2-6 要兄、驚いた?

 場に沈黙が流れた。雫は唖然としており、春野はそれ以上の物言いをしなかった。

「……。もう少し詳しく話そうか。そっち、行くよ」

 そう言うと春野は要を踏み越えた。これでも起きない辺り本当に熟睡なのだろう。

 雫がそれに合わせる形で数歩下がり、いよいよ二人は完全に相対した。


「私が大島と出会ったのはだいたい一年前だ」

 春野は率直に切り出した。

「まあそこから色々とあった訳だが、告白をされたのは……うむ。去年のイブだ」

 彼女は目を細めた。雫は独白を、ただ聞いていた。

「まあだいぶ可愛がったからな。まあ、予想はしてたさ。振るのは最初から決めていたがね、残念ながら。ああ、彼だけではないよ。誰の告白でも、私はそうしていた」

「……」

 雫は何も言えずに困惑していた。目の前の人物がよく分からない。


「さて」

 その困惑を見透かすように、春野は更に一歩距離を詰めた。

「本題はここからだ。袖ヶ浦雫、君は大島要を好いているな?」

 雫の頬に右手が添えられ、目は視線に射すくめられる。だが、雫は。

「はい。とっても」

 右手をさり気なく払い、笑って告げる。『それがどうした』と言わんばかりに。

「うむ」

 払われた手を惜しむでもなく、むしろ満足げに春野は言葉を継いだ。

「ならば覚悟せよ。想いだけで全てを越えられると思うな。いかなる姿にも心を揺らさぬ決意を持て」

 そうして春野は、姿勢を元に戻した。


「実のところ、だ。大島の奴が酷い状況下にある、というのは風の噂で聞いていた」

 春野は姿勢を戻した勢いで立ち上がり、再度チューハイとジュースを持って来る。そして、再び会話の口火を切った。

 この間、雫は一切言葉を発していない。只管に春野の言葉を咀嚼していた。


「私が振ったのが原因なのかもしれん。だが、『他で酷い目に遭った』という話もある。大島は、君には何かを告げたのかな?」

「いえ……。ただ」

 雫は静かに首を振った。

「『なにか思い出したくないこと、忘れておきたいことがある』。そんな様子は、一度だけ」

「そうか……」

 春野は静かに天を仰いだ。雫にはそれを、まっすぐに見据えることしか出来ない。結局、それ以上の言葉はこの話題では紡がれなかった。


「……。さて」

 暫く天井を眺めていた春野が、憑き物が落ちたかのような笑顔で雫を見た。

「大島は起きそうにもないし、すっかり時間も遅くなってしまったな」

「あっ……。帰り……」

 時計の針は既に夜中の一時を過ぎていた。我に返った雫が、わずかに動揺する。

「落ち着け。私が誘ったのだ。責任は取る。まずはコイツをベッドへ運ぶ」

「はい」

「そして、だ。ちと耳を貸せ。悪戯してやろう」

 雫を呼び寄せ、ゴニョゴニョと続きを語る。その言葉に雫は顔を赤らめた。そして問う。

「え、そんな。でも、楽しそう。だけど、なぜ……?」

 それに対して。

「なに、ほんの罪滅ぼしさ。ついでに言えば、君を応援するついでの悪戯だ」

 春野は、どこかに悔いの残る笑顔で答えたのだった。



「……。のわああああ!? え、ちょ、なんで!?」

 翌朝。目覚めた要は心底から驚く羽目に遭った。

 両隣に柔らかい感触。甘い香り。自分の服も脱がされている。改めて左右を見る。二人共上半身は生まれたままの姿。綺麗な胸と、たわわな胸。美人と、美少女が。要を挟んで。川の字で。

「俺、やっちまった!?」

 頭を抱える要。しかしそこで両隣の影が一斉に起き上がる。そして。


「驚いたか?」

「要兄、驚いた?」

 耳に、甘い声の囁きが入る。要はそれだけでこの状況の意味を悟り、脳が焼き切れる音を聞いた。

「酔いも覚めましたわ……。でも、むり……」

 要は二匹の小悪魔に目を向けることもなく、再び意識を手放した。


 エピソード2・完

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