農協おくりびと (52)欄干で、恋の真似事

夕凪の橋は、道の駅の広場から海に向かって102mほど突き出していく。

橋の突端は、円形の回廊になっている。

突き出たそれぞれの欄干に、ジャラリとたくさんの南京錠がぶら下がっている。


 「どうすんの、これ?」


 南京錠を手にしたちひろが、キュウリ農家の山崎を振り返る。

他のにわかカップルも、南京錠を取り付けるための絶好の隙間を探している。


 「願いを込めて、2人で欄干に南京錠を取り付けます。

 願い事が終ったら2度と開錠することがないように、海へカギを投げ捨てます。

 それで成就を願う、愛の儀式が終了します」


 「え・・・海へ捨てちゃうの?、南京錠のカギを。

 困ったわねぇ。それじゃ何かあった時、2度目の恋が不具合になるわ。

 封印されたままじゃ、別の男性へ愛をささげることができないもの。

 元へ戻りたいときは、どうしたらいいの。

 海に潜り、南京錠を開けるためのカギを、わざわざ見つけに行くの?」


 「行けと言うのなら、ぼくが行きます、ちひろさんのために。

 ただ。これだけたくさんの南京錠のカギが、この海に投げ入れてあるんです。

 赤いリボンをつけるとか、分かりやすい目印をつけておいてください。

 それを目当てに、絶対ぼくが、ちひろさんのカギを見つけてきますから」


 「見合いすると決心したくせに、女心をくすぐることを平気で言うのね。あなたは。

 年上の女を泣かせるようなことは、口にしないでちょうだい。

 結構よ。あなたの世話にはなりません。不具合がおきたら自分で探しに行きます。

 これ以上私に、まとわりつかないで」


 「やめろと言われれば、辞めます。

 あまり気がすすまないんです。いまどき、お見合いで結婚相手を決めるなんて」


 「出会いの場が少なければ、お見合いをする選択肢も有りでしょ。

 そんなことを言い出すと、あなたのご両親ががっかりしてしまうでしょ」


 「僕自身が、がっかりするよりはマシですから」


 「本気なの、あなたは・・・」

 

 「本気です」山崎が、いきなり頬を赤くする。

「そう。じゃ、もう少しこっちへ来て」ちひろが小さく、指先で招く。

「あくまでも仮契約よ。それでもいい?」ちひろの眼が至近距離から山崎を見つめる。


 「光栄です。ボク、両親に言って、お見合いを破棄しますから・・・

 あこがれの、ちひろさんのために」


 「破棄しなくもいいのよ、わたしなんかのために。

 たいはんの恋人たちも、どこかに不安を抱えていると思う。

 不安があるからこそ、何かのかたちに託して、愛を誓いたくなるのよ。

 捨てたくはないけど、カギを捨てることで、愛を誓いあうのよ恋人たちは。

 海にカギを投げ捨てるのには、きっと、そんな別の意味も含まれていると思う。

 ふふふ。歳とった女は皮肉な目で、恋人たちの儀式を眺めてしまうのよねぇ。

 嫌よねぇ。夢が少なすぎて・・・」


 これでいいかしら?、ちひろが、南京錠にカギをかける。

「はい。大丈夫だと思います」山崎が真っ赤な顔をしたまま、ちひろに応える。

山崎の手のひらへ、ちひろがカギを落とす。

「じゃ、運命のすべてを、あなたに任せます」と、静かに指先をにぎらせる。

握り締めた手のひらを、山崎がじっと見つめる。


 「好きにして。煮るなり、焼くなり、投げるなり、あなたの好きにして」


 「ホントに、好きにしていいんですか?」山崎の熱い眼が、ちひろを見つめる。

「2言は、ありません」ちひろがニコリと、ほほ笑む。

「分かりました」山崎が力をこめて、手のひらを握りしめる。

次の瞬間。

「愛してま~す」大きく叫んだあと、カギを力いっぱい海へ投げ出す。

大きく弧を描いて飛んだカギは、はるか沖合に白い波をあげて海の中へ消えていく。


 「あ・・・馬鹿っ。なんてことをするのよ。

 あんな遠くまで投げてしまったら、わたしが取りにいけないじゃないの。

 あたし金づちなのよ。まったく、泳げないんだから」


 「おっす。俺、もとは高校野球の投手です。

 推定ですが、たぶん、80メートルは飛んだと思います。

 おそらくあのあたりは深すぎて、2度と回収できないと思います。

 どうしても取ってきてほしいと懇願されたら、責任もって俺が回収してきます。

 でも俺、はじめて告白しますが、実は水泳は大の苦手で、生まれついての

 金づちなんです・・・」

 

  

(53)へつづく

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