2-4 見たいな~?

「ねえ、要兄?」

「うん、どうした?」

「あのさ、要兄の通ってる大学、見たいな~。って?」

「……へ!?」


 デート(の真似事)に費やした時間が響き、近所の店で済ませることにした夕食。イチャつきのような日常会話をこなし、ようやく一息ついた要に仕掛けられた攻撃。それは、今までとは全く別方向からの攻勢であった。


 モジモジと、俯きつつ。雫は問いを繰り出した。いつもの積極性が消えていたためか、要は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


(ま、そりゃあ。聞いてくるよなあ……)

 店の天井を見つめ、そのまま考え込む。だが結局。自分をさらけ出す他に要に思い付ける対応はなく。顔を戻すどころか、両の手と一緒に机に押し付ける。

「すまん。はっきり言ってなかったけど、俺、その……」

「落ち着いて。自主休講、だっけ? 勝手に休んじゃうの」

「ああ……」

 要はうなだれた。後に続く言葉が怖かった。しかし、雫は。それがなんでもない事であるかのように、言葉を紡ぐ。更には両手で二回、手を打って。

「じゃあ、今から行こっか。ドライブデート!」

 満面の笑みで、提案を返してきた。



 日曜夜の大学など、そんなに見どころがある訳でもない。ましてやそれが、地方都市の古い大学ならなおさらだ。それを外から見つめた所で、何かが変わる訳でもない。校舎を見上げながら、要はそのあまりの感慨のなさに拍子抜けしていた。


「なあ、楽しい、のか?」

「ん? 要兄が居るから大丈夫だけど」

「やっぱり拍子抜けしてるじゃないか……」

 正門前に佇み、隣の少女に声をかける。やはり答えは要と同じだった。実に二ヶ月ぶりの『通学』だというのに、心に響くものがない。ただ、春の夜風が冷たく、要は思わず雫の手を取ってしまう。


「むしろ要兄こそ大丈夫なの? 辛かったら言ってね?」

「……今のところは問題ないらしい。良くわからない」

 手を取られた雫が要を見上げ、心配そうに訊く。しかし今の要には先程のような感覚はなかった。あるのは只管に空虚。感じるのは取ってしまった手の温もりと、そこに確かに居る雫の存在。あまりの空虚に、疑問さえ起きない。


「ならいいけど」

 雫は学び舎へと視線を戻した。その目が何を捉えているのか。要には分かり得なかった。それでも受け入れられていることだけは理解し、共に佇み続ける。



 しかし、静寂は突如破られる。春風に乗って、声が。要の耳に。

「おおっ!? 大島、大島じゃないか!?」

 聞き覚えのある声だった。いや、むしろ。

「色々と決まってから大学に殆ど来てなかったし、本当に久方ぶりだな! いや、偶然にも程が有るぞ!」


 つかつかと歩いてくる音が耳に入る。要はゆっくりと振り向いた。やはりその人物であった。

 雫よりも長く、それでいて良く梳かれた黒髪。

 頭にサングラスを引っ掛け、顔はナチュラルメイク。切れ長の、気の強そうな瞳。

 スレンダーな体をラフなTシャツに包み、本来ならその上に着るであろうシャツを右肩に背負い。

 カモシカのような足をGパンに包んで、その女性はやって来る。


 要はこみ上げるものを胸に感じたが、そっとそれを押し込める。隣の少女に悟られたくない。だが、嵐は容赦なく。


「会いたかったぞ!」

「わぷっ!?」

 要を抱きすくめ、頭を撫でる。視界が闇に包まれ、身体が柔らかさに包まれ、何も考えられなくなっていく。

「要兄―!? 貴女、何してるんですか! 離れて下さい!」

 近くで響いているはずの雫の声が、異様に遠く聞こえていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る