side6 愛しのからころも

ああ寒い。冷えると思ったら宵のうちに雪が降ったようじゃ。

格子を上げるときらめく白銀の世界

朝の光を受けて反射する白光色の木々


ああカレと初めて迎えた朝もこのような雪の煌めく朝じゃった。

あの朝、雪よりも朝日よりも輝いていたあなた

あまりの美しさに言葉を失ったものじゃ

扇でわらわの顔を隠すのも忘れてしまうほどに


「ああああああ」

「ああああ、あさ、あさひは雪を……」

「ああああああなたはなんて……」

 カレとて初めて迎えた朝だからか少うし動揺していたようじゃ

 そんなカレも可愛らしくて愛おしい


 長居をしてはわらわの評判が下がるからとそそくさと帰られたあなた

 本当はもう少し美しいあなたを眺めていたかったのに


「朝日はつららを溶かすのにどうしてキミは溶けないんだろう」


きゃああああ

こっ、こっ、こんな恋のお歌を生まれて初めていただいた

わらわの心なぞ、もうとうに溶けているというのに

いやだからといって「わらわも好いておる」など伝えられるはずもない


「キミのこころを溶かしたい」


いやぁぁぁぁぁ

あ、いや、けして嫌というわけではないのじゃ

しかし困るではないか。わらわは公家の娘。

落ちぶれてはいるけれど皇族に連なるものとしての格式が求められる。


「キミが欲しい」


だめよぉぉぉぉぉ

だめではないのじゃ。いや、だめじゃ。

いけないではないか。そんな強引なことをのたまわれては。

だめじゃ。だめじゃ。貴人として礼にのっとったふるまいを。


そ、そうじゃ。格式高く返歌をせねば。

返事。

返歌。

後朝きぬぎぬの歌の返事。

きっ! きぬぎぬ……。

恋人同士が交わす愛の歌。

契りの歌。

ちっ! ちぎり……。

こっ、恋の歌のお返事なぞどのようにすればよいのじゃ……。


困った……。

あまり言いたくはないが、わらわは歌が苦手なのじゃ。

気の利いた女房にでも代筆をさせようか。

いいえ、それはならぬ。

光る君へのお返事じゃ。

わらわが返さねば……。

「わらわも好きじゃ」でははしたない。

「好きではない」ではウソになる。

どうしたらいいのじゃ……。


悩んでいたら昼になってしまった。


「あの、また来てもいいからね」


ようやく絞り出した結果がコレ。


……、

また……、来てくれるじゃろうか……。




そんな嬉し恥ずかし初めての雪の朝から幾年月

頻繁ではないが時折はカレが訪ねてきてくれる

かの光る君はわらわの背の君

わらわは光る君のツマ


あれほどの背の君である

わらわの他にも奥方がいらっしゃるのは存じておる

してもわらわもかの光る君のツマなのじゃ


光り輝く光る君

わらわの背の君


ぱち、と火桶(火鉢)の炭がはぜる


ああそれにしても寒い

背の君からいただいた毛皮衣を羽織る

暖かい

こうしているとカレの愛情に包まれているようである

「末摘花の君」

カレはかように可憐な呼び名でわらわを呼ぶ

「末摘花の君」

素敵なテナーボイス。胸がときめく

きゃっ! あっ! いやっ!

わらわとしたことが取り乱してしもうた

少し妄想が過ぎてしまった


そうじゃ、衣といえば背の君のお衣装を整えて差し上げるのも妻の役目じゃ

かの光る君のツマとなったからにはカレのお衣装の支度をせねば!!

あの美貌であるから

何を召されてもお似合いになることじゃろう

そういえば亡き父宮用の反物がとってあったはず

少し年数が経っているがこれで仕立てよう

元は一流の織物に在りし日の母上が染めた反物

海老染め色が若干日に焼けているようだがアンティークと思えばよい


「嬉しいよ。末摘花の君」


あの方はきっとそんな風におっしゃってくださる


ああ、楽しみじゃ

この衣をまとう光る君のお姿

ああ、からころも

からころもなるカレころも


「姫様、寸法が……」

「姫様、縫い目が……」


耳障りな女房たちの声。心をこめて裁縫しているのじゃ。邪魔をするでない。


 あの方の微笑み

 んふ。むふふふふ。


愛おしいカレころもを抱きしめる


「姫様、そのようになされますとシワが……」


仕方ないではないか。愛おしいのであるから


「姫様、あとは私どもで仕上げを……」


ええい、五月蠅い。なぜにわらわからカレころもを取り上げようとするのじゃ。


 カレのころも

 愛しのころも

 からからころも。カレころも。


 からころも きっと似合うわ カレころも キラキラ光る からころも


歌まですらすらっと詠めてしまった

このころもを纏ってわらわを訪ねてくれるだろう





はて……。そういえば。

この前あの方がいらしたのはいつのことじゃったであろうか

はて……。

いやいやあの方はお忙しいのじゃ

「待たせてしまったね」


なぁんておっしゃりながら優雅にそこの御簾を上げて……、

きゃああああああ!

 

 あっ!! 


「ほらごらんあそばしませ。ご注意申し上げておりますのにお手元をごらんになってあらしゃいまへんからお怪我を」


針で指を刺してしまった

残りは女房達が仕上げてくれるらしい

いそいそとそそくさとカレころもを持ってゆく

わらわのカレころも


ああ寒い

カレにいただいた皮ころも

むっふふふ。暖かい

カレに贈るカレころも

うふふふふ。よろこんでくれるだろうか。

うふっふっふっふっ


「いつでも来てくれていいからね」


文も書いた

歌も詠んだ

衣も仕上がった(はず)


光る君の様子りあくしょんが楽しみじゃのう 




◇サイドストーリーⅥ 末摘花side

 愛しのからころも



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