短編集

いずくかける

こたつ広場

四千字未満

このお題の小説が読みたい<こたつ広場>という企画に参加した作品です

https://www.youtube.com/watch?v=5H1_nof79UU



 新宿とは面白い街である。

 都庁のある西新宿はサラリーマンが行きかい、日本経済を回すような厳格なビルが立ち並ぶかと思えば、反対に新宿駅東口からアルタ前を過ぎると東洋一の歓楽街、歌舞伎町が夜な夜なネオンを光らせている。


 私はこの歌舞伎町が好きである。歌舞伎町は自由があるから好きだ。

 人種も年齢も性別だって関係がない。ありとあらゆる人間の欲望を受け止めるこの歌舞伎町が好きだ。

 キャバクラ、ホスト、居酒屋、裏カジノ、サウナだってあるし、ソープランドだって存在する。かと思えばゴールデン街の様に風情溢れる街並みもあり、旧コマ劇から顔を出すゴジラは都心の持つアーティスティックな一面も主張する。


 私は先日、この歌舞伎町で奇妙な店を発見した。

 名を『こたつ広場』と言う。

 開店に数億円を投じ、近年一世を風靡したロボットレストランにほど近いその店は、ピンクの看板にこたつのイラストと、そこからにゅうっと跳び出る足、そして店名だけを明記した非常に興味をそそられる風貌ふうぼうである。しかし開店に金をかけているとは思えない。


 場所柄、私はまず風俗店を想像した。

 男と女の四十八手にはこたつなくして披露できない技があるように、実はこたつという、お茶の間にかかせぬ家族の神器は、深く性風俗と根を同じくするところがある。

 ならばどうだろう。

 そこから導き出される私の仮説は、こたつを挟みコンパニオンと酒を酌み交わす大人の社交場か、あるいはもっと、より直接的なモノを混じり合わせる密会所か。


 あくる日、私はATMでそれなりの金紙を引き下ろしこたつ広場へと向かった。無論、真相を究明するための必要経費である。

 夜の歌舞伎町は平日休日を問わず若者からご年配までが徘徊し、その喧騒は私の胸をより一層強く波立たせた。

 さて、念願のこたつ広場である。

 相変わらずの面構えに私は武者震いを隠せなかった。

 いざ、尋常に勝負。


 看板を抜けるとそこには下り階段が設けられており、私はその狭い中を一段、一段とこたつ広場に向け足を進めていった。

 階段を下り切ると猫の眉間程の踊り場があり、使用済みであろうおしぼりが青いプラスチック製のカゴに乱雑に押し込まれていた。

 繁華街では珍しくもないこのタオルケース。風の噂によれば暴力団が他のおしぼり業者より高額で回収、配達を繰り返すことにより店からみかじめを取る仕組みになっているのだとか。

 もしその話が本当であれば、このこたつ広場が裏社会と癒着している蓋然性がいぜんせいも高まると言うもの。

 私は早速こたつ広場の扉を開けようとした。しかし、それは叶わなかった。

 こたつ広場の入口には、ドアノブが存在しなかったのである。ならばと私は周囲を見渡したが、やはり呼び鈴一つも見当たらなかった。

 私は大人しく引き返し他の店を探す事も考えたが、ここまできては私の好奇心が収まりを許さなかった。こたつ広場のドアを叩く。


――ドンドンドン


「おーい。誰かいませんかー」


――ドンドンドン


「誰かー。いませんかー」


――ガチャリ


 私の声が届いたのか、こたつ広場のドアが開く。しかし全開とはいかず、僅か数センチしか開かれていなかった。

 ドアと壁の間。そこから私を覗くのは、小学生と思わしき一人の少女であった。


「はい?」

「あの、すいません。こちら、こたつ広場で合ってますか?」

「ええ、まあ。そうですけど」


 スーツ姿の男か、あるいは若い女性が店に迎え受け入れると想定していた私は、思わぬ店員の登場に少したじろいだ。そんな私から一見さんだと判断したのか、少女は気だるそうに対応した。


「えっと。お客さん。予約とかされてます?」

「い、いえ……。えっと、初めてで」

「ああ、うち会員制なんですよ。申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り願います」


 少女はそう言って心もさることながら、扉すらも固く閉ざした。

 踊り場に一人残された私はスマートフォンを取り出し、GOOGLEで【こたつ広場 新宿】と検索してみた。しかし、この店に関する情報は得られなかったのである。


 私はその後、近くにある居酒屋に入ると生ビールと焼き鳥を注文した。

 一体、こたつ広場とはなんなのか。考えれば考えるほどわからなくなってくる。あの年端もいかない少女を働かせる店である。違法な事は間違いないだろう。警察の目に触れることを避けているのだとしたら会員制な事にも頷ける。しかしならば、あのでかでかとした看板は一体何なのだ。


「こたつ……広場……」


 やきとりを頬張りながら私はジョッキに這いつく気泡を眺めている。良く冷えたビールは体に染みわたり、労働によって蓄積させた疲労を文字通り、泡の様に消してしまうが、私の疑問は依然残り続けるままである。

 もしあの店が性風俗店であの少女を働かせていたのだとしたら、私は迅速に通報しなくてはならなかった。今や児童買春は発展途上国の問題のみならず、日本でも秘密裏に行われているのは止めようがない。しかし、目に入った以上私にはその義務が発生しているはずだ。


「……たつ広場がさー」


 隣の席だろうか。

 私は聞き覚えのある単語が聞こえた気がして、紳士的ではないが聞き耳を立てることにした。


「え? おまえ行ってきたの?」

「ああ。凄かったぜー。まさかAKBがいたなんて」

「はあ? ほんとかよ。でもこたつ広場って会員制なんだろ?」

「先輩に会員の人がいてさあ。紹介して貰ったんだよね」


 間違いない。

 彼らはこたつ広場について語っている。しかしAKBとはどういうことか。テレビに出るような現役アイドルがいるとは一体どういうことなのか。

 結局、私は我慢できずに彼らに話しかけてしまった。


「君たち。ちょっといいかな」

「え? はあ?」

「な、なんですか?」


 彼らはスーツ姿の若者だった。短髪をきっちりとセットしてはいるが、ピアスなどの装飾品は見当たらない。シューズも丁寧に磨き上げられていて、仕事終わりに歌舞伎町で一杯ひっかけているという様相であった。


「今の、こたつ広場について聞きたいのだが」

「あー。店に誓約書を書かされてて口止めされてるんで。すいません」


 なんという徹底ぶりだろう。しかしその徹底した態度が、更に私の好奇心をくすぐって仕方がないのであった。


「せめて! 会員証の作り方だけでも教えてくれないか!?」

「あー。会員証ですか……。もう行かないし……、よかったら僕の使います?」


 スーツ姿の若者は、財布から一枚のカードを取り出すとそれを私に手渡して見せた。表面には、確かにあの看板と同じイラストと、こたつ広場と明記してあった。


「く、くれるのかね?」

「ごめんなさい。僕もそのカードを作った時にお金使ったんで、せめてその分は頂かないと」

「いくらだい?」

「二十万円です。嘘じゃないですよ? 僕だってそれ作った時に払ったんですから」

「わかった。ちょっと待っていてくれ」


 私は居酒屋の会計を済ますと、即座に近くのローソンを訪れ金を引き出した。決して安い額ではなかったが、このチャンスを逃したら、私は二度とこたつ広場がなんであったのかを知る術がなくなると思い、必死な思いで紅灯緑酒こうとうりょくしゅな歌舞伎町を駆けたのである。


 若者に二十万円を手渡し、私はカードを受け取って、再び、こたつ広場の踊り場に立っていた。カードを握りしめ、戸を叩く。


――ドンドンドン


「おーい」


――ドンドンドン


「だれかいませんかー」


――ガチャリ


 やはり先程と同じく、少女がほんの少しだけ戸を開けた。私の事を覚えていたのか、冷やかしだと思ったようで戸を閉めようとした。


「待ってくれ。会員証をつくってきたんだ!」


 私は少女に、印籠のように手に握っていたカードを見せた。

 すると少女は不思議そうに首を傾げて、一言呟き戸を閉めた。


「これ、うちじゃないですよ。どこのカードですか?」


 後日、私は会社に出社する前に朝のニュースを見ていた。テレビには、紛れもない、こたつ広場の映像が流れていた。

 こたつ広場は実在の店名ではなく、この世のどこにも存在しない、架空の店舗だった。まるで、こたつの温もりを求めるが如く店の風貌に釣られた客は、戸を開け、少女を見ては一時妄想する。あるいは、歌舞伎町を徘徊する、あの若者たち――通称販売役の話を聞きつけ、やはり勝手に妄想を膨らませる。

 やがて客はその妄想と好奇心に打ち勝てなくなり、高額な会員証を作ってしまう新手の詐欺だったのだ。

 その店名と、こたつ同様に外からは中身が確認できない事、また、術中にハマっている内はなかなか抜け出せない事から、この手口には『こたつ詐欺』と名付けられる。ちなみに被害者男性は数千人に上り、返金のめどはたっていないと言う。


 新宿は面白い街だ。

 しかし私は、歌舞伎町が嫌いになった。


 と言っても、こたつ広場の実態を最後まで隠し、読者である君をここまで引っ張ったのだから、この小説もある意味ではこたつ詐欺と呼べるかもしれないが。

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