7-2 お茶会コールド・ウォー

 結局のところ、リレー対決は有耶無耶に終わってしまった。要にとって盛大なサプライズとなった春野の登場が、盛り上がっていた全員の気勢を削いでしまったのだ。

「ははは! いや、すまん。少し前に諸般都合で大介君と知り合ったのだ」

「色々と手を伸ばしてるとは伺ってましたけど、心臓に悪いです。先輩」


 夏の太陽は三時を回っても未だに高く、その光はあまりにも眩い。ましてや、ビーチパラソルの下でお茶会に勤しむ美男美女が居るとなれば。要は僅かな疎外感を押し込めながら、そっと雫に体を寄せた。


 この場に座る五人の位置関係は、世間の狭さを体現しているそれであろう。

 いとこ同士かつカップル。

 家庭教師とその生徒。

 幼馴染で昔の彼女。

 雇い主と被雇用者。

 親同士が再婚した義姉弟。

 そして、かつての憧れの人。


 全ての関係が真っ当だというのに、それが一箇所に固まることで奇妙なそれに変わっていく。そして、その事実が。場の空気を変えていく。


 ほんの一つの事故。些細な菓子一つを巡る目線の攻防。その果てに男二人がほぼ同時に最後の一つに手を伸ばし――。

「……ぬ」

「どうぞ、要さん」

「いや、大介君こそ」

 ほぼ同時に動きを止める。交わされる譲り合いの言葉。しかしどちらも承服せず。

「なんだ、要らないのか。では私がご馳走になろう」

 その隙をついて伸びた春野の右腕が、そっと菓子をさらっていった。ポリポリと貪る音が、パラソルの中に妙に響く。気が付けば雫と遙華も、春野の顔をまじまじと見ていた。奇妙な沈黙。絡み合う視線。暫くそんな状態が続いて。


「先生、そろそろ準備しないと」

 一瞬腕時計に視線をやった大介が、その沈黙を破る。場を繕う演技とも取られかねないが、彼はそんな素振りは見せようともしなかった。

「あ、そんな時間? じゃ、行こうか」

 雫も応じた。このプライベートビーチに来たのは別に、遊興の為だけではない。大介と雫の勉強合宿も兼ねているのだ。

「オイ、片付けるぞ。部外者は好きにしてろ」

 要は遙華にパラソルから叩き出され、砂浜に弾き飛ばされた。そこに駆け寄る雫。そして。

「ちょっと勉強頑張ってくるから。またね。要兄」

 要の頬に、唇の感触がしたのだった。



「久しぶりだな。大学はどうした」

 要が気を取り直して砂浜に佇めば、その隣に春野が立ち、問いかける。

「やめました。あの大学にいて苦しむ必要を感じなかったので」

 想像以上にスルスルと言葉が出た。そうか、と応える声が耳に入る。

「今はアルバイトしながら、次の生業を考えているところです」

 そのまま言葉を継いで、要はビジョンを語った。具体的な行動はまだおぼろげだが、雫を養う道を作らねばならない。それだけはハッキリしていた。


「そうか……」

 かつての憧れの人は、海を見つめたまま腕を組み、長考に入った。要は、ただ海を見ていた。夏の日が徐々に傾いていく。時折風が吹き、春野の長い髪が、サラサラと揺れる。波の音は、ただただ引いて、満ちて。


「ん。その、だ。もし、どうしても。道が見つからなかったら、だ」

 いつもよりたどたどしく、彼女は口火を切った。要は思わず、春野の表情を伺った。

「いつぞや面会したあそこへ来い。雇ってやるとは言い切れないが、一緒に考えることぐらいは、私でも出来る」

 だが、そこからの彼女は毅然としていた。かつての姿を一切失っていなかった。要はその事実に満足して。

「はい……。本当に無理だったら、そうします」

 再び海を見ながら、そう答えたのだった。

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