウだな……と言いたいところだが、俺達だけが傷つくっていうのも面白くないな」
「ああ。少しだけ、俺もむかつく」
ゲインストの涼しい顔を見て二人は悪態をつく。
だがその顔には笑顔が浮かび、そんな二人をゲインストは無感動な眼差しで見つめていた。
やがて玄室の扉の前に辿り着いた。
そして念入りの調査を終えたのちに扉の鍵を開き、中に侵入した。
中は広くなっており、長方形の室内の天井には、無数の星が瞬く宇宙が描かれており、星々は不思議な光を発していた。
部屋の奥には一つの棺と、そして……
「デグラウザ!?」
棺の前には一人の人物が立っていた。
その人物のことをバースドルもデレインも知っていた。
デグラウザ。
長身で顔を覆った白と青を基調とした神官服をまとったそのものと街の傭兵組合で出会っていた。
だが……
「よくここまでこれたな。正直予想外だ」
デグラウザの低く男性的な声が室内に響く。
「たぶんこんなことだろうとは思っていたよ。あんたから情報をもらつた後からだけどな」
バースドルも負けじと声を上げる。
「何故私がここにいるとわかった」
デグラウザの問いかけにバースドルは、
「いや、さっきの守護者たちで確信しただけだ。こんな隠された墓所の情報を、あんたみたいな神官がくれるはずないってな」
「だから私がここにいる、と」
デグラウザの不審な声。バースドルは静かに、
「あんた、人間じゃないな? その姿も仮のものだろう」
そう言うと、静かに剣を抜き放つ。
「ほう。私が人間ではないと何故言える?」
デグラウザの声にバースドルは距離を測りつつ、
「まず俺達より早くここにこれるはずがない。そして、さっきの守護者をやり過ごすことも無理だ」
「だが抜け道を知っていたのかもよ」
デグラウザはバースドルに視線を動かし、
「馬鹿言え。抜け道知っているなら、なんで俺達にここの情報を教える。今こうしてあんた自身がいるのに」
バースドルは少しずつデグラウザとの距離を詰める。
そしてデレインの目くばせをし、隙を突くよう目で指示をだす。
デレインも目立たぬよう移動を開始する。
「そこまでわかっているのならいい。何故私がお前たちを消そうとしているかわかるか?」
デグラウザが顔をバースドル、視線をデレインに向けながら尋ねるが、バースドルは、
「太古文明の遺産の守護。これだな。お前自身、この太古文明で作られた存在、といったら飛躍しすぎか?」
その言葉にデグラウザは笑い声を上げ、
「ふん……間違ってはいない……と言っておこう」
そして身をかがめた瞬間!
「今だ! デレイン!」
バースドルのかけ声と共にデレインがデグラウザへと跳躍し、一気に肉薄する!
だがデグラウザは神官服の下に隠していた光の剣で攻撃を防ぎ、逆にデレインの腕に切りつける!
「!?」
いきなりの反撃に居を突かれ、飛び退くデレイン!
だが!
デレインの作った隙を見逃さず、バースドルがデグラウザとの距離を一気に詰め、そして!
その胸へと深々と剣を突き刺したかに見えた!
しかし……
「甘いぞ……人間……」
デグラウザの胸に剣は届かず、バースドルの背中から光の剣の切っ先が現れていた。
「馬鹿者が……太古文明に興味を持つことなく、安穏と暮らしていればいいものを。太古文明は我々バヤータの民のものだ。誰にも渡さん」
その言葉と共に、光の剣を収束させた。
「バースドル!?」
デレインが痛みの中で叫ぶ!
しかしデグラウザは、
「この傷では助からんな。幸いここは墓所だ。一人二人の死体が増えたところで困るものではないしな」
「二人?」
「そう。ここにはもう人間はお前しかいない」
「え?」
「次はお前だ」
その言葉と共にデグラウザは床を滑るようにデレインの迫る! その手には再び光の剣が輝いている!
だが……
「いけ! ゲインスト!」
倒れ伏しているバースドルが苦しげな声を張り上げた刹那!
「承知しました」
その声と共に、まるで今まで存在していなかったかのように気配を消していたゲインストが、デレインに迫るデグラウザの横から急速に迫り、そして!
大型剣を一閃し、デグラウザを真一文字に両断した!
「!?」
デグラウザは何が起こったのかも理解できずに、一瞬で光の粒子となって消滅した。
そしてバースドルとデレイン、ゲインストが残された。
「……あとはお前が継ぐんだ……俺がいなくても、ゲインストがいる……こいつの指示はお前が出すんだ……」
「うん……」
「……馬鹿、そんな顔すんな……冒険者にはいつかこういう日がくるんだ……泣くなよ……」
「……うん……」
「……ゲインストを大事にしてやれよ……お前の我が儘でこいつにしたんだ……捨てたら承知しねぇぞ……」
「…………うん…………」
「……安心したよ……じゃあ、あとは頼んだぜ……」
あれから二年。
ゲインストは相変わらず無口で、無感情で、無傷だが、それでもデレインは満足していた。
そしてこの二人の旅は、これからも続いていくだろう。
『大切な人』END
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