さよなら、母さん

九百字以内

バス停、二人、雨縛りの企画で書いた物です。

https://www.youtube.com/watch?v=AUCed0gx32c&t=3s


   〇


「やだわあ。ちょっと早かったみたい」

「だから言ったじゃねえかよ。こんなに早く出ても仕方ないって」


 田舎町にある小さなバス停。

 屋根の下にあるのはベンチと時刻表くらいで、そこに座った俺の目に入ってきたのは見渡す限りの田んぼだけである。

 俺はこの町が大嫌いだった。遊ぶにしたって、飯食うにしたって、都会と比べてなんの魅力もない。つくづく生まれてきた家を間違えたと、この十八年間思い続けてきた。


「あ、雨。お洗濯もの出しっぱなしだわあ。どうしましょ」

「俺一人で大丈夫だから。もういいから早く帰りなよ」

「でもお見送りだから。バスが来るまで一緒に待つわよ」


 前触れなくポツ、ポツと降り始めた雨が、やがてその勢いを増していきいよいよ本降りになる。上空三千メートルから落ちてくる水滴は屋根を鳴らし、俺達の間に沈黙を生んだ。対照的に田んぼからはゲコゲコとやかましい蛙の鳴き声が聞こえてくる。


「向こうに行ってもちゃんとご飯食べるんだよ」

「ああ、わかってるよ」


 俺が本当に小さかったころ、父さんは事故で死んだ。

 それから母さんは近所のスーパーに務め、一人で俺を育ててくれた。

 それなのに俺は今まで母さんになにもできなかった。授業参観に来てくれなかった時に家のガラスを割った事もあるし、貧乏でスマホを買って貰えなかった時には随分とひどい事を言ってしまった。俺は今まで一度だって謝れないままだ。

 だけど母さんは自分が悪いと思ってしまうのか、そんな事がある度落ち込んでしまうのが俺は心苦しかった。

 この窮屈でなにもない町は、俺に嫌な思い出しか作らせなかった。だから俺は今日、東京に行く。東京に行って、一流にふれて、世界を見たい。


「あんたがいないと寂しくなるねえ」

「あのさ、母さん」


 母さんを独りぼっちにさせてしまうのは正直辛い。それでも俺は東京に行きたいんだ。でもその前に――言う事があった。


「お土産何がいい?」

「コミケに行くんでしょ? よさげなBL買ってきて。明日には帰ってくる?」

「うん。その予定」

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