来訪


 役人の男が二人分の身分証明証を手に、一度建物の中に戻るのを見やり。古ぼけた扉が閉まるのを見届けると、ルシアが溜め息混じりに言った。


「リヴェ……本当に、良いのか?」

「しつこいなー、お兄サマ。良いの良いの。オレ達はそのナンチャラ病になんか罹るわけないし。いざとなれば強行突破で国外に出ることも出来るし。アンタが言ったように、この『故郷』でくたばるのも悪くないしな」


 すっかり目が覚めた為、毛布を畳んで後部座席に放るリヴェル。手続きとやらが終わったのか、先ほどの男が駆け足で戻ってきた。

 そんなに急ぐ用事でも無いというのに、役人という職業は律義だ。


「はい、お待たせしました。あの、一応入国の理由を聞かせていただいても良いですか?」

「知人を探しているんだ。この国に居る筈なんだが、しばらく連絡が取れないからな」

「そうですか。わかりました、ではお二人の入国を許可します……」


 ふと、男の視線を感じてリヴェルが顔を上げる。しかし目が合うとすぐに、男の方が顔を背けてしまう。


「ああ、失礼。その……リヴェルさんと同い年くらいの息子が居たもので」

「居た、っていうことは?」

「ははは、お察しの通りです。去年の今頃、人外に殺されてしまいました」

「アンタは、その恨みを晴らすためにその人外を殺したいと思うか?」


 リヴェルの問いかけに、男が目を皿のように見開く。図星だな。リヴェルは答えを待たず、ルシアの太股に手を置いて身を乗り出すと、差し出された二人分の身分証明証を受け取る。


「おっつかれさまー。じゃ、寒いケド……頑張ってねー?」

「あ、あの――」


 何かを良いかける男。しかし、ルシアが聞き届ける前に窓を上げてアクセルを踏んだ。哀れな男の姿は見る見るうちに小さくなって、すぐに見えなくなってしまった。


「アッハハ! すげー、今の顔見た? 『八つ裂きにしてやりたい』って、言わなくてもわかるよな」


 あまりにもおかしくて、リヴェルがけらけらと笑う。しかし、その興味もすぐに窓から流れていく景色に奪われてしまって。

 懐かしいような、そうでもないような。色褪せ、埃っぽい景色を見ようと窓にへばりつく。いつの間にか、鼻歌まで零れてしまう。


「リヴェ、起きるならちゃんとシートベルトをしろ」

「だぁーいじょぶだって。アンタもオレも、交通事故くらいじゃ死なねぇんだから」


 やんわりと注意されるも、リヴェルは聞かない。道を走るのはこの車だけ。対向車も何も見当たらない。障害物は何もない。


「おおー、アルジェントだ。懐かしいなー、『アイツ』もこの景色見たのかなー?」

「リヴェル、せめて普通に座れ――」

「『テュラン』はどんな思いで、死んだのかな……」


 リヴェルの呟きに、ルシアは何も言わなかった。別に構わない。答えが欲しいとは思っていないのだから。

 頭に被るつば付き帽を脱ぐ。今まで隠していた紅い髪と、三角の『獣耳』をわしわしと掻いて、彼方に見え始めたビル群に思いを馳せる。


「……なあ、テュラン。オマエが思い描いていた夢は、オレが叶えてやるよ。だから、ちゃんと見てろよー? もう二度と、オマエから逃げたりしねーからな」


 つり上がり気味の灰色の双眸を細めて。リヴェルは目を背けずに、真っ直ぐに前を見つめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る