第215話 寮母のお婆さんと芋




ウツロは現在、魔法協会北支部の男子寮に住んでいる。





1Fの食堂、

夜は酒場を経営しているが、

朝は、寮母のお婆さんがひとり食事を準備してくれる。


お婆さんの食事は

過去の戦時中の非常食である『クラノ芋』と呼ばれる芋が主体で

あまりおいしくない・・・はっきり言うと不味いため、食べる者が少なかった。


というか最近では男子寮に住む者も稀で、ほぼウツロと遠征部隊の仮宿として機能しているぐらいだった。





$$$






お婆さんは思い出す。




その当時のクラスティア王国辺境は

ラグベール軍による進行と魔獣被害で貧しかった。

農家だった彼女は市に作物を売りに来ていた。

クラノ芋・・・こんな農作物しかもう作れない・・・



「芋・・・いくつか・・・売って下さい」




「・・・ッ」




ズタズタの縫い目が走る傷だらけの顔

無造作に伸びた長い髪

お客のアルザス=アルマティアは酷く恐ろしい怪物に見えた。

周りの者も皆、一様に彼女を避けていた。




「・・・売らない、アンタみたいな 化け物 に売る芋なんてない!」





周りから控えめな歓声が上がる。

少しばかりの優越感


寂しそうに去っていく彼女の姿・・・

私は悪くない、あれは 化け物 の手先に違いない。





$$$





その後もこの辺境の街は寂れていくばかりだった。

そして、どんどん加速していく。


まだ、大丈夫、

魔獣被害もまさか自分には起こらないだろう

クラスティア王国中央には、まだまだ余力があるんだから・・・




そして、夫が、魔獣に殺された。





なんで・・・

どうして・・・

街を捨てて去っていく人々

茫然と立ち尽くす。


この街と一緒に最後を迎えよう、そう覚悟した。




そんな時だった。

魔法協会の一団が、この街に被害を出す魔獣たちを駆逐した。




アルザス「さぁ、どんどんいくぞー」

サリア「アルザス、ハードワークが過ぎるだろうに」

アルザス「またまた、ご冗談を・・・まさかもう魔力が尽きたわけでもないでしょう?」

サリア「はっ、魔力は、まだまだ有り余っとるわい」




軍団の中心に居たのは

昔、市に姿を見せていた彼女だった。

アルザス=アルマティア、魔法協会七賢人のひとり



気づいているのかいないのか

手のひらを返したように

残された街の者は次々とアルザスに歓声を送る。




「・・・あ・・・あ」




心の中は感謝の気持ちで はち切れそう だったにも関わらず、

お婆さんは声を上げることができなかった。





$$$






私が単に ちっぽけな人間 だった、そう折り合いをつけよう。


きっとアルザス様は、英雄としてこれからも立派になっていく、

それを心の底で応援していればいい。



ラグベール王国との戦争も終戦に向かう頃

街は徐々に徐々に活気を取り戻していった。

息子たちも巣立っていく。

私はいつものように畑を耕していた。



ある日、街の市の人々がざわめいていた。

何事かと聞く。

それは、アルザス=アルマティアの訃報だった。






$$$






その知らせを聞いて、

私の『何か』はぷつんと切れた・・・

そして、今日まで魔法協会北支部の男子寮母として勤めてきたわけだが・・・

最近ではずいぶんとさびれてしまったな



「さぁ、食え」

お婆さんは眠そうなウツロに朝食を振舞う。



「さぁ、芋だ、芋を食え」

顔にぐいぐい押し付けんな




「『魔法協会員にクラノ芋を食べさせる』この意味・・・お前には わかるまい」




「・・・全くわからん」




朝、

ウツロは、頭をおさえる。

まだ頭がくらくらするが、なんとか支部を目指すことにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る