第7話 絶望する権利を持っている

 床に落ちた携帯には、四人家族の笑顔が写っている。その幸福感溢れる記録媒体を男が拾い、絶望に打ちのめされている少女に手渡す。


「はい、どうぞ。大切なデータだ。……もう二度と逢えない家族との、大事な思い出だろう?」


 男――PHCの社長は画像の家族よりも幸福そうだ。これを見るためだけに、男はわざわざ自分の足で赴いた。


「ど、どういうこと……」


 震える声で、少女――朱里が訊く。理解が及ばない。


「言葉通りの意味さ。日本政府が通告してきたんだよ。情報漏えいを避けるため、高宮朱里を抹消する、とね」


 自分の存在を抹消する。

 言葉を受けて、朱里は頭の中が真っ白となる。具体的にどうすると言うのか。家族に自分の存在をなかったことにしてくれと頼むのか。

 いや、そのような方法で家族が納得するはずもない。では、一体――?


「まだわからない? 君のニセモノを用意するのさ。君の容姿、性格、記憶を引き継いだクローンをね」

「クローン? そんなものが」

「作れるんだよ、僕たちにはね。人気商品なんだ。我が社は狩りだけでなくアフターケアも充実してるんだよ」


 SFチックな、冗談めいた話だが、義手と義眼を身に着けている朱里には嘘だとは思えなかった。右眼が心理状態をどうこう喚いているが、聞く気にはなれない。

 社長の話を聞くだけで、精一杯だった。


「き、記憶なんて引き継げるわけない……」


 容姿、性格、記憶の中で、複写困難だと思われる箇所を口に出す。しかし、社長は笑みを貼りつかせたままだ。

 脳や心は、現代科学ではまだまだ未知の領域である。いくらそういったものに疎い朱里と言えども、そのぐらいの知識はあった。記憶という曖昧かつ不可思議な情報データを他人にそう易々と複写できるわけがない、と。

 だが、右眼は不必要な説明を口にする。――人の脳内に保存されている記憶データを、急造したクローン脳ユニットに接続することでデータのコピーが可能となります。これはPHCにおける、機密技術の一つです。


「な、なッ……」

「動揺してるね。……重傷を負った君を手術した時に、色々データは録らせてもらったよ。我が社で保護をすると、どこの政府も似たようなことをせがんでくるからね。顧客が求めるものを前以て用意すること。ビジネスの秘訣だよ」


 社長から携帯が手渡される。

 朱里は知っている。この男は冗談を口にするような男ではない。特に、金絡みに関しては。今回の件も嘘ではなく本当なのだろう。

 だが、だからこそ、朱里は気を失いそうになる。殺意が胸に沸き立つが、きっとこの男のことだ。絶望を知らせて、相手が反撃する可能性も考慮しているのだろう。

 子どもみたいに無邪気な笑顔を振りまいて、男は無防備に立っている。だが、どんな相手も男を斃せない。男を恨む人間や国は多い。世界に求められていながらも、PHCは世界中の敵だった。それでもなお、男は嗤っている。嗤っていられる余裕がある。

 朱里は自分が怪物なのかどうかわからなくなった。社長の方が怪物だ。いや、怪物を制御せしめる猛獣使い……悪魔なのかもしれない。


「じゃあ、そういうことだから」


 社長は手を振って立ち去ろうとする。


「待って!」


 朱里は吐きそうになりながらも、スーツの裾を掴んで止めた。

 屈辱に顔を染め上げながらも、社長に懇願する。猶予をください、と。


「金なら……どうにかして工面します。倍にしてもいい。いくらでも払いますから!」

「……と言ってもねぇ。前にも言っただろう? 酷いのは僕じゃなく、日本政府だって。僕はいつまでも待つつもりでいたよ。利子を取るつもりもなかった。どうだい? 僕は優しいだろう? なのに、政府は君を早々に見捨ててね。情報を秘匿できるなら、君が本物だろうと偽物だろうとどうでもいいみたいだよ」

「で、でも家族なら気づいてくれる!」


 朱里は信頼を瞳に乗せて叫ぶ。そうかもしれないね、と社長。


「だからね、君は家族が気づかないよう祈らないと」

「何でっ!」

「だって、じゃないと政府が君の家族を殺しちゃうからね。口封じとして」


 声を上げることすらできなかった。疑問すら口に出せず、社長を見上げたまま固まる。

 死人に口なしって、言うよね。社長は愉快に、


「死者は語らない。発する言葉を持たないからね。理由なんてどうにでもなる。情報統制だって簡単だ。君は世間知らずが過ぎる。日本ってのは世界規模でみるとマシな国だけど、結局マシでしかないんだよ」

「あ、有り得ない……」

「僕に言わせれば、君の無学さの方が有り得ないけどね」


 社長はおかしそうに笑いながら去っていく。残された朱里がすとんと腰を落とした。

 最後の希望かぞくすら奪われた。今となってわかった。真相を知っていたから、常場は朱里を殺そうとしたのだ。

 だが、常場はもういない。死んでしまった。

 朱里に最後の逃げ道を教えて、自殺してしまった。



 ※※※



 必死になって叫ぶ声が、耳元のイヤーモニターから聞こえる。

 その声に焦りを募らせながら、全力で戦場を駆けていった。小銃がかちゃかちゃ音を立てる。任務だからと着用していた迷彩服は、コンクリート製の建物であるデパートの駐車場の中では悪目立ちだった。


『……けて! 化け物、化け物だぁ!』

「待ってろ! 今救援に……うおッ!」


 駐車場の影から、見たことのない生き物が姿を現した。真っ黒な体表の大きな犬に飛び掛かられて、男は悲鳴を上げる。手に持っていた自動小銃を犬に向けて乱射するが、大した効果がない。

 恐怖が襲いかかってくる。人間なら間違いなく絶命しているはずの弾丸を受けてなお、犬は怯みもしなかった。


「くっ――くおおおッ!!」


 暴発の危険を知りながらも、銃床で強引に殴る。これには効果があった。強固な装甲は衝撃に弱い。倒せはしないものの、怯ませるぐらいなら可能だった。

 犬がきゃんとよろめいた瞬間に、その首へと飛び掛かる。爪に引っ掛かれて、身体のあちこちにひっかき傷ができていた。腰に差してあったナイフを引き抜き、犬の目に突き刺す。何度も何度も乱暴に。一心不乱に突き続けると、犬はとうとう動かなくなった。


「っ、くそ! ……今向かう! どこにいる!」


 男が無線に向かって怒鳴った。だが、返事はない。


「おい、誰か! 生き残りはいないのか!」


 応答はない。その事実が、生き残りの有無を告げていた。


「おい、おい! おい……」


 男は力なく放置されていた車のボンネットに座り込んだ。スリングで提げていた小銃を外し、車体の横に立て掛ける。無線を取り出し、作戦本部へと連絡を取り始めた。


「こちら小城。小城輝夜一尉。部隊は全滅した――俺一人を残して」



「……くそっ」


 またあの夢だ。小城は舌打ちしてベッドから起き上がる。

 ずっと昔の、狩人でなかった頃の記憶だ。あの経験があったからこそ、小城は狩人としてPHCの登録社員となっている。

 通常の装備では、奴らに対応できない。魔獣の存在が確認されて以来、各国は自国の軍隊で得体の知れない化け物に勝負を挑んだ。しかし、負けた。見事に。送った部隊のほとんどは全滅。

 最新鋭の戦闘兵器の数々も、大した成果を上げることなく撃破されてしまった。戦車や装甲車、戦闘ヘリや戦闘機などの軍用兵器ならば魔獣を倒すことができる。しかし、魔獣の機動力は現存する兵器のそれを遥かに凌駕していた。言わば、どの車両や機体も、魔獣にとってはただの的だったのだ。

 そんな折、突如として現れたのが、民間狩猟請負会社だ。彼らは世界の希望だった。秘匿された技術で開発された装備品の数々は、魔獣に対して有効だったからだ。PHCは各国の狩猟を代行。世界中の国々が傭兵を雇うが如く雇い、国税を使って報酬を払った。世界がPHCに依存するまで、そう時間は掛からなかった。

 だが、PHCの要求金額はどんどん膨れ上がっていく。あっという間に、世界の希望だったPHCは絶望へと様変わりした。経済的に破たんしてしまった国もあったという。そんな状況に業を煮やした各国は、PHCに強硬手段を取った。公にはされていないが、アメリカやロシアなどの軍事大国を筆頭に、多種多様な国々が独自の軍事作戦を展開。自国付近に点在するPHC支社へと特殊部隊を派遣した。

 しかし、現状を鑑みても、状況に変化があったとは考えにくい。どこの国も返り討ちにあったのだ。


「PHCのセキュリティは、世界中の軍隊を合わせても突破不可能か。バカげた話だ」


 小城はソファーに座り、テーブルの上にあるファイルへと目を落とす。

 パラパラとめくる。しかし、資料に目を通しても真新しい発見はなかった。

 ここに載っている情報は、全て頭の中へインプットされている。


「……高宮朱里」


 朱里のプロフィールが載ったページで手を止めて、羅列されている情報を見直した。

 朱里がここに来て、一か月も経っていない。しかし彼女の狩猟能力は驚きに値するほど高い。

 生まれついて狩りの才能を持った怪物。社長はそう言って喜んでいた。


「いいオモチャか。……奴には、核でもぶっ放さなきゃ勝てなそうだ」


 我ながら頭の悪い考えだと小城は苦笑する。倫理的問題もあるし、仮に核爆弾を撃ってみたところで、あの男が怯える姿を想像できなかった。むしろ、大喜びして受け入れそうだ。

 PHCの社長が怖ろしいのは、無防備なのに誰も手出しできない無敵さだ。奴はこう思っていることだろう――さぁ手を出してみてくれ。君たちがどう滅びるのかを見届けよう。さながら世界の支配者だ。


「神様に銃って効くのかね」


 などと突拍子のない独り言を呟くと、小城の携帯端末が震えた。着信相手はネフィリムだ。

 端末を操作して、通信に出る。すると、ネフィリムの焦った声。


「隊長、大変です! アカリの様子が!」

「わかった。すぐ行く。くそっ」


 携帯を切り、小城はハンガーに掛けてあった迷彩服へと身を包む。

 その毒づきは朱里に向けられたものではない。たったひとりの少女すら救えない、自分の不甲斐なさに向けられたものだった。



 小城が部屋に入ると、中はめちゃくちゃだった。床に座り込む朱里は、ひどく憔悴していた。

 何があったのか、ベテランである小城には推測できる。恐らく例の宣告を受けたのだ。日本政府がお前を抹消処分にするぞ、という非情な宣告を。

 ある程度の事情を知っている小城は、この宣告を仕方のないことと思っている。だが、当事者である朱里が仕方ないの一言で片付けられるわけがない。

 ゆえに荒れているのだ。手当たり次第物品を破壊し、自暴自棄となっている。

 だがそんな心理状態でも、家族の写真が詰まった携帯と小城の遺品であるライターは壊さなかった。朱里は本質的に優しい子である。異常な状況下で、精神に不調をきたしているだけなのだ。適切なサポートを受ければすぐにでも平常心を取り戻す。

 絶望を与えられた者には、それを打ち消せるほどの希望が必要だ。小城は朱里を元気づけた。


「安心しろ。君の家族は殺されない。無事に借金を返済できたら……」

「そんな保証はどこにもない。わかりませんよ、誰を信頼すればいいんですか……」

「俺とネフィリム」

「ネフィリムは!」


 朱里が大声で怒鳴る。不条理に追い詰められて、まともな判断がつかなくなっている。


「ネフィリムは、ネフィリムのせいで、私は死にかけました……」

「朱里」


 小城がネフィリムを横目で見ながら、朱里を落ち着かせようと奮闘する。これは朱里の本意ではない。正常な彼女の様子を知っているからこそ、小城はそう判断できる。しかし、ネフィリムがそう受け取るとは限らない。

 案の定、ネフィリムはショックを受けていた。危うい。自殺しようとするかもしれない。


「……ネフィリムは、確かに至らない部分もあったかもしれない」


 そういう少女だ。小城はネフィリムにハンドサインで待機を命じた。これでネフィリムはなんの命令も受け付けなくなる。


「今、君の周りには理不尽が渦巻いている。怒りを感じるだろう。悲しくも思うはずだ。怒っていいし、泣いていい。君にはその権利がある」

「怒りも悲しみも、とうに通り越しています。私はもう生きている価値のない人間です」

「生きる理由が家族だけではないだろう?」

「家族だけでした!!」


 朱里は義手でテーブルを叩き割った。小城は止めることなく、彼女の暴挙を真っ直ぐ見据えている。


「家族だけ……でした。私の生きる理由は。家族さえいれば、十分だったんです。貧しくてもいい。人並みの生活が送れればそれで良かった……」


 なのに、朱里は右手と右眼を喪失し、日常を送る自由をはく奪され、最後の希望だった家族すら奪われた。

 だから彼女は、もう生きる意味はないと諦めている。自殺していいとも思ってしまっている。

 小城は右手を強く握りしめた。強すぎて血が滲み出る。

 痛みを感じるが、朱里の、心の痛みに比べれば大したものではない。


「家族を大事に想うなら、なおさら悲観に暮れている暇はない」


 小城は膝をついている朱里に手を差し伸べる。手には朱里が落としていた携帯がのっていた。

 朱里は震える左手で手を伸ばす。狩りの時とは大違いの、儚げな手だ。

 やはり彼女は怪物ではない。恐ろしい出来事に直面し、恐怖に震える女の子。

 朱里には狩りの才能があるのかもしれない。かつて人間が狩猟民族だった頃の経験が、遺伝子に刻み込まれているのかもしれない。

 しかし、彼女の本質はふつうの少女だ。守るべき子どもが、自分の目の前で震えている。

 となれば、自分は一体どうするべきか――小城がそう考えた瞬間に、出撃勧告のアナウンスは響いた。


『――ハンターオギカグヤ、ハンタータカミヤアカリ。F-2地点にてビーストの発生を確認。至急、討伐に向かってください』

「チクショウめ」


 小城はぼやくと、朱里に携帯を手渡した。こんな状態でも、PHCは待ってくれない。

 ここで躊躇うぐらいなら死ね。それがPHCの方針だ。死んでも気にしない。代わりはたくさんいるからだ。がっかりぐらいはするかもしれないが。


「すまない、朱里。任務だ。行こう」

「はい……」


 光を見出したはずの朱里は、また暗がりに落ちてしまった。

 ネフィリムに目配せをし、二人で朱里に肩を貸して、出撃ハッチへと連れて行く。

 反吐が出た。どうにかして現状を変えなければならない。小城は考えをまとめていく。



 ※※※



 飛行機には一度だけ乗ったことがある。

 父親が病気でなかった頃、弟が今よりももっと手の掛かる時期だった時だ。

 高度の上昇による気圧変化によって、耳が変になったことを朱里は覚えている。

 耳抜きをして、窓の外に広がる青空を見つめていた。いつも見上げていた雲を、見下ろす感覚は、幼心ながら興奮した。まるで、自分がとても大きな存在になったような優越感を感じていた。

 しかし、小さい頃大好きだった飛行機も、今や嫌いな乗り物だ。あんなに大好きだったのに、輸送機には飛行機の楽しさが微塵も感じられない。

 自分を狩場へと送る鉄の箱。そんな、無骨なイメージだ。


「大丈夫か、朱里」


 小城が朱里を案じている。しかし、朱里は応じず箱の外を見ていた。

 綺麗な景色。光学迷彩によって擬態するPHCのキャリアーは、市街地の頭上を悠々と飛んでいた。

 今は昼時だ。学生会社員を問わずほとんどの人間が昼休憩に入ったところだろう。彼らが眩しくてしょうがなかった。人は普遍な日常を退屈だと嘆く。しかし、今の朱里には、その退屈さこそが羨ましい。


「アカリは不調です。どうしますか、隊長」


 ネフィリムが小城に問いかける。小城は顎に手を当てて、


「……俺がひとりで片付ける。幸い、今回のビーストは大した強さを持っていない。時間は掛かるだろうが、ひとりでも殲滅できる」

「大丈夫、です」


 朱里が声を発した。外から中へと目を移し、薄ら笑いを浮かべて話す。


「もう、大丈夫ですよ。今度は私から役目を奪うんですか? 止めてくださいよ。私を愉しいことから隔離しないでください。今となっては、敵を狩ることが、唯一の娯楽なんですから」

「朱里」


 小城が苦りきった顔を向ける。なぜだろうと朱里は疑問に思った。

 彼には何の責任もないのだ。なのに、なぜ、苦しむのだろう。自分に共感しているのだろうか。

 考えても答えは出ないし、答えが出たとしても無意味だった。

 今、朱里に必要なのは、家族だ。しかし、小城は家族を与えてはくれない。なら、こんな思考に何の意味があるのだろう。



 狩場は森林地帯だった。人のいた名残があった今までのフィールドとは一転、自然物でできた天然の狩場だ。立ち入り禁止の理由は、自然保護のため。とんだデタラメだ。ここでは狩人が魔獣を乱獲するのだから。

 狩場へと降り立った朱里は、ショットガンを構えて周辺をスキャンする。機械の眼よりも先にあたりの敵を捕らえた小城が軽口を叩いた。


「ツノ、ツノ、ツノ。……一角獣のオンパレードだな」


 小城の言葉通り、角の生えた魔獣たちの群れが辺りにひしめき合っていた。アルミラージとユニコーン。

 どちらの一角獣も突進攻撃を得意とする。アルミラージは真っ白い角の生えたウサギで、ユニコーンは言わずと知れた角付きの白馬だ。


「どちらとも人を見つけた瞬間、角で刺し殺そうとする凶暴なビーストです。正面からではなく側面や背面からの攻撃を――アカリっ!?」


 ネフィリムの叫び声を背中で受けながら、朱里はビーストの群れへと突っ込んだ。策などない。必要なかった。魔獣を狩る。ただそれだけ。

 ショットガンを突撃してくるアルミラージへと向けて、撃つ。だが、アルミラージは跳んで避けた。驚異のジャンプ力。冷静さを失った朱里は、引き金をがむしゃらに引きまくる。


「くそ!」


 全て外れて、歯噛みする。追い撃ちを掛けようとした朱里だが、右眼の警告を聞いて振り返った。

 背後に、ユニコーンがいた。朱里を突き刺そうと凄まじい速さで駆けてくる。


「――ッ!!」


 朱里は咄嗟に回避。が、角は避けられたものの、強烈なタックルを食らってしまう。

 かはっ、と息を漏らしながら地面を転がった。着地体勢を取れずに仰向けに倒れる。


「アカリ! 上です!」

 

 ――頭上からの攻撃。ご注意ください。

 朱里の耳にネフィリムと右眼の声が聞こえる。朱里が空を見上げると、高く舞い飛んだシロウサギが落下してくる最中だった。

 咄嗟にショットガンを構える。エラー表記。右眼の右隅に表示される残弾数はゼロだった。


「……あ」


 死とは悔恨する間もなく、一瞬で訪れる。

 アルミラージが朱里を刺殺する――刹那、割って入った何者かが、ウサギを一刀両断した。

 ヴィネの設計した複合兵器――ライフルソードを構えた小城だった。


「大丈夫か、朱里」


 扱いにくい剣銃を持ち、朱里を気遣う小城。朱里はか細い声で答えた。


「大丈夫なわけ、ないじゃないですか」

「……」


 大丈夫なわけがない。自分が生きる理由を全て奪われた。

 正直、朱里は死にたかった。一角獣に刺殺されれば良かった。しかし、朱里は殺される前に引き金を引いている。矛盾した行動、矛盾した気持ち。耐え切れなくなって、叫び出す。


「あああああッ!!」


 叫んでユニコーンの注意を引いて、素手のまま駆けていく。ユニコーンと朱里、直線的に並んだ獣と人は、角と拳を突きつけあって攻撃する。

 一度は不覚を取った朱里だが、今度は完封してみせた。

 迫りくるユニコーンへ右手を開き、突撃してきたところで角を掴む。そのまま身体を捻ってユニコーンに飛び乗り、強引に角をもぎ取った。

 ユニコーンが嘶く。朱里は自身が導き出した狩り方に従い、角を白馬の頭部へ突き立てる。


「くッ、このッ! 死ね、死ね!!」


 がむしゃらに角を刺す。魔獣の攻撃は魔獣に有効。とうとう倒れ込んだユニコーンと共に、朱里も地面に投げ出された。

 そこへネフィリムが駆け寄って、大丈夫ですかと手を伸ばす。朱里はまた同じ返答をした。


「大丈夫じゃない……大丈夫じゃないよ……」


 しかしネフィリムには問題を解決できない。それは離れた位置に立つ小城も同じだった。

 ネフィリムは朱里に肩を貸し、安全地帯へと誘導し始める。ネフィリムの視線を受けた小城は頷き、


「手筈通りにしろ。こいつらは俺が片付ける。――来い、化け物ども」


 刀身の後ろに銃身がある奇妙な剣を用いて、魔獣たちを殲滅する。

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