閉塞感


 どんよりと曇った感じがする。実際、今は昼間で陽光がわずかに射していて。それで足りない分は街灯や看板のディスプレイで明るさを稼いでいるのだけど。

 この街は空が低い。天井が低い訳じゃないけれど、それにのしかかるようにビルが生えていて圧迫感がすごい。純粋に空が狭いのも、主に生活しているエリアが地階だからで。元々二階や高架だった部分がどんどん張り出してアーケードの屋根みたいになっているから狭苦しい。


 ハイエリアの雨水や汚水が流れ込むスラム扱いの地階。元々の権利者や居住者は開発が進んだ時、ビルのそれなりに高価なエリアに移り住んだ。高層エステート暮らしという贅沢者たち。もともとそこに住んでいた古参連中なのだから羨んでも仕方ない。企業がシャッター街を買い叩き駆逐しつつ社内需要向け総合商業施設に作り替えたその下には俺たちみたいなのが棲む隙間が残っていただけのこと。


 流れ者やあぶれもの。一般人から人生の落伍者と呼ばれるような、たった一度でもつまづいた者たち。板子一枚下地獄いたごいちまいしたじごく。古い慣用句で言われるようにうっかりボーダーラインを越えちまった連中が住み着いている。どうせ暮らすなら広い田舎でのんびりなんて思ったときもあったけれど。足がない、金がない、IDがないのないないづくし。あるのは身体だけ。地方でやり直すことも出来ずに地面をはいつくばっている。それでもまあ。まだましな方だ。仕事はあるし寝床も決まった安全なところがある。衛生的な環境とは言えないが。最低限、ちゃんと飯はくっていけるし病気になれば病院にかかることもできる。施設の維持や運営をやる公共職員扱いだしな。IDレスにしちゃずいぶん贅沢な暮らし。


 ゴミを処理し、汚水を管理し。インフラを下から支えるのが俺たちの仕事。ハイソ連中が暮らしていけるのも俺たちの仕事があればこそ。とはいえ最低限の給料ポイントと最低限の食料が提供されるだけ。それも本人分だけ。イヤなら代わりがいくらでもいる。だから今日食って明日に備えて寝るだけの生活を続けるしかない。多少のチープな娯楽はあるけれど。余裕はない。家族を作ることはできない。そもそも家族がいるやつはこんな所で働かない。コスパが悪いや。

 楽しみと言えばバカみたいに安い合成アルコールや軽いドラッグ、タバコくらい。飲む福祉と揶揄されるチープな焼酎。ヴィクトリージンとは書いてないな。似たようなもんだろうけれど。ドラッグのほうは鎮痛剤ベースの多幸系に合成THCが香料代わりのタバコ。安くて気休め程度の代物だ。電子タバコのリキッドもその手のやつが市場に安価で流されている。それらで満足できるならこんなクソみたいなゴミ溜めの街で暮らすのも悪くないかもな。飯にも鎮静剤や向精神薬の類が混ざってはいってるのかもな?


 死ぬまで同じ街、同じ暮らし。

 グルグル、グルグル。

 バカな野良犬みたいに自分のシッポを追いかけて一日が終わる。


 だれかが自己責任だと叫ぶ。

 うるせえ。

 神経がチリチリと音をたてて焼けていく。

 気分がささくれ立つ。

 些末なことがいらだちに変わる。


 銃があったら咥えて引金をひいてるかもな。

 終わらせられるんなら終わらせたい。


 そんな気分を飛ばすために合成THCタバコで一服。


 クソみたいな街。

 いかれた世界で暮らしている。



 今まで暮らしていた街を出たいと思ったことはないか?

 ニホンという国は狭すぎる。人の住んでいない山は発電所やら治水やらに使われて、人が住める平地はほとんどアーコロジーと、それに集まる人が作ったスラムで埋め尽くされた。

 貧乏人はアーコロジーのまわりに野放図に広がった下町に住むしかない。うち捨てられたビルを無理やり改装して九龍城のようにした連中も大勢いる。どこのアーコロジーからでも最上階から周辺を見れば一つ二つは見つかるだろう。


 ひらけた土地ってものがあるとしたら企業傘下の所有するジャンクヤードや倉庫街、それに管理された大規模な畑だ。

 そういう土地を見たければホッカイドウと呼ばれた島に行ってみることだ。どこかの食品産業フードインク共同体が、ある程度オートマティック化された畑を運営している。

 港町は倉庫街でいっぱい。そこの隙間に街がある。

 管理外となっている荒れ地も多少はあったはずだ。そこには勝手に住みついた連中がコロニーを作っているよ。観光気分で行くような土地じゃない。警察ポリも手出しできないような荒れ地だ。大麻を品種改良して育てたり銃を撃ったり。好き放題してる連中が住んでる。世捨て人になりたけりゃホッカイドウを目指すのもアリだけど。


 マジで人生まで捨てることになるから気をつけな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る