topics19 うっとり美しい情景描写

 めくるめく、というか現代のワタシたちからすると

「ま、よくもこんなに次から次へとねぇ……」

 と呆れるくらい大勢の女子と同時進行の源氏くんの恋物語を綴っている源氏物語ですが、文学的に評価され、千年ものあいだ読み継がれている名作です。文学的な評価や解説は専門家の方におまかせするとして、ワタシがお話しようと思うのは情景描写がとても綺麗なことです。


 なにも源ちゃんのカノジョの数の多さがこの物語の素晴らしさではないと思うのです。え? ある意味スゴイ?  素敵な恋物語が読者を夢中にさせてはいると思いますけれどね。そんな恋物語を美しく彩っているのが情景描写です。特に玉鬘十帖は舞台が源氏の大豪邸六条院ですが、その情景が素晴らしいです。



 ☆春の庭(第24帖【胡蝶】)

 弥生の二十日あまりのころほひ、春の御前のありさま、常よりことに尽くして匂ふ花の色、鳥の声、ほかの里には、まだ古りぬにやと、めづらしう見え聞こゆ。

(3月の20日過ぎ、六条院の春の御殿の庭はいつも以上に多くの花が咲き、多くのさえずる鳥が来て、春はここにだけ訪れているのかと思わせるほど美しいのである)


 ☆端午の節句の衣装(第25帖【蛍】)

 対の御方よりも、童女など、物見に渡り来て、廊の戸口に御簾青やかに掛けわたして、今めきたる裾濃の御几帳ども立てわたし、童、下仕へなどさまよふ。菖蒲襲の衵、二藍の羅の汗衫着たる童女ぞ、西の対のなめる。

(玉鬘のところに仕えている少女たちも見物に来ていて、青々とした御簾が掛けられ、紫ぼかしの几帳が立てられたところをその少女たちや女房たちが行き来している。少女たちは菖蒲のグラデーションや薄い藍色の衣装を着ていた)


 ☆夏の庭(第26帖【常夏】)

 御前に、乱れがはしき前栽なども植ゑさせたまはず、撫子の色をととのへたる、 唐の、大和の、籬いとなつかしく結ひなして、咲き乱れたる夕ばえ、いみじく見ゆ。

(いろいろな種類の草花を植えることはせずに唐撫子からなでしこや大和撫子など撫子だけで色を整え美しくやさしい感じの生垣にしており、そこが夕映えに光って見える)


 ☆秋の庭(第28帖【野分】)

 中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること、常の年よりも見所多く、色種を尽くして、よしある黒木赤木のまがきを結ひまぜつつ、同じき花の枝ざし、姿、朝夕露の光も世の常ならず、玉かとかかやきて作りわたせる野辺の色を見るに、はた、春の山も忘られて、涼しうおもしろく、心もあくがるるやうなり。

(中宮のお住まいの秋の御殿のお庭に植えられた秋草は、今年は特に種類が多く、その中に風流な黒木や赤木の垣根が組み合わされ、朝露夕露が降りる優美な景色は春の庭を忘れるほどに美しかった)


 贅の限りをつくして建てた六条院。凝りに凝ったそれぞれの御殿やそのお庭。そこに住んでいる人達の衣装の美しさや室礼しつらい(インテリア)の見事さ。思わずうっとりしてしまいます。




 折しも爛漫の春、千年経った今も変わらず花を咲かせてくれる桜。

 今を盛りと咲き誇るその薄紅色の花

 さわりと揺れる花簪の枝

 仲良さげに交わる花隧道

 日本の春を楽しませてくれる日本の国花


 いにしへの人たちも桜の花を楽しまれたのかしら?

 はらはら舞い降りる花びらを見ながら春を見送るのかしら?

 桜越しの空を見上げて日に日に暖かくなる陽ざしに手をかざすのかしら?

 うららかな春の日に

 和歌や歌や合奏を楽しまれたのかしら? 


 そしてやっぱり……、恋の花も咲き乱れるのかしら?



 紫式部センセイ、時代も社会も移ろうけれど、今も日本の春は美しいです。

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