この町には不思議な風習があるんです。

赤秋ともる

第1話 発見と過ち

 小学五年生の春、僕は鍵を拾った。


 僕の住む町では、男子は11歳ころから鍵が見えるようになり、15歳になるまでにはほとんどが自分の鍵を見つける。たいていその鍵は自分の手で管理する。一方、女子は10歳から15歳の間に鍵穴のついた箱を見つける。多くの場合、親に預ける。


 僕はかなり早いほうで、鍵を見つけたのはクラスで二番目だった。

 そのため、我慢できず、見つけてすぐに教室でみんなにそれを披露して自慢した。

 一番乗りのやつの鍵よりは小さかったが、見ているだけで大人に近づいたような気分になれる。


 鍵を見つけると、箱も見えるようになる。親に預けていない女子の箱を見ることができた。背徳感というものを初めて味わった。背中でトカゲが這っているようなむずがゆさだ。


 お父さんの部屋にある、箱の載っている雑誌をひっそりと持ち出しては、自分の鍵を鍵穴にはめるフリをした。


 そのうち、クラスの女子の箱に自分の鍵を差してみたいという欲求が湧きはじめた。その欲望はどんどん膨らんでいくが、女子の箱に鍵をさすにはお互いの合意が必須であり、必須ではないが紳士規定として、鍵と箱を預け合う前儀式を行うのが通例だ。


 小学五年生の冬にその事件は起こった。というか、起こした。

 僕にはかねてからの想い人がいた。ヤエちゃんという背の低い子だ。この町では背の低い女の子がモテる。それは小学校においても、僕の価値観においても例外ではなかった。

 僕は彼女が箱を見つけた瞬間をたまたま目撃した。帰宅したら両親に報告し、預けるものと思われた。大事そうにランドセルにそれを隠す。

 そのあとの授業中、僕の頭は破裂しそうになっていた。


(僕の鍵をヤエちゃんの箱の鍵穴に、入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい)


 ヤエちゃんに鍵と箱の交換を提案したい。


 その純粋な欲求を臆病な自分が抑圧する。

(もし断られたら・・・・・・・・・・・・)


 自分の欲求を完遂するには回りくどい正攻法をしている余裕はなかった。

 理性の軋む音が最高潮に達し、バチンと崩壊したとき、教室のみんなが移動教室の準備をしていることに気づく。


 醜い顔をした自分が舌なめずりを始めた。


 みんなが教室から出ていった。鍵を入れるぐらいなら遅刻しても問題ないだろう。適当な言い訳をでっち上げればよい。


 誰もいないはずなのに、やたらと教室が騒がしい。それは自分の心臓と乱れた呼吸の音だった。


 箱の中のものを食べると、至上の喜びに全身が震え、脳は真っ白になり一瞬何も考えられなくなるらしい。


 それはきっと一人で鍵を愛でる行為よりも至福のものなのだろう。

 父の雑誌から得た推測だが。


 ヤエちゃんのランドセルは男子のそれとは違う匂いがして、箱に近づくたびに心臓のペースは速くなった。


 箱を掴みだしたとき、強烈な罪悪感に襲われた。腕に寒気が走り、震えだす。


(先っちょだけ・・・・・・先っちゃだけだから・・・・・・)


 ズボンの右ポケットから鍵を取り出す。耳は心臓の音で、目はその二つで支配された。


「何してるの・・・・・・?」


 そのため、何者かによって扉が引かれていたことに気づけなかった。


「え、あ、えーっと#$&!&$#%$?$%」


「それ、私の箱・・・・・・?」

 

それは質問ではなく確認だった。彼女は一瞬のうちに間合いをつめ(僕にはそう見えたが、実際にはもっと遅かったかもしれない)、僕から箱をひったくると、大きく振りかぶった平手打ちをお見舞い。


「サイテー!」


 そう捨て台詞を残して彼女は足早に去っていった。

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