三分缶(KAC6)

 四千字以内

 カクヨム三周年記念

 お題は『最後の三分間』



 かけるの住むアパートに、憶えのない送り物が届いた。

 目の前には、笑顔で受領印を求める爽やかな配達員。また田舎から、野菜でも送られてきたのかと、眠たい目をこすりながら、彼はこれに判を押した。

 配達員が去った後、真四角な段ボールのガムテープをカッターで切り開く。

 中を覗くと一つの350ml缶と、取扱説明書と明記された一枚の紙が目に入った。


「なんだこれ? ジュースか?」


 缶のラベルには『三分缶』と明記してあった。その下には小さく、試供品とも添えられている。

 手に取ってみるとやけに軽い。振ってみても中には液体らしきものは入っていないようだった。


「いたずらかな?」


 かけるは続けて同梱されていた説明書を手に取る。そこには以下のように書かれていた。


 『おめでとうございます。

  厳正なる抽選の結果、あなたはモニターに選ばれました。

  よって、開発中の新製品を送らせて頂きます。

 

  弊社の三分缶には時間が込められています。

  缶を開ければ、世界はあなたの想うがままになります。

 

  製品版をお求めの方は御一報ください。

  0×0―14××―××21』


 当選者たる彼は、おめでとうと祝われてもちっとも嬉しくなかった。

 厄介なゴミを送り付けてきやがってと、心の中で罵声を吐く。

 面倒ながらも缶を潰そうと、かけるは蓋を開けた。


――カシュッ


 酸化を防ぐために入れられる、液体窒素が抜ける缶飲料独特の快音が部屋に響く。その音を皮切りに、BGM代わりに流していたテレビのニュースが聞こえなくなった。

 異変に気付きテレビに目を向ける。


「あれ? 放送事故か?」


 画面は止まっていた。ニュースを読み上げているキャスターは、なんとも不細工な表情でこちらを見つめているのだ。

 彼は先程の一文を思い出した。


――時間が込められている


 慌てて布団の枕元に置かれた電波時計を確認する。秒針はピクリともしていなかった。

 窓から外を見渡すと、空中に浮かんだまま制止するスズメが目に入り、アパート前を歩いていただろう住民は、まるでメデューサに睨まれたかの如く、彫刻のようにそこに突っ立っていた。

 かけるは、世界を置き去りにしていたのである。


 プルタブを引いてから丁度三分後、世界は流れを取り戻した。

 今しがた起こった奇跡に、彼は興奮が抑えられなかった。気付けばスマートフォンに、記載されていた番号を打ち込んでいたのである。


 プルルルル……、と2回鳴った後で、女性らしき声が聞こえてきた。


『はい、こちら、ベルダンディ社です。ご用件をどうぞ』

「あ、もしもし? えっと、届けられた三分缶を試した者なんですが……」

『ああ、抽選にご当選された方ですね。おめでとうございます。弊社の商品は如何だったでしょう?』

「素晴らしいです。是非、商品版とやらを買い求めたいのですが……」

『ありがとうございます。では、振込先をお伝えしますので、メモのご用意をお願い致します』


 かけるは、彼女から振込先を受け取った。

 そのまま近所のコンビニへと向かい、なけなしの100万円を振り込んだのである。



 後日、アパートに届けられた新しい三分缶を手にして、かけるは地域で一番大きいパチンコ屋の景品換金所を訪れていた。監視カメラに映らないように細心の注意を以て、その時をはやる鼓動を抑えながら待ち構えていた。


 担当店員の休憩か、あるいは交代なのか。とにかく、換金所の扉が開いた。

 そのタイミングでかけるは缶のプルタブを引く。


――カシュッ


 かけるはすかさず換金所の中へと走り込み、辺りを見渡した。

 壁に掛けられていた鍵を手に取り、一際目立つ金庫を開く。

 持参していたスポーツバックに現金を詰めるだけ詰め込んで、急いで逃げると同時に、世界は音を取り戻した。

 今までの人生で、見たことも無い大金が、たったの三分間で手に入る。

 彼は、その金を使い、再び新たなる缶を購入するのだった。



 一週間も経てば、かけるの部屋には、段ボールの山が築かれていた。

 彼は、その力を以て、悪行の限りを尽くす。


 ネットでは、ライブ中、一瞬で全裸にされたアイドルの話題や、完璧すぎると称された銀行強盗、誘拐された児童の話題で持ちきりになっている。しかし、犯人は見つかる気配もない。

 見つかるはずがなかった。


 かけるは部屋の押入れを開いた。

 中には所狭しく、ぎっしりと現金が詰め込まれている。銀行の入金履歴から警察に嗅ぎつかれる事を危惧し、得た大金は全てここにしまっていた。

 続けてスマートフォンのロックを解除する。

 そこには、彼が撮った数々の、悪辣たる功績が肉々しく映し出された。


 世界は今や、自分の為に存在している。

 時は金なり。その言葉は真実であった。

 彼は、積み上げられた金を背景に、不埒な画像に興奮して、自然と下半身に手を伸ばしていた。


――その時、視界に変化があった。

 慌ててスマホを投げ出し、押入れを確認する。


 ない。


 さっきまでここにあった山のような現金が、一枚たりとも残されていなかったのだ。


 それだけではない。

 部屋にあった大量の三分缶も、まるで夢のように消えていたのだ。


 かけるは慌てて窓の外を見下ろす。

 丁度その時、一台のハイエースが去っていくところが目に入った。

 誰がどう聞きつけたのか、それはわかる由もない。

 ただ一つわかったことは、彼が今までそうしてきたと同様に、自分の他に缶を使用している人間がいるという事だった。

 かけるはそこまで気が回らなかった自分を恨んだ。そして次こそは、金庫でもなんでも作って、金を絶対的に保守しようと心に決めた。


 しかし、全てを押し入れに詰め込んでいた彼は、今となっては、とても100万円なんて大金は用意できそうもなかった。

 ひとしきり後悔したかけるは、ある事を思いだし、冷蔵庫を開く。

 中には、一本の三分缶が入っていた。

 冷やしたり、温めたりすれば、もしかしたら三分以上時間が止められるかもしれないと、かけるは彼なりに、実験を繰り返していたのである。

 残されたこの一本、たった三分間ではあるが、それがあれば十分やり直せることを時の支配者は知っている。

 彼は電話をかけた。


『はい。こちらベルダンディ社です。かける様、いつもご贔屓頂き、ありがとうございます』

「もしもし。また、三分缶を買いたいんですけど……」

『――すいません。かける様。弊社の開発した三分缶は、製造中止となりました』

「えっ!? な、なんでですか!?」


 女性は語った。

 近年、多発している悪質な犯罪。そのほとんどが三分缶が元凶であったと。

 足跡を残し、逮捕された一人が、この缶の存在を公にしてしまったとの事だった。


『恐らく、この会社も強制捜査が入り、いずれ無くなるでしょう。かける様、日頃の御愛願、真にありがとうございました』


 かけるは言葉を失った。

 それでも「ちょっと、待ってください!」と振り絞り、電話越しの女性は「はい。どうしましたか?」と答えた。


「僕には、僕には末期がんの祖父がいたのです。その人との時間を……、本来ならたった数日で終わってしまった時間を、ほんの僅かとはいえ、延長してくれたこの三分缶に感謝しているんです。出来れば、開発者の人にお礼を言いたいのですが、連絡先をお教え願えませんでしょうか?」


 勿論、口から出まかせであった。

 開発者の元に行けば、まだ三分缶が残されているかもしれないと、彼は目論んだのである。


 女性は『少々お待ちください』と残すと、メルヘンチックなBGMを数分流した後、かけるに開発者だと言う者の連絡先を伝えた。



 かけるはその後、開発者である男とアポを取り、菓子折りを手に提げながら、研究所を訪れる。

 着いてみれば、研究所とは名ばかりで、築50年は経っていそうな、古ぼけた一軒家であった。

 インターフォンを押すと、中から頭を禿げ散らかした老人が顔を覗かせる。


「どちら様で?」

「あの、僕、以前三分缶を使わせて頂いた者でして――」

「ああ、話は聞いてるよ。どうぞ」


 老人に手招きされ、かけるは民家へと入った。

 家の中を見渡せば、生活感なんてものは見当たらず、何に使うのかわからぬ器具ばかり。どうやら居間らしい場所に通され、老人に促されて、彼は腰を落とした。


「三分缶は、儂の人生のすべてをかけた発明だった。……だが、あれを作ったのは失敗だった」


 かけるが手土産を手渡すと、老人は悲しそうに口にした。


「時間を止めるなんて、素晴らしい発明じゃないですか。なぜ、最初から公に発表しなかったんですか?」

「――あんなもの、世界に公表したら、それこそ各国がこぞって欲しがるのは目に見えていた。それでも儂は、自分の発明を誰かに認めてもらいたかったのかもしれん。知り合いの販売会社に話をしてしまった。それが一番の間違いだった」

「ベルダンディ社ですか……」

「ああ、やつらは金儲けしか頭になかった。結果、誰しもが己の欲望を満たすために三分缶を使用した。君みたいに正しく使ってくれる者なんて、一人もいやしなかった」

「では、もう三分缶は製造しないんですか?」

「ああ、あれは危険すぎる。時間と言う、世界の心理に近づけると思っていたが、どうやらそれは、今の人間には過ぎた、おこがましいものだったのかもしれん。今ある缶を処分したら、儂は製造法を墓場まで持っていくつもりだ」


――カシュッ


 かけるは腹に隠していた最後の三分間のプルタブを引いた。

 老人が、『今ある缶』と言った事で、この家にまだ缶が残されていると確証したのだ。

 急いで二階へと駆けあがり、ドアを一つづつ開いていく。その内の一室に、まだラベルの張られていない缶が目に入って、かけるは両腕に持てるだけ抱きかかえて部屋を逃げ出ようとした。

 その時、三分間が過ぎ去り、世界は流れを取り戻した。


「待て! その缶は使ったらいかん! まだ開発途中で――」


 かけるは、止めようとする老人から逃げる為、缶の一つを開けた。



 世界は止まった。



 そしてそのまま、動き出す事がなかった。

 かけるが開いたその缶は、老人が開発していた、だったのである。

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