1. はじまり
目の前にはオッパイ!
まさに男の桃源郷。
さて、ここまでの俺の人生をダイジェストで振り返ってみよう。
つい先日30歳になった俺に、生まれて初めての
だが、落ち着け、俺! 上司であるという立場からの告白は、
だが、日に日に思いは募る。腹の底から気持ちが溢れそうになってしまった俺は、思い切って、彼女を食事に誘った。
答えはオーケー!
もう大丈夫だ、最大の難関は超えた!
営業で一番大切なのは、相手に話を聴いてもらえる状況を作る事。これを乗り越えれば、もう大丈夫だろう。あとは押して押して、押しまくるだけだ。
「父ちゃん、母ちゃん、とうとう俺にも彼女が出来るよ!」
自宅にある仏壇に俺はちゃんと報告をした。そして一時間ほど小躍りをしていた。
でも次の日、振られた。
昨日は勢いに負けて頷いたけど、やはり二人っきりでプライベートで食事というのは……そう断られてしまった。
なんだったんだろう……昨夜の幸せな気持ちは……
だが、しかーし!
俺は不屈の闘志を持つ男(当社比)。打たれても跳ね返す力はちゃんとある(当社比)。燃えろ俺の
そう気持ちを切り替え、タイムカードを押し、逃げるように会社を後にした。
「会社辞めちゃおうかな……」
「おばちゃん、いつものセット」
「あいよ!」
初めて入った店で、いつものっていうのは変な気分だが、ビールとおつまみ2品のいつものセット(500円)って書いてあるし、仕方がない。
サラリーマンの
ちょうど人の波の隙間から、道路の反対側の歩道で歩いている二人に目がいく。
くそ、あのおっさん、なんで、あんな可愛い子と腕を組んで歩いて……って、あれは!
「ま、まさか!」
そこには、俺を振った
怒髪、天を突くじゃないけど、全ての髪の毛が逆立つような感覚を覚えた。スーパー地球人3くらいにはクラスチェンジしていたはず。ガラスに映る髪の毛の色は黒いままだったけど。俺の心情的には間違いなく金髪になっていた。
昨日は本当に彼女いない歴30年にようやくピリオドを打った、これで草葉の陰で見守っていてくれる両親も安心させられるって思っていたんだ。くそ! 俺が素人童貞だからか? 頭が少しハゲ始めているからか? そいつもハゲているじゃないか! 色々な感情が渦巻き、俺は二人を窓越しに睨みつけた。
「
真剣に唱えた。吹き飛ばしたかった。酒に酔っていたせいか、涙腺が崩壊していた。
だが、25になった記念にお店で卒業させてもらっていた素人童貞の俺は、魔法を使えない。もう、純血じゃなかったんだ。汚れちまったんだ。こんな事なら大切に取っておけばよかった。俺のサクランボ。
くそ! くそ! くそ!
俺は拳を握りしめ、歯を食いしばり、店飛び出した。
「お客さん、会計!」
店のおばちゃんが叫ぶ声にも、立ち止まることなく、道路の反対側にいる二人に向かって走りだした。
「てめえらの血は何色だ!」
俺は間違いなくそう叫んだ。
だが、俺が覚えているのはそこまで。あ、何となく俺の血がいっぱい出ていた気がする。うん、俺の血は赤かったよ。ヨカッタ。
全身が引きちぎられたかのような痛みが駆け巡り、それがすぐなくなり、どこか高いところへ持ち上げられ、突然落とされ、振り回され……遠くで、俺の両親が俺を指さして何かを叫んで……そして……
そして、話は戻る。
オッパイ。
気がつけば、目の前には大きなオッパイ。たわわなオッパイ。豊潤なオッパイ。そのオッパイに俺は無我夢中にむしゃぶりついていた。いやオッパイがあったからむしゃぶりついたんじゃないぞ。むしゃぶりついている最中だという事に俺は気がついたんだ。あれ? って勿論思ったさ。でも、口が勝手にモグモグと動く。俺の意思じゃ止められない。とても甘い露が、俺の喉を潤す。
これは、まさに至福の時間。そう、パラダイスだ。
こんな快感は俺の人生の中で初めてだ。暖かくて、安全で。
本来なら混乱していなければならないような状況だったが、俺はひたすら、優しくて暖かい時間に埋もれていった。そして、まどろむ。
目を覚ますと、近くに何も無い。
不安で叫び声を上げてしまう。
すると、再び目の前にはオッパイがやって来る。
俺はすぐに、その乳首めがけて吸い付いた。
至福の時間が再び訪れる……やがて眠りに落ちる。
この頃の俺は、これの繰り返しだった。
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そんな感じで3年が経過した。
なぜ3年を経過したことが分かるかというと、つい先日、両親から3歳の誕生会というものを祝ってもらったからだ。
(やっぱり、あの時、何かに轢かれて死んだんだな……さよなら、俺の人生……)
さすがに、この頃には俺も自分が生まれ変わってしまったという事に気がついていた。オッパイにむしゃぶりついてた俺の身体は、プクプクと可愛らしいフォルムに変形していたし、母乳で育ててもらっていた状況から考えれば、すぐ解るというものだ。もうこうなったら受け入れるしか無い。オッパイがあるし。
前世では両親もすでに鬼籍に入っており、兄弟もなく、結局彼女も出来なかった。まぁ、特に後腐れも無いだろう。エロ本やら置いてある自宅の後処理が気になるが、親戚あたりがそっと処分してくれている事だと祈りたい。ハードディスクに余計なものを保存していなかった俺の勝利だ。
こうして、誰にも知られる事なく、三十路のおっさんから、どこかの赤ん坊に生まれ変わった事を受け入れた俺だった。
紹介が遅れたが、今世での俺の名前はシャルル。正式にはシャルル・アリスティド・ジェラール・クロイワ、3歳の男の子だ。シャルルが名前だっていう事が解るが、苗字はどれなんだろうな。ミドルネームっぽいのが沢山ある。いつか聞いてみようと思う。年齢は前述した通り、最近祝ってもらってので間違いないだろう。男の子というのは、目と手で確認済みだ。
母親は巨乳の金髪美人。瞳の色は綺麗なエメラルドグリーン。目鼻立ちもはっきりとした、いわゆる北欧系の美女という感じで、どこからどうみても外国人だ。たまにしか帰ってこない父親の方は黒髪に黒い瞳の若いあんちゃん。醤油顔という感じのシュッとしたイケメンだ。見た感じ、前世の俺より多分若い。日本人かどうかの判断は微妙だ。
金髪、緑色の目というのは劣勢遺伝子らしく、父親が黒髪という事で、俺の髪の毛も瞳の色も真っ黒だ。せっかくの金髪イケメンのチャンスだったのに、
そのシャルル君が住む家庭だが、どうやら生まれ落ちたのは、どこかの外国で、とてつもなく大金持ちの家だったようだ。あきらかに、部屋の造作も豪華だし、何人もメイドがいるようだ。俺にも専属のメイドがいる。外を散歩すれば、みんが挨拶をしてくれる。なんてセレブな生活なんだ!
ただ、悪い面もあった。
まず、電化製品が何も無い。明かりは火を灯すランプだし、テレビは疎か、ラジオすら見かけない。夏は窓を全開、冬は暖炉で薪をくべていた。所持していないというより、存在していないような感じだ。
(現代じゃない?)
3歳になって、ようやくこの場所に興味を持ち始めたのだが、どうみても俺が住んでいた日本とは違う時代のような気がする。それとも、少し遅れているどこかの発展途上国なんだろうか……
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さて、どこかの外国へ生まれ変わってしまった俺だったが、正確に生まれ変わったと言って良いのか悩む部分もある。それというのも、どうも俺が知っている「生まれ変わり」の定義とは違う気がするのだ。
まず、俺の意識は脳の深層にあるような感じで、実際に出る言葉は俺のものでは無い。何でかしらないが、俺は生まれた頃から周りが話ている言葉の内容を理解していたのだが、話せるようになったのは2歳くらいになってからだ。まわりの反応を見る限り、これでもかなり早い方だったらしいが……
そして、耳から入る言葉も、シャルルの口から出る言葉も、俺の知っている言語では無い。意味は解るのだが、あくまで俺は日本語として理解しているだけで、シャルルが親やメイド達と会話をしている音は、全く知らない言葉だった。
「|ru mon hok n mamier ?《母上の方へ歩いて言っていい?》」
こんな感じで、音とは別に意味がルビを振ったような感じで、俺の思考内に届く。
意味は通じているので、そういうもんだと納得する事にした。
同じように、俺がちゃんとした事を話そうとしても、言葉に出るのは、
言葉だけではない。
行動についても、完全にコントロール出来ているとは言いがたい。
例えば、目の前にオッパイがあり、その隣に、何か俺が気になるようなものが置いてあったとしよう。
(あれは何だろう……)
そう思って、俺はそちらに手を伸ばそうと考えるのだが、身体は母のオッパイに飛び込んでいく。いや、別段、俺の本心もそうだ……というのではない。ただ、行動原理として本能的な部分が強くなれば強くなるほど、俺のコントロールから離れてしまうようだ。
ただ、言葉と行動が自分自身の制約下に無いといっても、『俺』と『シャルル』が別人格という訳では無いのだが、俺という思考を司る存在が、シャルルという幼児インタフェースを持っているとでも言えばいいのだろうか。俺とシャルルに明確な境は無い。どちらも『俺』であり『シャルル』なのだ。
だから、これは慣れの問題だろうと、早々に諦める事にした。なので、ここからは……
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日本語というのは、とかく難しい。
一人称で言えば、俺、僕、私、手前、当方、当職、拙者、わし、おいどん……いくらでも出てくる。こっちの世界では、一律、
もっと子供らしく『シャルル』は……と、一人称に自分の名前を使ってもいいんだけど、それだとインターフェースを通しても、「シャルル」となってしまう。俺でも僕でも、外に出る音としては、『モン』になるんだから、後は気分の問題だ。
「ははうえ! おはようございます」
「はい、おはよう。シャルル。今日の調子はどう?」
「僕はいつも絶好調です!」
「そう。母もシャルルが元気だと、幸せだわ!」
最近の親子の最初の会話は、こんな感じだ。
まだシャルルは小さいので、一緒の部屋で寝て欲しいと思う所もあるのだが、僕が母と同じ部屋で寝ていたのは乳離れするまでだった。
そう、乳離れーー
あれは地獄の責め苦だった。
1歳を過ぎようとした頃、突然、もう飲んじゃダメって言われた。母上は僕の心情を理解していなかったのだ。乳を吸うという事は、母乳を飲む事だけが目的じゃ無いんだ。僕は自分の精神安定のためにも、オッパイに吸い付いてたいんだ!
その瞬間は、死刑宣告に等しかった。
あの日、通りに飛び出した『俺』の怒りと同じような怒りが湧き出してきた。そして、僕は、その強烈な怒りを身体全身で表現すべく、渾身の限り泣き喚いた。オッパイにしがみついた。僕のオッパイ。僕だけのオッパイ。そして無理矢理離されないよう生えかけた歯を乳首に立てた。
「あ、シャルルったら、噛んじゃ駄目でしょ」
そう言いながらも、母は、その日、諦めてくれた。
だが、その翌日、いつもの通りオッパイを飲もうと乳首を咥えた瞬間、母乳の甘さとは比べる事も出来ないような激痛が舌先から脳に走った。どうやら、カラシのような香辛料を乳首に塗っていたらしい。その後、何度もトライをするも、毎度毎度、舌先を激痛が遅い、僕は苦渋の決断、血涙を流すような思いで、ようやくオッパイを諦めた。その後も触らせてはもらってるけど……
そして、乳離れが済むと同時に、僕専用の個室と、僕専用のメイドが割り当てられた。
メイドの名前はセリア。年は14歳らしい。
この国で14歳は成人年齢という事で、14歳から働く事は珍しくも無いというのは、
「まだ子供なのに、もう働いちゃうの?」
と、びっくりしてしまった僕に、
「シャルル様、私はもう14歳、成人です。働くのが普通なんですよ」
と教えてくれた。
どうやら結婚も出来るらしい。
僕の母も、まだ20歳だったので、なんとなく日本の常識でヤンママ扱いしそうになっていたが、14歳で成人なら17歳で子供を生むのは珍しいという事は無いみたいだ。
成人している扱いとなるセリアは、14歳とは思えない、たわわなものを胸に持っていたが、これも「大人」だからなんだろうか。『俺』は前世ではロリではなかったのだが、何かグッと感じるものがあるなぁ……まぁ、僕はまだ3歳なんだけど。
母やセリアが、僕の教師となった。
必要な言葉は、脳内に変換機能があるおかげで、早く覚えられた僕だったが、翻訳不能な固有名詞となると、普通の子供と同じように覚える必要があったのだ。
外出を少しずつ増やしてもらい、目につく物について、子供らしく質問していった。
「ははうえ、あれは何ですか?」
「あれは、オーガリ-の木ですよ。今は大丈夫だけど、春先は近づいちゃ駄目よ」
(花粉かな??)
「ははうえ、あれは何ですか?」
「あれは、ムガムーガという虫よ。硬い皮を火で炙って摩り下ろすと、心がスーッとする薬になるの」
(ヘラクレスっぽい! 皮って薬になるんだ……でも、なんか、やばい薬っぽいな?)
そんな感じで一つ一つ、覚えていくしか無かった。まぁ、幼児の脳みそは柔軟に出来ているのか、簡単に吸収できたは助かったけどね。
そして知識を増やしながらも僕はある計画を胸に秘めていた。そして1年が過ぎ……
「ははうえ! 僕は働きたいと思います!」
4歳の誕生日翌日。
僕は決意をもって母に打ち明けた。
「シャルル、えらいわね。じゃあ、セリアと一緒に薪を納屋まで運んでくれる?」
「はい!」
いや違う!
思わず身体が反応してセリアと一緒に庭先に置いてあった薪を運んでしまったけど……持ちあげられなかった僕は、セリアの後について歩いていただけだが……
母上は俺の言った「働く」という意味を勘違いしたらしい。俺は仕事がしたいんだ。お手伝いをしたい訳じゃない。
「奥様終わりました」
「ありがとうセリア。シャルルもありがとうね」
「ははうえ、違います! シャルルはお仕事がしたいんです!」
「そうね。シャルルは偉いね。じゃぁ、どんな仕事をしてみる?」
「はい! シャルルは、ぼうえきをしたいと思います!」
俺の両親は、ただのお金持ちではなく、この辺り一体の領主だった。
父親が滅多に帰ってこないのも、領主としての官舎が市街地にあるらしく、ここは母上と僕がすこやかに暮らせるようにという事で、郊外に立てた屋敷だったらしい。
そう、僕の正体は、
そして、この場所は電気もガスも水道すら無い文明的には日本からかなり遅れた場所だ。水はいつも使用人が井戸から汲んでいた。料理はカマドだったし、冬の暖をとるのも薪を使ったストーブだった。
僕は何のために生まれて、何のために生きるのかの答えを知った気がした。
僕は、この地を、現代日本の知識を使って、発展させる義務があるんだ!
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内政チート。
僕が好きだった小説の中に、ありましたよ。そんな言葉が。
そして、地域発展のために、まず必要なのはお金。豊富な資金力こそ、発展への近道。まずは、この地域で興す事が可能な産業を見極め、資金を造らねば。
「ぼうえきって随分、難しい言葉を覚えたわね。意味はわかっているのかしら」
「奥様、まだ4歳ですし、意味は理解していないと思いますよ……」
「ははうえ! 僕は『ぼうえき』をわかっています! まずは輸出できるものを作るために、新しい産業を興したいと思います!」
「うーん、わかったわ。あの人の子供だものね。4歳でもそれくらいできるかもしれないわ。それじゃ、セリア、シャルルに付き合って頂戴。あ、ちょっとくらい経費がかかってもいいわよ」
「わかりました。それではシャルルぼっちゃま、セリアが秘書になりますので、何なりと申しつけください」
「わかった! セリア、よろしくね」
こうして俺は4歳にしてメイド秘書を手に入れた。金髪巨乳ロリ。巨乳とロリが並立するのかは、専門家じゃないので解らないが、中身が三十路の僕としては、ツルペタよりは、ボンキュッボンの方が好きだ。なので、セリアは僕の秘書としては最適な女の子だ。顔つきはシャープな感じで、母とは違ったタイプの美人だ。
さぁ、僕がセリアと二人でこの地、この国を、この世界を変えてやる!
玄関の扉を開け、屋敷を飛び出した……生まれ変わった『俺』のサクセスストーリは、ここから始まる!
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バタン!
僕は屋敷に駆け戻った。
「あら、シャルル、もう帰ってきたの?」
「は、は、ははうえ! オ、オニが……オニが歩いていました!」
ちびるかと思った。僕はちびるかと思った……だが、シャルルはちびっている。だって本能に近い部分は幼児なのだ。僕は大人だから、ちびったりしない! ちびったのは、あくまでもシャルルなんだが……股間が冷たい。
あれは、間違いなく鬼だった。
屋敷を意気揚々と飛び出した僕とセリアは、屋敷の前の道を5分ほど歩いて小川に架かる橋を渡ろうとしていた。何度か散歩で通った道なので、特に緊張もせず、屋敷の敷地の外にある村へ視察に行こうとしていたのだ。
その時、川の反対側を二人の大柄な男が立っていた。麦わら帽子を被り、いわゆる農夫風の装いながらも、あきらかにデカイ。やっぱり外国って事なんだろうな。確実に190cmは超えているよ。
だが、そんなノンビリとした思いは、二人の顔がはっきりと解る距離まで近づいた時に吹き飛んだ。
(鬼っ!)
その顔は、まさに鬼としか表現のしようの無い姿だった。
さすがに、お伽話に出てくるような赤や青といった色ではなかったが、日に焼けた褐色の肌に2本の大きな角と口から覗く鋭い牙。
「シャルルぼっちゃま? どうしました?」
急に立ち止まった僕にセリアは声をかけるが、それどころじゃないよね。
鬼の一人が、こちらに気が付いたのか、僕の事をジロリと睨んだ。
はい、今日の視察は終了。
僕は回れ右をして、屋敷に猛ダッシュ。
「ぼっちゃま?」
「ひぇぇー」
セリアは、僕のメイドだから放置していいよね。自分の身は自分で守る。まずは自分が助かってから、他人の事を気にしよう! 僕は4歳児だし。
屋敷に戻った、その直後をセリアは追いかけてきた。
よかった。食われたりはしなかったんだ。いくら自分の生命が大切だっていっても、14歳の女の子を見捨てた罪悪感は、少しはある。
「セリア、無事でよかった」
「どうしたんです? 急に走りだして」
「気が付かなかったの? 目の前に歩いていた二人組! 鬼だよ、鬼! ははうえ! 逃げましょう! やばいです。食べたれちゃいます!」
あの鬼たちは、この屋敷を目指していたに違い無い。
狙いは、まだ若くて柔らかい肉を持った僕か? それとも、食料としてではなく、肉欲に駆られて、母やセリアを狙っているのだろうか? いずれにせよ、逃げ出して誰かに助けてもらわないと……
「どうしたんです? シャルル」
「ぼっちゃま?」
母とセリアが視線を合わせて、顔を横にふる。どうやら鬼が出たという事を、子供の戯言だと思っているみたいだ。だが、見た目は4歳児でも中身は30歳。あの状況で見間違えは……していないはずだ。
「いいから、僕の言うことを聞いて! 逃げ出し……」
その時、開けっ放しにしていた玄関に人の気配を感じて、僕は振り返った。そこには……
「奥様、修繕に来ましたー!」
「うーん」
「シャ、シャルル!?」
「ぼっちゃま?」
玄関先に立っている二匹の鬼の姿に、僕は意識を飛ばしてしまった。
その瞬間、股間がじんわりと温かくなった感触があったが、これは身体の耐性の問題だ。僕が悪いわけじゃない。
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「シャルル? 大丈夫?」
僕が目を開けると、目の前には母の心配そうな顔。そこは自分の部屋のベッドの上だった。
なんだ、夢オチか……焦ったぜ……
母の顔を見たせいか、僕の心情とは別にシャルルとしては気持ちが緩んだみたいだ。
「は、ははうえ……うわーん、シャルルは怖い夢を見ました! オニが、オニが……」
「シャルル? オニっていうのはオーガさん達の事かな?」
あれ?
「お、オーガですか?」
「そう、ツノと鋭い牙を持つオーガ族」
「え? 鬼が出てきたのは夢じゃなかったのですか?」
そんなバナナ!
「オニっていうのは、良くわからないけど、オーガさんは夢じゃないわよ。オーガさん達には納屋の屋根が壊れたので、修理をお願いしていたの」
ん? ん? どういう事だ? 俺は東欧のどっかの国に生まれ変わったんじゃないのか? 歴史の授業で鬼が実在しているなんて習ったことは無いぞ。
「ははうえ……ニッポンって知ってます?」
「にっぽん? 何かしら? 食べ物の名前?」
「アメリカって知ってます? ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカです」
「知らないわ。なーに? 夢の話?」
「ローマって解ります?」
「何のこと?」
さてさて、これはそういう事なんだろうか……
「シャルルのお家がある国は何て名前なのでしょうか?」
「ここはダビド王国という名前よ? シャルル、国って解るの?」
さすがに、歴史上登場した国を全部覚えていたりはしないので、これじゃ解らないかな。
「オーガさんみたいに、僕たちとは違った姿をした人って、他にもいますか?」
「そうねぇ……コボルトさんとか、オークさん。それにフェアリー族も人になるかしら? ジャイアント族とかも含めていい?」
ふぅ。
酒を飲みたくなってきた。
「わかりました。ははうえ、僕はもう一回、夢を見てきます」
「え、え? シャルル? あら? まぁ、もう寝ちゃったの? 寝ぼけたのかしら……」
俺はぎゅっと目を閉じ、寝たふりをした。
考えなければならない事がある。
ここは僕がいた世界じゃない!
ただ、時代が違うというだけではなかった。
オーガ? オーク? ジャイアント?
完全にファンタジーの世界じゃないか。
「そうか、異世界に転生したんだ……」
薄眼を開け、周りに誰もいない事を確認すると、俺はそう呟いた。ただ、生まれ変わっただけじゃない。ここは異世界だ。4年目にして知った驚愕の事実。
「本当にもう還れないんだ……」
僕がどんな爪あとを残そうとも、どういう生き方をしたとしても、あの日本へは届かない。正真正銘、『俺』は、天涯孤独の存在だったんだ。
そう思うと、鼻の奥がツンと痛くなり、何かが込み上げて来た。僕は30歳という意識を少し手放し、4歳のシャルルに身を委ねた。
「う、う、うえーん、は、ははうえー、ははうえー」
幼子らしく、大きな声で泣きわめいた。
ただ、ひたすら母を呼んだ。
30歳のおっさんとか、そういった要素は全て置いておいて、ただただ、不安な心をぶつけるように喚き散らした。
ガチャ!
僕の部屋の扉が開き、母が飛び込んできた。
「シャルル? どうしたの? 怖い夢を見たの?」
その声に、僕は飛びつく。母は僕の事をギュッと抱きしめてくれた。僕は母のオッパイに顔を埋めた。もう出るはずもない母乳の匂いを嗅ぎたかった。
オッパイは、僕の心に、ここは安全なんだ、もう大丈夫だと思わせる力があった。顔を擦り付けるようにして『俺』は母に甘えた。
「もう、シャルル! オッパイはダメでしょ。もうお兄さんなんだから」
「は、ははうえ……ぐすん……ごべんなざい……シャルルは怖くて……怖くて……」
さらに力を込めて僕は母上に抱きついた。
「もう仕方ないわね。もう少ししたらお父様も帰ってくるし、今日は一緒に寝ましょうか?」
「はい!」
父が帰ってくると、母が取られてしまうが、今日は渡さない! このオッパイは僕のものだ!
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母のオッパイを独占できたので、俺は満足してゆっくり眠りについたんだが、夜中にお腹が空いて目が覚めた。
「あれ、ははうえ?」
一緒に眠っていたはずの母上が横にはいなかった。不安を圧し殺しながらも、ランプの明かりが灯る廊下を歩くと父の書斎から話声が聞こえた。
「ちちうえ? ははうえ?」
子作り中だったらどうしよう! 一瞬そんな思いが過ったが、理性が押し止める前に声が出てしまった。
「あら、シャルル? 起きちゃったの? こっちにいらっしゃい」
「はい……あ、ちちうえ、おかえりなさい」
「シャルルか、少しは大きくなったかな?」
父が俺を抱き上げてくれた。
「オーガを見てオニが出たと騒いだんだってな」
「はい、びっくりしました」
「ニッポンとかアメリカとか、聞き馴れぬ国の名前を言ったとか?」
ぎくっ。なんかまずかったのか? 誤魔化さないと……
「ちちうえ、それは起きたばかりで寝ぼけてたので……」
「そうか」
父は俺を抱き下ろし、母にこう言った。
「マリア、シャルルと男同士の話をしたい。少し、席を外してくれるか」
「あらあら、あなた、どんな話をするのかしら?」
母はそう言いながら微笑むと、僕を残して書斎を出ていった。
「さて、シャルル」
父は僕の目を真っ直ぐ見つめ、はっきりと日本語で、こう言った。
「日本の消費税は今、何%になった?」
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