7-6 きっとこれからも

 かくして、時は過ぎた。二日目、三日目と。学業はつつがなく進んで。四日目の夜。長い合宿も翌朝帰るばかりとなった要達四人は、誰からともなく海辺へと集まっていた。

「無粋かもしれんが、コイツが倉庫から出てきたぜ」

 最近少しずつ伸ばし始めたというショートカットを揺らして、遙華が快活な笑みを見せた。その手には花火のセットが掲げられている。

「姉さん!? また使えるかわからないものを……」

「花火!? 花火だよ、要兄!」

 大人びた少年が姉の無軌道ぶりに顔をしかめる傍らで、少女は伴侶の横でピョンピョンとはしゃぐ。


「湿気て使えないとかいうオチはないよな? 後、火はあるか?」

 それらを振り切って、要は幼馴染に近寄り、花火のセットを奪い取る。そして無造作に中を開け、一本の線香花火を取り出した。

「ほい、ライター」

 遙華が差し出したライターを受け取り、流れるように火をつける。懸念を払拭するかのように、バチバチと音が鳴った。

「っし、大丈夫だったか。大介君、適当に火がつきそうなものを拾って来てくれないか? あるいはろうそくとか。とにかく火が長持ちするものを」

「承知しました」

「手伝って来るね!」

「頼んだ! 私は水を持ってこよう。正直忘れていた」

 それぞれが自分の判断を行い、やがて花火の体勢は整った。各自が思い思いに振る舞い、楽しみ。


「ロケット花火行くぞー!」

「人に向かってやるんじゃない! ねずみ花火投げるぞ!」

 幼馴染同士が何故か花火を差し向けて睨み合い。

「どう? 合宿で少しは自信付いた?」

「ええ。 多分次のテストではもっと良い成果を出せると思います」

「良いなあ。私も結果出さなくちゃ」

 師弟は線香花火を片手に静かに語り合う。そんな緩やかで、しかし騒がしい時間はあっという間に過ぎて行き。


「終わっちゃったね……」

「ああ……」

「でもまだ夏は続きますよ」

「そうそう。悲観するな」

 いつしか四人は。わずかに残った焚き火を囲い、座っていた。姉弟と、カップルが。一組ずつ隣り合う感じである。

 ザザン、ザザンと波の音が響き、蒸し暑さを孕んだ海の風が、砂浜を駆け抜けていく。

「そっか。一度実家に帰らないといけないし、そっちに行くと夏祭りもあるし。まだまだデートできるじゃない。要兄」

「なんでもかんでもデートの機会にしようとするの、やめません!? 俺だって仕事があるんですよ!」

「結構お休みくれてるじゃない」

「それは正直あの人に、お礼を言っても言い切れないです。はい」

 要は心の中でバイト先の店主に頭を下げた。保護者的事情も含め、自分の身の回りについて隠し立てなく話した要の姿勢。それに感服したあの本屋の店主は、自身の高齢もあってか、比較的気前よく休みをくれる。要は現状、店主の好意におんぶにだっこの状態であった。

(少しでも、できれば大いに報いなければ)

 要は掛け値なくそう思っている。そうでなければ、働かせてもらっている意味がない。必然、顔に力が入った。

「要兄~?」

「あだだだだ!?」

 頬に痛みが走った。雫が抓っていたのだ。頬を膨らませ、要に顔を近づけて来た。そのまま上目遣いで、右下から覗き込む。身体も近い。大きな胸の感触を、少しだけ右腕が味わっていた。

「顔が強張ってる。力入れ過ぎちゃ駄目。私だって居るんだから」

 その姿勢のまま、注意を受けた。その瞬間、稲妻が走ったかのように。要は確信した。

(そうだ。確かにそうだ。俺には雫が居て、雫には俺が居る。俺達は、きっとこれからも。疑心暗鬼を重ねながら、心を通わせて。やがて一つの形に至るんだ)

 雫から逃げるように空を見上げる。そこには、満天の星空が力いっぱい輝いていた。


エピソード7・完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る