買い取り屋と調達屋

 死体を用意して通報して別人になって。調達屋が用意していたセーフハウスに転がり込んだ。


「やっと一息つけるぜ」

「まったくだ。いつから調達屋を再開するかが問題だな」

「そっちが再開してくれねえと俺も買い取り屋に戻れねえ」

「おまえさんはID書き換えでしのぐか?」

「客となんやかんやするのがめんどくせえ。そういうのはID屋に任せるわ。どうせ手持ちのIDもそんなにない」


 本当は隠し金も予備のIDもある。だが最後の保険だ。下手に手の内を明かして脅し取られるのも気にくわない。それにお互い様。調達屋もどっかにたんまり現金や貯金を隠していることだろう。


「ならしばらく大人しくしてるんだな。調達屋を半年は休むからな」

「俺も仕入れだけじゃどうにもならねえしなぁ。手持ちのIDをID屋に売るにしてもコネつなぐのが大変だ」

「なら何して稼ぐ? 半年くらい休めよ。ほとぼり冷めるまで別の所でのんびりしたほうがいいぞ」

「つっても俺はここらの出身だからな。転がり込めるヤサがねえ」

「俺の地元クニに来るか? しばらく帰ってねえから顔も割れてねえだろうし、廃業してなかったら設備屋もある。……あったはずだ。コンテナ積んだトレーラーハウスで暮らすのもアリだろ」

「さすがの調達屋だな。そんなコネがあるのか」

「まあ廃業してなかったら、の話だけどな。あっちには名義書き換え済みの土地もある。トレーラーを止めてコンテナを降ろしておけば、住む場所はなんとかなる。レンタボックス屋ばっかりの土地だったし目立たねえだろ」

「そこまでの足はどうする?」

「パスポートがちゃんと取れるIDだったよな。飛行機なら間に海外を挟んでもあっという間だよ。ビザいらずの企業国家出身でよかったぜ」


 ふと考えて気づく。調達屋の故郷を知らない。

 思えば仕事だけの関係で、身の上話なんかしたことがなかった。なのになんでここまで世話をやいてくれるのか。


「どうしてそこまでしてくれるんだ? ID変え化けて無関係になったんだから、ハイさようならってのが常道フツウだろうに」

「これも縁だ。それに一応は付き合うヤツを選んでる。お前さんは裏切れねえたちだ。なら放りだして死んだら寝覚めが悪いってもんだろ」

「そうやって身を持ち崩したのかい?」

「うるせえよ。俺だって好きでこうなった訳じゃねえ。……そういや娘はどうすっかな」

「なんだ、所帯持ちだったのか。ならこんなことしてる場合じゃねえだろ」

「俺の子じゃねえよ。親を目の前で殺されたトラウマ持ちのお嬢様が家を無くしててな。二週間前くらいに転がり込んで来たんだ。処方薬クスリをやって泊まれるレンタボックスを紹介してやったくらいのもんよ。もちろん手数料は頂いた」

「情に厚い裏稼業ってのも難儀だな。誰か任せられるやつはいねえのか?」

「ないこともない。クスリも扱えて腕も立つとなると一人だけだがな」


 面倒なもんは全部捨てたほうがいいぜ、調達屋のタカギさんよ。また身を持ち崩すことになりかねないぞ。


「くそ、ID変え化けて出る前に連絡しとくんだった。あの娘と連絡取る手段がねえや」

「誰かに伝言を預けたことにしてメッセージを飛ばせよ。セキュアな端末デバイスなら予備がある」


 と言ってバッグから未開封のホワイト端末デバイスとIDが書き込まれたカードを差し出す。数少ない手持ちの一つだ。


未使用ホワイトな端末とは恐れ入るね。そいつをぽんと出せるとはかなりの太っ腹じゃねえか」


 軽口を叩くのは緊張からか。中古じゃない端末やクリーンなIDは貴重なのだ。貸しにするには大きいが、逃げる先の住処ヤサと受けた恩義の対価にはとうてい足りない。


「借りを作りたくねえだけだよ。くれてやるからその娘だかなんだかに連絡してやりな。心残りを作ったまんまで高飛びってのも落ち着かねえだろ」

「そうさな。でけえ借りになりそうだ」

「設備屋への顔つなぎをしてくれて住むための土地を貸してくれるんだろ。お互い様だよ」

「じゃあありがたく。ちっと待ってくれ、初期設定からやるなんて久しぶりだな」

「定期的に端末デバイスはまっさらにしたほうがいいぞ?」

「今までは調達させた端末をそいつに設定させるまでがセットで金払ってたからなぁ」

「そのうち足がつきそうなやり方だな。これからはやめとけ」

「だな。次から気をつける」


 乱暴に端末が入ったケースをあけ、初期設定に入る調達屋。以前の仕事が完全に片づく前に化けた・・・のだから面倒なことだ。切りたくないコネもあるだろうに。

 それを聞くと。


「前の連絡先IDからメッセージを転送させるさ。海外のメッセージサービス経由だから追いにくくなるだろ?」

「ニホンでサービスを展開し他社のシェアを食っっていないか、ニホン自治政府と直接繋がりのないサービス企業コープならしばらくは大丈夫だろう」

「ジョージア、グルジアのほうが通りがいいか。そこから独立したとある・・・国の衛星通信網サテライトフォンサービス系列、子会社だ。UAE資本の回線を又貸しだけどな」

「それならアメリカアンクルサムの目や耳が届きにくいから、しばらくは問題ないな」


 ロシア系のサービスなら犯罪が絡まなければニホンやアメリカから追いかけるのも手順書類がいる。しかもあの国はICPOにも加入していないし大多数の国は国家認定していない。そんな国なら時間稼ぎはできるだろう。

 アメリカの諜報機関ならデータを盗む抜く事もできるだろうが、それを表沙汰にはできない。悲しき縦割り行政よ。それはニホンも同じ事。

 企業国家からニホン自治政府に連絡して、国家承認したロシア経由で外交ルートだ。正式な捜査ならべらぼう・・・・な手間がかかる。正式じゃない捜査でも旧ロシア系インフラ企業へのハックとなると、かなりの手間だ。本職プロならルートがあるのかもしれないが金がかかりすぎる。金の流れから追っかけたほうが早いだろう。それでも大変なことには変わりない。

 そういう追跡困難な通信ルートを開拓しておいた方がいいかもしれないな。


「なんだよ、一般向け商売しかしてないとか言ってなかったか? ばっちり足跡を消す方法も知ってるじゃねえか、調達屋さんよ」

「マイナーサービスを使ってるユーザってだけだぜ」


 ぬかしやがる。食えねえ野郎だ。

 ま、俺も海外の衛星通信サテライト端末デバイスをバッグとセーフハウスに用意してるんだけどな。

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