9-4 遭遇

 レストランを出ても、暫くの間両者は無言であった。かたや後悔と自責、かたや防御不能打撃による精神的ノックアウト。僅かな言葉を紡ぐことすらままならず、互いをチラチラと見てはゆらゆらと歩き続けていた。


「……」

「……」

 もう何度目だろう。口を開こうと雫を見やる度に、不思議と目が合ってしまう。そして気恥ずかしくなり、結局そっぽを向く。この繰り返しが続いていた。

(まっずいなあ)

 内心に焦りを浮かべるが、どうにもならない。「目を合わせる」という行動そのものが、先程の公開イチャコラを思い出してしまう引き金になっている。

「よ、よよよ、よ。よう、にい?」

 苦悩にあえぐ要の耳に、震えた声が響く。気が付けば雫が、そっぽを向いたまま問い掛けを発していた。

(その手があったか)

 要は思わず頷いた。目を合わせぬまま、会話を紡いでいく。

「わ、私。夕ご飯の買い物、とか、していくから……」

「……。て、手伝おうか?」

「きょ、今日はいいかな? そんなに多くないし……。先に、帰ってて?」

「分かった……家で待とう」

 どうしてもたどたどしくなる会話。じれったいこと極まりないのだが、今目を合わせてしまうと、またしても会話にならない可能性しかないので致し方ない。結局そんな調子で二人は道を分かつこととなった。



「さーて。家に帰ってもいいけど、久々に一人の暇なお時間だからなあ。職場に顔でも出すかね? 客として」

 独り言を呟きながら、要は道を歩んでいた。晩夏とはいえ、未だに太陽は高い。帰って寝転べば西日にやられる。ならば少し散歩でもして帰るほうがまだ楽である。そんな判断であった。ともあれ、要は自身の職場を目指して歩みを進めていた。通行人も皆暑そうにしており、要も時折腕で汗を拭いながらの行動であった。そうして信号に差し掛かる。ふと横断歩道の向こう側に見た人物に、既視感があった。勝ち気さを窺わせる目。白のスカートにストライプのブラウス。ショートカットの髪。

(むむ……)

 記憶の中で顔面データーを照合する。しかしどうにも噛み合わない。そうこうしている内に信号が青になった。釈然としないまま向こう側を目指すと、不意に少女がこちらへと向かって来た。

「温泉街の神社。ゴールデンウィーク。貴方は参拝に来た」

 横断歩道のちょうど中央。要の直前に静止し、少女は言い放った。要はその唐突さにコンマ数秒固まって。そして解答に至る。

「もしかして……。あの時の、巫女!?」

 しかしその瞬間信号は点滅を始める。要は少女の手を取ると、ダッシュで自らの目指す対岸へと、強引に渡り切る。そして横断歩道を通過していく車の音で我に返った。

「……済まない。とっさのことでつい」

「あーうん、仕方ないね。でも多分大丈夫だったと思う」

 膝に手を当て、荒い呼吸を必死に整える要に対し、少女はケロッとしたものだった。視線を少しずらせば、長いスカートから足がチラリと見える。見た目からは想像し難い健脚であった。と、いうより。

「……確かに。いや、待て。なんとなくだが俺でも分かる。その筋肉の付き方。もしかして」

「うん」

 少女は。否、姿は頷いた。そして要は手を引かれる。物陰に連れ込まれ、身を寄せられた。少女の姿が、背伸びをして耳元に声を送り込む。

「貴方の察した通り、私は男。正真正銘のね」

 声は少女のそれだったが、寄せられた肌に感じるものが真実を告げていた。

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