農協おくりびと 51話から60話

落合順平

農協おくりびと (51)天領の里

江戸時代。徳川幕府の直轄地(天領)だった出雲崎は、佐渡金銀の荷揚げや、

北前船の寄港地として長いあいだ栄えてきた。

廻船問屋や旅館が立ち並び、おおぜいの人が集まり遊廓街も発展した。


 様々な業種と仕事があつまってきたため、近隣の農家の2男や3男は、

『天秤棒1本持って、出雲崎へ行け』といわれるほど、働き口に不自由しなかった。

小高い丘と日本海に挟まれたわずかな平坦地に、最盛期には2万人をこえる

ひとたちが、ひしめくように住んでいた。

越後でトップの人口密度をほこった町、それがかつての出雲崎だ。


 「にわかカップルも、悪くないわね」先輩が、ナス農家の荒牧と手をつなぐ。

ちひろの前に残っているのは、キュウリ農家の山崎しかいない。

「残り物に福。残ったもの同士、仲良くしましょうか」ちひろが手を差し出すと、

「年下でよければ」と嬉しそうに山崎が手を伸ばす。


 祐三と妙子を先頭に、4組のカップルがぞろぞろと夕日の丘公園を降りていく。

目指すは、眼下に見えている道の駅。越後出雲崎・天領の里だ。

だが坂道を数分下ったところで、突然祐三が、うしろを振り返る。


 「おい。全員でぞろぞろ下って行ったら俺たちは、もう一度この坂道を登ることになる。

 百姓の俺たちは、普段から身体を使っているからべつに苦もない。

 だが、日々つつましい暮らしをおくっている妙子さんや圭子ちゃんは大変だ。

 松島。お前、いまから駐車場へ戻って車を持ってこい。

 道の駅で合流できるから、余計な心配しないで、圭子ちゃんの手を離せ」


 「どさくさに紛れて、ようやくのことでせっかく握れたのに・・・」と松島がしぶしぶ、

圭子の手を、未練たっぷりに離す。

「縁が有りそうで、無いようですねぇ、あんたたちは」先輩が目で笑う。

「試練だと思えば、なんでもないさ!。ふん」

捨て台詞を残した松島が、今来たばかりの坂道を脱兎のように、駆け戻っていく。


 「離れているのが、1分1秒でも惜しいような雰囲気になってきましたねぇ」

と先輩が声をかけると、「はい。わたしも、ちょっぴり・・・」と圭子が小さくうなづく。

(えっ・・・まんざらでも無いんだ、この2人・・・)

黙ってうしろからいきさつを眺めていたちひろが、かるい衝撃を覚える。

23歳になったばかりの尼の圭子と、トマト農家の松島のあいだに、

恋は有りえないと、かたくなに信じてきた。

だが事態はすこしずつ、違う方向に向かって微妙に揺れはじめてきた。


 (成就するのかしら。尼さんとトマト農家の、禁断の恋は・・・)

ふと、小さな疑問を浮かべたとき、握られているちひろの指先に力がこもって来た。

見れば出雲崎天領の里は、もう目の前だ。


 「僕たちも買いますか。欄干にかけるための、特大の南京錠ってやつを?」


 「えっ、恋人たちのための南京錠が、こんなところで売られているの?

 それじゃ、ご利益が薄すぎるでしょ。

 ただの観光気分の冷やかに過ぎないでしょう、そんなのは」


 「でも、ちゃんと売ってますよ。ほら。たくさんの南京錠が並んでいます」


 指さした先に、地元の土産物に混じり、大小さまざまな南京錠が並んでいる。

鎖が異様なまでに長いのは、太い橋の欄干に対応するためだ。

長い鎖は、夕凪の橋専用仕様ともいえる。

普通の南京錠を持参したのでは、太すぎる欄干の前で立ち往生することになる。

たくまし過ぎる商魂だな、これもと、思わずちひろが苦笑する。

ちひろをしり目に、山崎が中サイズの南京錠を選び出す。


 「これでいいですか。俺らのにわかな恋の証は?」


 「そうね。急ごしらえのカップルだもの。その程度でお似合いかもね」


 「熱がないですねぇ。ちひろさんは。

 これでも俺、それなりに真剣な気持ちで選んでいるんです。

 やっとチャンスが巡って来たんだ。さっきから胸のドキドキが止まりません」


 「こら。年上の女に、悪い冗談なんか言わないの。

 本当になったらたいへんなことになるでしょう、わたしたち」


 「実は俺。ずっと憧れていたんです、ちひろさんに。

 でも。ちひろさんには意中の人がいるから、出番はないだろうと諦めていました。

 だからこうして最後に手をつなげたのは、いい思い出になります」


 「最後に?。最後にって、どういう意味なの、なんだか意味深な発言ねぇ」


 「親にすすめられて見合いをするんです俺。やっと決心が固まりました。

 家に帰ったら、見合いをすると両親へ報告します。

 ちひろさんと最後に手をつなげたし、いい思い出も出来たから、

 これで俺、悔いなく、見合いが出来ると思います」


  

(52)へつづく

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